トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜 作:山下敬雄
「盾に隠れて何ができる」
「もちろんキミの相手さ。退屈な話だったろ?」
鋭い爪を地に向け指す竜のする挑発に、騎士の真似をしたその男は真っ直ぐに答える。三つ葉の盾を構えながら一歩も引かぬ姿勢を見せた。
「ドラはははは……はっーー!!」
低く唸るように笑った竜の両手から、突如盛大なる雷が放たれた。威勢よく構えられた緑の三つ葉、その一点の飾りを集中砲火するように放たれた赤雷。
竜の雷により、地が焼け焦げる凄まじい音が炙り刻まれていく。伴った赤く眩い雷光、もくもくと煙が立ち上る。ニタニタと嗤い見開いた竜の眼が、そんな地の有様を悠然と見下ろしていると、突然聞こえてきた唸る風音が煙る景色を引き裂くように吹き飛ばした。
「──何かしたかい?」
直撃したはずの竜の雷。だが、再び現れた冒険者の男の立つ地は焦げ跡一つ付いてはいない。渦巻くような風が吹いては、ただ彼の頭の黒髪をご機嫌に踊らせている。
纏わりつく風の悪戯か──。奇妙なことに冒険者アキトの身から逸れるように、集中砲火していた赤い雷の魔力は全て着弾していた。いくら大きなお目目で穴の開くほどに見ても、竜の見つめる眼下には、綺麗なドーナツ状のアートが冒険者を囲うように地に焼き上がっているだけであった。
「ドラハハハ……盾までまるで弱腰っ、それが聖騎士様のギフトか!」
「いんや、ただのジョークさ」
アキトがそうつぶやくと同時に、継続的に渦巻いていた風が今爆ぜるように鳴った。彼が仰々しく構えていた姿勢のまま、盾は構えていた斜め上方へとすっ飛んでいき、竜の鼻先へとぶつかった。
サプライズの一撃を巨敵にくれたアキトは不敵な笑みを浮かべ、風を操り大事な盾をまた自分の手元へと回収する。
「笑えんジョークを言う奴は……口が裂けるまでお仕置きや!」
竜のツツミは小突かれた己の鼻先をゆっくりと撫でると、眼光鋭く再び地を睨んだ。そして撫でていた手に突如生やした巨大な【トリプルブレード】が、アキトへと襲いかかった。三つの頑丈な爪剣のギフトが、人間形態の時よりもその威力とスケールを増し振り下ろされていく。
アキトは地を抉りながら走った爪剣を一度受け止める構えを見せたが、直感的に受けきれないことを悟った。雑な雷の魔力放出ならばさっきの様にやり過ごすことは可能だが、やはりこういった攻め方の単純なパワーと質量の差までは、今彼が持ち合わせていたカードでは覆すのは困難。
第三ラウンドはまだまだ始まったばかり。アキトは盾の損傷を気にしつつも冷静に、流れてきた巨大な刃の軌道を避ける選択肢を取った。
「避けるなら小賢しい盾なんて持つなよ! ドラははは!」
戦意を上げ気を昂らせた竜の挑発にも磨きがかかる。盾を手に騎士と小心者の間で踊りつづける、そんなチグハグな怪人の男の姿を見て、竜は大口をひろげ嘲笑を飛ばす。
「あぁ、そうだな」
踊り疲れた、あるいは大声で唱えられた竜の煽り文句を真に受けたのか。急に踊るのを止め、その場にあえて立ち止まった彰人は、持て余していたその三つ葉の盾を構え直した。
お望みならば真正面から受けてみせる。騎士は逃げずに、そのストレートの軌道で殴るように繰り出された爪剣を受け止めた。
刹那──とてつもない衝撃が走り、こらえる騎士の身を震え揺らした。
「おっと、これは不運、それとも実力不足か?」
今深く亀裂の入った盾の様を見て、竜はご機嫌に嘲笑う。
「不運なのはそちらだ。咲き誇れ、ルクラブ4!」
だが、騎士は足を踏ん張り、無惨にひび割れていく盾を構えたまま動じはしなかった。慌てふためくことはない、構えつづけた三つ葉の盾が突然の不吉な風とともに、今その不恰好な姿を変えた。
壊れかけの三つ葉が、いざ咲き誇るように四つ葉の盾に変貌を遂げる。その時、盾に刻まれたひびが乗り移ったかのように、逆に壊れていったのはツツミの突き刺した三本の爪剣であった。
