トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜 作:山下敬雄
「おや? なぜ墓石に刻まれた他人の名前をここで?」
「しらばっくれるな。お前がくどくどと森で説教を垂れ流した部下のカレン、あいつのギフトで、お前の情報はケツの毛一本までむしって把握済みや」
この期に及んで飄々と知らぬふりをするその嘘つきの男を、ツツミは即座に笑い飛ばした。カレン・アズマの有する過去視と未来視のギフトは、アキトが森で饒舌にその能力を暴き説明していたものだ。当然上司であるツツミには、カレンダーマンが体験し見てきた表に出ないアキトの知られざる過去など全て報告済みである。
「おっとそうだったか? 最悪だね、それは。ま、と言われてもそんな殉職した騎士様のことを、たかがBB級の冒険者風情のジブンが肯定しようはないさ」
あくまでその騎士様と自分には関連性がない。冒険者アキトは図太くもそう言い、ツツミの明かした事実の肯定まではしなかった。
「ははは。まぁ過去の肩書きがあろうがなかろうがどっちでもいい。して、そんな最上の称号を持つ元騎士と疑わしいお前を〝先生〟として招き、新生クロキリ本部の伸びきらん連中のギフトの底上げをする。つまり俺が適したギフトを部下に授けて、真似っこが得意なお前がそれを育てる。お前は俺にしたように遊びながら、その大好きなギフトの研究とやらをつづければいい」
ツツミはアキトの余裕げなアピールにも気にせず話をつづけ、本題とする己の企みを述べた。
「なるほど? 授けて、育てる。確かに生まれ持ったギフトが、真にその人に合ったものかどうかは疑問符がつくね。かくいうジブンもそのような感想を抱かなかったと言えば、〝嘘〟になる。──ふふふ、だとすればそれはなかなか悪くない話だ。もちろん……そんなことが可能ならばね?」
ツツミの提案はあながち的外れではない。神から授かった一人一つのギフトには、本人の気質や体質に合わないハズレのものが確かにある。それを一旦取り上げ、新たなギフトをその身に宿し鍛え上げることができれば、それは多大な戦力の増強に繋がるだろう。
悪い提案ではない。そう思ったアキトだったが、それが実現可能かどうかは別。鋭い冷徹な視線を、薄笑いを浮かべる竜の巨顔へと睨み返した。
「もちろん可能や。俺は元より器が大きい人間でな、お前も既に知っているであろうある方法を使うと……他人のギフトを幾らかこの身に安全にストックすることができることに気づいた」
「フッ、だろうね──」
ある方法と聞いて、アキトはすぐに当たりがついた。それはおよそミタライ支部長の持つ魂に干渉するギフト、それに関連するものだろう。それに、ツツミがこれまでの戦いで見せた【トリプルブレード】や【ショックウェーブ】。これらはツツミの持つ本来のギフトではないことにも。アキトは既に気づいていた。
ツツミが真っ直ぐに睨み「可能」であると言うと、アキトも即答しその一見机上の空論にも思えるものを、なんと肯定した。
「あ、でもそれだと困ったことに……先生が二人になるが?」
何を思ったのかアキトはじわりと不敵な笑みを作り、目の前のお相手に静かに問うた。
「問題ない、その時はこっちを大先生とでも呼ばせる」
「あはははは! ──傑作だ。大・先・生」
黒い竜から返ってきたひどくユーモアのある回答に、アキトは思わず声高らかに笑い上げる。
「ise会の連中は誰も俺には逆らわん。それと……八大本部はちょっと多すぎるなと思っていたんや、後で半分に減らして整理や。お前は自分で始末した石鹸屋の代わりに、空いた席に入れ。そして冒険者クランの地位を底上げ、まずはこの国を盗りにいく。そのための調略のギフトをお前が育て上げろトランプメン、いや冒険者アキトよ」
ツツミはまた自分の企みの一端を詳らかに明かしていく。本気でアキトのことを自分の近くに招き入れる気でいるらしい。
「ほぉ……真っ向勝負ではないんだね。大それたことを平然とつぶやく割に、案外怖いものがあるのかい?」
「誰かさんらのように逆賊にはなりたくないからな。ははは、気に食わん敵を滅ぼすんは簡単。滅ぼした後の方が、治めるんはよっぽど難しい」
ツツミは狡猾な笑みを浮かべる。国盗りは、単純な力比べの直接対決ではない。大義のない乗っ取りでは民は誰もついては来ない。人間の心や体を傀儡にし陥れる調略のギフトを育て上げることこそが、国を支配するに足る近道であるとツツミは理解していた。そして、それが今目の前で微笑う敵と組むことで成就することができるとも──。
「せっかく異世界に来たんや、俺と一緒にもっとこの広い世界を愉しく
みしり、竜の爪が手中のアキトの身を強く締め付ける。そこに「いいえ」の選択肢はない、そう言わんばかりの脅しの意をツツミは握る己の巨手に込めた。
巨大な竜と冒険者は、握手をしない。一方的な契約を飲み込まねば、向かう先は握りつぶした死。アキトの運命はもはやツツミの手のひらの上にあった。悪顔を笑い浮かべる黒竜は、ただ掴んだ黒髪の男のことを眼前に睨みつけながら、逃げ場のないたった一つに絞られた最高の返答を待つ。
「ふふふふふ……悪いが」
その時、冒険者の口元から囁くように溢れた微笑の声に紛れ、風が吹いた。突如どこからともなく竜巻のように起こった強烈な風が、地から上昇しつづけ、やがて宙に置かれていたアキトの身に纏わりつく。そしてその冒険者の身を逃さぬように強く締め上げていた竜の手が、それ以上に凄まじく吹き及んだ風圧を握り込めず──開いた。
「なんだ!?」
「どんな曲折した物語も、自分はやっぱり、最後は王道が好きなんだ」
囁いたのは風ではない、冗談でもない。緩んだ竜の手をするりと抜けた小さな影が、今操るように吹かせた突風とともに華麗に地に舞い降りた。
「魔王の囁きを鵜呑みにする勇者はいない。ならもう少し、頑張ってみるか。墓場から引っ張った、誇りある聖騎士様の力を借りて」
アキトが目の前を流れた荒れる風に手をかざすと、風は一点に収束し、鮮やかな緑の三つ葉の盾が伸ばした左腕に宿り現れた。バークローズ王国の騎士にのみに所持することを許されたその美しき緑の葉の盾を、暴れる風が纏わりつくように激しく撫であげる。
一本のレイピアを折られただけで冒険者は挫けない。今その手に盾を携え、竜に歯向かう騎士へと変貌を遂げる。制御する心地いい暴風に黒い髪を存分に靡かせながら、アキトは交渉の末に虚空を掴んだその間抜けな悪竜のことを見上げた。
彼に救うべき国はない、彼に守るべきものはない。だが、挑むべき相手はそこにいる。