トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜   作:山下敬雄

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第65話 コックとお菓子の国

「なんだこりゃ……まるで少女が夢見るお菓子の国か? 森の中から荒野に来たと思えば、今度はこれかよ? 変なギフトにでもやられちまったのか俺?」

 

 ペコロが迷い彷徨う荒野の景色の只中に、不自然に佇んでいたビスケットのドア。その戸を開けた先に広がっていたのは、パステルカラーに彩られた空間だった。

 お菓子の家が並び立ち、焼き菓子の道が敷かれ、精巧な飴細工のアーチが迷える来客を迎える。既にそこには、鼻を刺激する甘い匂いが充満していた。

 

「あら、思ったより良い色男が来たじゃない。まだ準備中だってのに焦っちゃって。お姉さんとお茶でもする?」

 

 大きなマカロンの間からひょっこりと姿を現したのは、白いコック帽の女。焼きたてのマカロンを耐熱プレートに乗せて運びながら作業をしていた様子だが、彼女の手持つプレートの上の小さなマカロンと今設置し並び立つ巨大なマカロンでは、その大きさがてんで合っていない。

 

 白いコック帽の女、長女のセイラは今このアトリエの中にやってきた飴色髪の男の来客に向かいひらひらと手を振り、開口一番に軽口を叩いた。

 

「誰だ? 俺は一人っ子で、あいにく自称お姉さんに構ってる暇はそれほどねぇ。──まったく助手のイチゴの奴は一体どこ行ったってんだ? ミソラの野郎まで……どこか行きやがって。それに薄笑いの野郎は……あいつ、本当に大丈夫か……?」

 

 この部屋を埋め尽くすばかりに配置されたやけに大きな菓子群のことも気になるが、見知らぬパティシエ女とここでお茶をして料理の話を聞いている暇はない。

 茶の誘いを素っ気なく断り、その場に立ち止まり熟考を始めたペコロは優先的に魔術師のリリスのことを心配する。美楚羅に関しては一人で戦う力は持っているはず。だがペコロは意外なことに、もう一人の食えない男であるアキトのことを心配していた。

 

(あの敵の白アスパラ……遠目にも分かるとんでもない魔力量をしてやがった……。本当にこの喧嘩、買って大丈夫なんだろうな? ってアイツ、逃がさないように見ているだけでいいって言っていたのと全然話が違うじゃねぇか。やっぱ信用ならねぇな……)

 

 ペコロは険しい顔を浮かべ、髪をかきながら舌を打つ。

 アキトから授かった伝言と、今自分たちが置かれている状況は随分と違っている。この混沌のどこかにいるであろうツツミという男のことも十分に注意しなければならない。考えなければならないタスクが山積みであった。

 

「まあっ! イチゴ? ミソラ? ずいぶんと可愛い名前ね? 彼女持ちなんて妬けるじゃない。私もそんな風に本気で男の子に心配されてみたいなぁ?」

 

 難しく考え込むペコロの横顔を見て、長女のセイラは勝手に妄想を膨らませる。

 

「そっちの方が燃えそう」

 

 何が燃えると言うのだろうか。巨大なパフェを建造していた次女のナツがプレッツェルの梯子降りて来て、冷たい吐息を吐きながら男の来客の方を値踏みするように見た。

 

「二股は許せませんがね」

 

 多種多様の飴細工をクッキングシートに並べていた三女ユキエ。彼女はべっこう飴でできた眼鏡のフレームをわずかに持ち上げ、冷徹な目で男を睨んだ。

 

「もうまたいつものね、細かいことはいいじゃないユキエ。男なんてモテるほどそれがいい商品の証じゃないのー? 有名店の美味しいケーキは並んでも買いたいでしょ? 群がらないと損損っ!」

「いいえ、ダメです。二股は。それに男は商品じゃありません。その例えは不適切です、ケーキなら自分で作るので」

「私なら三股でも四股でもいいけど? なんなら三姉妹まとめてどぉーお? それってなんかおもしろそうじゃん?」

「あー、それそれ憧れるぅー。三姉妹が同じ人に恋するやつねぇー」

「はいはい、なら私は抜けるので、下らないドラマに憧れるのはやめましょう」

「「えぇー!? 抜け駆けぇー?」」

「ち・が・い・ますっ!」

「ユキエが三姉妹で一番美人なのに、いまいちモテきらないのはそういうとこよねぇー」

「そうそう三姉妹で一番美人なのにね。あ、機会損失ってやつ?」

「誰が私の恋愛分析を頼んだんですかっ!」

 

