トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜   作:山下敬雄

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第58話 正解と悪戯

 ワンダーメイズの洞窟が構える人面樹の森の中から、少し離れた場所に広がる鈴蘭の野原。一面に咲き誇る白い花々の中には、キルト細工のようにツギハギに縫われたスカートを穿いた車椅子の淑女がひとり。

 

 そこで静かに佇んでいた彼女は、ふと青い目を遠くへと凝らした。そして突如放たれた一粒の赤い宝石の弾丸が、樹上で小さな栗鼠を襲っていたミラーエイプの腹の真ん中を撃ち抜いた。

 

 木から落ちた猿型の魔物は息絶えて、砕かれたミラーと共に淡い魔光を放ちながら失せていく。思わぬ横槍に救われた栗鼠は、幹に空いていた巣穴の中へと慌てて戻っていった。

 

「──ギフトの示現。ミタライ支部長の披露してくれたあの緑火の猫ケットシーのように、ギフトが確固たる形をなし表に現れたもの。それだけではなくまるで生き物のように……意思を持ち、様々な個性を持つ……」

 

 ガーネットは栗鼠の尻尾が巣穴に引っ込んで見えなくなると、そう反芻するようにつぶやいていた。

 

「新たに頂いたアキトの課題。【バナナ味の林檎】よりも難しい、そんなアキトの提唱するギフトの深奥……私がそれを? 思い浮かべることが……アキトたちの未来につながる……大事な……」

 

 師とも言える冒険者アキト。彼が裏で新たに伸び盛りの彼女へと囁き望んだのは、ギフトの【示現】。ギフト使いとしての更なる高みを目指すことであった。

 

 雨の中を彷徨う赤い袴の男と、宙に吊られた柘榴色の果実、その一枚の花札に映る景色にはまだ空白がある。手に取ったそれを、思い悩むようにガーネット・フローザが目を落とし見つめていると──。

 

 突然、辺りが真っ白に染まった。横風と共に流れてきた大量の白い綿のようなものが、ガーネットの視界を覆った。

 

「きゃっ……これは? 魔力……コットンのギフト?」

 

 航行中、破れたスカートを縫ってくれた密航者コットン・シルバー。彼のギフトの仕業かと一瞬彼女は思ってしまった。

 ガーネットは思わず腕で顔を覆い、吹く白い綿に目を細める。すると白い視界の中を悠然と歩く人影が、車椅子の彼女に向けてつぶやいた。

 

『コットンじゃないわ、コットンじゃ』

 

 細やかに舞う綿景色を割って現れたのは、枯れ草色の長い髪を揺らす女──ソシエラだった。

 

 

 辺りを覆っていたタンポポのような綿は、やがて風に乗り遠くへと去っていった。白い景色が明け、いつの間にか鈴蘭の花畑の中央には、そこに無かったはずの小さなティーテーブルが設けられていた。

 

 不思議に思いつつもソシエラの誘いに従ったガーネットは、開放的なその席でハーブティーをいただくことになった。

 

 得体の知れない女と奇しくも二人きりに──。まだ先ほどの緊張が残る中、ハーブティーを半分ほど飲み干したガーネットは気になっていた疑問を、この神技【ワンダークエスト】の発案者へと真っ直ぐにぶつけた。

 

「……一つ伺います。このまま私たちがクエストをこなしていけば、あの人面樹のレインはどうなるのかしら?」

 

 ソシエラは啜っていたティーカップから唇を離した。

 

「あら、あの子のことを心配してくれていたの?」

 

 どこか楽しげに目を細める枯れ草髪の女に、ガーネットは流されず真剣な表情で頷いた。

 

「ええ……レインは、もしかすると私のように」

 

「呪われている」

 

「!」

 

 話を遮り放たれたソシエラの一言に、ガーネットは思わず目を見開いた。何故見ず知らずの彼女が自分の石の足のことを知っているのか。そんな驚きの表情を隠せなかった。

 

 向かい合う小さなティーテーブルの下で、ちょこんと触れたソシエラの冷たいつま先が、ガーネットのつま先から離れていく。

 

 そして、少し悪戯な笑みを浮かべたソシエラは、ガーネットの目を真っ直ぐに射抜きながら、そこから何かを読み取ったのか意味深な言葉を続けた。

 

「なるほど。あなたにも人生のクエストがあるようね」

 

「私にも、クエスト……?」

 

「ええ、分かるわ。だって私にもあるもの」

 

「それは一体……」

 

 まるで考えが読めない、だがこちらの考えが見透かされているようにも思えた。ガーネットは怪訝な表情で、対面に座る彼女へと問い返した。

 

「冒険王オーズを殺すこと」

 

「!?」

 

 冷たい笑みで彼女はそう囁いた。返ってきた答えは、誰も予想だにしないまさかの答え『冒険王オーズの抹殺』。

 

 枯れ草髪の女は、紐で丁重に括られ丸められた色褪せた緑の葉の巻物を、そっと怪しげにテーブルの上へと置いた──。

 

 

 

 

 

 

(冒険王オーズ、そんな昔の歴史上の存在を……殺めるどころか、もはやこの世には存在すらしていないはず……彼女は何故そのような嘘を?)

