トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜 作:山下敬雄
暗い室内に鳴り響いていたダンスミュージックが切り替わり、BPMが上がっていく。ディスコルームに堂々と舞う男女二人の影が、それまで苦戦していた色鮮やかな鎧の騎士たちを、今は手玉に取るように踊っている。
「【
剣を抜き襲いかかってきたピンク鎧の騎士の振り上げた両手を掴み、チエミは引き抜くように後ろへと投げ捨てた。得意とする合気道の技術で、懐から一気に肩をくぐり投げ飛ばされたピンクの騎士は、前方を駆け抜けたチエミの背後に向かい勢いよく吹っ飛んでいった。まさに脱皮するように、相手の前がかりの力を利用した抜き技が炸裂する。
「やぁ華麗なる口の悪い騎士のお姉様方、俺の名を知ってるか?」
縦横無尽に駆け巡る素速い影が、嘲笑うように敵を翻弄する。音楽に乗りながら調子づき疾走する男の影を、騎士の女どもは捉えられない。肩を叩かれた瞬間に剣を強く振り回すも、そこに男の姿はなく、刃は闇の虚空を切っていた。
「万年AAA級の晩成のスピードスター、ハヤト様とは俺のことだ!」
あいにく遊びにきたわけじゃない。敵を散々に撹乱し終え、煌めくステージを飛び上がったハヤトは、天に吊るされたミラーボールをオーバーヘッドで蹴り上げた。
強靭なブーツの甲で今強く蹴り出された一玉のミラーボール。背を合わせ死角を補い合っていた、そんな縮こまる騎士の女の集いへと、乱反射する魔力の球が地にぶつかり爆ぜた。ステージを焼け焦がすカラフルな魔光が、動きの鈍い騎士どもを一網打尽に蹴散らしていく。
「な……なんで……急に……ぅぅ……」
「ばっ、馬鹿な……こんな……奴らに……ぁが……」
砕けた鎧の屑が辺りに散乱する。直視できない現実にも、まだ残っていたプライドと意地で口を開き、床を這いつくばる騎士たちは苦しそうに呻いた。
実力者揃いの有名クラン、ダイヤモンドナイトの五人をいとも容易く捩じ伏せたのは、たった二人のしがない冒険者。ステージに立つその平凡にも見える容姿の男女二人から、今はとてつもない魔力が漲っている。
「あぁー……ひょっとしてぇ、俺たちって天才だったか……? 今ならB級昇格試験なんて楽勝にしか思えねぇ?」
「試験なんて今更じゃないっ、そんなの……。……ねぇハヤトっ、この熱が冷めないうちに行っちゃわない! 今なら……そうっ、何にも負けないわよ!」
「あぁっ、チエミ! 昇格試験はこの大喧嘩が終わってからだな!」
「そうねっ! 抜け駆けはしないでよっ!」
「あぁ、心配すんなっ。俺の背にいっしょに乗せていってやる!」
チエミの腕輪、ハヤトのブーツ。それぞれの武具に妖しい魔力が纏い漂い始める。
「熱が冷めないうちに──」チエミはそう言い、手にしたこの力が、強化されたこのギフトが、何かの拍子に失われてしまう前に次のステージへ進むことを決めた。ハヤトもまたこの強靭な脚力をもたらした最高のブーツが破けぬうちに、自分の力を存分に試したかった。
昇格試験はこの戦いが終わってからでいい。二人の冒険者は頷き合い、覚悟を決めた。ハヤトはチエミの細身をその背に背負い、次へとつづくディスコルームの扉を蹴破った。
「……ってあいつら、あんなに強かった? ──っておーいヤマダもいるぞー、まだ4体ー!」
数体生き残ったマネキンのヤマダたちも、ものものしく荒れた暗闇の空間を先走る二人の背を追い、抜け出していく。耳に響くポップな音楽に胸を高鳴らせながら、強き勝利者たちは、暗がりを裂いた一筋の光の先へと足音を重ねて誘われていった──。
