トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜 作:山下敬雄
「ばっ、ばかな……この俺が……ッ」
「勝負はつきました。まだ、おつづけになりますか?」
道着を纏う黒髪の美男と、睨み合う大鼻の大男。互いに同意のもと、庭園エリアで巻き起こった一対一形式の戦いの結末は──。
(あれは、魔装具。古の亡国の【血粧】シリーズですか。血の代償をなしにここまで使いこなせる者がいるとは、とても驚きました……。それに、低速で魔力の発練をつづけている後ろのあの赤髪の魔術師……記憶違いでなければ──いや、不器用な彼女がそこまでの技術を会得するとは到底……)
黒い仮面の者は二人の戦いを遠くで観察しながら、そう心中で冷静に分析しつぶやいた。同時に、その珍しい魔装具を扱う戦士の後ろにいた赤髪の魔術師の女のことも、少し気がかりに見つめる。
既に勝負は決した。クロキリ本部の戦闘員であるノックノーズは、シロツメ支部の美楚羅の繰り出した変幻自在の【髪芝居】のギフトと、髪飾りにしていた銀色の魔装具による多角からの攻撃を捌けずに、ついに地に膝をついた。
ノックノーズは、その特徴的な大きな鼻にだらだらと絶えぬ汗をかきながら、まだ敗北を認められないような苦虫を噛み潰した顔をしていた。
戦士としてそれは無理もないこと、直近でも自分にも経験はある。それでも美楚羅は降参を促すように、大鼻の男に「勝負がついた」ことを口にし知らしめた。
「へへ……わかった。降参降参、俺の負けだ」
ノックノーズはゆっくりと両手を挙げて、ついに根負けし敗北を認める言葉を口にした。
緊張感を解いたように微笑しながらそう言った彼の言葉を信じた美楚羅は、それ以上は自分も無粋だと思い、髪で蛇のように操って敵に向けていた銀の魔装具による威嚇を緩めていく。
その時だった。微笑を浮かべていたノックノーズが突然、その場から飛び上がった。そして彼は浮かんだ空中で自身の鼻を手で摘んだ。それは彼の中にある秘密の魔力スイッチなのか、ぐいと鼻を摘んだ矢先に、ノックノーズの顔が風船のように急速に膨らんでいった。
「なわけねぇだろうがあああああ!! このノックノーズ様の鼻は折れちゃいねぇ、オカマ野郎のてめぇなんかに折られるかよッ!! ハナナナナハッハーーーー!!」
「──! イチゴさんっ、危ない!!」
「ぬぇ!?」
微笑しながらしたその降参はポーズだけ。その場しのぎの嘘をやめたノックノーズの顔つきが、醜く豹変し肥大する。そして悪言を叫び散らしたあげくにその大口を開いたまま彼が向かったのは、後ろに呑気に控えていた赤髪の魔術師、リリス・アルモンドの元だった。
一対一で行われた勝負、その戦士の契りは当然のように破られた。だが、迂闊にも警戒を解き敵の悪意を見抜けなかった美楚羅は、すぐにリリスの元へと助けに駆け出した。
当然ノックノーズは、その美楚羅の戦闘中も隠せずにいた善性と脆さにつけ込むことを計算済み。ギフトにより巨大化した顔が汗の雨を降らしながら、無警戒だった赤髪の魔術師を丸々飲み込まんばかりの勢いで、剥き出しの歯を見せて襲いかかっていく。
避けられるのか、迷ったあげくに急ぎ杖を上空へと構えるリリス。美楚羅が戦っていた最中にも、ひっそりと気づかれぬ程度に低速のチャージを行っていたが、まだ魔力を完全には練れていない。
立ち止まる彼女を救うために走る道着、天から愚かな二人を見下ろし嗤う大鼻、焦燥しながらも一か八か杖を天に構えつづける赤髪。
混沌する状況の中、のどかな緑の庭園に一筋の白い雷が轟いた。
前触れなく、天を真っ直ぐに裂いた白い雷。それが今矛を向けるように走った先は、宙に浮かんだ巨大な顔。痺れる魔力が膨らんだ大きな鼻を正確に射抜き、男は舌を突き出して絶叫した。
リリスを襲ったノックノーズが、巨大化のギフトの効力を失いながら萎んだ風船のように焼けこげながら堕ちていく。
覆い被さる美楚羅と、転んでも杖を手放さないリリス。噛み合わない行動を取っていた、滑稽に重なる男女二人の唖然と見つめる視界の先には──黒い仮面の怪しい存在。
「冒険者のような一か八かは、魔術師の仕事じゃありませんよ」
そう静かにつぶやくと、白く帯電していた杖をゆっくりと下ろしていく。愚かにも肥大し襲いかかったノックノーズの裏切りに手を下したのは、黒い仮面の魔術師。彼の放った敵味方を問わぬ、無駄のない裁きの雷であった。
「この魔力……あの杖は……魔術師……」
庭園を照らした鋭い雷光の魔力に、リリスは呆然とつぶやく。
立ち上がった美楚羅は、転がり落ちたままぴたりとも動かなくなったノックノーズのことをしばらく眺めた後に、遠くに佇む黒い仮面の魔術師へと視線を向けた。
「何故、味方を……?」
