トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜 作:山下敬雄
敗北もあり得る──一瞬そんな考えがツツミの頭によぎった。
真偽のほどは定かではない。だが、あのブラックマーケットのオークションで客寄せに披露された逸品【円月】を、この男が本当に盗み取ったのだとすれば、その純白の盾はまだまだ未知数の脅威を有しているはず。
あの盾が男の手に馴染み真に味方した時、何が起こるか分からない。巨大な竜の体躯をに持ってしても、未知の伝説と手練れの道化師二人を相手にするようなもの。このまま膠着状態がつづき、円月のさらなる力を引き出されては危うい──ツツミはそう直感した。
強者と戦うほどに冒険者のギフトは成長する可能性を秘めている。現在のツツミ自身が実感するところであり、それはまた敵方アキトにも適用される理である。
初代葬魔七曜血選を勝ち抜いた偉大な七人のクランマスターの神器、その一つ円月。その古めかしい盾が今もなお宿す怨念じみたギフトは、冒険者アキトの手により悠久の時を超えて復元され、小さく、だが確かに息をし始めている。恐れを抱いたツツミには、そう思えてならなかった。
竜となり肥大したツツミの大いなる野望を阻むものがあるとすれば、幻ではなく白き月光を纏い現れた一枚の盾、そしてそれを堂々と我が物顔で翳し不気味に微笑む道化師の男、その二つの存在に他ならない。
(こいつは紛れも無いタガの外れた冒険者、それもバークローズ
相手を低く見誤っていた──ツツミはそう己の認識不足を認めた。そして同時に、その目の前の冒険者に自分が勝っているものは何か見つめ直し、相手の思惑の深みにまで陥ってしまったこの嫌な状況を打開する術を探す。
その時、ぎろりと左右に動いたツツミの黄色の眼が会場に潜む小さな気配を見つけた。「まだ虫ケラが息をしている」──そう心につぶやいた竜は舌を舐めずり、何を思い立ったのか、両手に溜めていた魔力を横たわるピンク髪に向けて解き放った。
試しの一撃。竜の腕から放たれた赤雷の衝撃波が瓦礫の地を這い進み、満身創痍でいた冒険者サイトに猛然と向かっていく。突然牙を向いた竜の絶大なる魔力が、サイトのつくる絶望顔を赤々と照らす。
弾ける雷光、激震する地。竜が気まぐれに放ったその攻撃を正面から受け止めたのは──冒険者アキトであった。
「!? な、なぜだ」
荒い息を吐きながらも、熱された床に情けなく沈むサイトが叫ぶ。アキトは赤い魔力の余波に痺れる背中を見せながら、淡々と答えた。
「盾は誰かを守るためにある。その誰かがキミだっただけさ」
「馬鹿なっ。やめろ、死ぬぞ! お前に助けられる
この男に自分が守られる謂れはない。サイトはイダイヤ王国一のクラン、冒険者としてのプライドからそう怒り叫んだ。
「ジブンはね……ただの勝利を求めない。そんな結果はとうに食べ飽きた、ならば滾る闘争の過程にこそ真に求めるべきものがある。それにキミはまだ死ぬには早いと、ジブンは思うが? そうだろう?」
「仮にも俺を倒した奴が何を! おかしなことを──」
そのおかしな黒髪の男の掲げる拘りなど知らない。それに元はと言えば災いを招いたのはそちら側、自分を倒し席を奪い、あまつさえ状況を掻き回し竜の怒りを買った愚か者。
一向に振り返らずに目の前にとどまりつづける道化師に向かい、サイトはさらに声を荒げた。
「おかしなことに、ジブンはまだキミのファンさ。アイドルが辛い時こそ、真のファンはそれを支えるのさ。……なんてのは嘘っ、キミの後始末は倒したジブンがつけないと! かっさらわれるのは気に食わないのでね!」