 

 この世界ガライヤで最も気高く有名な冒険者、冒険王オーズ。今は生きているはずのないその名前をなぜ彼女は口にしたのか。ガーネットにはその真意が到底分かりはしない。今笑みをふと消したソシエラの考えていることが、本気なのかただの冗談なのかさえやはりさっぱり読めなかった。

 

 色褪せた緑の葉の巻物に目をやる。そこにはソシエラの人生のクエストが記されているのだろうか。ガーネットが手を伸ばせば届く距離に置かれていた葉の巻物に視線を落とすと、何か異様な魔力の気配がそこから滲み出ているようにも思えた。

 

 思わずぎょっと目を見開いたガーネットは、凝らした青い双眸に己でも知らぬ内に、薄い魔力のフィルターを通わせながら視界にある巻物を覗いていたことに気づいた。

 

「あの子は魔物のドライアドとは似ているようで違ってね。肉を苗床にしているの」

 

 得体の知れない魔力を漂わせていた葉の巻物の紐部分を、しなやかで白い指先につまみ、ソシエラは自分の袖の下に収めた。

 

「肉を……」

 

 また違う話をしだしたようにみえたソシエラ。彼女がさらりと言い放ったその不穏な言葉に、ガーネットは眉間の皺を深めて息を呑む。

 

「【トリメルカの種虫(しゅちゅう)】。原産は魔大陸。人を人面樹に変えてしまうとても厄介な寄生種。私はその研究をしているのよ」

 

 次にソシエラがおもむろに懐から取り出したのは、小さなガラス瓶。透明なそのガラス瓶の内側には乾燥した不気味な虫の死骸のようなものが入っていた。そして、ソシエラが指先から小瓶へ魔力を流すと、瓶の内の種虫はまるで息を吹き返したようにうじうじと蠢き始めた。

 

 ソシエラの手中で実験するように繰り広げられた未知の悍ましい光景に、ガーネットは思わず嫌悪感を示した。それと同時に気づきたくはない、そんな良からぬ事に気づいてしまった。

 

「人を人面樹に……。待ってくださいあなたは! 一体何をしたとおっしゃるのですか!」

 

 嫌悪を通り越して、ふつふつと湧いてきたのは怒りか。聞きたくはない、だけどどうしても問わなければならない。そんな覚悟を元に、ガーネットは目の前のテーブルを両手で叩き、先ほどよりも声を荒げて叫んでいた。

 

「罪人に何かをして、あなたはそれを罪に問うの?」

 

 くすりと静かに笑ったソシエラは、悪びれることなく淡々とさらなる重い事実を明かした。彼女の冷静なその有様は、その手札を切り出すタイミングを予め計算し見計らっているようにも見えた。

 

「……罪人!? たとえレインがいかなる罪人であったとしても、それを知れば……アレは気分の良いものとは言えません……!」

 

 それでもガーネットは声を荒げて叫んだ。

 寄生し人を人面樹に変えてしまう種虫。その実験台に罪人のレインが選ばれた。たとえそうであったとしてもソシエラの言っている事も、している事も、決して嫌悪感を拭うことのできない所業であった。ガーネットはソシエラの見せた思想の片鱗にさえ反発し、理解を示すことを拒んだ。

 

「おかしな人ね。あなたの気分の持ち方がどう変わろうと、あの子の罪の重さは一切変わりはしないのだけど?」

 

「ッ!」

 

 なんとも冷淡な言葉を発する枯れ草髪の女が目の前にいる。ポーカーフェイスで見つめてくるソシエラは、ガーネットの青い眼差しに宿る熱意や怒り、すべてを打ち砕くようにそう言ってのけた。

 

「……そのような不毛な言葉の上塗りを続けても時間の無駄かと思います……」

 

 耳を疑う一言に一瞬、奥歯を噛み締めたガーネットだったが、そのまま長く息を外へと押し出すように吐いた。そして、募っていた怒りをたった今すべて海の底に沈めたかのように冷静な口調に直り、静かに語り出した。

 

「分かりました、あなたはこうおっしゃりたいのですね。──クエストをこなせば変えられる。罪を償うことができる。だからこそあなたソシエラは、レインを人面樹にした!」

 

 怒っても喜んでも笑っても変わらない、変えられない。

 ガーネットが冷静になったその頭で思考した末に行き着いた答えは、人面樹の葉に宿るクエスト。それをクリアすること、即ち、一枚一枚にも背負った彼の罪を償うことができるということ。

