トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜 作:山下敬雄
肥大化しきった禍々しい魔力は破裂することなく浄化された。やがて、割れた天に浮かび漂う美しい海月から、降り注ぐ七色の宝石の光が明けていく。
四角く囲っていた透明な窓は儚くも割れ、ギフト【プラスチックドリーム】が歪めていた特殊空間の影響が失われた。
部屋の中央に飾り置かれた、荒れ果てたジオラマ模型の周りには、ぐったりと倒れた敵の兵士たちの姿があった。
床に落ちたサングラス、グレーに褪せた戦車を大事そうに手にしたまま、ムゥー大佐は眠ったようにそこを動かない。
ナイト、パロダ、ガーネット。ジオラマの世界で勝利を手にした三人だけが、無事目を覚ましたままその見知らぬ部屋の中に立っていた。
「あの時の手応えおかしいと思えば、やっぱり【グランドナイツソード】だぞこれ。ひゅー、いいもん手に入れたぜ。主人の呼びかけに応える選ばれし騎士の剣だ! ほら見ろ、──なっ?」
ナイトは折れた剣の代わりに手に入れた新たな剣を、嬉しそうに掲げる。そして何を思ったのか、その剣を試しに遠くへと放り投げると、また伸ばした彼の手元に剣は不思議にも返ってきていた。
普通の剣ではこうはいかない。この剣が、ロボットアニメの外伝ゲームに出てくる騎士ロボットたちが扱う【グランドナイツソード】の設定通りのゲーム的な効果を持ち合わせているという、動かぬ証拠であった。
『なんでそれだけリアルサイズで残ってんだー? プラロボの模型のおまけだろー?』
「さぁな? 俺の報酬タイプのギフトが作用したのかもしんねぇ? もしくはなんだ、そこに寝転がっている奴らのギフトがまだ完全には解除されていないのかもな? ってプラロボのおまけはお前もだよパロ頭」
ナイトは皮袋から取り出した忠誠メダルを、上に向かい意味もなく弾きながらそう言う。
この真の騎士と認められた者のみに与えられる剣も、玩具のパロも、元の模型のサイズに戻っていないのは、やはり敵味方のギフトのルールや効果が複雑に絡み合った末に起こった一種のバグ。そのようなものの影響だと考えられる。
『ピークを過ぎたしゃくれのナイトが今更パワーアップしても微妙だー、次の街で装備を外すー』
「馬鹿言え。残念だがこいつはもう俺専用の武器だ、奪おうたって外せやしないぜ、ははは。……ってそれよりどうする? 俺としては比較的安全になったここで、少し休んでいくことを推奨したいが。アレだけ派手にやった後だからな」
「……探しましょう。まだクエストは終わっていません。あの扉の先……みんなが今もどこかで戦っているはず。この戦いは……まだ終わってはいません」
ガーネットは、車椅子の収納ポケットに入っていた一枚の大きな葉っぱを取り出して広げる。
それは人面樹レインの発行したクエストであり、木曜日の神技を司っていたソシエラから彼女が茶会を共にした時のご褒美に貰ったもの。それが枯れ果てていないということは、まだ少なくともクエストは失敗していないということだ。
【カガミ ヒカリ ミチテ ミドリノ ハタ マヨイ シ──】暗にそう記されたクエストの内容では、シロツメ支部と他のクランの合同軍がまだこのミラールームのどこかで戦いを続けているはず。
まだ青々しさの残る葉を手にしたガーネットは、その葉脈に流れ続ける僅かながらも複雑な魔力の流れを感じ取り、そう思った。
『おー、確かに私のギフト的にも嘘じゃねーなその情報。残り12機、他のヤマダの同胞たちを助けるぞー』
パロダのギフトも、他のマネキンのヤマダたちの存在を、残機という概念で共有しながらぼんやりと知覚している。
敵のクランマスター、ツツミがその膨大な魔力を立ち上がらせ、森を呑み込む眩い光と共に誘ったひと繋ぎの大規模なミラールーム。ここで同時多発的に複数の戦いが勃発していることが、嫌でも分かった。
「まっ、そう言うと思ったぜ? 今の〝グランドナイト〟と化した俺なら、連戦もバッチ来いだぜ。むしろ今以上の好調はないぜ?」
ナイトは勝利報酬で偶然にも手に入れた偉大な剣を、勇ましく合わない鞘から抜き取り、意気揚々とやる気を見せる。激戦の疲れを感じさせない様子で、先ほどガーネットがつぶやいたその考えに乗った。
