トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜 作:山下敬雄
贅沢極まる宴が終わり、豪華な一夜を過ごした海上ネスト。
翌朝、シロツメ支部の一行は、この祭典に協賛しているネスト社から手配された新たな船へと乗り換え、次なる目的地へと出航した。
船がたどり着いたのは四方を奇妙な原生林に囲まれた新たな島。そして上陸した九人のことを最初に出迎えたのは、この島の管理者の一人である植物学者のソシエラという名の女だった。
「ようこそ、木曜日の舞台へ。遠路はるばるご苦労ね。よかったらハーブティーはいかが?」
白いガーデンテーブルの椅子に腰掛けたソシエラは穏やかな笑みを浮かべ、ゆったりとした口調で彼らに語りかける。緑豊かな自然の中でハーブティーを悠然と楽しむ、そんな独特の雰囲気を纏った女だった。
そしてハーブティーを一杯ずつご馳走し終えたソシエラは上機嫌そうな顔で席から立ち上がる。マイペースにも歩き出した彼女は、訪れた彼らをさっそく森の奥へと案内していく。
「じゃあ木曜日の神技について説明させてもらうわね。今回の神技の名前は、ずばり【ワンダークエスト】」
ずらずらと列を成し森の中を歩き出した案内の最中に、ソシエラは、そう神技の名を突然にも明かし説明を始めた。
「ズバリワンダークエスト……? またよく分からない感じね……」
リリスが小首を傾げると、ソシエラはくすりと指先を唇に当てた。
「ずばりは、いらないわ。ワンダークエスト、ワンダークエストよ」
「わっ、ワンダークエスト……」
大事なことなので二回、ゆっくりと丁寧に。柔らかい口調で放ったソシエラの言葉を、彼女に見つめられたリリスは思わず復唱する。
「詳しい内容は、そこの〝レインくん〟から実際に請け負って確かめてみてくれる?」
「レインくん? 請け負う? な、なっ!?」
リリスが驚くのも無理はなかった。
足を止めたソシエラが細い手で指し示した先──そこにいたのは、幹に人間の顔がうっすらと浮かび上がった一本の奇妙な人面樹だった。
レインくんと呼ばれたその人面樹は、何故かその樹皮の一部分が生々しくじっとりと湿っている。
「【ワンダークエスト】のルールは至ってシンプルよ。そこのレインくんから発行される特別なクエストを請け負い、ワンダーメイズをくぐり抜けて、物資やミラーを再びここに持ち帰り納品すること。……ああ、ただし気を付けてね? もしもクエストが達成できなかった場合は最悪、その子が枯れてしまうことになるから」
人面樹に近づき樹皮をあやすように撫でていたソシエラは振り返り、神技に関する大雑把な説明を終えた。
「なるほどね。つまりは冒険者ギルドが発行する一般的なクエストのシステムを、そのままこの神技のルールに落とし込んだということか。クエストを発行する木なんて、なかなかユーモアがあるじゃないか」
アキトがいつもの薄笑いを浮かべ、納得がいったように顎を引いた。その珍しくも上手くシステム化された神技の内容に、彼は興味が惹かれたようだ。
「ふふっ、ありがとう。ええ、その通り。──さあ、その子の依頼、あなた達は請け負ってくれるかしら?」
ソシエラに促され、シロツメ支部の面々が顔を見合わせたり観察や熟考を重ねる中。一人──青い髪の青年が今、迷いのない足取りで前へと進み出た。
タイキが人面樹の方に手を伸ばすと、レインくんはお辞儀をするように長い枝をしならせ垂らす。そして一本の枝から大きく育った一枚の葉を彼へと近づけた。
その葉の表面には、何やら細々と子供が書いたような字でクエスト内容が刻まれているようだった。だが、タイキは記された内容などは気にせずに、とても取って欲しそうにしていたその一枚の葉を枝から摘み取った。
「よし……確かに、受け取った」
タイキはしっかりと葉を握り締め、団員たちに向けて力強く頷いてみせた。
そんな青髪の彼の真剣な様を見れば、残りの団員たちも「迂闊だ、もっとその木のことを調査してから」などとは口にできなかったようだ。