 

「! ……ええ、そうよ。正解だわ、──正解。ふふっ」

 

 テーブルを揺らし真っ直ぐに突きつけられた核心を突く答え。目の前に乱れて揺れる長い金髪と綺麗な青い眼差しに、一瞬だけ呆気に取られたソシエラだったが、やがて真一文字に閉じていたその乾いた唇を、静かにゆっくりと吊り上げた。

 

 神技中の話し相手が欲しくて気まぐれに遊んでいたのか、それともどこか感覚の鋭い彼女のことを内心で期待し試していたのか。

 ソシエラは思わずそっと、左手で口元を押さえながら、愉しげな笑い声を冷たい指の隙間から漏らした────。

 

 

 

 

 

 

 

 机上に揺れていたカップの内の琥珀色の水面は、やがて元の穏やかさを取り戻した。結局ソシエラの人生のクエストの詳細は謎のまま、しかし人面樹レインの罪については、償うその方法を彼女はガーネットに教えてくれた。

 

 そして話は、車椅子に腰掛けたガーネットの石の両足に移った。「よかったら聞かせてくれるかしら?」──そう、ソシエラの柔和な口調と仕草に促されたガーネットは、学生時代から遡り、この葬魔七曜血選で自身が経験した事を包み隠さずに目の前の彼女に話した。

 

「そう……。そんなことがあったのね。でも、その波乱万丈のストーリー、とても羨ましいわ」

 

 静かにガーネットの話に耳を傾け聞き入ったソシエラは、空になったカップに新たなハーブティーを注ぎながらそう言った。

 

「……羨ましい?」

 

 ソシエラが今口にした意外な感想にガーネットは不思議そうに問い返す。

 

「見守ってくれる人が近くにいるなんていいことよ。その出会い、大事にするといいわ。森にいるとあまりそういった素敵な出会いはないのだから」

 

 ソシエラはカップから立ち上るハーブティーの香りを嗅ぎながら、少し自虐気味にそう語った。

 

「もちろんアキトやペコロのおかげで、私はここにいます。たとえこのギフトが呪いだとしても、役に立てるのなら……」

 

 それはソシエラの素直な気持ちから出た言葉にも思えた。ガーネットは過去にアキトやペコロそして従者のハリエのしてくれた助力と献身を反芻しつつも、今は彼らの役に立ちたいという思いが心の外にまで湧き上がっていた。

 

 車椅子に乗せた硬い両膝に気合いを込めるように両手を打ちつけた、そんなガーネットの姿を見てソシエラは軽く微笑んだ。

 

「ふふっそうね。──あ、意地悪はしていないと言ったのだけど、そういえばあなた達がまたクエストに出払っていた時に、私、少しだけ悪戯をしたことを思い出したわ?」

 

 それと同時に、ソシエラは自分の口元の前で何かを思い出したように両手を叩き合わせた。

 

「悪戯?」

 

 つまりは最初のクエストであるアースサーペントを討伐し、新たな二つのクエストを同時に請け負ったシロツメ支部が、二手に分かれワンダーメイズを再度くぐった後のことだろう。その間に神技の発案者である彼女は、ある「悪戯」をしてしまったのだとガーネットへと打ち明けた。

 

 小首を傾げるガーネットの手元にそっと、ソシエラは、新たな葉の巻物をティーテーブルのクロスの上に滑らせていく。

 

「話し相手になってくれたお礼と言ってはなんだけど、もし……あなたがそのクエストをこなせたのなら。私があなたの呪いについて知っていること、〝教えてあげる〟。ふふっ」

 

 それは随分と気前の良い話だった。そして目の前に運ばれた葉の巻物は、先ほどソシエラの袖の内へと仕舞われた色褪せた物よりも、深く濃い緑に色づいていた。

 

 「呪いの情報の対価、それはきっと簡単なことじゃない……」ガーネットはそう訝しみつつも乾いた喉に唾を飲み込んだ。だが、彼女は目の前にこれみよがしに用意されたその選択を拒みはしなかった。

 

 恐る恐る近づけた指先で、巻物を縛っていた細い紐を解いていくと──。

 

 

 

【カガミ ヒカリ ミチテ ミドリノ ハタ マヨイ シ──】

 

 

 

 広げられた一枚の人面樹の葉、その太い葉脈にザラザラと流れ始めたのは、不吉な魔力。大きな葉に刻まれていたのは目を疑う不穏なクエストの文字。ひび割れたカップが二つ、持ち堪えることができずに、脆く砕ける悲惨な音が優雅な茶の席に鳴り響く。

 

 鈴蘭の野に妖しげな風が吹く。乾いた喉も潤さないまま、血相を変えた車椅子の淑女は森の中に向かい走り出した。

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