トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜 作:山下敬雄
落下したカップゼリーの頂上から、並び立ったセイラとナツは同じ遠くを眺める。溶けて流れた甘いクリームの海の上、煙るグラスの内側には寄り添う二人の人影があった。
「これって蚊帳の外っていうか……」
「パフェの外ね……」
全てを溶かし平らげられた巨大パフェ。空の器の底には妹のユキエと、敵のコック。斬り合いと口論の末に、三女は大人しく腕の中に収まり、コックの男はすっかり冷え切っていたその握る包丁を、倒れそうな彼女を支えるために手放した。
(ふぅ……しかし逆に助かったのは俺の方かもしれねぇな。コイツの火力を上げるとどうも、頭に血がのぼるぜ……。──ほんと嫌になるな、この呪いじみた遺産はよ……)
冷えたパフェを食らい尽くし、包丁に纏わせていた業火はようやく消えて鎮まった。ペコロは己の火属性のギフト、その使い勝手の悪さには、やはり振り回されているようで良い気はしなかった。ギフトの火力を上げた結果──「我を見失いかけていた」と自戒するように心中でつぶやき、最後には白いため息を吐いた。
そしてぺころがふと目を落とすと、先ほどまでぐったりと気絶していたはずのユキエが目を覚ましていた。抱えるペコロの腕の中で、まだすっぽりと収まっていたユキエは、溶けた飴細工のメガネをもう一度成形し直し整えようとしていたらしい。しかし不意打ち気味に目が合ってしまったユキエは慌てた様子で、ペコロから分かりやすく目を逸らした。
そんな彼女の反応にペコロは微笑う。すっかり戦意は抜け落ち、もう戦いのつづきをする気も起きない。何よりこれ以上食べ物を無駄にすることは、彼のコックとしての矜持に反することだ。黙るユキエの方ももう、そのコックの男と戦う気はないようだ。
(この先の敵、まだこれ以上に火力を上げていかねぇとならねぇようなら……チッ、だから冒険者は嫌いなんだよ。おい……まさか! これが狙いだってんなら、許さねぇぞ薄笑い)
足元のコーンフレークの砂利を踏みながら、ペコロが次のことを難しい顔で考えていると──。
「はっはっはっはっはははははーーーーぁあッ、デスピザ再配達でぇええええええスッ!!!」
狂った叫びとともに、パフェのグラスが振動を始める。突如天から現れ、グラスの曲面を走る大きな円形の鋸が、底に甘ったるく溜まっていたターゲットへと容赦なく叩きつけられた。
「ナァっ!?」
天を刻み迫り来た回転する無骨な鋸の攻撃を、ペコロはユキエを抱えてなんとか避けた。謎の急襲により、亀裂の深く走ったパフェの器が、ついに形をとどめることができず粉々に砕け散っていく。
「デスピザお届けええええ! 再配達は、いけませええええん!!」
巨大パフェの器を破壊し派手に登場したのは、紫の配達員のユニフォームを纏う謎のピザ屋の男。お届け先はお菓子の国、パフェの底で女とのんきに佇む飴色頭。
甘い飛沫が唸り飛び散る巨大なピザカッターを腕に抱え、目を見開いた狂気のスマイルを添えて、再配達をしにお客様の前へとやって来た。
「んなもん頼んでねぇぞ、しつこいピザ屋。店の物を派手に壊してなにがしてぇ」
「頼んでない? あっ、あっあっ……なっ、なっ……」
「……? なんだ? 今更、配達間違いに気づいたか」
「なんで男とオンナが……抱っこしてんだよ!! お前らあああッ!!」
腕の中には、オンナ。
急襲を避けて地に降り立ち、なおもパティシエの女を抱えたままでいたその黒服のコック。そんな男女二人の有様を見て、ピザ屋は突然血走った目を剥き叫んだ。
「だ、抱っこ!? そ、それは……」
急に予想外のことを声高らかに叫ばれた。ピザ屋の必死の指摘に対して、三女ユキエがしどろもどろに狼狽する。
