トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜 作:山下敬雄
投げ捨てられた白い死に花。虹色の泡膜が弾けた時、白いスーツの男へと逃れられない裁きの雷が下った。天に連なった青い雷柱は、轟音を立て、その絶大なる威力を荒れ果てたパーティー会場に轟かせた。
『雷様のへそでも拝みたかったか』
「──!」
細くなる青の柱の中に浮かび上がる人型の影。やがて、天を真っ直ぐに引き裂いていた雷はその威力を止ませ、渋い男の声だけが嘲笑うようにアキトの耳へと届いた。
ツツミは立っている。あれほどの雷をその身に浴びても、膝をつかずに、ただ不敵な笑みを浮かべてそこに立っていた。
雷の中より再び登場し衣装がぼろぼろになったスーツの男を、アキトはじっと見つめたまま黙る。
「まぁ認めたるわ。お前の方が細々としたギフトでのやり取りが、だいぶ
ツツミは何故か自分に攻撃を加えた相手を称えた。ギフトの扱いが自分より上手であることを認めながら。
「そうかい。よく言われるよ、ジブンより上手が不思議となかなか出てこないからね」
アキトは微笑を添えながら淡々と返答をする。魔力量の差を覆すほどの高度な技術を持ち合わせていることを、額面通り否定せずに自負する。
「ははは。だが……それは、そっちのスケールでの話や」
ツツミが意味深な言葉を低く囁くと、微笑を浮かべていたアキトの顔が翳っていく。いや、それは影、伸びゆく巨大な影が、そこに立つアキトの存在を呑み込まんばかりに高々と成長をつづけていた。
巨大な影の内で一人の冒険者は見上げつづける。目の前に聳え立つ存在が、窮屈だった人の皮を破り、巨大な〝竜〟へと成っていくその変わり様を目撃してしまう。
「なに険しい顔しとぉ、ここからがお待ちかねの本番やろ?」
黒い鱗肌の内に潜む爬虫類のような黄色い眼を今見開き、地を見下ろす。幾本もの鋭い牙を沿うように、化け物は長い舌を舐めずった。
「ほんじゃあ……さぁ、徹底的に
巨大な影の正体は竜。ボロついた衣装を脱ぎ捨て、人の身の枠組みまでも破壊する。冒険者アキトが目撃したのは前代未聞のギフト、大きな黒竜と成ったツツミが今、
会場中のシャンパングラスは盛大に割れ、天を焦がす赤雷の柱が幾つも迸る。人の皮を被っていた巨大な竜はついに本性を現し目覚めた。そして、眼下で冷静にもレイピアを構えた矮小なる一人の冒険者へと、巨大な二足の爪足で地を砕き、猛然とその大いなる暴威で襲いかかった。
第二ラウンドの戦いは、化け物が地を這う盛大なゴングとともに始まった。
パーティー会場を縦横無尽に暴れ回る、翼のない漆黒の巨大竜。魔物のアースサーペントを遥かに凌駕する大きさのその竜は、一人の小さな冒険者に向かい容赦のない突進と破壊行動を開始し、赤い雷の魔力を撒き散らした。
パーティー会場を根こそぎミニチュアの模型のように蹂躙する黒竜の猛威を、マントを華麗に揺らし避け続ける冒険者アキト。
アキトは避けるだけではなく隙を見て幾多の属性カードを乱れ撃つように投げつけるも、その黒竜は大して効いた様子もなく、巨体と尾を揺らす進撃の勢いはなおも止まらなかった。
物という物が巨竜の腹に押し潰されて、呆気なく壊れる音を立てる。荒れ果てた末に、やがて濁る煙の立ち込めてきた空間で、ターゲットを一時見失った黒竜は長い尻尾を鞭のように振るった。
すると、その風を裂いた黒鞭の尾が、煙に紛れ仕掛けようと飛び出した人影を素速く捉えた。だが人影を激しく鞭打ったその瞬間──引き裂かれた影から突然、青い綿が盛大に飛び散った。
