トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜 作:山下敬雄
長女セイラが剥がし持ち上げた巨大なマカロンが、今〝敵〟へと向けて投げられた。
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セイラ・サトウ(25)
ギフト【膨張】
手に触れた物体を膨張させることができる。
ただし彼女の場合、作り慣れたお菓子類のように糖分が含まれていないとあまり上手く魔力は作用せず膨らんではくれないようだ。
バークローズ王国の常霧地帯クロキリで「パティスリーサトウ」を経営している。今度王都スクトゥムに三号店を出店予定だ。
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ペコロはさっとポケットから取り出した鉄串を投げ、容赦無く飛んできた正面の巨大マカロンを的確に穿ち砕いた。
しかし宙に飛び散ったパステルカラーのお菓子の残骸に紛れて、ユキエの突く飴細工の槍がペコロを襲った。
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ユキエ・サトウ(23)
ギフト【成形】
魔力を通わせた物体の形を精密かつ自由に変えることができる。
美術大学を中退し、姉妹のセイラとナツの誘うパティシエの世界に参入した。
海外パティシエ大会の飴細工部門で銀賞を獲得した経験あり。
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「飴も鞭も客に向けるものかよっ! 料理の基礎から学んでこい!」
「あなたこそっ! その格好、コックの端くれなら危ないそれを仕舞いなさい!」
「図星の逆ギレで手をあげといて無茶言えよ。あぁー、いちいち俺のポリシーを説明すんのはめんどくせぇ。ただ、俺の周りは何かと治安が悪いんだよ! 最近っ!」
「図星の逆ギレ!? ──ッ!?」
この世界ガライヤで襲われても抵抗せずに武器を手放す馬鹿はいない。ペコロは脇腹を掠めた危うい槍をナイフで叩き切った。飴細工の槍の穂先の部分を綺麗に裁断され、危険を察したユキエは思わず後ろに飛び退くように離れていく。
しかし三女を退けたその瞬間──ナイフを握った右手を掴む冷たい手が、ペコロの背後から襲った。
『こっちの相手もしてよ』
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ナツ・サトウ(24)
ギフト【冷凍】
属性系のギフト。触れたものを凍らせることができる。
本人曰く、唇同士が一番効くのだとか。彼氏を夜の路上で氷漬けにしたことが原因で別れた経験あり。
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「っぅ!?」
耳元でぞくりと囁く冷気を孕んだ女の声、急速に冷えて凍えていく利き手。
「冷凍庫がっ、俺の
あいにく喋る冷凍庫女の相手をする気はない。隙だらけの股に足を通し、絡んできたナツをそのまま体術で投げ飛ばしたペコロ。
「きゃっーー!? 冷凍庫だなんてひどォいっ!?」
しかしナツに握られた凍てついた右手はそのままだ。冷静にこれを好機と捉えた三女ユキエは、ホワイトチョコの噴水に投げ飛ばされた次女ナツを一旦捨て置き、敵へと仕掛けた。
「隙あり! セイラっ!」
ユキエは次女が時間を稼いでいた間に折れた飴の槍をラケット状に成形し直し、魔力を込めた会心の一撃で側面からペコロを叩いた。すると吹き飛ばされたペコロは痛打された先にあったお菓子の家の開いたドアへと、吸い込まれるように叩き込まれた。
「はいはい、ちょっともったいないけど姉妹に手を出す不良男は、お姉さんッ、タイプじゃないかなぁ! 【真空……マッシュ
三女ユキエの指示出しを受けて、長女セイラは迅速に動いた。そして多大な魔力を放出しながら彼女の頭上のコック帽が天へと向かい長く伸びていく。セイラは既に手で触れていたお菓子の一軒家の中にあるユニークな四つの仕掛けを、遠隔から同時に起動する。
「つ、いててて……なんだこいつら凶暴すぎるぞ。それに食べ物をなんだと思ってやがる、親父の店なら即刻クビだぞクビ……まったく。──ん? なんか、背中が、ふんわり、押されて……?」
お邪魔したお菓子の家の中で尻餅をついたペコロは一旦休憩をする。そして気づいたら背にしていた、そのふんわりとした心地良い感触の背もたれにもたれながら、顎に手を当て考える。
「待てよ、この食感はたしかマシュ……あ!? ウぉっ!?」
正解はマシュマロ。家の四隅に配置されていた大きなマシュマロのクッションが、ぼーっとしていたペコロの目にみるみると膨らんでいくのが見えた。際限なく膨らむマシュマロの姿は理屈の分からぬ異様。赤、青、黄、白、何味かも判別がつかないパステルカラーのマシュマロが部屋の中を窮屈にし占拠し始めた。
首を左右上下にせわしなく振りながら慌てふためくコックが一人。脳をくらくらとさせる甘い匂いが充満し、部屋全体を圧迫するマシュマロの牢獄に脱出口が閉ざされていく。
────家の壁が歪に外側に向けて曲がっている。マシュマロに内側から圧迫された、丸々と肥えたようになったそのお菓子の家を眺めながら、三姉妹はまた集い喋り始めた。
「えー、なんでやっちゃったのぉー? 全力でヤってちょっとしか凍らない人初めてだったのにぃ」
「なっ、ナイフを抜いて襲って来た以上、正当防衛です……! って全力!? 冗談でしょ!? また風邪引きますよ! 楽だからってすぐ使うでしょ! そのギフトはデメリットが酷いんですから、何度看病したことか……」
「あはは……三号店のオープン日たぶんいけないかもー。ぁあ、でもそれより逃した男の方が大きいんだわこれ。ねぇねぇ、なんとか生きてないこれ?」
「それよりって、はぁ……麺棒で伸ばしたような男がタイプならご勝手に……」
「まっ、良い男は星の数ほどいるから気にしなさんな、にゃははは。次のゲストはきっともっと優しいイケメンよ」
「セイラ姉の言う通りそれもそうねー、ユキエ元気だして」
「はい……ってなんで私が!」
ギフトを行使しすぎおでこを押さえた、そんなチャラけた次女のことを心配する三女。長女は独自の渋い恋愛観を語り、敵の男を倒し残念がる妹たちのことを励ました。
だが、そんな仲のいい雑談をつづける三姉妹の耳元に──
『……おい、二流パティシエども』
「「「──へ?」」」
亡霊の声が天から低く轟き伝った。
次の瞬間──お菓子の家の飴細工の窓が溶け、ゼラチン質の熱いマシュマロがどろりと流れ、夏のアイスクリームのように家の外の景色へと溢れ溶けていく。
そして甘く熱く煙る、不気味にひび割れたウエハースの煙突から何かが爆ぜるように飛び出て来た。崩壊するお菓子の家のてっぺんを突き破り現れたのは、──黒いコック服を纏った男。ペコロ・ココット。
溶けて焦げた無惨な失敗作のマシュマロと、崩壊したお菓子の家の残骸を
一歩、一歩、味わうように。一流コックは焼き菓子の上に、己の足跡の焼印を押しながら──。
「星の数はかぞえたか? きっと、────見納めだぞ」
熱く燃えたぎる紅蓮の魔力を纏ったナイフを前に、唖然と凍りつくパティシエの三姉妹のことを眼光鋭く睨みつけた。