「はぁ……そんなことどうでもいいだろうが配達員。さっさと失せろ、お前の居場所はここじゃねぇ。ピザなら自分で焼けるぜ、まったく」
そのピザ屋の配達員の風貌は、背だけは高い細身の男。男女が抱っこしているのを見て何をそんなに叫ぶことがあるのだろうか。声のでかい陰気な配達員を、ペコロは呆れた様子で一蹴しあしらう。さっさと配達の手違いを認め、用のないこの場から去るように促した。
「そうよ男の嫉妬は、メッよ! お姉さんそういう子、あんまり好きじゃないんだからっ」
長女セイラがクールに突き放すペコロの言葉に乗っかり、経験豊富なお姉さんとしての持論を展開し人差し指を横に振る。
「そうそう、そういうのモテないよ~ピザピザくん」
隣で次女ナツも揶揄うようにそうつづけた。
「これは、その……あ、コックとパティシエの交流といいますか、その料理人同士の……ッ!」
「敵同士がそんなこと、やるなああああああッ!!」
ごちゃごちゃとアレコレ正当化しようとこねくり回すユキエの言い訳の台詞を置き去りに、ピザ屋の男は怒りを爆ぜさせるように正論を叫んだ。そしてそのまま決壊した怒りの感情のままに、目先になおも抱っこし立つ男女二人へと目掛けて突進を仕掛けた。
「やべっ! ずおぁ!?」
ペコロは咄嗟に抱えていたユキエを安全な方向へと放り投げると、両手の空いた自身は抜き出したナイフを構えた。地のウエハースを抉りながら走る狂気のピザカッターによる重い一撃を、なんとかナイフで受ける。
しかし真正面から激突したその鋸の威力には踏ん張るが耐えきれず、吹き飛ばされてしまったペコロの身が背後にあった大きなゼリーにぶつかった。
「きゃーっ」
「あわーっ」
大きなカップゼリーの上から茶々を入れていたセイラとナツも、反動でボヨンと上へと弾き出された。
「嫉妬じゃない、嫉妬じゃないいいいいッ!!」
どうやら男の嫉妬と言われたことが彼の気に障ったようだ。鼻息を荒くし念仏を唱えるように言い否定している。
「痛ってぇ……後ろがゼリーじゃなきゃ背骨がイってるぞ……。おいおい……誰だこの頭がチーズみたいにとろけたバカを煽ったの」
「バカにするなああああ!!!」
他人事ではない。地獄耳のピザ屋の怒りの矛先は無神経なそのコックへと再度向かった。
ペコロとて二度も同じ手は食わない。安直な突進を引きつけて回避し、ゼリーに丸鋸が埋もれた瞬間、横腹に蹴りをお見舞いした。
しかし、ピザ屋の執念は一発の蹴り如きでは止まらない。ゼリーをクラッシュ状に加工するように粉砕し、散らし、唸りを上げる丸鋸が執拗にペコロへと襲いかかる。
「っ! いい加減にしやがれっ! こっちはもう喧嘩は散々済ませて仲直りしてんだよ!」
「何を言っているんですかっ、まだあなたを認めたわけでは……! あとッ、二流と言ったことを早く訂正してください!」
「今はそんな細かいこと、いいだろうがっ!」
「こ、細かい!? 聞き捨てなりません!」
「細かい細かい細かいこまかい注文が……こまかいいいいい!!」
「なっ!?」
「ユキエ!!」
癪に障る、それに耳障りな痴話喧嘩に、ピザ屋はまた一段と怒りを呼び起こしフラストレーションを爆発させる。コックを薙ぎ払う丸鋸で吹き飛ばしたピザ屋は今度は標的を変え、細かい指摘をぶつぶつと繰り返していたユキエにまっしぐらに向かい襲いかかった。
たとえそれが味方陣営の者でもお構いなしに、ピザ屋は本能的に敵とみなしたユキエへと凶刃を向かわせる。
「【
「──【クリーム:
しかしそんな男の凶行を二人は黙って見てはいない。セイラとナツが急いで妹の元へと助けに入る。【膨張】と【冷凍】のギフトを組み合わせて作ったクッキー&クリームの強化壁を前方に幾重にも敷き、ピザ屋の進撃を阻もうとする。
