トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜 作:山下敬雄
第60話 勢ぞろい
「おっと、ネクタイが曲がっとったわ。ははは」
ツツミが一転して気の抜けた声を出すと同時に、周囲を威圧していた赤い雷光がおさまっていく。しかし先ほど漏出させた魔力はただのパフォーマンスではない、明らかなる脅し。それは冒険者ならば誰もが一目で分かるほどの膨大な魔力量だった。先頭に立ちシロツメ支部の四人の前に忽然と現れたこの男は、只者ではない。
(なんだこいつら、ずらずらと……? それになんださっき見せびらかしたこのホワイト野郎の異常な魔力量? 青髪の二枚目以上じゃねぇか……まるで穏やかじゃねぇ。おいおいこの森のどこにこんな化け物が潜んでやがった……こいつもお友達か? いや待て!? コイツまさか……!?)
コットンは肌から滲み出ては止まらぬ冷や汗を流し、内心はパニックに陥る。だが今になってようやく、アキトの言動や態度がおかしくなっていたその意味の一部を理解した。
四人の前を訪れた得体の知らぬ軍団に、コットンは険しい表情のまま固まり、脳内で状況の邪推と算段を重ねていく。
「どうした、ミタライ支部長。顔色が悪いぞ?」
ツツミは焦げついた緑のネクタイから手を離し、真っ白なスーツのポケットに手を突っ込みながら笑みを浮かべる。その男の瞳は、久々に会った水色髪の女の顔を真っ直ぐに睨み放さない。女の唇のわずかな震えさえも見逃さなかった。
「……なぜ、ここに」
因縁のある男が突如として彼女の目の前に姿を現した。だが、一度唇をきゅっと閉ざしたミタライは、冷静にそう言葉を返していた。
「親が勝手にふらつきよる子を探すんは、当たり前やろ?」
ツツミは、なおも余裕げに笑う。親である本部のトップとあろう者が、子である支部の動向に気に掛けるのは当たり前のことだと言う。そう、連絡も取り合わず行方をくらませた子のことなら尚更。
「おかしいね? キミのようなオーラ満載の大役者がこの祭典に参加していれば……ジブンは必ず楽屋に挨拶をしに行っていただろうに?」
アキトはいつもの飄々とした足取りで、険しい顔を浮かべていたミタライの前を横切った。そして皮肉混じりの独特の言い回しで、目先に立つ白いスーツの男へと問うた。
この葬魔七曜血選の舞台に何故、木曜日の神技中、参加していないはずのクロキリ本部のクランマスターである彼がいるのか。それもざっと見で二十人以上はいる過剰な戦力を後ろに引き連れて、こうして四人の前に現れることができたのか。
サイカン本部との同盟を結ぶ条件を果たすためにこの裏の祭典に参加していたシロツメ支部にとっては、まさに最悪のイレギュラーとも言える状況。まさか神技中に関係の悪化したクロキリ本部の彼らが、こうも押し寄せて手出しをしてくるとは思わなかったのだ。
「ははは。一見深く見える裏社会っつぅんは、案外横に広げれば手ぇ繋げるほど狭いもんなんや。持つべきものは〝友〟というこっちゃ」
アキトの宣う台詞は皮肉にもなっておらず、ツツミの力を甘く見積もっていたという他はない。葬魔七曜血選を取り仕切る運営やスポンサー側には、彼の懇意している友人がいたのだ。このぐらいの越権行為をし、割り込むことすら容易であるほどの深い繋がりがあるのは明白であった。
アキトの皮肉と疑念を受け流しツツミが愉快そうに肩を揺らした。その時、ツツミの背の後ろから一人の若い団員が今、躍り出るように前に現れた。
「貴様の取る行動など既にすべてお見通しだ、冒険者アキト! このイカれた悪人擬きが……! 酔いしれた愚策で欺いた気になり、先生に敵うと思ったか!」
アキトへと向かい罵声を浴びせつつも勇ましく指をさすのは、カレン・アズマ。ツツミが信頼を置くクロキリ支部の戦闘員の一人であった。
「おや? その顔……どこかで会ったのかな? あはは、わかんないや、誰? 夢で会ったのかな? 思い出せそうで思い出せないね。とするとまあ、ジブンにとっては取るに足らないということかな」
