トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜   作:山下敬雄

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第64話 決闘の合図

 視界を、スベテを、真っ白に染め上げた狂気の閃光が明けていく────。

 

 右から左へ手の甲で撫でた瞼をゆっくりと開いていくと、そこに広がるのはさっきまで自分たちが存在した鬱蒼とした薄霧の森ではなかった。

 

 土汚れの固まるブーツの裏底に返ってくる感触は硬い。アキトは足元にある大理石の床を確認するように、コンコンと小気味よくつま先を当てて鳴らした。

 

 見上げる頭上には、煌めくクリスタルのシャンデリア。眺める辺りには、数多のテーブルが整然と並ぶが人影はない。そして広々としたこの空間の壁一面には、様々な景色の絵が囲うように飾られていた。

 

「いないね?」

 

 アキトは誘われたこの場所の様相を把握しつつも周囲に目を配ったが、彼が今一番会いたいターゲットはそこにいなかった。

 

「ここはおそらく【ミラールーム】。あのスーツの裏に縫い付けていた一つ一つのミラーの飾りが全てそうならば、全員、この迷宮のどこかへと吸い込まれたって感じかな?」

 

 誘われたそこから状況を推測するのは容易かった。周りを敵軍に囲まれ追い込まれたツツミの放ったカウンターの秘策が、この豪華な異空間【ミラールーム】へと敵も味方も巻き込むことにあったのは明らか。そしてそれを主導し可能とする膨大な魔力量をクランマスターのツツミが持っていることも、アキトには分かっていた。

 

「そして不甲斐ないジブンの代わりに小粋な妨害(いじわる)役をやってくれたのは、おそらくザクロちゃんか。とすれば、あれでミラーが割れて本来の制御は失ったはず」

 

 綺麗に配列されていたジャケット裏の鏡の連なり、その一部を砕いたのは遠距離から狙い撃ったガーネットのギフトだった。自身を襲った不測の事態の連続にアキトが遅れをとった失策が、なんとも彼女の気の利いたギフトにより救われた形であった。

 

 思わぬ幸運と拾い物にアキトは口角を上げ、目を笑わせた。

 

「その証拠に──」

 

 床からおもむろに拾い上げたまだぬくもりの残る一粒の石から目を離したアキトは、その場を上機嫌に踵でターンし後ろを振り返った。

 

 右手に付けられたままの手錠が、虚しく鉄音を鳴らし揺れた。振り返るがそこには誰もいない。余った鉄の輪の穴から見つめた何もない景色に、アキトはやがて肩をすくめる。

 

「しかしそれでは逆に困ったね。アレの相手がまともに務まるのは、今のレベルじゃジブンくらいだろう。そう遠くにいないといいが──」

 

 指を軽妙に弾き鳴らし歩き出したと思えば、また、ふとその場に足を止めたアキト。そして隣のテーブルの上にあった空のシャンパングラスを手に取る。乾いた喉を潤そうと透明なグラスを傾けるが、そこには何も入っていなかった。

 

 それでも空っぽのグラスを、彼は美味しそうに喉を鳴らし飲んでいく。まるでおどけた道化師が、客のいない会場で一人で寂しく芸の練習をしていた──そんな時だった。

 

 アキトの目は、グラスの足底に一瞬だけ映り込んだ背後の不穏な影を捉えた。

 

 するとその殺気立った影は、予想通りにも背後から容赦なく襲いかかってきた。そして、背後から迫る鋭く美しい剣筋を描いた凶刃が、アキトが振り向きざまに素速く抜き放ったレイピアとかち合った。

 

 凄まじい金属音が誰もいないはずのパーティー会場に響き渡る。

 

「おや、どこかで会ったかな? その顔、追っかけていた有名人にそっくりだ」

 

「フッ……。サイン代をいただいていないと思ってね」

 

 交えた一合の剣。直後に口にされたアキトの皮肉を受け流したのは、艶やかなピンクの髪をかきあげる男。【ダイヤモンドナイト】のクランマスター、サイトだった。

 

 どうやら昨夜、サインをねだった時のような穏やかな雰囲気をその色男は漂わせてはいない。いくらその美しい面で平静を装おうとも、得体の知れない殺気と執念が腹の内から漏れ出ているのが、アキトの目には透けて見えていた。

 

 ユーモアと気の利いた短いご挨拶を互いに終えると、共鳴し震えていたグラスがついにひび割れた。

 

 微笑を浮かべたまま黙っていたアキトはそのがたくたになったグラスを、高々と上へと放り投げた。シャンデリアの光を乱反射しながら放物線を描き、やがて落ちてきた不完全なグラスが大理石の床に鋭く砕ける音を立てた。

 

 それは取り決めのない無秩序の中で投じた、ささやかな決闘の合図。前へと深く踏み込んだ二人の実力者の刃が、再び火花の星を鮮やかに散らした────。

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