「ええっ、ありがとう心強いわナイト、パロダ! それに私にとっても今が一番……このギフトを〝上手く扱える〟自信があります……。行きましょう!」
座る車椅子はまだ壊れてはいない。マジックホイールにも問題なく魔力は通っている。
ガーネットもまた、扉の先にある次の未知の戦場へと飛び込む覚悟を決めた。
頷き合ったナイト、パロダ、ガーネットの三人は、他の仲間たちを助けるべく模型の散乱する部屋を後にした。
扉を開けた戦士たちが、隣り合う未知のミラールームへと乗り込んでいく。
▼
▽
催眠効果のある細い針で腹を突き刺さされた大きな一角の兎、元気に飛び跳ね襲って来ていたアルミラージが漸くすやすやと眠りにつく。
「ゼェハァ……おいおい、なんだってんだここはァーー! こんなでけぇアルミラージ見たことねぇぞ……」
予期せぬ戦闘を終え息を荒げるコットン・シルバー。彼が逃げて迷い込んだ先は、【まもののようちえん】。凶暴な魔物たちを躾け育てるための場所だった。
「ってやばいやばいやばいいい! どっちからも来てるーーーー!」
アルミラージをなんとか寝かしつけたコットンが、額の汗を拭っていると──。左右の通路から今彼がいる角に向けて何かが二体、近づく足音が聞こえてきた。
「こうなったら……っ!」
焦燥しながらも覚悟を決めたコットンは、持ち前の裁縫スキルで懐から取り出した生地を手早く縫い、綿のギフトを膨らませる。最後にボタンの目をつけて、自身の体をすっぽりと覆うほどの大きなクマのぬいぐるみが完成した。
眠りこけるアルミラージの白毛にもたれかけ、ちょこんと尻をつけ座った黒紫の愛らしいクマのぬいぐるみに擬態し、コットンは息をひそめる。
(…………)
先にその角へとやってきた大きな虎の魔物は、そこに置かれてあった黙るぬいぐるみの匂いを興味深そうに嗅いでいく。ひとしきり匂いを嗅ぎ終えた虎の魔物は、そのクマのことが気に入ったのか首の後ろを咥えて自分の寝床へと持って帰ろうとする。
(…………想定通り想定通り……慌てない慌てナッ……)
しかしその現場に遅れて現れたもう一匹、犬型の魔物がちょっかいを出した。虎の魔物が持ち去ろうとしたそのクマのぬいぐるみを、首と足でそれぞれ咥えた二匹は、怒った唸り声を上げながら逆の方向へと引っ張り合っていく。
「ぬおわーーーー!? いぎぎぎぎぎ!! やめろーー裂ける裂ける!! ワタァシは噛んでいい玩具ではナァーーーーいっ!!」
クマのぬいぐるみを取り合う魔物たち。情けない男の悲鳴と、白い綿埃が宙を舞い散っていく。不死身のコットン・シルバーの運命やいかに──。
▼
▽
複雑に連なる大規模なミラールーム。その入り組んだ各部屋では、なおもクラン同士の激しい抗争が続いている。
その一つ、天に飾られたミラーボールが乱反射し煌めくディスコの中で、騒がしい音楽に乗り踊る者たちの首や足がもげて散っていく。
「なんだこいつら、姑息なデコイのギフトを使ってくるだけで口ほどにもないじゃないか」
「中立気取りの臆病なバークローズの連中なんてしょせんこんなもんよね。こんなもの戦闘用のギフトじゃないわ。……ってそれにしても何よここ、この鬱陶しい音誰か止めてくれない?」
「そうか? 俺は結構好きだけど? ま、そんなことよりここの雑魚をさっさと片付けてサイトと上で合流しようぜ」
「うん、マスターが待っている。こんな仕事早く終わらせる」
クラン【ダイヤモンドナイト】。華のあるスタイリッシュな鎧を纏ったイダイヤ王国の騎士たちが、同部屋で鉢合わせたシロツメ支部の掲げる緑の旗に敵対している。数ではシロツメ支部が勝るものの、質では完全にダイヤモンドナイトが圧倒的であった。
マネキンのヤマダたちが次々とやられていく。薄暗いディスコの戦場で、ヤマダたちを肉壁にしつつ闇に乗じて仕掛ける作戦を取ったシロツメ支部の団員たちであったが、イダイヤ王国を代表する超有名クランであり実力者である彼らにはまるで通用しなかった。
そんな騒がしい戦いの最中、崩れ去るヤマダたちの後ろ影で、物陰に身を潜めていたチエミが隣にいるハヤトに話しかけた。
「ねぇハヤト……これって〝保険〟使うしかなさそうじゃない?」