「魔力を当てにするより、視力検査もした方がいい、フフ」
伸ばした尾に返った予想外の軽い手応えに、驚愕に目を剥くその竜の耳元で、黒髪の冒険者はそう冷たく囁く。
あの瞬間、尻尾による鋭い攻撃が煙の中より出てきたアキトの身を確かに捉えたかに見えた。だがそれは、冒険者の衣装を着せたただの身代わり。コットンのギフトを事前に拝借していたアキトが仕掛けた、雷電の魔力で動く綿人形のデコイだった。
気配と魔力を消し、いつの間にか労せず竜の背に忍び乗っていたアキト。彼は突き立てていたレイピアを、眼下に見える黒い鱗と鱗の間、太いうなじを狙い一気に下ろした。
【
だが、その必殺の細剣が竜の肉を貫くことはなかった。巨大で硬質な山壁に阻まれるような感覚が、一瞬、アキトの両手に痺れ返ってくる。剥がれた一枚の黒い鱗と、欠けた刃の残骸が彼の眼前の宙を虚しく舞っていく。
首をぐるりと後ろに向けた化け物の面が、大きな大きなその黄色い眼を三日月に歪ませ細める。背に乗った手品の尽きた道化師を、巨竜は低く喉を唸らせ、嗤って見つめていた────。
嗤っていた竜は、不意に背に乗っていたアキトへと向かい噛み付いた。『ギチッ』──竜の鋭い歯が虚空を食らい火花を散らして合わさる。竜に噛み砕かれる前にお邪魔していた大きな背から飛び退いたアキトだったが、直後に襲うように伸びた竜の腕が宙を舞っていた小さな冒険者の身を、その手中についに捕らえた。
「ドラハハハ……ようやく捕まえたな」
「あぁ、そのようだね。もう少しこの激しい化け物とのダンスを楽しみたかったが」
竜の手の中に捕えられ大きな黄色い眼に睨まれながらも、アキトはいつもするような微笑を顔に浮かべそう答えた。
「阿呆、そうはいかん。おい……ここまで手間をかけさせた罰として、そうだな。お前──俺の息子になれ、はははは」
何を脅し言い出すかと思えば、アキトの眼前で凄んでいた巨顔の竜は突拍子もないことを口にし出した。
「息子? ははは、冗談だろ。なんのごっこ遊びだい、こんな親父が常に同じ屋根の下なんて本当に罰ゲームじゃないか? 餌代もバカにならない、ふふふふ」
耳を疑う思わぬことを言い出した竜に化けたツツミに、アキトは同じ調子の冗談で受けて流す。
「ははは。例えが悪かったが軽口を言い合いたいわけじゃない、よせ。そう──この目で見たお前の実力、本物や認めたる。そう言いたいんや」
「さっきも耳にしたが、追い詰められると『認める』と言うのが口癖なのかな?」
「万策尽きたその立場で、よぉぬかしよる」
追い詰められているのはどちらか。竜の手中でまだ冗談をまじえた口答えをする、そんな冒険者に化けた大物の男の様を見たツツミは鼻で笑った。
「……実はな、ミタライのシロツメ支部のことはしばらく泳がせて放っておいてもどうでもよかった。初めから俺が興味あったんはお前や、トランプメン。そして今ここで
目の前の冒険者風情の男の正体は、〝トランプメン〟。ツツミはそう理解していた。そして、戦いを通じてその実力がお飾りではなく、名前と噂通りの本物であることもツツミは身をもって思い知った。
クロキリ本部のツツミの狙いは最初から、謀反を企てたシロツメ支部の鎮圧ではなく、世間を賑わすD級賞金首トランプメン。彼一人だったと言う。そして今クランマスターであるツツミ自らの目で、その実力が紛い物ではないと査定することができた。
「国を牛耳る」──そんな大袈裟なことを堂々とつぶやけるほどに、ツツミは目の前に捕らえた敵のことを高く評価していた。
「……大それたことを言うね。話が少々飛躍しすぎだと思うが。ジブンみたいな駒が一つ増えたところで、国を? キミも会話のキャッチボールができないと、よく部下や専属のコックから言われたりしないかい? 心配だよ、ふふふ」