 勝手に内輪で盛り上がり際限なく騒ぎ立てる、いい歳をした女たち。

 三姉妹のせわしく口にする余計な情報が念仏のように耳を通り抜けていく。状況を整理しようと独り頭を悩ませ考え込んでいたペコロの額に、しだいに青筋が浮かび上がってきた。

 

「誰がミソラが彼女だ、さっきからきゃぴきゃぴうるせぇよ。この三流パティシエども、メロついてないで働け!」

 

「「「あはははは……。──三流……?」」」

 

 耐えかねたペコロの一喝に、笑い上げていた三姉妹の動きが一斉に止まった。そして同時に首を向け、声を発した男へと振り返る。

 心なしか彼女たちの瞳には光が失せ、向けられていた感情の読めない三人の表情もしだいに歪に引き攣っていく。

 

「なんか……地雷踏んだか……?」

 

 肌を刺すような尋常でないプレッシャーを感じる。

 巨大なマカロンの上蓋を持ち上げ剥がす長女。長話で溶けていた板チョコの床をパッキリと冷やし固める次女。クッキングシートから剥がした飴細工の槍を片手に、鋭利な穂先を無言でゆっくりとこちらへ向ける三女。

 

 ここは少女が夢見るお菓子の国なんて生ぬるいものなんかじゃない。きっと狂気のこだわりともてなしに満ちた、彼女たちの国だ。

 

 勝手に『バタン!』と音を立て、閉まってしまった後ろの戸。来客は、勢いで外れ足元に転がってきたドアノブのチョコを拾い上げ、おもむろにそれを齧り試食する──。

 

 漂い始めた甘くて危険な三姉妹の殺気と、粘つくような視線を正面に受け止めながら、ペコロは腰元から取り出したナイフを逆手に構えた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 長女セイラが剥がし持ち上げた巨大なマカロンが、今〝敵〟へと向けて投げられた。

 

 

♦︎

セイラ・サトウ(25)

ギフト【膨張】

手に触れた物体を膨張させることができる。

ただし彼女の場合、作り慣れたお菓子類のように糖分が含まれていないとあまり上手く魔力は作用せず膨らんではくれないようだ。

バークローズ王国の常霧地帯クロキリで「パティスリーサトウ」を経営している。今度王都スクトゥムに三号店を出店予定だ。

 

 

 ペコロはさっとポケットから取り出した鉄串を投げ、容赦無く飛んできた正面の巨大マカロンを的確に穿ち砕いた。

 

 しかし宙に飛び散ったパステルカラーのお菓子の残骸に紛れて、ユキエの突く飴細工の槍がペコロを襲った。

 

 

♦︎

ユキエ・サトウ(23)

ギフト【成形】

魔力を通わせた物体の形を精密かつ自由に変えることができる。

美術大学を中退し、姉妹のセイラとナツの誘うパティシエの世界に参入した。

海外パティシエ大会の飴細工部門で銀賞を獲得した経験あり。

 

 

「飴も鞭も客に向けるものかよっ! 料理の基礎から学んでこい!」

「あなたこそっ! その格好、コックの端くれなら危ないそれを仕舞いなさい!」

「図星の逆ギレで手をあげといて無茶言えよ。あぁー、いちいち俺のポリシーを説明すんのはめんどくせぇ。ただ、俺の周りは何かと治安が悪いんだよ! 最近っ!」

「図星の逆ギレ!? ──ッ!?」

 

 この世界ガライヤで襲われても抵抗せずに武器を手放す馬鹿はいない。ペコロは脇腹を掠めた危うい槍をナイフで叩き切った。飴細工の槍の穂先の部分を綺麗に裁断され、危険を察したユキエは思わず後ろに飛び退くように離れていく。

 

 しかし三女を退けたその瞬間──ナイフを握った右手を掴む冷たい手が、ペコロの背後から襲った。

 

『こっちの相手もしてよ』

 

 

♦︎

ナツ・サトウ(24)

ギフト【冷凍】

属性系のギフト。触れたものを凍らせることができる。

本人曰く、唇同士が一番効くのだとか。彼氏を夜の路上で氷漬けにしたことが原因で別れた経験あり。

 

 

「っぅ!?」

 

 耳元でぞくりと囁く冷気を孕んだ女の声、急速に冷えて凍えていく利き手。

 

「冷凍庫がっ、俺のやり方(レシピ)に口を出すな!」

 

 あいにく喋る冷凍庫女の相手をする気はない。隙だらけの股に足を通し、絡んできたナツをそのまま体術で投げ飛ばしたペコロ。

 

「きゃっーー!? 冷凍庫だなんてひどォいっ!?」

 