「──【
三つ葉の盾はかち合った相手の得物から栄養と運気を吸い取ったかのように四つ葉に咲き直し、傷一つない復活を遂げていた。
「っ!」
竜に化けたツツミがストレートの軌道で腕を伸ばし放った三本の爪剣が、一斉にがしゃりと不吉な鉄音を立て、砕け散っていく。
「まだ狼狽えるなよ。ルクラブ8! 【ハリケーン・ジョーク】!」
あり得ない事象と結果を目の当たりにし、一瞬狼狽えた隙を見せた竜に対して、アキトはそのまま吐いた威勢の良い台詞とともに追撃を試みた。
地表から育ち縦軸に渦巻く竜巻が、判断の遅い竜を襲う。口を膨らませ溜めていた雷の魔力を、しぶきのように吹き出して顎を天にのけぞる竜。
「竜にアッパーをかましたのは初めてだよ。いい気分だ! アハハハハハ」
天に突き上げる盾と拳。風のギフトが竜の顎へ強烈に吹き届いた。
風を操る幸運の盾【ルクラブ】はまだ崩れない。騎士の力を身につけた道化師は、天・頭上を吹き抜けたその爽快なる光景と、なつかしい悪戯な風の手応えに、狂うように笑ってみせた。
いい風は、いつまでも吹きやしない。四つ葉の幸運タイムが終わりを告げた。
不恰好に何枚もの葉を乱れ咲き枯れせた緑の盾は、己に降りかかった不運をそれ以上美しくは返せない。やがて鮮やかな色を無くし、幸運の魔力の褪せたルクラブの盾は無機質なグレーに枯れ果てた。
堅牢と幸運を誇ったその盾は、ついに自壊する。グレーの葉が地に落ち儚くも粉々に散っていき、風に払われ流されていった。
「ドラははは、花を撫でるそよ風で竜は倒せない。聖騎士敗れたりィ!」
いくら風を吹かせても竜の巨体は倒せない。元騎士の手に取るその盾には決め手はなく、己の身を運良く守るだけしか能がない。そしてその頼りの運さえついに衰えぬ竜の猛攻の前に尽きた。
運は逃げ惑い尽きるもの、実力は高く突き通すもの。巨体の質量を活かした攻め手を緩めなかったツツミに最終的に軍配が上がった。
「まだ首を取れていない」
アキトは自分の首を親指で真横に撫でた。勝負はどちらかの首を取るまで、冷徹な瞳で先走り驕る竜を睨んだ。
「その首、少々もったいないが…………それだけだッ!」
その黒髪の男の首の価値は、反逆の罪を洗ってまで残すのが高いか、今すっぱりとここで落とすのが高いか──。ツツミはもはや迷いなく後者を選んだ。ここで赦せばこの怪人はまた何をしでかすか分からない、これ以上の間延びした戦闘を継続するのもよしとしなかった。
ツツミは先ほどの猛攻中に密かに研磨し作り上げた、その尻尾の先端に生やした特大のブレードを、背後から勢いをつけてしならせた。それはトドメの刃。目先に据え置かれた佇む男の細首を、斬り捨て裁くには十分な凶器であった。
だが、そのしなる裁きの凶刃がアキトの首を刈ることはなかった。
爆ぜるような風音を立てたトドメの一撃は、一枚隔てて届かない。突如間に挟まった錆びついた円形の異物が、首を跳ね飛ばさんとした竜の尾刃を防いでみせた。
一歩たりとも動かない、よろけない。大地に寝転ぶ山の如く、鋭い竜の尾を受け止めた小さき人の身は微動だにその場を動かなかった。
「……!?」
竜は何が起こったのか分からない。そのような錆びついた皿一枚で、音速を超え鞭打つ竜の尾が止められるものか。いや、あり得ない。致命の刃を堰き止めた信じられない光景に、ツツミは本能から警戒する尾をゆっくりと後ろへと引いていく。
やがて仮面のようにアキトの顔を覆う錆びた一枚の大皿が、受け取った目の覚める衝撃に、その堆積する歴史の層をぼろぼろと綻ばせていく。
「竜がむしり取ったのはたかが、まだまだ青い葉っぱ一枚。遥か天に覗く月はまだ欠けちゃいない」
錆びついたベールを脱ぎ、細い三日月の光を覗かせ、一枚の大皿を覆い隠していた全ての汚れが今剥がれ落ちていく。
「最高の盾は朽ちたが、〝最強の盾〟はここにある」