しかしその評価に妥当性があるかは疑わしい。珍しい手駒が一人増えたところで国を思うように支配できるなら、既に誰かがやっているだろう。アキトは喋る竜のリップサービスを真に受けず、また冗談を飛ばした。
「ふっ、そうか理解できんか。──ほんじゃあ、バークローズ王国の〝聖騎士シデンレイラ様〟と呼んだ方がよかったか?」
ぎろり、目を大きく見開いた竜は、冒険者気取りをつづける男へと鼻先を近づける。そして睨む至近からまた別の名前をはっきりと口にし、その眼前の嘘つきへと突きつけた。
BB級の冒険者アキト、殺人鬼トランプメン、そして聖騎士シデンレイラ。果たしてまったく異なるように映るそれらの
「おや? なぜ墓石に刻まれた他人の名前をここで?」
「しらばっくれるな。お前がくどくどと森で説教を垂れ流した部下のカレン、あいつのギフトで、お前の情報はケツの毛一本までむしって把握済みや」
この期に及んで飄々と知らぬふりをするその嘘つきの男を、ツツミは即座に笑い飛ばした。カレン・アズマの有する過去視と未来視のギフトは、アキトが森で饒舌にその能力を暴き説明していたものだ。当然上司であるツツミには、カレンダーマンが体験し見てきた表に出ないアキトの知られざる過去など全て報告済みである。
「おっとそうだったか? 最悪だね、それは。ま、と言われてもそんな殉職した騎士様のことを、たかがBB級の冒険者風情のジブンが肯定しようはないさ」
あくまでその騎士様と自分には関連性がない。冒険者アキトは図太くもそう言い、ツツミの明かした事実の肯定まではしなかった。
「ははは。まぁ過去の肩書きがあろうがなかろうがどっちでもいい。して、そんな最上の称号を持つ元騎士と疑わしいお前を〝先生〟として招き、新生クロキリ本部の伸びきらん連中のギフトの底上げをする。つまり俺が適したギフトを部下に授けて、真似っこが得意なお前がそれを育てる。お前は俺にしたように遊びながら、その大好きなギフトの研究とやらをつづければいい」
ツツミはアキトの余裕げなアピールにも気にせず話をつづけ、本題とする己の企みを述べた。
「なるほど? 授けて、育てる。確かに生まれ持ったギフトが、真にその人に合ったものかどうかは疑問符がつくね。かくいうジブンもそのような感想を抱かなかったと言えば、〝嘘〟になる。──ふふふ、だとすればそれはなかなか悪くない話だ。もちろん……そんなことが可能ならばね?」
ツツミの提案はあながち的外れではない。神から授かった一人一つのギフトには、本人の気質や体質に合わないハズレのものが確かにある。それを一旦取り上げ、新たなギフトをその身に宿し鍛え上げることができれば、それは多大な戦力の増強に繋がるだろう。
悪い提案ではない。そう思ったアキトだったが、それが実現可能かどうかは別。鋭い冷徹な視線を、薄笑いを浮かべる竜の巨顔へと睨み返した。
「もちろん可能や。俺は元より器が大きい人間でな、お前も既に知っているであろうある方法を使うと……他人のギフトを幾らかこの身に安全にストックすることができることに気づいた」
「フッ、だろうね──」
ある方法と聞いて、アキトはすぐに当たりがついた。それはおよそミタライ支部長の持つ魂に干渉するギフト、それに関連するものだろう。それに、ツツミがこれまでの戦いで見せた【トリプルブレード】や【ショックウェーブ】。これらはツツミの持つ本来のギフトではないことにも。アキトは既に気づいていた。