仮面の魔術師は手に握っていた一本の特殊な杖を短く伸縮させる。そして訝しみ見てきた美楚羅の問いに対し、彼はどこか遠くを見つめながら答えた。
「靴を汚していく度に、故郷の川の穏やかさに気づかされる。──とまぁ、何かと入り用でしてね。そろそろ新しい靴も欲しいので、こういう割のいい厄介な仕事に当たることもあります」
「……?」
妙な哲学を含ませた遠回しな返答に、美楚羅が眉をひそめる。
「安心しなさい。その方は許容量以上の魔力を使い切り、一時的に気絶しているだけでしょう。私が命を奪う理由も私に奪われる理由も特段なかったものですから、応急処置でそうなりましたよ」
随分と他人行儀な言い方ながらも、極めて冷静な態度を崩さない。仮面の魔術師はさっきの雷の攻撃を「応急処置」だと言い放つ。
美楚羅が草原の上に倒れていたノックノーズに近寄り、その容体を確認する。確かに命までは取っていない、浅い静かな寝息を繰り返している。本当にルール外の味方の暴走を止めただけなのだろう。
そう、状況を理解した美楚羅は小さく息を吐いて頷いた。そして決意を秘めた目で仮面の魔術師を再度、直視した。
「……事情はなんとなく分かりました。ならっ、ここで僕と一対一での戦いを受けていただきたい! どうやら僕たちは、この先に進まなければならないようなので」
再度、ノックノーズの時のような一対一形式の決闘を提案する。そんな美楚羅の戦士然とした勇ましい申し出に、仮面の魔術師は困った様子で仮面の顎の辺りを指でしきりになぞった。
「と言われましても、あなたのような優れた魔装具持ちと真正面からやり合う気はあまりないのですが……。──ふむ、分かりました」
仮面の魔術師は渋々了承する。彼の立場としてもクロキリ本部から請け負った仕事と契約があるが故に、ここで二人のことをただで通す訳にはいかなかった。
「ええ。ただし──私が指名させていただくのはそこの赤髪の魔術師、彼女です」
「わっ、私!?」
突然、仮面の者に指名されたリリス。彼女は驚きで目を丸くし、確認するように自分の鼻へ指をさす。
「何を言っているんですか!? イチゴさんはそういう一対一で戦った経験は……」
「それはあなたも私に叩きつけたこと。正直一対一での決闘は、魔力の発練でその魔法の威力を高めることを得意とする魔術師には、おすすめできるものではない。そして、あれほどの魔装具を華麗に使いこなすあなたの実力は測る必要もないもの。しかし、後ろに控えられていたそのお方には疑問符がつくものです。先ほどの危うい事態に選び取ったその行動も、あまり褒められたものには見えない」
割り込んできた美楚羅の強い口調を、仮面の魔術師は冷静にいなす。加えてリリスに対しては辛口の評価を淡々と並べ告げていく。
「一人の魔術師として、この先を進むその力と資格があるかどうか……ここで見極めさせていただきたい。もちろん奇しくも魔術師同士、単なる早い者勝ちではない、魔術師の得意とするやり方で構わない。この一対一の魔法試練……さぁ、受けてくれますか!」
仮面の魔術師が提案したのは、一対一の魔法試練。その内容がどんなものであるのかは、魔術師でない美楚羅には到底分からなかった。
(……無茶だ。あの仮面の魔術師はきっと只者じゃない。アキトさんと同じような……実力を隠している、そんな余裕すら感じてしまう。僕の感覚が間違っていなければ、イチゴさんよりも遥かに──)
悩んだ末それが無粋とも分かった上で、仮面の魔術師の言葉に惑わされない覚悟を決めた美楚羅が、前に一歩踏み出そうとしたその時──。
「……ふーっ。わかったわ、いいわよ」
迷いを振り払うように長く息を吐くと、リリスは仮面の魔術師に対して覚悟を宿した瞳で頷いた。そして美楚羅の前に横に差し出した古杖で通せん坊をしながら、彼女は人差し指を立てて言葉をつづけた。
「ただ一つ、約束! ……私がその試練をこなせたら。その面白い仮面のお土産を、頂戴?」
リリスは立てていた指を倒し、男が被っていたその黒い猿の仮面をさす。
「お土産、ですか……ふふ、考えておきましょうっ! さぁ、時間です。あなたがやるべきことは」
「もちろん一つ、これだけよっ! 発練っ──【ヒノタマ】っ!!」
仮面の魔術師の問いかけに赤髪の魔術師は強く答えた。すると同時に杖を振り上げ、頭上に浮かべた赤い火玉の魔力を際限なく増大させていく。
「唯一にして正解ですっ! 【ヒノタマ】──はぁっ!」
仮面の魔術師もまた、教鞭を振るうように手元から杖を伸ばした。浮かび上がる白い火玉が、彼女の練り上げる赤い火玉と競い合うように魔力を高めていく。
仮面の魔術師がリリス・アルモンドに課した、一対一の魔法試練。互いに杖を向け合い頭上で高まるのは、とてつもない魔力の熱と波動。
宙に並び立った赤と白。注ぎ込まれる魔力の限り、熱く成長し膨れ上がる二つの火光が、のどかな庭園の草花をじりじりと灼き焦がしていった────。