 しかしナツに握られた凍てついた右手はそのままだ。冷静にこれを好機と捉えた三女ユキエは、ホワイトチョコの噴水に投げ飛ばされた次女ナツを一旦捨て置き、敵へと仕掛けた。

 

「隙あり! セイラっ!」

 

 ユキエは次女が時間を稼いでいた間に折れた飴の槍をラケット状に成形し直し、魔力を込めた会心の一撃で側面からペコロを叩いた。すると吹き飛ばされたペコロは痛打された先にあったお菓子の家の開いたドアへと、吸い込まれるように叩き込まれた。

 

「はいはい、ちょっともったいないけど姉妹に手を出す不良男は、お姉さんッ、タイプじゃないかなぁ! 【真空……マッシュ魔牢拳(まろうけん)】!!」

 

 三女ユキエの指示出しを受けて、長女セイラは迅速に動いた。そして多大な魔力を放出しながら彼女の頭上のコック帽が天へと向かい長く伸びていく。セイラは既に手で触れていたお菓子の一軒家の中にあるユニークな四つの仕掛けを、遠隔から同時に起動する。

 

「つ、いててて……なんだこいつら凶暴すぎるぞ。それに食べ物をなんだと思ってやがる、親父の店なら即刻クビだぞクビ……まったく。──ん? なんか、背中が、ふんわり、押されて……?」

 

 お邪魔したお菓子の家の中で尻餅をついたペコロは一旦休憩をする。そして気づいたら背にしていた、そのふんわりとした心地良い感触の背もたれにもたれながら、顎に手を当て考える。

 

「待てよ、この食感はたしかマシュ……あ!? ウぉっ!?」

 

 正解はマシュマロ。家の四隅に配置されていた大きなマシュマロのクッションが、ぼーっとしていたペコロの目にみるみると膨らんでいくのが見えた。際限なく膨らむマシュマロの姿は理屈の分からぬ異様。赤、青、黄、白、何味かも判別がつかないパステルカラーのマシュマロが部屋の中を窮屈にし占拠し始めた。

 

 首を左右上下にせわしなく振りながら慌てふためくコックが一人。脳をくらくらとさせる甘い匂いが充満し、部屋全体を圧迫するマシュマロの牢獄に脱出口が閉ざされていく。

 

 ────家の壁が歪に外側に向けて曲がっている。マシュマロに内側から圧迫された、丸々と肥えたようになったそのお菓子の家を眺めながら、三姉妹はまた集い喋り始めた。

 

「えー、なんでやっちゃったのぉー? 全力でヤってちょっとしか凍らない人初めてだったのにぃ」

「なっ、ナイフを抜いて襲って来た以上、正当防衛です……! って全力!? 冗談でしょ!? また風邪引きますよ! 楽だからってすぐ使うでしょ! そのギフトはデメリットが酷いんですから、何度看病したことか……」

「あはは……三号店のオープン日たぶんいけないかもー。ぁあ、でもそれより逃した男の方が大きいんだわこれ。ねぇねぇ、なんとか生きてないこれ?」

「それよりって、はぁ……麺棒で伸ばしたような男がタイプならご勝手に……」

「まっ、良い男は星の数ほどいるから気にしなさんな、にゃははは。次のゲストはきっともっと優しいイケメンよ」

「セイラ姉の言う通りそれもそうねー、ユキエ元気だして」

「はい……ってなんで私が!」

 

 ギフトを行使しすぎおでこを押さえた、そんなチャラけた次女のことを心配する三女。長女は独自の渋い恋愛観を語り、敵の男を倒し残念がる妹たちのことを励ました。

 

 だが、そんな仲のいい雑談をつづける三姉妹の耳元に──

 

『……おい、二流パティシエども』

 

「「「──へ?」」」

 

 亡霊の声が天から低く轟き伝った。

 

 次の瞬間──お菓子の家の飴細工の窓が溶け、ゼラチン質の熱いマシュマロがどろりと流れ、夏のアイスクリームのように家の外の景色へと溢れ溶けていく。

 そして甘く熱く煙る、不気味にひび割れたウエハースの煙突から何かが爆ぜるように飛び出て来た。崩壊するお菓子の家のてっぺんを突き破り現れたのは、──黒いコック服を纏った男。ペコロ・ココット。

 

 溶けて焦げた無惨な失敗作のマシュマロと、崩壊したお菓子の家の残骸を背景(バック)に、フィナンシェの道の上に今、力強く両足で着地した。

 

 一歩、一歩、味わうように。一流コックは焼き菓子の上に、己の足跡の焼印を押しながら──。

 

「星の数はかぞえたか? きっと、────見納めだぞ」

 

