トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜 作:山下敬雄
「おっと、ネクタイが曲がっとったわ。ははは」
ツツミが一転して気の抜けた声を出すと同時に、周囲を威圧していた赤い雷光がおさまっていく。しかし先ほど漏出させた魔力はただのパフォーマンスではない、明らかなる脅し。それは冒険者ならば誰もが一目で分かるほどの膨大な魔力量だった。先頭に立ちシロツメ支部の四人の前に忽然と現れたこの男は、只者ではない。
(なんだこいつら、ずらずらと……? それになんださっき見せびらかしたこのホワイト野郎の異常な魔力量? 青髪の二枚目以上じゃねぇか……まるで穏やかじゃねぇ。おいおいこの森のどこにこんな化け物が潜んでやがった……こいつもお友達か? いや待て!? コイツまさか……!?)
コットンは肌から滲み出ては止まらぬ冷や汗を流し、内心はパニックに陥る。だが今になってようやく、アキトの言動や態度がおかしくなっていたその意味の一部を理解した。
四人の前を訪れた得体の知らぬ軍団に、コットンは険しい表情のまま固まり、脳内で状況の邪推と算段を重ねていく。
「どうした、ミタライ支部長。顔色が悪いぞ?」
ツツミは焦げついた緑のネクタイから手を離し、真っ白なスーツのポケットに手を突っ込みながら笑みを浮かべる。その男の瞳は、久々に会った水色髪の女の顔を真っ直ぐに睨み放さない。女の唇のわずかな震えさえも見逃さなかった。
「……なぜ、ここに」
因縁のある男が突如として彼女の目の前に姿を現した。だが、一度唇をきゅっと閉ざしたミタライは、冷静にそう言葉を返していた。
「親が勝手にふらつきよる子を探すんは、当たり前やろ?」
ツツミは、なおも余裕げに笑う。親である本部のトップとあろう者が、子である支部の動向に気に掛けるのは当たり前のことだと言う。そう、連絡も取り合わず行方をくらませた子のことなら尚更。
「おかしいね? キミのようなオーラ満載の大役者がこの祭典に参加していれば……ジブンは必ず楽屋に挨拶をしに行っていただろうに?」
アキトはいつもの飄々とした足取りで、険しい顔を浮かべていたミタライの前を横切った。そして皮肉混じりの独特の言い回しで、目先に立つ白いスーツの男へと問うた。
この葬魔七曜血選の舞台に何故、木曜日の神技中、参加していないはずのクロキリ本部のクランマスターである彼がいるのか。それもざっと見で二十人以上はいる過剰な戦力を後ろに引き連れて、こうして四人の前に現れることができたのか。
サイカン本部との同盟を結ぶ条件を果たすためにこの裏の祭典に参加していたシロツメ支部にとっては、まさに最悪のイレギュラーとも言える状況。まさか神技中に関係の悪化したクロキリ本部の彼らが、こうも押し寄せて手出しをしてくるとは思わなかったのだ。
「ははは。一見深く見える裏社会っつぅんは、案外横に広げれば手ぇ繋げるほど狭いもんなんや。持つべきものは〝友〟というこっちゃ」
アキトの宣う台詞は皮肉にもなっておらず、ツツミの力を甘く見積もっていたという他はない。葬魔七曜血選を取り仕切る運営やスポンサー側には、彼の懇意している友人がいたのだ。このぐらいの越権行為をし、割り込むことすら容易であるほどの深い繋がりがあるのは明白であった。
アキトの皮肉と疑念を受け流しツツミが愉快そうに肩を揺らした。その時、ツツミの背の後ろから一人の若い団員が今、躍り出るように前に現れた。
「貴様の取る行動など既にすべてお見通しだ、冒険者アキト! このイカれた悪人擬きが……! 酔いしれた愚策で欺いた気になり、先生に敵うと思ったか!」
アキトへと向かい罵声を浴びせつつも勇ましく指をさすのは、カレン・アズマ。ツツミが信頼を置くクロキリ支部の戦闘員の一人であった。
「おや? その顔……どこかで会ったのかな? あはは、わかんないや、誰? 夢で会ったのかな? 思い出せそうで思い出せないね。とするとまあ、ジブンにとっては取るに足らないということかな」
アキトを挑発するのは、赤と黒ツートンカラーの髪をした若く元気なその男。しかし、初対面でお見通しと言われてもピンとはこない。アキトはわざとらしく笑いながらカレンのことを一蹴した。
「貴様……! フッ、そうして余裕ぶっていられるのも今のうちだぞ間抜けめ! そうだ今ここで貴様の悪事を──」
アキトの侮辱行為にカレンは顔を一層深く顰めたが、一転してすぐに「フッ」と笑い返した。そしてまた表情と声に勢いを取り戻し、そのまま意気揚々と捲し立てようとしたが──。
「まあ待て。コイツの〝それ〟は後や。最初に言った通り、今はじっくり話そうっちゅう話やろ。焦んな、カレンよ」
「ッ……はい先生!」
目の前にしゃしゃり出ていた部下の肩にゆっくりと手を置いたツツミは、「待て」をかけた。その交渉のカードを切るにはまだ早いとでも言いたげに、安い挑発に乗っていたカレンのことを諌めた。
ズキズキと痺れる肩。重く乗り掛かった先生の大きく逞しい手に止められ、冷静さを取り戻したカレンは大人しく後ろへと退がっていった。
「おや、寸止めかな? 気になるがまあいいや。──で、肝心の話というのはなんだい? 言った通り、じっくり伺わせてもらおうか?」
アキトは楽しげに肩をすくめる。そして空々しくも片手の指を軽妙に鳴らし、部下を退がらせたツツミに向かい「話」とは何かを問うた。
「あぁ、それはな。ハハハ、先ずは──」
ツツミが突然ちらりと横に目をやる。今彼が睨んだその方角から、まだ霧に霞む木々の間をすり抜けて、一人の女の影が近づいて来た。
「ごめんなー。やっぱりツツミはんには、これまで良くしてもらってる恩と付き合いがあるから。いくら強くてもあんたらみたいな暴れん坊は、ウチらサイカン本部では首輪あっても持て余すって評価になっちゃったわ」
長い銀髪に黒い着物、そのじっとりとした言葉遣い。場違いな底の高い下駄で悠然と草地を踏み鳴らすその存在、そのシルエット。
「つまり結論、シロツメ支部がサイカン本部の子になる三つ目の条件は、──〝不合格〟ってことやね」
ise会サイカン本部のクランマスター、マリモ。
漆黒の扇子を広げて妖しくほくそ笑む、その女の姿だった。