突如チエミが意味深なキーワードをハヤトへと投げかけた。ハヤトもその意味を分かったように、厳しい表情をしながらも首を縦にゆっくりと頷いた。
「……そうだな! なぁチエミ」
「ん? 何?」
「いやなんでもねぇ。ただ、こいつで……仮にタイキより強くなっちゃったらごめんなって!」
「はっ、何よそれ。でも、このままやらないで、むざむざやられちゃうよりはマシよね。じゃあ、せーので」
「あぁ……! せー……のっ!」
覚悟を決めた二人は同時に、携帯していた皮袋へと手を突っ込んだ。そして今取り出したスティック状の謎の黒い製菓を、汗を流す互いの顔を見つめながら齧った。
▼
▽
何もない荒涼とした一面砂地の景色。砂を蹴り上げた素速い影と影は幾度も交錯し、獣の足跡を刻んでいく。
そして今最後に狼の傭兵の放った鋭い幻影の爪が、掠めた灰色の山猫の毛を切り裂いた。
「獣人か。お前ではこの技は見切れまい。抵抗するのはやめて投降しろ。同族のよしみ、悪いようにはしない」
狼男の傭兵ガウェインは、前方へと武器でもある爪を突き立てるように向けながら、そう淡々と投降を促す言葉を吐いた。
「ハァ? さっきから、なに格上面してくれてんのよっ」
【ネコジタクラブ】のクランマスター、山猫女のララ・リンクスは体毛を多少毟られようが気にした素振りもせず、そう言葉強気に狼男へと言い返した。
「強がりはよせ、さっきの応酬で分かった。お前は俺よりも弱い。このまま続けても勝ち目はない」
ガウェインはその雌猫の獣人の強気な言葉を見透かしたように言う。爪と牙を激しく向け合った先ほどまでの戦闘記録を振り返れば、ガウェインがスピード、体術、ギフト、魔力量その全てにおいて勝っているのは明らかであった。次はもっと深くこの爪がお前の肉を抉り捉える──そうとでも言いたげな鋭い眼光で、ガウェインはリンクスのことを冷徹に睨んでいた。
「どうして、ギフトも体術も私より弱いと分かった奴の言うことを聞かなきゃいけないのよー? メリットがないじゃない? あんの? 根拠があるならちゃんと言ってごらんなさいよ。でも……早くしなさいよ。こっちはラキナキ他ネコジタクラブの団員たちと、〝アレ〟のこともどうせ探さなきゃいけないんだからねっ! まったく……なんでこうなってるのよ? 終わったら絶対問い詰めるんだから」
マシンガンのように言い返したあげく、尻尾をふらふらと揺らしながら他の仕事のことを考え始めたリンクス。
そんなまだ実力差が分かった様子ではない彼女に、ガウェインの向ける獣の青い眼が、先ほどよりも一層鋭く研ぎ澄まされていく。
「少しは使える奴と思ったが、──捩じ伏せないと分からない馬鹿だったか……ならば、容赦はしないっ!」
「あっそ、別に容赦はしなくていいわ」
砂を蹴り前に向かい走ったガウェインの姿が横にブレ始めた。その奇怪にも見える現象は、砂地と熱気が作り出した陽炎によるものではない。
【
そして今攻撃のイメージを乗せ射出されたガウェインの幻影が、リンクスへと飛びかかった。
しかしその瞬間、宙へと飛び上がった狼の幻影へと向かい、砂地の下から埋もれていた何かが勢いよく飛び出た。飛び出したそれは幻影に直撃すると、爆ぜる音を立てながら空中で砕けた。
射出された幻影ごと吹き飛ばした謎の爆発攻撃。獲物の反応を見ながら次の攻撃を組み立てて前へと出ていたガウェインは、一転して急停止し、後ろへと跳び退く。
「言っとくけど私、この闇鍋の中じゃたぶん……〝アイツ〟の次には強いから。負けたらそこに10分間ゴロンなさい、ステレオタイプの獣人さん?」
オニキスのように黒い猫眼が、まん丸と見開かれた。彼女がその灰色の長い尻尾をピンと天へと逆立てると同時に、砂地に埋もれていた謎の白骨が、妖しげな灰色の魔力を纏い宙へと浮かび始めた。
四方八方、周囲を囲むのはリンクスの魔力を宿した骨の軍勢。その一本、一本の得体の知れない骨のパーツが今、不気味な風音を立てながら不揃いな回転運動を始める。
異様なギフト、熱波を浴びるほどに跳ね上がった魔力。既に戦いながらも足元に、狡猾にも張り巡らされていた策略の数々。
『不足なし──』全身の毛を逆立たせた傭兵ガウェインは、身に迫る戦慄とプレッシャーを押し殺しながら、己の力を全力で示すために再びゆっくりと爪と拳の武器を構えた。