ツツミが真っ直ぐに睨み「可能」であると言うと、アキトも即答しその一見机上の空論にも思えるものを、なんと肯定した。
「あ、でもそれだと困ったことに……先生が二人になるが?」
何を思ったのかアキトはじわりと不敵な笑みを作り、目の前のお相手に静かに問うた。
「問題ない、その時はこっちを大先生とでも呼ばせる」
「あはははは! ──傑作だ。大・先・生」
黒い竜から返ってきたひどくユーモアのある回答に、アキトは思わず声高らかに笑い上げる。
「ise会の連中は誰も俺には逆らわん。それと……八大本部はちょっと多すぎるなと思っていたんや、後で半分に減らして整理や。お前は自分で始末した石鹸屋の代わりに、空いた席に入れ。そして冒険者クランの地位を底上げ、まずはこの国を盗りにいく。そのための調略のギフトをお前が育て上げろトランプメン、いや冒険者アキトよ」
ツツミはまた自分の企みの一端を詳らかに明かしていく。本気でアキトのことを自分の近くに招き入れる気でいるらしい。
「ほぉ……真っ向勝負ではないんだね。大それたことを平然とつぶやく割に、案外怖いものがあるのかい?」
「誰かさんらのように逆賊にはなりたくないからな。ははは、気に食わん敵を滅ぼすんは簡単。滅ぼした後の方が、治めるんはよっぽど難しい」
ツツミは狡猾な笑みを浮かべる。国盗りは、単純な力比べの直接対決ではない。大義のない乗っ取りでは民は誰もついては来ない。人間の心や体を傀儡にし陥れる調略のギフトを育て上げることこそが、国を支配するに足る近道であるとツツミは理解していた。そして、それが今目の前で微笑う敵と組むことで成就することができるとも──。
「せっかく異世界に来たんや、俺と一緒にもっとこの広い世界を愉しく
みしり、竜の爪が手中のアキトの身を強く締め付ける。そこに「いいえ」の選択肢はない、そう言わんばかりの脅しの意をツツミは握る己の巨手に込めた。
巨大な竜と冒険者は、握手をしない。一方的な契約を飲み込まねば、向かう先は握りつぶした死。アキトの運命はもはやツツミの手のひらの上にあった。悪顔を笑い浮かべる黒竜は、ただ掴んだ黒髪の男のことを眼前に睨みつけながら、逃げ場のないたった一つに絞られた最高の返答を待つ。
「ふふふふふ……悪いが」
その時、冒険者の口元から囁くように溢れた微笑の声に紛れ、風が吹いた。突如どこからともなく竜巻のように起こった強烈な風が、地から上昇しつづけ、やがて宙に置かれていたアキトの身に纏わりつく。そしてその冒険者の身を逃さぬように強く締め上げていた竜の手が、それ以上に凄まじく吹き及んだ風圧を握り込めず──開いた。
「なんだ!?」
「どんな曲折した物語も、自分はやっぱり、最後は王道が好きなんだ」
囁いたのは風ではない、冗談でもない。緩んだ竜の手をするりと抜けた小さな影が、今操るように吹かせた突風とともに華麗に地に舞い降りた。
「魔王の囁きを鵜呑みにする勇者はいない。ならもう少し、頑張ってみるか。墓場から引っ張った、誇りある聖騎士様の力を借りて」
アキトが目の前を流れた荒れる風に手をかざすと、風は一点に収束し、鮮やかな緑の三つ葉の盾が伸ばした左腕に宿り現れた。バークローズ王国の騎士にのみに所持することを許されたその美しき緑の葉の盾を、暴れる風が纏わりつくように激しく撫であげる。
一本のレイピアを折られただけで冒険者は挫けない。今その手に盾を携え、竜に歯向かう騎士へと変貌を遂げる。制御する心地いい暴風に黒い髪を存分に靡かせながら、アキトは交渉の末に虚空を掴んだその間抜けな悪竜のことを見上げた。
彼に救うべき国はない、彼に守るべきものはない。だが、挑むべき相手はそこにいる。