トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜 作:山下敬雄
異空間の各部屋で戦いが混沌と激化する中。ミラールーム【映画村07】にて、江戸時代の様相をした瓦屋根の長屋が立ち並ぶ大通りを抜けながら、緑に燃え盛るクランの旗が続々と集まっていた。
ミタライ支部長率いる総勢十数名にまで膨れ上がったise会シロツメ支部の一団が、協力関係にあったクラン、ise会ロクアン支部の一団と合流を果たした。
「ツツミの相手は! 作戦はどうなった?」
「アキトと支部長の私、そしてタイキの三人を戦闘の主軸に置きつつ、このまま私のギフトで感知した味方の旗の切れ端を回収し、孤立した敵を殲滅しながら追い込む予定です。それにその性格から考えて、真っ先にターゲットを追いかけているであろう冒険者アキトの経験と腕前ならば、たとえ魔力量で及ばなくともツツミにも簡単にはやられないはず……。彼がその大役を受け持ってくれていると、この混沌とした状況でも上手く回ります。しかし、不完全ながらも強制的に展開されたこの大規模なミラールームの配列が乱れていると仮定するならば、万一途中で出くわした時には……やはりその場合も正面からは受け合わず、耐えて援軍を待つことになるでしょう!」
「そうだね、それが最善! 数ではこっちが勝っているのには変わらない!」
「ええ!」
作戦の要項を確認し合ったサヤ・ミタライ支部長と、アイリ・スミヨシ支部長。両クランのトップが目指すのは、やはりクロキリ本部の本部長ツツミの討伐、及び敵戦力の殲滅。
今は不測の事態。ツツミの繰り出したカウンターの秘策によりミラールーム内に誘い込まれるはめになったが、ミタライの冷静に状況分析をし立て直した作戦にスミヨシも異論はなく深く頷いた。
しかし時代劇のセットの中を肩を並べて駆けていた支部長の女二人の前へと、突然紫の炎が吹いた。
「そんなに急いで、どこへ行くんや支部長はん?」
ねっとりとした意地の悪い女狐の声が、火の燃え盛る音とともに耳に張り付く。
二人の進行を阻むように、周囲を円状に描き切り囲った紫の炎。その炎の中より下駄の音を『コツ……コツ』と立てて現れたのは、結われた長い銀髪と黒い着物の姿。あのサイカン本部のマリモだった。
「マリモ代表……あなたはまだ裏切るつもりなのですか」
至極冷静にも問う。ミタライの視線が真っ直ぐとマリモ代表の面を射抜いた。
「裏切る? ははは、まだそないなこと言ってるんかいな。……まぁ、ここであんたらから時間を稼ぐのも後で商売になるからな。うちらは武闘派やない言うても、伊達にクランマスターはやってへんよ。いくらあんたが優秀なギフト使いでも、そう甘くはいかんのとちゃう?」
妖しく扇子を広げながら、その裏にマリモは嘲笑を浮かべた。
やはりサイカン本部のマリモ代表は、クロキリ本部のツツミと深く通じている。兵数の多いシロツメ支部にここで乗り換えるという時期尚早の迂闊な判断を、安易には下さない。クランマスターとしての己の実力も鑑み、ここでミタライたちの動きを封じることに、彼女は後につながる商売的な価値を見出していたのだった。
しかもミタライはマリモと同じ火属性のギフト同士。互いに相性はイマイチ、マリモを撤退させるに至る有効打を与えるには魔力の消耗は避けられない。後ろにはツツミが控えている、ここで多大な魔力を消費する訳にはいかない。万一ここでマリモに打ち勝ち退かせても、魔力を無駄に消耗しては負けに等しいのであった。
こうしている間にもツツミは逃亡、あるいは散らばった戦力をかき集め同じように立て直しているのかもしれない。囲うただならぬ熱気の中、ミタライがマリモの怪しい笑みから目を離さずに思考を巡らせていると──。
「……サヤっ、先に行って!」
「アイリ?」
覚悟を帯びた一声を放ったのは、アイリ・スミヨシ。協力クランの支部長の彼女だった。
手持ちの槍を構え一歩前へと出た彼女の姿を見て、ミタライは驚いた表情で彼女の名前を呼んでいた。
「あの時……正直私は恐怖した。ツツミ……あの男の暴虐、絶大な力に屈してしまい、あろうことか助けに来てくれたはずの友を、シロツメの風の彼女を裏切った……」
語り出したのは、遠い過去の出来事。暴虐の竜に全てを蹂躙されたあの時の記憶。忘れようとしても忘れることのできない、澱んだ心の内側に深く刺さっていた凄惨な記憶。アイリとサヤ、どちらにとっても──。
「でももっと怖いのは……この絶望に慣れてしまうこと! 負け続けていることに打ちのめされたままの自分が、低いレベルで慣れてしまっていたことだ。でも……あなたが火を絶やさずにいたから、私に今はもう一度チャンスが巡って来たと思っている!」
後ろを振り返るアイリの瞳が、そのくすんだ懺悔の色を燃やしながら、またただならぬ覚悟を熱帯び宿した。
彼女の覚悟は本物だ。少なくともミタライの目には、はっきりとそのように映っていた。
「アイリ……。──はい。帰ったら、彼女のグラスで乾杯を!」
もはやその激しく再燃した彼女の覚悟を止めることはできない。ミタライは最後にそう言い残し、振り返るアイリと真っ直ぐに目を合わせた。アイリは、ただただミタライの言葉に深く頷き前を向いた。
やがて、彼女の隣を通り過ぎ駆けたミタライはケットシーを示現した。すると緑の怪火の猫が紫の炎へと飛び込み、一部を緑に染め直していく。そして、最小限の魔力で支配し直したその緑の火の中をミタライは振り返らずに突っ切った。炎の輪の外にいた仲間を率いながら、次のミラールームを急ぎ目指していく。
「あれぇ、あんたさんスパイとちゃうかったの。ツツミはんとこの?」
ミタライのことをみすみすと取り逃してしまったマリモ代表は、余ったハンチング帽の女に向かい、扇子を余裕げに扇ぎながらそう話しかけた。
「ふふっ……腐敗に慣れたお前たちは根本的なところで勘違いしているわ」
去っていくサヤの背を見送ったアイリは、マリモの不穏な問いかけに、口端からたまらず笑いをこぼしながら答えていく。
「たとえ私がどんなに醜く泥をすすって生きていても……今は彼女の信念を支える。その時! 貴様らise会本部の悪辣な馬鹿どもにっ、私の心をスベテ売ったわけじゃない!!」
アイリは、胸に、腹の底に溜まっていたスベテを目の前の敵に向かい吐き捨てた。この燻っていた闘志や後悔、復讐心までを腐敗した組織の連中に買われた覚えなどない。
「心をすべて……面白い価値観やね。すっかり従順な奴隷根性かと思ったら、なけなしの友情が勝つこともあるんやな? ──ま、最後の最後で損を取っちゃうようなやつは、ソウトウな……阿保ぉやけどッ!」
友情や復讐心が最後に支配の恐怖に大きく打ち勝ちまさる。面白い価値観ではあるが、商売人のマリモとしてはそれは露ほどの価値もないくだらない考えでもあった。
一蹴するマリモの煽りとともに、紫の火柱が激しく爆ぜる。アイリは逃げ場のない炎と不退転の覚悟の中で、星柄のハンチング帽を火に捧げるように脱ぎ放ち、今、鋭き槍を手に銀色の女狐へと挑んだ。