 熱く燃えたぎる紅蓮の魔力を纏ったナイフを前に、唖然と凍りつくパティシエの三姉妹のことを眼光鋭く睨みつけた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さっきとは対峙した雰囲気が明らかに違う。遠くからでも彼女たち三姉妹の肌をひりつかせる、そんな危険な魔力を漂わせる紅蓮の刃。そしてゆらゆらと前に歩き進み始めた飴色髪のコック、彼の見据えるクリーム色の瞳はもうそこに生ぬるい優しい色を宿してはいなかった。

 

 異様──それでも果敢に敵へと肉薄した長女セイラは、エプロンの内から手にした二つに分けた小さなマカロンをギフトで【膨張】させる。そして勢いをつけ、手持つ上蓋と下蓋を左右からシンバルのように合わせ、接近した敵へと強く打ちつけた。

 

「【膨張(フクラム)白身拳(ハクシュ)】っ!!」

 

 だが敵をクリームに見立て挟み込んだマカロンは、ペコロの包丁さばきに瞬く間に切り刻まれた。焦げた焼き菓子の残骸がぼろぼろとセイラの両手から、呆気なくこぼれ落ちていく。

 

「何歳だ?」

 

「ナッ!? にじゅう……」

 

 串を左の片手に爪を生やしたように握り、目の前に平然と立つコック男。真正面に睨みながら謎の問いかけをする彼に、竦むセイラが受けて答えようとしたその時──彼女は熱く高まるただならぬ殺気を察知した。

 

「【穿つ祝祭の贈火(キャンドルブロウキック)】!」

 

 突如腹を目掛け放たれたペコロの足技が旋風を巻き起こす。

 

「シっ……きゃーっ!!」

 

 咄嗟に【膨張】させ敵の攻撃をガードする為に展開した三層の厚いビスケットの壁。その壁に向けて炸裂した目にも止まらぬ速さの四回の蹴り、そして最後にダメ押しで穿った一蹴り。

 セイラを守っていた急造のビスケットの壁は、蝋燭代わりに刺され添えられた合計五本の火を灯す鉄串と、野蛮なコックがお構いなしに放つ蹴りの威力に耐えきれず──粉々に砕けた。

 

「ぶち壊して祝ってやるよ。もう迎えらんねぇんだからな!」

 

 破壊されると同時に、セイラの身が壁を蹴破られた衝撃で後ろへと吹き飛ばされていく。

 ハッピーバースデーは言わない。ペコロは怒りや鬱憤を外へと発散するようにそう叫んだ。

 

 長女が黒いコック服の男へと立ち向かっていた間に、三女も何もしないでいたわけではなかった。

 プレッツェルの梯子をよじ登った先、巨大パフェに飾られた特大の苺を、持ち前のギフトで【成形】し直したチーズアイスの大砲から撃つための準備を急ピッチで進めるユキエ。

 

「【成形(スクラム):モルチーズ砲】──射角よし、温度よし、甘さよし! 魔力……添加ッ……発射!」

 

 魔力を充填したホイップクリームが冷えた砲口から飛び散り、真っ赤なイチゴの砲弾が今勢いよく発射された。

 

「……! 子供のっ、遊びじゃっ、ねぇんだぞッ!」

 

 避ける、切る、皮を剥く。真っ赤な果汁が辺りに飛び跳ねた。

 苺や多種多様なフルーツの砲弾が、パフェの塔の上から平地にいるペコロを襲い次々と降り注いでいく。

 

 そんなオーダーはしていない。だが、三女ユキエから絶え間なく送られてきた天からの大きな果物(ギフト)。それを一種の挑戦状と受け取ったペコロは、構えた燃えたぎる包丁一本でこの冷め切った爆撃を真っ向から迎え撃った。

 

 

 

 

 

 

 

 三女の撃ち放つフルーツの砲撃を、黒いコック服の男は有り得ない包丁さばきで処理していく。その姿はまるで悪魔が台所に立っているようだった。

 

 このままでは自分たちの作り上げた全てがこの男に料理されてしまう、台無しに──。そう思ったのか、降り注ぐ砲撃に乗じて横からペコロの腰へと抱きついた次女ナツ。

 

「危ねえぞ冷蔵庫女」

 

「はぁはぁ……あんたがねッ! 大人ぶった最低の暴力男! やりすぎなんだから!」

 

 ナツは身を挺してペコロの足止めをする。息を乱しながらも【冷凍(グラシエ)】のギフトを行使し続けた。しかし同じ属性系のギフトでありながら火と氷は相性が悪く、効き目は薄い。

 まるで火中に身を放り投げたような無謀な特攻に、コックは静かに忠告をする。だが、彼女は決して彼のことを離さなかった。

 