アキトを挑発するのは、赤と黒ツートンカラーの髪をした若く元気なその男。しかし、初対面でお見通しと言われてもピンとはこない。アキトはわざとらしく笑いながらカレンのことを一蹴した。
「貴様……! フッ、そうして余裕ぶっていられるのも今のうちだぞ間抜けめ! そうだ今ここで貴様の悪事を──」
アキトの侮辱行為にカレンは顔を一層深く顰めたが、一転してすぐに「フッ」と笑い返した。そしてまた表情と声に勢いを取り戻し、そのまま意気揚々と捲し立てようとしたが──。
「まあ待て。コイツの〝それ〟は後や。最初に言った通り、今はじっくり話そうっちゅう話やろ。焦んな、カレンよ」
「ッ……はい先生!」
目の前にしゃしゃり出ていた部下の肩にゆっくりと手を置いたツツミは、「待て」をかけた。その交渉のカードを切るにはまだ早いとでも言いたげに、安い挑発に乗っていたカレンのことを諌めた。
ズキズキと痺れる肩。重く乗り掛かった先生の大きく逞しい手に止められ、冷静さを取り戻したカレンは大人しく後ろへと退がっていった。
「おや、寸止めかな? 気になるがまあいいや。──で、肝心の話というのはなんだい? 言った通り、じっくり伺わせてもらおうか?」
アキトは楽しげに肩をすくめる。そして空々しくも片手の指を軽妙に鳴らし、部下を退がらせたツツミに向かい「話」とは何かを問うた。
「あぁ、それはな。ハハハ、先ずは──」
ツツミが突然ちらりと横に目をやる。今彼が睨んだその方角から、まだ霧に霞む木々の間をすり抜けて、一人の女の影が近づいて来た。
「ごめんなー。やっぱりツツミはんには、これまで良くしてもらってる恩と付き合いがあるから。いくら強くてもあんたらみたいな暴れん坊は、ウチらサイカン本部では首輪あっても持て余すって評価になっちゃったわ」
長い銀髪に黒い着物、そのじっとりとした言葉遣い。場違いな底の高い下駄で悠然と草地を踏み鳴らすその存在、そのシルエット。
「つまり結論、シロツメ支部がサイカン本部の子になる三つ目の条件は、──〝不合格〟ってことやね」
ise会サイカン本部のクランマスター、マリモ。
漆黒の扇子を広げて妖しくほくそ笑む、その女の姿だった。
武闘派があまりいないサイカン本部の代わりに、パートナークラン(仮)として葬魔七曜血選に参加することを認め、そのシロツメ支部のバックにつき資金や物資などの援助をしていたマリモ代表。
ここに来てその密約と協力関係を解消するような彼女の裏切りは、シロツメ支部にとって青天の霹靂たる衝撃と言わざるを得なかった。
「……つまり、売ったというわけですか。魂を」
ミタライの冷徹な視線がマリモ代表を射抜く。クロキリ本部の権力や圧力に屈し乗り換えたのか、あるいは、最初からシロツメ支部を彼らに引き渡すことがこの女狐の本当の狙いだったのかもしれない。
「あっは、人聞きの悪い。あんたらがこのお祭りを勝ち進んで一緒にお買い物して盛り上がるよりも、ここで抜き身のあんたらを元の鞘に引き渡す方が値打ちがあるって踏んだだけ。売り時にきっちり売るのが商売人、その魂を失った時こそ──マリモ商会の終わりやろ?」
怖い目で睨みつけてくるミタライのことを一笑に付し、マリモは自身のもう一つの顔である商売人の矜持を振り翳し、自分の取ったその選択と行為を正当化してみせた。
味方であるはずのサイカン本部からの裏切り。アキトは冷ややかな眼差しで、のうのうとこの場に現れたその銀髪の女のことを見つめた。
「──信じるべきじゃなかったね」
「信じてたん? そりゃ、嬉しいわ。ふふふ。まさかそんな甘っちょろいこと言う男やとは思わんかったけど? あながち売り時は間違ってなかったみたいやな?」
マリモは扇子を悠々とあおぎながら、アキトのかける言葉を何食わぬ顔で受け流す。この程度のことで焦りの本性を覗かせたその男には、思っていたほどの価値はないのかもしれない。今までが期待の買い被りだったと言いたげに、勝ち誇ったように冷たく笑った。
「おい待て待て待て待て! アングリーはどんぐりぃで深呼吸! すぅ〜……ここはひとまず、その魅力的でお得な話ってヤァ〜ツのつづきを聞こうじゃないか? はぁ〜」