▼
▽
壁のように迸っていた怪しい紫の炎が、その勢いを弱め止める。槍が『からん』と地に落ちる音が響き、橋の前で繰り広げられていた両者の争いに終止符が打たれた。
弱まる火の中心に立っていた銀髪の女は、乱れた髪と黒い着物のずれを整えながら深く息をつく。サイカン本部長のマリモは、ロクアン支部長のアイリをついに無力化し倒した。
シロツメ支部長のミタライを助けるために
「堪忍してほしいわ、うちは武闘派やないねんで? まっ、着物代ぐらいで済んだからええけど」
予定していたミタライ支部長の足止めには失敗したものの、一応これで同じise会本部の肩書きを持つツツミへの義理は立てた。うつ伏せで寝転がった敵の女の姿を軽く鼻で笑い、マリモが広げた扇子をあおぎ一息ついていると──。
彼女の前に、一人の男が姿を現した。サイカン本部の従者でありながら葬魔七曜血選でシロツメ支部の一員として貸し出していた、アトラだ。
「どうしたんや、それ? えらい男前になって」
マリモはアトラの両頬に同じように刻まれた爪痕の傷を見て、皮肉げに言った。それは彼が戦った獣人兄妹から受けた引っ掻き痕であった。
「戒め」
問われたアトラは、一言、そう簡潔に答えた。
「あぁ?」
腕っぷしと食い意地だけのその緑髪の部下からは、およそ出てこないであろう言葉を耳にし、マリモは扇いでいた扇子の動きをぴたりと止めた。
すると、黙って突っ立つアトラの背後から、獣人の兄妹が江戸の風景を元気に走り迫って来ているのがマリモの目に遠く映った。
「どっちや?」
記憶ではあれはツツミの部下ではない。目の焦点を真正面の男に戻したマリモは、寡黙なアトラのする話し方に合わせてか、そう短くも重みのある声色で問うた。
マリモの言葉は短いながらも、捉え方次第ではなんとでも意味の取れるものであった。自分が今どちらの勢力の側についているのか、あるいは、この戦いのどちらが今優勢であるのかを聞いているようにも思える。
「──どっちも」
それに対するアトラの返答は曖昧だった。いや、曖昧というよりは、その琥珀色の彼の目は、言葉とは裏腹になんとも真っ直ぐにマリモのことを射抜いていた。
「あんた、解雇」
しばらく黙ってその真っ直ぐな琥珀の目を睨み返していたマリモは、やがてそう、冷たく突き放すように言い放った。
「あぁ」
それはなんとも奇妙とも思えるやり取りであった。アトラはマリモの突きつけた宣告を受け取るやいなや、短く返事をし、雇い主である彼女の肩の横をあっさりとすり抜けていった。
その瞬間まるで目の前の障壁が消えたように、前へと歩き出したアトラは、マリモの背後に架かる一本の橋に足をかけた。
二人のやり取りはそれ以上交わす言葉もなく──。マリモは前方に閉じ向けていた扇子をまたパッと咲かせ、立っていた橋の前をふらふらと横に逸れ出した。まだ少し乱れていた銀髪を優雅に靡かせながら、用済みになったその場をゆっくりと歩き立ち退いていく。
やがてアトラに続き駆けて来た二人の獣人が、通せん坊のいなくていった古風な一本橋を通り、川の向こうへと難なく渡っていく。
「〝どっちも〟ね。……なんやそれ? はっはっは──冗談あらへん」
真っ直ぐにひた走る三人の影はもう、提灯の明かりもぼやける霞の向こうへと消えていく。チラリ──左を振り返り霞む影を見つめた銀髪の女は、扇子を宙に打つように閉じた。
戦いの行方も、商機も、答えは誰にも分からない。
枷を解かれた緑髪の冒険者はただ前へとひた走る、じりじりと痛みの沁みる頬に流れる風を受けながら。