「なら離すなよ」

 

「え? きゃーっ!」

 

 ペコロはいきなりその場から大きく跳躍した。そして迫り来ていた果物の砲弾の雨の中を、まるで天へと階段を登るように踏みつけて何度も跳躍を繰り返した。

 

 ついに空中でその腕を振り払われ、急落下していくナツ。地上にいた長女セイラが間一髪、【膨張】させたカップゼリーのクッションで無茶をした次女の身を受け止めた。

 

 おかしな砲弾を足蹴にし、そして今、ガラスの器に満たされた巨大パフェの上に着地した黒服のコック。

 

「そっちがその気なら、本気で喰らい尽くしてやる」

 

 どうやら彼の怒りの矛先は、パフェの上から危ない砲撃を繰り返していた三女ただ一人に向けられていた。

 コックの男の扱う火の刃に触れたチーズアイスの大砲が、みるみると溶けていく。

 

「!? っ、あなたのような乱暴な人は、ここで私が倒します!」

 

 しかし三女ユキエは臆さない。ここで退くわけにはいかなかった。彼女は【成形】のギフトで既にナッツを鋭利な槍に変えていたものを、埋もれる下の抹茶クリーム層から取り出し構えた。

 

 武器を取ったならば容赦はしない。最初にそう言ったのは彼女の方だ。ペコロは今チーズアイスを溶かし切ったその熱き刃をユキエに向け返した。

 

「上等だ!」

 

「下等な二股の男が!」

 

「何のことだよ!」

 

「私たち姉妹の邪魔をして!」

 

「邪魔というなら今すぐ店は閉じて、田舎で姉妹仲良く引きこもってろ! 場違いだ」

 

「勝手なことを! それに三流と言ったことを今すぐここで訂正しなさい! そうすればっ──」

 

「あぁ、さっき二流と言い直したぞ!」

 

「ナッ、舐めているのですか!」

 

「あぁっ本気だ!」

 

「だとすれば余計許せない!」

 

 切り結ぶ両者。踊るようにナイフと槍で突つき合う、そのパフェの上の戦場は、並々ならぬ熱気とぶつけ合う魔力にやられみるみると足場から溶けていく。噛み合わない言葉の応酬で切り結ぶほどに、二人は抜け出せない甘い沼にハマっていく。

 

「プライドが傷ついたか?」

 

「ええ、他人の作品(スイーツ)を勝手に批評し煽ってばかりのあなたにはないものです!」

 

「あいにく既に揉まれて通ってきた道だ。だからこそ俺は……一流のコックだ! お前らみたいに揺らぎはしない」

 

「燃やして溶かすことしかできない野蛮な人が! 軽々しく一流などと! それにコックが専門外のパティシエの分野に意見しないでください!」

 

「馬鹿みたいにお菓子作りばかりしてりゃいいなら……楽だがなぁ!」

 

「ナッ馬鹿みッ──!? 呆れましたっ、悪口ばかりでまるで会話のできない人!」

 

「会話のできねぇ誰かさんの癖が移ったんだろうな! そいつの気持ちが少しは分かったぜ。他人に答えを求める奴は、鬱陶しいからなァ!」

 

「あなたという男は、どうしようもっ──あぁ!?」

 

 パフェの上の不安定な舞台が、頑ななプライドをぶつけ合うほどに溶けていく。溶けゆく足場、折れてはダメになり成形するスイーツの武器の数々、荒ぶりつづける火のギフトを宿した一振りの包丁。

 

 甘く霧のように立ち込める冷気の中、激しく重なり合う二人の影。最後に手にしたビターチョコの(つるぎ)は折れて、彼女の手元から無情にも弾け飛んでいく。

 

「だから、これ以上──。食べ物を粗末にしやがるな」

 

 すべてがどろりと溶けた。すっかりひび割れたパフェの器の底の底。溜まったフレークの砂利の上で、ペコロは倒れそうになったユキエの身をその両手に抱えながら──。

 

「ふぁ!? ……ふぁ……い…………」

 

 白く甘く煙る惨状の中、ユキエは彼の腕の中でべっこう飴の眼鏡を失くした。カラフルに濡れた飴色髪、優しげでどこか不安そうな光を宿したクリーム色の瞳が、曇りなくくっきりと彼女の視界()には映っていた。

 

 巨大なパフェを溶かし、食らい尽くして。不安定だった足場は最後の底の底で硬い安定を取り戻した。見つめ合った二人の後方、冷え切ったナイフがざくりとフレークの地に刺さる。冷め切った深い器の中で、危ういその闘争の火を静かに消していく────。

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