アキト、ミタライ、そしてマリモ代表、三人の間に流れた一触即発のピリついた不穏な空気。感じ取ったその空気にたまらなくなったコットンは、体と声を割り込ませ、宥めるような両手の仕草で大声を張り上げた。
悩める彼の頭脳が弾き出したタイミングは〝ここ〟。
どちらの陣営の旗色にもまだ完全に染まっていないコットン・シルバーとしては、この場での武力行使による諍いは何としても避けたかった。話術と頭脳とギフトを駆使し上手く立ち回れば、まだどちらにも乗り換えられるチャンスが彼にはあった。派手な身なりの銀髪の男はおどけながらも冷静に、この場に集ったクラン同士のパワーバランスを窺っていた。
「……ああ、いいだろう。だが、ここは隠れん坊をしていたお前らをおびき出し見つけてくれた部下の顔を立ててやりたい。よって、完全なお咎めなしとはいかん。クラン、シロツメ支部は当然お取り壊し。そのかわり家を失ったお前ら全員、クロキリ本部がごっそり手厚く預かることにした」
ツツミが出したお許しの条件。それは、ise会シロツメ支部の強制解散、およびクロキリ本部への解体した支部からの人員の吸い上げであった。
「ま、落とし所としては当然っちゃ当然。殺伐とするより合理的でええんやない? それでも寛容な方やで、ツツミはんは。自分らで出した損害分は補填して働いてもらえば許してくれるって言ってるんやから。そうそう、あんたら中々使えるって分かったから、何人かは今してるようにウチの商会でも貸し出しの扱いで働いてもらうで。な? 悪ぅ話やないやろ? 信頼にも価値はある、だからこそっ信じてくれててよかったなぁ? ウチのこと、ふふふっ」
マリモ代表もまたツツミの提案に同意する。まるで裏でクロキリとサイカンの話が既にまとまっていたかのように、ツツミが口にしていないことまでを、彼女は饒舌に語り付け加えた。
「大体は、そういうことや。有能な部下は然るべき場所、然るべきシステムの中で使ってやらんと風通りが悪くてすぅぐ腐ってまう。それこそ損や」
次の瞬間、部下から受け取った書類の束を、ツツミはその場で豪快に撒き散らした。そしてアキト、ミタライ、アトラ、コットン四人それぞれの足元の地へと、部下たちから投じられたナイフが突き刺さった。
「──これに血判を押せ。今回の件は、それでさっぱり済ませてやる。ハハハハ……」
盛大に舞い散る荒い紙吹雪の中、支配者は低く重く笑う。
望むのは自らの血と魔力を以て誓う従属の契約のみ、例外はない。
多勢に無勢。包囲されたシロツメ支部の四人へと、ツツミは最後にして唯一の重い選択肢を突きつけたのだった。
「……拒めば」
直立したままミタライは、微動だにせずにそう言った。足元の地に突き刺さったナイフに目もくれず、散らばる紙に触れようともしなかった。
「躾ける。血反吐を吐かせてでも、お前らの指をスッパリ落として判子にしてでも。それだけや」
ツツミは迷いなく即答した。そしてミタライの顔を真っ直ぐに睨み返しながら続けた。
「それに、あの時のようになりたくはなかろうミタライ支部長?」
「……!」
その時、冷静を装っていたミタライの表情がわずかに歪んだ。
「思い返すとアレは凄惨やったなぁ……だがもう、すがりつくことはない。【シロツメの風】……いや、今は【シロツメ支部】。そんなものがあるから良からぬ情に駆られて、妄想は膨らみ、果てにあらぬ事をしでかしてしまう。そういえばあの直情的な女もそうやったなぁ、無駄な責任感や正義感、それが暴走した結果がこうや? ミタライ支部長は持ち味の冷静さを失い、賢明さが愚かさの沼にはまり下手な二の舞を踏んで・い・る」
ツツミはミタライ支部長のその性格から、クロキリ本部へと歯向かう愚かな行動に至るまでの分析をするように語った。
「でもこれは最終的に上司である俺の判断ミス、認めよう。そこでや、『ならばいっそ崩してしまおう、その看板を』──って考えに至った。つまりこれからは、俺が一切の責任を引き受けよう。あの女の残したしょうもない呪いにこれ以上縛られることもない。シロツメとクロキリが一枚岩になり未来に向かって共に歩もうや? ハハハ……これでも苦悩して目一杯譲歩しとるんや。ここはそんな親の気持ち、汲んでくれや。なぁ?」