しばらくして葉に記されたクエスト内容を確認したシロツメ支部の彼らは、支部長のミタライの号令の元、木曜の神技に挑むべく歩き出した。
前方には【WONDER★MAZE】と彫刻された、苔むした石の看板。その未知の看板が掲げられた暗い石洞窟の入り口へと、冒険者クランの九人は次々と足を踏み入れていくのだった──。
暗がりの洞窟を進み抜けた先に、やがて眩しい緑の木漏れ日が広がる。一行の目の前に待ち受けていたのは、それまで島を歩き見てきたものとは雰囲気も植生もどこか異なる森の中だった。
さっそくシロツメ支部の一行は、仄かな魔力を宿した一枚の葉の案内を頼りに辺りを探索し始めた。
そして彼らが異物の存在に気づいたのは探索を始めた7分後。アキトが口元に人差し指を当てるジェスチャーをし、皆が一様にその場に立ち止まる。
足を止めたその場から九人が見上げれば、並び立つ大木に茶褐色の太い身で、とぐろを巻き付け微睡んでいた巨大な魔物の姿が見えた。
その魔物の名は【アースサーペント】。巨大な全長を持つ蛇の魔物が、九人の放つ魔力とその体熱を感知し、爬虫類の鋭い双眸をカッと見開いた。
かつて見たことのないほどの大きな蛇の登場に、冒険者クランの九人は抑えていた魔力を今解き放ち、それぞれの武器を前へと構えた──。
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▽
仲間たちの援護を受け、蛇の顎下へと突き刺した致命の刃。眩しい青い雷光と共に、魔物はその巨体を木々の間の地に倒し沈黙させた。
最後の一撃はタイキの剣が決め切り、シロツメ支部の彼らはクエスト先の森で遭遇した一体のアースサーペントを倒すことに成功した。
「ふぅ……。しかし、こんなにでけぇアースサーペントがいるとはな」
ペコロが地に伏した巨大な獲物を見下ろし、額の汗を拭う。
「食えるか?」
「こういうのは蒲焼にすりゃだいたい食える」
隣に来たアトラが短く問うと、コックの彼は淡々と返事をしつつ横たわる肉を捌くためのナイフをおもむろに取り出した。
その男たち二人には、つい先ほどまで木を這い牙を剥き暴れていた凶暴なそれが、食材に見えているらしい。
そんな呑気な前衛陣の背後から、リリスの溜息混じりの声が聞こえてきた。
「食えるかじゃないでしょ……はぁ……。で、これで分かったでしょタイキ? こういうでーーっかい魔物の相手は、もう懲り懲りなんだから」
「あぁごめんリリス! 迂闊だったみたいだ……」
雷電の熱を放射した剣を鞘に収めたタイキが、苦い表情で頭を掻く。少ししおらしくも謝意を示すタイキの言動に、リリスは一瞬バツが悪そうに視線を逸らしつつも返答した。
「……べ、別に迂闊とまでは言ってないけど。こうして倒せたなら……それはそれで、いいんじゃない?」
「はは、そうだなリリス! ありがとう!」
「って、今のはちょっとフォローしてあげただけだからっ! ほらっ、〝いい〟にも色々あるでしょ?」
「え? ああ、ははは。分かった、次からは気をつけるっ!」
巨大な魔物との戦闘を終えて、八人は好き勝手に動きがやがやと騒ぎ始めた。統率の取れているのか、いないのかが分からない連中だ。
そんなシロツメ支部の彼らのやり取りを、少し離れた木陰からじっと見つめている男がいた。しれっと木曜の神技に同行していたコットン・シルバー、彼である。
(……ぬぅぅ。こいつら、やっぱりただの寄せ集めの冒険者共じゃねぇぜ。あの放火魔のコックや、俺様と互角に渡り合ったイカれた三枚目だけじゃなく、この青髪の二枚目。あんな化け物級の大蛇をあっさりと仕留めやがった。なんつぅ魔力をしてやがる……! はて、こいつらはこれだけの戦力を集めて一体何をする気だ? ise会とか言ういけすかない外様連中の本部とやらはこれ以上に強烈なのか? ぬ、ぬぬぬ、待てよ? 考えようによっては、このイカれた強さのお友達どもを上手いこと抱き込み利用すれば、あるいは……ワタァシの抱く大いなる野望にも大きく近づけるんじゃねぇか……? ワタたたたたっ! なぁ、そうかっ、そうだろう? ワタたたたた……あれ? なんか急に、背中が、かゆっ、かゅ、かゆっ……!?)
