トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜 作:山下敬雄
緑の木々と小鳥たちの囀りに満たされた、穏やかなヒーリングプラントエリア。だが、その安らぎを破るように木の葉を散らす音が激しく重なり、驚いた小鳥たちが一斉に空へと飛び去っていった。
木漏れ日が射す緑の中を素速く飛び跳ね駆ける、三つの影。
野生の鋭さを剥き出しにしたタキ、ナキ。獣人兄妹の狩りさながらの息の合った連携攻撃が、緑の髪のターゲット、アトラへと襲いかかる。
しかし、アトラは兄タキの放った鋭い爪撃を素手で真正面から受け止め、カウンターの膝蹴りをガラ空きの腹にかました。さらに、間髪入れずに死角から連携し襲い来た妹ナキの蹴りをするりと躱し、すれ違いざまに尻尾を掴み上げ、そのまま豪快に投げ飛ばした。
地面を転がりながらも、二人の獣人はその卓越した獣の身のこなしで素速く受け身を取って立ち上がった。そんな牙を剥き何度も執拗に向かってくる二人に対し、アトラは淡々とした声で問いかける。
「……なんで向かってくる」
「そんなの決まってるだろ、アキトの敵は俺の敵だ! 逃がさないぞお前!」
「ナキの敵! アキトに手を出したお前を許さない!」
「……」
二人の獣人は、あの冒険者アキトのために戦っている。彼に危害を加えた自分のことを許す気はないらしい。
迷いない獣人兄妹の叫びを聞いたアトラは、それ以上は言葉を交わさずに口を閉ざし押し黙った。
睨む視線の先に見えるのは敵、獲物。警戒しながら低く構えた獣人兄妹はもう一度息を合わせ、前へと同時に仕掛けた。
全速力で駆けた獣人二人が、鏡合わせのような見事な連携で左右からその鋭利な爪を真っ直ぐに伸ばした。
だが、タキとナキは同時に、伸ばしていたその手をピタリと止めた。急に動きを殺した目の前の獲物の雰囲気に、思わず前へと繰り出した手を止めていた。
「なんだ……!」
「なんで……?」
アトラはその場を微動だにせず、ただそこにポツンと立っていた。敵意も、殺気も、防衛本能も、何もかもがすっかり抜け落ちたように、ただそこに空虚に立っていた。
「わからない──」
何故そうしたのか、問われてもアトラは明確な答えは返せない。彼ら二人には憎いほどにあっても、アトラにとって二人と戦う理由そのものが、今、どれだけ思考を巡らせ探してもすぐには見つけられなかった。そんな希薄な感情を火に焚べて、戦うことにどれだけの意味があるのか。少なくとも今のアトラが宿す闘志が、この戦いで滾り燃え上がることはなかった。
深い緑髪の奥にある琥珀の瞳が、ただ真っ直ぐに、至近にいた二人の獣人兄妹の顔を覗き込んでいる。
走り止まった二人の鋭い爪先が、彼の左右の頬をゆっくりと撫でる。傷口から溢れた鮮血が、静まり返った緑の落ち葉の上に「ぽたり……ぽたり……」と、赤く滴り落ちていく────。