ツツミが口にした【シロツメの風】という聞いた事のない看板の名は、今の【シロツメ支部】と何か関係があるのか。
ミタライは何かを堪えるような表情で黙っていた。その看板を取っ払う事にツツミやミタライの中でどういった意味があるのか。それは両者しか知りようのない事なのかもしれない。
静寂の場を支配するツツミの演説。渋く深みのあるその雄の声が、すぎた過去にとらわれずこれからの未来を共に建設的に歩むことを望んでいる。シロツメ支部とクロキリ本部が今までの親と子の関係以上に真の意味での一枚岩になることを願っている。
ツツミにとってはこれが精一杯の譲歩。これ以上の甘い蜜は存在しない。契約書を手に取り、紙に血判を押すだけ。そこにあるのは指先をちくりと刺す、わずかな痛みのみ。
ミタライが依然黙って演説を終えたツツミの目を覗いていると、黒髪の男が飄々とした足取りで彼女の視界を横切り動き出した。
そして彼女の足元にあった一本のナイフを拾い上げた彼は、人差し指に切先で迷いなく傷をつけた。赤く滴るそのしなやかな男の指先に、注目の視線が一斉に集まっていく。
今、「やはり」といの一番に寝返りの動きを見せた愚かな男の姿を見て、ツツミがにやりと笑う。
だが、ツツミの脳内で描き切られたその完璧な悪の筋書きは、ピリオドを打つ直前に、堪え切れずに出た一人の道化師の高い笑い声に掻き消された。
「ふふふふふ。アハハははは!」
場違いな狂おしいほどの笑い声が森に響き渡った。
「何を笑っている貴様っ! この期に及んで、自分の置かれた立場が分からない馬鹿が! 貴様らはもう、詰んでいるのだよっ!」
カレンは思わず、いつまでも終わらないその鬱陶しい笑い声に怒声を被せた。最後まで無礼な態度を取り続けるアキトへと強く指をさし、嫌悪の表情で睨みつけた。
状況は誰がどう見ても覆りようがない。追い込まれて気でも狂ったピエロの笑い声は、ただ空々しいだけ。デタラメとはぐらかしはもうクロキリ本部の彼らには通用しない。ならば大人しく敗北を認め、その穢れた血で契約書に判を押すしか助かる道はない。
即刻その無礼をやめなければ容赦はしない。顔を顰めるカレンは腰元に差していた剣に手をかけようとした。
「──失礼。……だが」
ひとしきり笑い、ついに笑うのをやめたアキトは手のひらを前にして、今にも斬りかからんと殺気立っていたカレンのことを制止した。
そして突き出していた左手は、また血の滲んだ人差し指を立てて、アキトはそれをゆっくりと左右に振り揺らした。
「キミたちは空き巣への押し売り営業の方は上手くても、交渉の仕方は知らないのかな」
「──ええっ。そのようです!」
不敵に口元を釣り上げて言うアキトの言葉に、ミタライは示し合わせたように同調した。
直後、二人の背中──羽織った緑のマントの裾から緑の火が勢いよく吹き上がった。
「なんだと貴様ら……ッ何をしたっ! そこを動くッ……ナッ!?」
剣を抜いたカレンが驚愕の声をあげる。
突如、燃え盛り出した緑のマント。目の前にあるそれと同じような緑の火と光が、森の周囲にぽつぽつと現れ出したのだ。
まだうっすらと霧の立ち込める森の周囲一帯に、リンクするように漂い出した怪しげな緑の怪火。いや、それはただの怪火ではない。カレンの目の前に立つ二人の冒険者のマントと同じように、燃え盛る火を纏う数多の旗が掲げられていた。
信じられないことに、四人を追い詰めていたクロキリ本部の数を凌ぐほどの大軍が、音もなく霧中の森へと現れたのだった。
「さぁっ! ここからが本当の、交渉開始といこうか?」
「この指止まれ」と言わんばかりに陽気に掲げていた赤い左の指先を、アキトは口に寄せ伸ばした舌で舐めずった。道化師はまた笑みを宿す。
同じ緑に燃える無数のクランの旗が揺れている。袋の鼠を追い詰めた猫をさらに追い詰める、形勢逆転の奇策の一手がメラメラと楽しげに燃え盛っている。