反撃の機会を探りつつも大人しく彼らについて来ていたコットン。お得意の親しみやすさで団員たちと馴染み内部に潜り込んだ彼は、シロツメ支部の戦力分析をしながらも、狡猾かつ冷静にこれからの作戦を練り上げていく。
だが、ひとり不敵な笑みを浮かべていたその銀髪の男の背に、ぷすぷすと、鋭い何かが幾度も突き刺さる違和感の電流が走る。
「って、かゆくなぁぁいっっ痛ぇ!? 後ろから刺すなぁッ!! ワタァシ──ヲっ!?」
背中に走った鋭い痛みにコットンが飛び上がって叫んだ。 木陰でひそひそと悪巧みを企てていた彼の背後には、いつの間にかあの三枚目の男、アキトが音もなく立っていた。
威勢の良い怒声をあげて後ろを振り返ったコットンであったが、すぐに口から出していたその声を殺した。なんと、今彼がツンと向けた鼻先にある小さなピアスの輪を、レイピアの細い切先が貫いていた。「チカチカ……」とくぐらせた鉄の輪を遊ぶように揺らしながら、その精密な危うい刃は、冷たく鼻下寸前の肌を撫でている。
「そんな背で突っ立っているからだよ、フフ。──さておき、これでクエストは無事達成のようだね」
アキトは平然とした様子でコットンをあしらい、遊ばせていたレイピアを納刀する。そしておもむろに手にした一枚の大きな葉、その葉脈に流れる微弱な魔力の行方を確認しそう言った。
「えっ? 本当にもうこれで終わりなの? あのアースサーペントを倒しただけで?」
リリスが怪訝そうに細めた目でそう尋ねると、アキトは何がおかしかったのか楽しげに肩をすくめた。
「あはは。さっき『でっかいのはもう懲り懲り』とむくれて言っていたことと、随分違う物言いに聞こえるが?」
「っぎ!? それは……その、だって昨日や竜曜、月曜と比べたら妙にあっけなさすぎるっていうか……」
「あの一際大きなアースサーペントはね、本来ならB級冒険者が八人がかりで挑んでも勝てるかどうか怪しい脅威度さ。以前、ジブンたちがウッドフットの森で仕留めた個体とは比較にならない。つまり何が言いたいかというと、単純にキミたちが強くなりすぎたのさ」
「私たちが、強く……?」
アキトの口から出てきたまさかの言葉に、リリスは驚き、隣に並んでいたタイキと目を合わせた。タイキもまたリリスの顔をしばらく見つめた後、前にいるアキトへと視線を戻した。
ただ真っ直ぐに向けられたタイキの真剣な眼差しに対して、アキトは茶化さずに静かに微笑み返す。
今彼が見せたその表情は、若き彼らの強さと成長を認めている証拠にも見える。遠巻きに三人のことを眺めていたミタライの目には、老練なアキトと勇猛にも成長を続けるタイキの間にあった実力差は、もはや近い所まで縮まってきているようにも思えてならなかった。
「一度、元の場所へ戻ってみないことには詳細な状況は分かりませんね。行きましょう」
そろそろ頃合いだと、ミタライが冷静な声で帰還の号令を出した。
「ああ、ミタライさんっ。急ごう、きっとレインが待っている!」
ミタライの指示に頷き続いたタイキの言葉に応じて、仕留めたアースサーペントの近くにいたアトラが、今探し拾い上げた〝ミラーの欠片〟をタイキへと放り投げた。タイキは飛んできたそれをしっかりとキャッチする。
陽光を反射し輝くのは巨大な蛇魔物の討伐の証。まだ熱帯びた魔力を宿す輝きを確かにその手に握り締め、シロツメ支部の九人は、再び【WONDER★MAZE】の看板のある薄暗い洞窟のルートを足早に戻り始めるのだった。