トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜   作:山下敬雄

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第68話 巨大なパフェの上で

 三女の撃ち放つフルーツの砲撃を、黒いコック服の男は有り得ない包丁さばきで処理していく。その姿はまるで悪魔が台所に立っているようだった。

 

 このままでは自分たちの作り上げた全てがこの男に料理されてしまう、台無しに──。そう思ったのか、降り注ぐ砲撃に乗じて横からペコロの腰へと抱きついた次女ナツ。

 

「危ねえぞ冷蔵庫女」

 

「はぁはぁ……あんたがねッ! 大人ぶった最低の暴力男! やりすぎなんだから!」

 

 ナツは身を挺してペコロの足止めをする。息を乱しながらも【冷凍(グラシエ)】のギフトを行使し続けた。しかし同じ属性系のギフトでありながら火と氷は相性が悪く、効き目は薄い。

 まるで火中に身を放り投げたような無謀な特攻に、コックは静かに忠告をする。だが、彼女は決して彼のことを離さなかった。

 

「なら離すなよ」

 

「え? きゃーっ!」

 

 ペコロはいきなりその場から大きく跳躍した。そして迫り来ていた果物の砲弾の雨の中を、まるで天へと階段を登るように踏みつけて何度も跳躍を繰り返した。

 

 ついに空中でその腕を振り払われ、急落下していくナツ。地上にいた長女セイラが間一髪、【膨張】させたカップゼリーのクッションで無茶をした次女の身を受け止めた。

 

 おかしな砲弾を足蹴にし、そして今、ガラスの器に満たされた巨大パフェの上に着地した黒服のコック。

 

「そっちがその気なら、本気で喰らい尽くしてやる」

 

 どうやら彼の怒りの矛先は、パフェの上から危ない砲撃を繰り返していた三女ただ一人に向けられていた。

 コックの男の扱う火の刃に触れたチーズアイスの大砲が、みるみると溶けていく。

 

「!? っ、あなたのような乱暴な人は、ここで私が倒します!」

 

 しかし三女ユキエは臆さない。ここで退くわけにはいかなかった。彼女は【成形】のギフトで既にナッツを鋭利な槍に変えていたものを、埋もれる下の抹茶クリーム層から取り出し構えた。

 

 武器を取ったならば容赦はしない。最初にそう言ったのは彼女の方だ。ペコロは今チーズアイスを溶かし切ったその熱き刃をユキエに向け返した。

 

「上等だ!」

 

「下等な二股の男が!」

 

「何のことだよ!」

 

「私たち姉妹の邪魔をして!」

 

「邪魔というなら今すぐ店は閉じて、田舎で姉妹仲良く引きこもってろ! 場違いだ」

 

「勝手なことを! それに三流と言ったことを今すぐここで訂正しなさい! そうすればっ──」

 

「あぁ、さっき二流と言い直したぞ!」

 

「ナッ、舐めているのですか!」

 

「あぁっ本気だ!」

 

「だとすれば余計許せない!」

 

 切り結ぶ両者。踊るようにナイフと槍で突つき合う、そのパフェの上の戦場は、並々ならぬ熱気とぶつけ合う魔力にやられみるみると足場から溶けていく。噛み合わない言葉の応酬で切り結ぶほどに、二人は抜け出せない甘い沼にハマっていく。

 

「プライドが傷ついたか?」

 

「ええ、他人の作品(スイーツ)を勝手に批評し煽ってばかりのあなたにはないものです!」

 

「あいにく既に揉まれて通ってきた道だ。だからこそ俺は……一流のコックだ! お前らみたいに揺らぎはしない」

 

「燃やして溶かすことしかできない野蛮な人が! 軽々しく一流などと! それにコックが専門外のパティシエの分野に意見しないでください!」

 

「馬鹿みたいにお菓子作りばかりしてりゃいいなら……楽だがなぁ!」

 

「ナッ馬鹿みッ──!? 呆れましたっ、悪口ばかりでまるで会話のできない人!」

 

「会話のできねぇ誰かさんの癖が移ったんだろうな! そいつの気持ちが少しは分かったぜ。他人に答えを求める奴は、鬱陶しいからなァ!」

 

「あなたという男は、どうしようもっ──あぁ!?」

 

 パフェの上の不安定な舞台が、頑ななプライドをぶつけ合うほどに溶けていく。溶けゆく足場、折れてはダメになり成形するスイーツの武器の数々、荒ぶりつづける火のギフトを宿した一振りの包丁。

 

 甘く霧のように立ち込める冷気の中、激しく重なり合う二人の影。最後に手にしたビターチョコの(つるぎ)は折れて、彼女の手元から無情にも弾け飛んでいく。

 

「だから、これ以上──。食べ物を粗末にしやがるな」

 

 すべてがどろりと溶けた。すっかりひび割れたパフェの器の底の底。溜まったフレークの砂利の上で、ペコロは倒れそうになったユキエの身をその両手に抱えながら──。

 

「ふぁ!? ……ふぁ……い…………」

 

 白く甘く煙る惨状の中、ユキエは彼の腕の中でべっこう飴の眼鏡を失くした。カラフルに濡れた飴色髪、優しげでどこか不安そうな光を宿したクリーム色の瞳が、曇りなくくっきりと彼女の視界()には映っていた。

 

 巨大なパフェを溶かし、食らい尽くして。不安定だった足場は最後の底の底で硬い安定を取り戻した。見つめ合った二人の後方、冷え切ったナイフがざくりとフレークの地に刺さる。冷め切った深い器の中で、危ういその闘争の火を静かに消していく────。

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