トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜 作:山下敬雄
デッキの清掃と補修が終わり、第三回目、食材選択の時間がやって来た。
赤竜船側からは既にタイキが戦米丸へと向け動き出した。するとそれを見てか青竜船側からも一人のコックが橋を渡り始めた。
「
「タイキです。はは、こっちもよろしくお願いします!」
デッキの上で向かい合い握手をする二人。互いに挑発と睨み合いから始まった一回目、二回目とは違い和やかな雰囲気で進行していく。
「あれ? 今度は喧嘩腰とかじゃないみたいね……」
「ええ、そのようです。このルール自体戦いを避ける選択肢もある訳ですから。牽制の形にも色々あるのでしょう」
「そっ、そう言えばそうだったわね……!」
被りの食材が無ければ争いは生まれない。相手の欲する食材を事前に読み、なるべく被りの起こらないように変更するのも手としはある。それに勝者側には実は、カタリナ船長からチェンジカードが勝利毎に一枚配られている。それを使えば、たとえ被っていても選択した食材を変更することができる。
ミタライの言葉を聞いてリリスは忘れかけていたこの神技の目的を思い出す。そもそもが料理対決なのだ。自陣の船に乗るゲストから提供した料理で点数を稼げればそれでいいはずだ。
「おや……どこかで?」
「え、何? 知り合い?」
リリスが頷いていると、アキトがデッキ上で今握手を交わした二人を見ながら、静かに顎に手を当てた。
その顔に見覚えがあるのか、知り合いか。リリスが気になり尋ねると──。
「あぁ、行きつけの魚屋の主人に似ていた!」
「あっ、あんたねぇ……」
人差し指をピンと立てて、どうでもいい事を愉快にのたまう奴がいる。
相変わらずの男の調子にリリスは呆れた顔をし、また戦米丸のデッキへと目を戻した。
すると、微笑を浮かべていたアキトの方は、ふと橋の下の海を見つめる。
(あぁ。これはなんだか面白いことになりそうだ)
アキトは微笑を崩さない。やがて海を漂う小さな影から目を離した。
「珍しく談笑中のようだが、そろそろ所定の位置まで離れておけ。よし──被りの食材は二つ。つまりは…………勝手に奪い合え!!」
例の如く選択食材は被り、カタリナ船長が開始の合図のロープを切った。
タイキは既に剣を抜くが、レモラは柄に手を軽く添えたままなかなか構えない。そうしてじっくりと、睨みを利かせて互いの様子を窺い合っていると──。
レモラがついに抜刀し仕掛けた。待っていたとばかりにタイキも前へと剣を手に向かう。
瞬く間に、両者の繰り出した剣と剣がぶつかる。
慎重な腹の探り合いからぶつかり合った素直な初撃。
だが、膂力で勝るのは迎え打った青髪の剣士の方か。タイキが鍔迫り合った刃をぐっと前へと押し込んでいく。
レモラの眼前に迫る刃から、青い雷光がバチバチと唸る。ここからベテランの風貌のコックに、その若き剣士の勢いを受け止められる手はあるのか。
じりじりと肌を灼く青き雷刃に──海丁レモラはニヤリと笑った。
するとレモラが被っていた黒いコック帽が、前へとこぼれ落ちた。
その時、何が起こったのか。
タイキはのけ反る己の体、ぐらつき支える脚、必死に粘るつま先からすぐに悟った。
「──!」
だが、気づいた時にはもう天地は逆転し、優勢に押し込んでいたはずの刃は、力を失い相手に届くことは無かった。
そして──。
「おっとすまない。どうやら俺の方が、神に愛されていたようだ! レハハハハ」
一歩前へと踏み込みながら真横に振り抜いた曲刀。波立つ船体の上に吸い付くように止まった足裏。灰髪の男レモラが神に祈った様子などない。ただ己の剣を、まるでこれから傾く未来でも予知したように、迷いなく振り抜いていた。
後ろによろついた足を整えながらタイキは、海風に乱れ踊る灰髪の頭に目を凝らす。
胸の辺りが真横に線を引かれたように赤く滲み出す。絡み合った剣劇の末に、肉を切られていた──タイキはそれでも傷をかばうことなく剣を強く握りしめた。
揺らぐ船体、波打つ海、ニヤリと笑う灰色髪。戦米丸の甲板上で刃をかざし、再び向き合う怪しきコックと青髪の剣士。
両者、ロープに吊られて宙で踊る食材の行方などには目もくれず。
血に染まった一太刀と共に、予測不能な波乱の戦いの幕が開けるのだった────。