「なんだ……なんなんだお前は……」
ただの道化じゃない。ただの腕利きの冒険者じゃない。この未知の生物は一体何なのか、分からずにサイトはその背中に問うた。
聞こえてきた困惑と激昂の渾然と混ざり合った冒険者の男の声に、アキトはゆっくりと振り返り名乗り上げた。
「冒険者アキト、あるいは怪人トランプメン。そして今は聖騎士シデンレイラとして、埃のかぶった誇りの限り受けて立とう! 守りの戦いは嫌いじゃないッ!」
道化の怪人、手練れの冒険者、誇り高き聖騎士。彼の生きた全ての仮面が四島彰人である。
彰人は盾を構える。何故ならば盾は誰かを守るためにあり、その意味を失った時途端に無価値になる。それは彼にとって酷く気に入らないことだ。
記憶の淵の棺桶の底にまだ息づいていた聖騎士としての誇りと、異世界を謳歌する冒険者の矜持が重なり合う。激しい雷撃を正面に受け流しながら、ぼろついた緑のマントが勇ましく揺れる。四島彰人は竜の悪戯と挑戦を受けて立った。
パーティー会場に飾られた不壊の絵画の世界を抜け出して、ミタライの率いるクラン連合軍はついに目的地へとたどり着いた。
既に荒れ果てた会場内にやって来た急ぐ足跡が、ぴたりと止まる。思わず立ち止まった彼らが、息を呑み目撃したのは──竜の前に跪く一人の冒険者の姿だった。
「ン? 二番乗りは誰かと思えば、遅かったなミタライ支部長。今、片付いたところや」
「アキトっ……!」
人語を語る黒竜の前に、盾を持ち膝をついていたのは冒険者アキトだった。相変わらずタイミングの悪いミタライ支部長のことを、竜に化けたツツミが横目に一瞥し嗤う。
「大した奴だ、俺の雷を受け切った。──後ろの虫ケラを守りながらな。……だが、用意した最強の盾よりその身が先にもたなかったようだな。そのダメージ、もうまともに腕は上げられまい。つまり今まで蝙蝠を演じていた〝シロツメ支部のコイツ〟は死んだ。完全勝利、至難やったが俺としては最上の結果や」
もう喋ることもままならない、そんな深刻なダメージで片膝をつく冒険者アキトの足元手前には一枚の契約書。床に置かれた血反吐に染まったその紙切れが、赤い魔力を帯電しふわりと浮き上がる。
ツツミは眼下に跪く一人の冒険者を称えながらも完全勝利を宣言すると、竜の顎の前に据えられた浮かぶ血の契約書を、口内に飲み込み平らげた。
竜の意味深な言葉とその吐かせた血の契約が何を意味するのか。この場で刹那に理解が及んだのは、支部長のミタライだけだった。
されどミタライ率いる集団は、項垂れ沈黙するアキトと床に倒れたサイトの前に躍り出る。ちまちまと駆ける足音が、嗤う竜の御前に雪崩れ込んでいく。
「なんのつもりやそれは」
「あなたを討つのは最初から私の役目です。この程度の被害は想定の範囲内、足止め役はもう要りません。勝負はここから──この火の限り」
冒険者アキトは初めから、大規模なミラールームの迷宮に散り散りになった戦力が集結し整うまでの時間稼ぎ要員。アキトが戦闘不能になろうとも作戦への支障は誤差の範囲、冷静に徹したミタライは今おもむろに取り出した黒い棒状の製菓を躊躇なく齧った。
(これが奪取に失敗した支部長の研究成果か。魔力量のブースト……確かに驚異やが……)
その瞬間ミタライの身を包み揺らぐ緑の火のオーラとともに、彼女の内在する魔力が跳ね上がったのが、訝しむ竜の目には見てとれた。
「最上の食事の後では脅威ではないな! ドラははは……。なら、お前にはこいつで引導をくれてやろう」