だが──、ピザ屋の持つピザカッターが紫の火を激しく纏い出した。超高速回転を始めた丸鋸は、そんなちんけな冷えた洋菓子の防壁では止まらない。瞬時に溶かし、瞬時に砕く。何もかもを削り飛ばしながら破竹の勢いで甘い甘いその防壁を突破していく。
そのまま防壁の後ろに隠れていた三姉妹へと、耳をつんざく唸りと妖しい炎を巻き上げる刃が迫る。
「サイドメニューはああああ、ホタテのマッシュポテトおおおお!!」
つまらない甘いアイスのサイドメニューを平らげて取り下げる。そして真っ直ぐに襲いくる恐怖の火の鋸は、冷気の煙の中に突如灯し現れた、赤く燃え上がる炎刃にぶつかった。
「勝手に決めんなっ! てめえ!」
そんなサイドメニューの注文はしていない。三姉妹を狙った凶刃に、身を挺して割り込んだのは一人のコック。赤々と激しく燃え上がる二本のナイフが、私怨を燃料に紫炎を上げる危うい丸鋸の回転を受け止めた。
「はっはっはっはっはああああああ! まとめてデスピザッ……お届けえええええ!!!」
狂気のピザ屋と一流のコック、同じ火のギフトをそれぞれの得物に灯し、全く異なるプライドを賭けた
二本のナイフが凶暴なピザカッターをぴたりと受け止めた。しかし止まったはずに見えた無骨な調理器具、その刃に纏う紫炎が怪しく渦巻き出した。
「つ!?」
「はああああああ!!」
止められた鋸の代わりに危うく回転し始めたのは、纏わせていた火の魔力。至近で危険な魔力の波動と熱気を察知したペコロは、間一髪にもその攻撃を避けた。避けた右を見ると、斬撃のように伸びた紫の炎が地を割るように焦がしていた。
「てかピザピザくんやばくない……あれ、一応うちの団員なんだよね? どうやって止めんの」
「こうなった男の嫉妬って、女のそれよりも見境なくて怖いんだから。……ここは抑えてくれているコックくんの男気に任せて逃げるのも……。当然……ないわねっ!」
ピザ屋の男が放つ火の魔力は明らかに異様、自分たちのギフトでは相性が悪く対処できるかは未知数だ。それでもナイフを握り立ち向かう彼を見るユキエの横顔が物語っていた。果たしてその想いは、敵、味方かという単純な区別や識別で片付けられるものだろうか。三女の横顔を覗いていた次女と長女は、顔を見合わせて頷いた。
やがて、走り動き出した三姉妹は配置につく。
プレッツェルの強靭な弓に、いちごチョコの鏃をつけた飴細工の矢。ユキエが【成形】のギフトで作り出した武器を構え、三姉妹は斉射を開始した。
降り注ぐおかしな矢の雨。ピザ屋の相手を熱心にしていたそんなペコロを援護する意図をもって、弓による遠距離射撃がなされていく。
「なんだ、なんで俺ばっかりなんだあああああ!」
なんとも鬱陶しい雨が、あきらかに自分に悪意を向けて集中している。そう思い、集中を乱されることを酷く嫌ったピザ屋は、寄りつくペコロを豪快に払い飛ばした。
そして次に、三姉妹が陣取る大きなショコラケーキの丘へと向かい、彼は猛然と駆け出した。前に構えたピザカッターを爆走させた末に黒い丘を上りきり、勢いあまり宙に飛び上がる。頂上で弓を引く三姉妹へと向けて、狂気と怒気に駆られたピザ屋は上空からダイブし襲いかかった。
だが、そこまではすべて女たちの計算通り。
回転する巨大な鋸刃が勢いよく生地に突き刺さらんとしたその瞬間、三姉妹は示し合わせたようにその場から散り散りに飛び降りた。「今っ!」──ユキエの叫びとともに、ショコラケーキの丘は突如、空から降る刃が到達するよりも早く真っ二つに割れた。
そしてまんまと上から飛び込んできたピザ屋の男を、【成形】のギフトを用いて、ぱっくりと割れたケーキの中へと包み込むように閉じ込めた。
内部に満ちるのはどろりと溶けるビターチョコ。それはフォンダンショコラの丘だった。間髪入れずにつづいた次女は、冷凍のギフトを最大魔力で発揮し、念を入れてカチコチにコーティングし封印する。
