トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜 作:山下敬雄
「ひぃ、ふぅ、みぃ……。いやあ、これは驚いた?」
アキトはわざとらしく指を折り、霞む景色に立ち上がる緑の旗を数えると、最後は両手を広げて肩をすくめてみせた。
「どうやら、ジブンの方がお友達が多かったようだね。対してキミの方の友達は……あまり家に上げてくれない気難しいタイプだったのかな? 祭りの雰囲気を壊さず鼠を捕えるには……うんっ。最低限って感じだね、ふふふ」
アキトがそう皮肉を言い笑う。クロキリ本部の数よりも、自分たちのかき集めたクラン混合の軍勢が圧倒的に勝っていることを改めて知らしめるように。
旗と人影の数からして、巨大な包囲網をそこに敷かれているのは明らか。優位に立ったアキトから向けられた愉快な挑発に対して、ツツミはただゆっくりと拍手をしながら言葉を返した。
「数だけは立派なこけおどしのお友達同盟。──そんなもんで頭取れんのか? おい?」
低く凄む地を鳴らすような声と、睨む爬虫類のような眼光がアキトを鋭く射抜いた。いかなる窮地に陥ろうとも、ツツミという男は格下のする下手な脅しになぞ屈しはしない。逆に目の前に立つ、安っぽい薄笑いを浮かべた道化師を、その圧倒的な個の存在感で威圧し問い詰めた。
「もちろん交渉次第では、そうなることもあるだろうさ。それに……キミって案外嫌われているみたいだし、ジブンにも──チャンスありかな? 下・剋・上。フフフ」
そしてアキトもまた、殺気立つ白いスーツの男の重みのある言葉を正面から受け流し、今、腰元のレイピアにゆっくりと手をかける仕草を披露した。
絡まる視線、剥き出しに見開く黄色い眼と冷たく細める黒い眼が虚空に火花を散らすように睨み合う。やがて静かに向けた殺気と魔力のベクトルが混じり合い、互いの実力と腹の内を探り合う。支配者と冒険者、二人は決して視界に映る〝敵〟から目を逸らさない。
果たしてこの一触即発の空気が向かう先は、不変の数の利がもたらす賢明な交渉の未来か、ツギハギの旗色を掲げた包囲網を食い破る実力行使の戦闘か。
「ほんなら、望み通り──」
睨み合いの末に、長く息を吐いたツツミはスーツに手をかけ、ゆっくりとそこにあるボタンを一つ一つ外していく。そして──。
「交渉決裂や」
両手で掴んだ白いスーツを引き破るように一気に広げた。
するとそこには、じゃらじゃらと重なり擦れる音を立てる数多のミラーの欠片が、スーツの内側に縫い付けられていたのだった。
周到に用意していたのはそいつだけではない。
無数の鏡の連なりが広がり、妖しい光を淡く宿す。余裕げに細めていた道化師の目が、ツツミが温め隠し持っていた狂気の〝ヒカリ〟の束によって見開かされていく。
それはまるで神仏が後光を背負うように眩しく、圧倒的な魔力を溜め邪悪な笑みを浮かべている。
白いスーツに忍ばせたカウンターの秘策を今盛大に広げて、立ち塞がった巨躯の男に、驚愕したアキトはレイピアの柄を急ぎ握りしめた。
(秘蔵のミラーツールで何を……いや……この魔力の波動、それが可能だと少しまずいね。だが一撃ぐらいは間に合うかっ、ジブンのギフトと剣でその魔力の主導権をかき乱す!)
白いスーツの内側に広げ展開された鏡の連なりと、急速に膨れ上がり高まったツツミの魔力に対して、明確な危機感を覚えたアキトは咄嗟に己のレイピアに手をかけた。
「!?」
しかし、剣を抜こうとしたアキトの右手は突然後方へと強く引っ張られ動かなかった。背後から『カチャリッ……』硬質な何かが噛み合った音が鳴る。魔力を遮る冷たい感覚に目を落とすと、なんとアキトの右手首には見覚えのない手錠がかけられていた。
そして後ろの気配に目をやると、そこに立っていたのは黒のスーツを纏う草色の髪の男。同じ鎖と輪に繋がれた右手を掲げ、アキトの行動を完全に阻害していた。
まるで最初からツツミの策と動きと連携していたように。そいつは表情一つ変えずアキトの剣を抜かさずに封じ、その場に縫い付けるように抑え続けた。
「アイツ、アキトに手を出した! 狩るっ!」
「おうナキ行くぞっアキトを助けろ! 狩れっ!」
「ちょと……ラキナキ!? ええいもうっ、ネコジタクラブ突撃! 敵を狩るわよっ!」
嗅覚鋭く友人の危機を察し動き出した者たち。獣人たちは一斉に森を駆ける。
「アキトさんっ! っ!」
「貴様如き三下を通すかよっ! このカレン・アズマがなッ! お任せください……先生!」
スピードを上げ駆ける青き雷の前に、息を吹き返した不屈のヒーローが立ち塞がる。誰かを守るために剣を抜く者たち。青髪と赤髪の戦闘員が剣音を鳴らし交錯する。
「結局、こうなるのかよっ!」
「デスピザお届けぇええ!!!」
「っぉ!? 頼んでねぇ! 帰れピザ野郎!」
強襲し、木々を切断し薙ぎ倒す奇怪な形状の鋸が、屈んだ飴色髪の頭上を危うく掠めた。「冷めたピザは頼んでいない」──絶叫し鋸を振り回す厄介な配達員に絡まれた料理人は、ナイフを逆手に構えた。
交渉は完全に決裂した。敵も味方もそれぞれの思惑と本能のままに動き出す混迷の極み。
しかしその混沌とした薄霧の戦場において、最も的確に状況を読んでいたのは、焦燥するガーネット・フローザであった。
「カガミ、ヒカリ……! いけないっ!」
その不吉な前兆は、ソシエラから貰ったクエストの葉に暗示されていた内容と重なっていた。鈴蘭の野の茶会から遅れて駆けつけたガーネットには、そう思えてならなかった。
目一杯伸ばされた震える細い指先から、迷いなく放たれた赤い弾丸が狙いをつけたのは、真っ白に染まるターゲット。
一直線に放たれた赤い一粒の宝石は、膨張する白い光の中へと飛び込み、やがて広げたスーツに展開されていたミラーを撃ち砕いた。
目を凝らし放たれた遠距離からのガーネットのギフト。ツツミの意識外からされた狙撃が、その高まる企みを散らし砕いていく。
「ちっ……!」
ツツミの眼下の地を転がり熱され溶けていく柘榴の石、白いスーツから星の砂のように煌めき溢れる鏡の破片。
割れた。しかし作動する鏡はまだ、その7割が健在のまま残っていた。
「……だが、もう遅いわ。じゃあな、今度はアッチでじっくり
霧の森の中央に、大気を引き裂く赤い雷が降りた。
ツツミが一身に天から降り注ぐ雷のシャワーを受けて浴び、エネルギーを過剰なまでに充足された鏡の連なり。
それが今、爆ぜるように輝いた。灰と黒の髪をした邪竜が笑みを引き攣らせ、霧を、旗を、人を、影を、すべてを呑み込む白銀の光が、煌々とまぶしく森の戦場を覆い広がっていく────────。