あの手強い冒険者アキトを喰らった後でも、まだ楽しめるショーぐらいにはなる。舌舐めずりをする竜は、仕事熱心な支部長のために取っておいたカウンターの秘策をここで惜しみなく披露することにした。
闘争の火を燃やし真剣な眼差しで竜を睨み返していたミタライ。魔力をブーストし長く伸びた彼女の水色の髪を、突如前方から流れた不気味な風が乱した。
「風を扱うのは軟派な騎士様だけじゃないぞ」
「……そんな!? それは……!?」
髪に肌に悪寒が伝う──。風とともにつぶやき嗤う竜の姿を見て、覚悟を決めた面持ちでいたミタライは瞬間、驚愕に目を大きく見開いた。
「はははは。そうや、これはお前のよぉ知っとる【ギフト】や。今は俺様のな!」
竜の右手に収まったのは、大きな黒い軍配団扇。その風、そのフォルム、悪趣味に塗りつぶし染められてもミタライには分かった。
されどミタライは理解を拒む、信じたくない現実が彼女の前に竜を味方する風となり吹き荒れた。
【唯我独尊】血のように赤い四文字が、尊大に掲げる巨大な軍配の表に浮かび上がる。見下す竜の足元で竦む水色髪の女の驚愕は、やがて絶望の色に変わっていく。
彼女の友はまだ、その竜の胃の中で囚われていた。
長い顎とぬめった舌を天に掲げ竜は悪顔を浮かべる、腹の中で温めていた粋な計らいをようやく披露することができた。愉悦に満ちた化け物の高笑いが、食い散らかされ荒廃したパーティー会場に鳴り響く。
黒竜の手によく馴染む黒い軍配が今、返される。絶望の淵で立ち合った旧友へと、竜のギフトが激しい暴風を奏でた。
黒い軍配から払われた風が軍勢に向けて暴威を振るう。押し寄せる凄まじい風圧に、踏ん張るミタライの身が後ろへとよろける。だが、彼女の足を真に竦ませていたのは、冷静を装おうとしても抑え切れない激しい動揺であった。
アキトに次いでの実力者であり、魂を焼く協力なギフトを持つ才女のミタライ。彼女に本来の実力を出させないこと。それもツツミの狙いであった。大切な友のギフトが今度は彼女に牙を剥き立ちはだかる、その精神的なショックは計り知れない。
「あの女は今際の際まで、強気で情熱的で曲がったことが嫌いやったな。それがなんや、邪道な禁じ手にかんたんに手を染めた今の己の姿を見たらどう思うか……。はははは、ギフトが泣いておるわ。今すぐに息の根止めて、お前の醜い憎悪の火を消せってな!」
大義は我の手中にあり、と言わんばかりにツツミは追い討ちをかけるように捲し立てる。
竜の行使する強烈な風のギフトに、ミタライの浮かべた緑の怪火は弱々しく揺らぐ。阻む風の障壁となり、彼女の燃やす憎悪の火は届かない。竜の鱗を撫でることすらかなわない。
リーダーを倒せば組織は瓦解する。それはクロキリ本部もシロツメ支部も同じこと。
復讐心に駆られ、のこのこと竜の手招く巣の最奥にやって来たサヤ・ミタライ支部長は既に、強烈なカウンター策を用意していたツツミにとって取るに足らない存在であった。
「身の程をわきまえ出てこなければやられなかったものを、ドラはは……ン?」
アイナ、ハイナ、シイナ、シロツメの弓部隊の三人娘が矢を射る。しかし竜の横顔に向かった三本の矢は、するりと風に流されて軌道を折り曲げ外れていった。
ちょっかいをかけてきた三人娘をぎろりと睨んだ竜は、突然吠えた。
「ハァーーーーっ!!」
もはや軍配を扇ぐにも値しない。巨大な竜の口から雷鳴のように響いた一吠えが、怯える娘どもを吹き飛ばした。
神風を味方にした竜の前では、実力のない有象無象の小者はただただ蹂躙されるだけ。いくらよって集ろうが何一つ問題ではなかった。