地形をそしてスイーツを利用した罠と奇策、サトウ三姉妹による手際のいい合作の技がついに完璧に、身勝手に暴れつづけていた凶悪な敵のことを捕らえた。
ぴったりと閉じゆく黒い丘に、静寂と白い冷気が立ち込める。勝負ありかに思われた。だが、次の瞬間。
グラグラと地鳴りのように伝う振動がショコラケーキの丘を揺らした。やがて振動はその大きさを増し、冷え固められていたはずのチョコのコーティングがみるみると溶けていく。そして一気に爆ぜる激しい噴火とともに、熱された中のチョコは吹き出し、黒いケーキの丘が跡形もなく弾け飛んだ。
「はぁはぁ……いらないいらないっ、走り回って気がつけば、三日遅れのバースデーケーキ……売れ残りのチョコ味は大っ嫌いなんだあああああッ!!」
焼かれ崩れたケーキ、チョコ色のマグマの中から復活し現れたピザ屋の男。彼は酷い思い出を思い出させてくれた三姉妹へと、一段と増した狂気と熱気を再び向けた。
そして最悪のケーキのギフトを食わされてしまったピザ屋は、暴走する魔力と感情のままに三姉妹へと襲いかかろうとした。
「誕生日なんていつまでも女々しく期待しすぎるもんじゃねぇ。お子様の大人はッ、そろそろ黙りやがれ!」
だが、密かに連動していたペコロが業炎を纏わせた二本のナイフで、死角の背後から強襲を仕掛けていた。
相手の感情が最も昂った時、その瞬間の隙を完全に突いた。しかし、ペコロが魔力を高め放った二刃の一撃は、ピザ屋が全身に纏う紫の炎のオーラを切ることができなかった。
「なっ!?」
「一年に一度ぐらいッ、いいだろうにいいいい!!!」
揺らめく紫炎が、ナイフに纏う赤い炎を包み上げるように侵食する。後ろをゆっくりと振り返り、無神経なペコロのことをぎろりと睨んだピザ屋の男が、詰まりに詰まった怒気を解放するように言い放つ。
ナイフを受け止めていた妖しい紫炎が、今ピザ屋の男の呼び起こした感情とともに盛大に爆ぜた。
魔力爆発に巻き込まれ、粉々に砕けた二本のダマスカスの包丁。ペコロの身も返されたほのおの衝撃に耐えきれず、彼方へと吹き飛ばされていく。
その時、ユキエが前に躍り出た。今、チョコの大木に激しく打ち付けられ倒れたペコロのことをかばおうとする。【成形】して作った飴細工の大盾を手にして。
「……ちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこちょこまかとぉおおお!! そいつばっかにやさしくするなあああッ、切り刻む切り刻むうううう!!!」
ピザ屋は呪詛めいた怒りの台詞と同時に、ピザカッターを唸らせる。メラメラと炎を纏い超高速回転した丸鋸の刃により、地を走る紫炎が弾き出され、どこまでも勢いを増し伸びて襲う。
迫る炎の斬撃。すでに溶けゆく飴の盾。それでも盾を構えたまま、ユキエは前の紫に染まりゆく絶望に震える目を凝らした。
愚かな後悔も、ちっぽけな命も、ケーキも、姉妹への懺悔も、すべて紫の業火に呑まれていく──。
彼女がそう、刹那に回想を重ねていた時だった。
まるで道が切り開かれるように、押し寄せていた紫の奔流が、ユキエの視界から二つに分かれていった。
「【デモンズキッチン】──ここからは地獄の裏メニューだ……。
斬撃のように飛び交った危うい紫の炎は、すっぱり切られ、二つに裂けていく。
ユキエの前に堂々と勇ましい背を向け立っていたそれは、一味違う凄みを宿した一流コックの立ち姿。
その手に握られていたのは、一本の奇怪な黒い包丁。道具であるはずの黒い包丁は意思を持ったように、けらけらと嗤い始めた。
ついに示現したその黒い包丁は、果たしてペコロ・ココットの真のギフトか。クリーム色の瞳が今、深く熱帯びた闘争の色に変わる。
鬼の如き形相でどうしようもない客を睨む。徹底的に受けて立つ、コックはもうなりふり構わない。構えたその一振りの包丁に、溢れんばかりに漲った地獄の業火を纏わせた。