錆びついた雲を払い、白い三日月が円く染まっていく。
「まだまだ
途切れることのない白く眩い光を宿したその盾の名は、【
栄光の聖騎士の記憶は敗れても、冒険者は新たなる盾をその身に構える。白い月の裏側から覗いた黒い男の眼光が、未知数の興奮を宿し熱く光り輝いた。
このままでは決着がつかない。
決着がつかない戦いに時間を割かれる、即ちそれはツツミにとって旨みがないこと。かと言ってこの道化師を野放しにすれば次に何をしでかすか分からなく油断がならない。攻め手を緩めるわけにはいかなかった。
対してアキトは手にした【円月】の真価をまだ10パーセントも把握しきれてはいない。まさに未知数の代物、しかしその盾は竜の一撃で簡単には壊れない。そして壊れない盾ならばやりようはいくらでもある。「巨体のアドバンテージの差を埋めるには、こちらも硬い甲羅が必要さ」──そうつぶやいたアキトは、じっくり円月の性能の研究をしながら腰を据えて戦うことができた。
それはツツミにとっても同じ、戦いを通じて自身のギフトの改良はできる。【ショックガイザー】──ツツミは【ショックウェーブ】を改良した攻撃を繰り出した。ガーネットの技にも似た地面から隆起する衝撃波が、盾を構えて閉じこもっていたアキトを襲った。
だが、最強の盾を手にしてしまったであろうこの男を倒すには至らない。そう、この黒髪の男の身を守るのは盾だけではない。戦闘経験の差と鋭い読みで、隙の大きい攻撃に関しては防ぐまでもなく避けるだけでかまわない。
「その攻撃はザクロちゃんと同じセンスだ、キミも伸びしろ候補生かな?」
拳を地に突き繰り出した改良技は、敵を正確に捉えることはできない。誰もいない地に激しく吹いた雷の衝撃波が虚しい轟きを上げた。
見当違いの攻撃だがそのいい線を行ったアイデアだけは認め、既に安全地帯にいたアキトはその場で余裕げに敵に拍手を送る。
「ドラハハ……先生として雇わなくて正解だったな。お前という
ツツミは後ろに隠していた魔力をチャージした尾先を、一気に地に突き刺した。ツツミの膨大な魔力量だからこそ可能となる、連発し放った改良技【ショックガイザー】が、余裕ぶっていたアキトのいる地を揺らし強襲する。
今度は完全に敵の意表をつき捉えた。地が隆起し、尻尾から伝い及んだその雷の魔力と衝撃が、勢いよく薄笑いを浮かべる小人ごと弾ける──はずだった。
「……!?」
遠隔からピンポイントで地を揺らした衝撃は、白く染まった地を鼓動を打つように膨らませる。だがそれ以降は、白い山なりの内に威力を止ませ、竜の見据えた小人の立つ地を破ることはなかった。
「オーケー、理解した。要するに……
一体何が起こったのか。
アキトの立つ地には、ちょうど彼を中心とし円形の白い膜が広がっていた。膨らんでいた白い山は、やがてその鼓動を殺し元通りの平地へと均していく。まるで訪れた衝撃と震動を完全に抑え込み食らい、なかったことにするように。
まさに盾を構え地に敷かれたのは、薄いクレープとも呼べる形状のもの。その薄膜が、ツツミの放った威力十分の【ショックガイザー】から彼の身を守護したというのか。アキトは円月の持つ特能の一端を今、理解したように薄笑いを深め頷いた。
「お返しするよ」
笑みを浮かべていたアキトは一転して、冷たい眼光で黒竜を睨んだ。
すると、円形のクレープは地から剥がれ浮き上がり、敵の攻撃により帯電した魔力を用いてアキトの頭上で回転を始めた。
高速回転した白い魔円は、アキトが指を鳴らすと同時に黒竜へと向かい飛んでいった。
「まだ柔らかかったか。次はもっと……すっぱりいくよ?」
真っ直ぐに飛んだ魔円は、咄嗟にガードを固めた竜の両腕の硬い鱗を削ぎ、軌道を逸らし背後の壁へと鋭く刻まれた。
指を鳴らした手をスライドさせ、アキトはそのまま竜の長首を指さした。
伝説は錆びついちゃいない。最強の盾【円月】その内に宿る底知れない守護のギフトに、笑う冒険者は胸を昂らせた。