残り──ケジメとしてやるべきことは、集団を盲目にも扇動した哀れなリーダーに引導を渡すことだけ。ツツミにとってもはやミタライは必要のない浮いた駒。希少な魂に干渉するギフトに至っても、まだ竜の腹の底に代案を隠していた。
ならば憂いはない、このまま跡形もなく消し飛ばす。竜は風の魔力を圧縮した玉を、今、黒い軍配から扇ぎ放った。
「これからの時代、必要なんはじめったい復讐心やない、時の流れに逆らわぬ破壊と再生の先にある大きな大きな礎や。……親友のギフトに葬られるんや、俺なりの最高の情けと思え! 過去に
唸りを上げる風玉が地を削り走る。強烈な風の行き先は、闘う意義を失くした哀れな水色髪の女の元へ。立ち竦む独りの女へと吸い込まれるように流れた。
まだあった緑の火が、吹き荒れる風にかき消されていく。まさに風前の灯──。全てを削り乱す風のギフトが、か細い執念の火を宿す友の息の根を止めんと、真っ直ぐに吹き及んだ。
(──
ミタライは最後にそうつぶやいた。押し殺したとても悲しそうな声で。悔いの残るそんな思いで、唇を噛み締めていた。
とても哀れな反乱のリーダーの一身に、吹き荒れ迎える最悪の結末は────突如、目の前に舞い降りた一筋の青い剣に引き裂かれた。
地を蹴散らし叫ぶ死の風玉を、天より下った雷刃が真っ二つに斬り裂いた。
爆ぜ散る風の猛威、猛風にはためく緑のマント。地に落ちた鋭き青い雷鳴とともに現れたのは、青髪の剣士。
「しっかり、ミタライさんっ!」
無策に立ち止まっていた彼女の名を呼ぶシロツメ支部の団員、タイキ・フジ。危機に遅れてやって来た、一人の剣士の勇敢なる背姿だった。
「アキトさんは……?」
マントをそよがせていた風が止む。振り下ろした剣を今ゆっくりと上げたタイキの第二声は、冒険者の男の名だった。
「彼は……戦えません」
救援に現れた団員からの激しい一喝を受けたミタライは、シロツメ支部の支部長として短くも冷静にそう告げた。
後ろでは、団員たちに守られるようにアキトが横たわっていた。意識を失っているのか、いつもの陽気な彼の返事はタイキの耳に聞こえてこない。
だが、後ろを振り向いたタイキが感じ取っていたのは、アキトが戦闘不能の状況に陥ったことだけではない。
──彼女の肩が微かに震えている。今戦えないのはアキトだけではない、彼女もそうなのではないか。冷静に振る舞おうとするミタライの立ち姿の違和感を、タイキの目は見逃さなかった。
「お前は……カレンはどうした」
問いかける黒竜に、前へ向き直ったタイキは真剣な眼差しで答える。
「……倒した」
ツツミの信頼を置く部下であるカレン・アズマ。道を阻んだ難敵カレンダーマンを倒して自分がここまで駆けつけたことを、タイキは短い返答と竜の首に向け突きつけた剣で示した。
「ドラはは……ハーーーッ!!」
鋭い返答を聞くや否や、ツツミは低い嘲笑とともに口から突如、雷を吐き出した。
赤い雷閃が一直線に地に向かう。顎をぐわりと開けた竜の大口から、青髪のターゲットへと凄まじい熱量のブレスが大気を引き裂き降り注ぐ。
刹那に空を貫いた一条の赤い雷光に対して、タイキは退がらずに前へと踏み込んだ。そして真正面からぶつかり剣に帯電し纏わりつく赤い魔力の塊を、タイキはそのまま力任せに地へと払った。
(チッ、まだ雷のパワーが戻りきっとらん。騎士様相手に乗せられて、はりきりすぎたようや……まさかこれが狙いか? フッ、だとしたら──)
今、放った雷閃は出力不十分、ツツミにはそう思えた。原因があるとすれば盾を構えたアキトを相手に雷の魔力を使いすぎたこと、あるいは、カレンを倒したと豪語する目の前の青髪が油断ならない敵であるということ。
竜は外に垂らしていた痺れる舌をじっとりと舐め上げ、別のギフトでの対応も視野に入れる。
「ミタライさんは退がって!」
企む竜の黄色い眼から目を離さずに、タイキは語気を強めそう言い放った。
「タイキ……」
今の自分の醜態に、ミタライは剣を隙なく構えるタイキの背へと返す言葉を持たなかった。
『このまま加勢しても足手纏いになる。今は彼に任せるしかない』──そう感じたミタライは情けないと思いながらも唇を静かに噛み締める。そして団員の彼に言われた通りに後方へと身を引くしかなかった。
鋭く研ぎ澄ました爪剣のギフトを手に宿し、悠然と聳え立つ竜は、若き冒険者を見下しながら挑発する。
爪を立て待つ化け物を見上げ、冒険者によぎる迷いはなかった。抱く恐れはなかった。不思議と湧き上がる闘志に青い魔力が刃に漲る。果たしてそれは蛮勇か勇猛か、タイキ・フジは今地を蹴り、熱き雷刃とともに誘う竜へと挑んだ。
煌めく鉄が地を穿ち、空を裂く。振り回されたリーチの桁違いな竜の爪剣の脅威に対して、タイキは臆せず前へと飛び込んだ。飛び込んだ身はその三本の鉄の間をかいくぐり、大振りの攻撃を見切った。
そのまま竜の右腕をレール代わりに走ったタイキは、背まで辿り着き、迷わず死角から魔力を込めた青い剣を素早く叩き込んだ。
──しかし、青い雷剣に返る手応えは硬く、艶めく竜の黒鱗を破れない。腕に力を、剣に魔力を込めても肉を断つこともなく、骨を砕くこともできない。『リーン……』と弾かれた刃に鳴り響いた虚しい手応えだけが、振り下ろしたタイキの腕にまで痺れ残る。
「──似た者同士、いや……お前はあの男より何枚も落ちる。そしてェ! 何よりっ、俺より劣る青い雷ではなぁーーッ!」
竜は首をもたげて後ろを睨む。そして背の小者を見つめ浮かべた竜の嘲笑が、牙を剥き出す狂気に変わった時──足元から青い毛のてっぺんまで逆立てるような悪寒がタイキの身へと伝った。
黒い地が瞬く間に赤くフラッシュし染まる。赤い雷が、黒竜の全身から吹き出た。
びりりと伝う攻撃の予兆を直感したタイキは一足早い咄嗟の判断で、その竜の背から飛び退いた。
赤く爆ぜる雷光が、宙に逃れる冒険者の視界をまるで支配するように塗り潰す。そしてその巨大な雷の猛威の中から、突然黒い魔の手が伸びてきた。
逃げた青い羽虫を掴み取ろうとするように迫る竜の左手。身動きの取れない不自由な宙で、やがて目の前を覆った黒い障壁。
『このままでは捕まる』──翳りゆく光景にそう新たな危機を感じたタイキは刃にもう一度雷の魔力を灯した。そして姿勢をあえて逆さに制御したタイキは、靴底で竜の親指の腹を踏みつけるように蹴り上げた。
「充電器ぐらいには──なりそうや」
焦げついた小さな足跡が太い親指の腹に残っていた。竜はその小さな傷を長い舌でねぶりながら、痺れる余韻を堪能する。
かろうじて反撃を逃れ、竜の伸ばした手を必死にすり抜けた冒険者は地に降りた。乱れた青髪はそのままに乱れた呼吸を整える。
竜の懐・背に勇み飛び込み、若き冒険者がその手に持ち帰った手応えは未知なる恐れか、それとも──。
黒い竜は不敵に地を見下し笑い、天を見上げる青い冒険者は決して笑わない。以前よりも大きく映って見えた巨敵に向けて、呼吸を落ち着かせたタイキは今ゆっくりと剣を構え直した。
ここで背を見せることはできない。不屈の青い闘志を乗せた刃に、『ぴしり──』不吉な亀裂が走った。