トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜 作:山下敬雄
アキトが手に取ったコレクションのナイフ、その切先を竜の首へと向けてみた。
だが向けられない。ぐらぐらと揺らぐ切先、斥力を伴った磁石のように反発し、決してその不遜な刃を竜に向けることはできなかった。
「ドラハハハ、何を遊んでいる。そっちの仮面のお前はもう死んでいるぞ?」
必死にナイフを向け抵抗を試みようとした道化の男を見下し、竜は笑う。
「まぁ、だろうね。そんな予感がひしひしとしたさ……」
ナイフを予め下方に向けていたのは、男がいつものように余裕ぶっていたからではない。アキトの意思とは関係なしに、竜へ刃を向けることができなかったのだ。
『やはり森で見たあの紙は、契約系のギフト』──アキトは既に自分が何をされたのか悟っていた。ツツミとの間で逆らえない主従を強いる血の契約を交わされていることは明らかであった。
「お前の講習通り磨いてやったぞ、まだまだ奥が深いなギフトっちゅうもんは!」
竜が自慢げに手にした三叉の雷戟。神々しい白き槍は怪人から受けた講習の賜物。ツツミはギフトの扱いに関するアキトの知見と技術を認め、戦いを通し早くも自分の身に吸収していたのだ。
結果──【トリプルブレード】×【
「そこまで教えたつもりはないがね。ならば、対価を支払ってもらおうか」
「いいぞ……コイツでな!」
【
先ほど殺し損ねていた冒険者を、今度はきっちりとあの世に送り返す。この神槍に等しいギフトを以てして。
タイキを襲う三叉の戟が、竜の剛腕により今盛大に振るわれた。地を焼き尽くす破壊の雷轟と灼熱の閃光に──その時、一陣の風が吹き抜けた。
吹き抜けた風は神風となり、薙ぎ払う神槍から逃れる道を操る気流により作り上げた。風に流され大きく上昇したタイキの身は、スニーカーのつま先にわずかな焦げ跡をつけるだけで済んだ。
「盾を構えてみただけさ、そちらに危害は加えていない。ふふふ……契約の内容をもう一度よく確認しておくべきだったね」
ナイフを諦めたアキトが構えていたのは、不恰好な葉の模様を生やしたルクラブの風盾。盾は主人を守るためにあり、主人の敵に風のまじないを吹かせちょっかいを出す程度では契約違反には当たらない。
アキトはツツミとの間で交わされていた契約の内容を逆手に取り、タイキを風で操り安全な道へと導いたのだった。
「チッ……屁理屈を! あといくらこねられる! 言ってみろぉお道化師ィ!」
もちろん自分に向けられた殺気も、かわすことなどこの男にとっては容易。振り回された激昂の戟を、爽快な風を身に纏わせ回避する。そして道化師の彼は押し寄せるスリルを軽やかな愉悦に変換し、また竜を挑発する。
「使い慣れない玩具は振り回さない方がいい、弱く見えるからね?」
「ドラははは……ふざけるな! 跳ね回ることしかできない飛んで火に入る夏の虫風情が!」
「なら人を翻弄する虫の如く、当たらなければいいだけさ。発想の逆転、風情のない攻撃は盾でわざわざ受けるまでもないね。……さぁ!」
暴れ狂う傲慢な竜に向かい今果敢にも飛びかかったのは、青髪の剣士。三叉の戟の連なる刃の間をトップスピードですり抜けて、タイキはありったけを叩き込んだ。
雄叫びとともに叩き込んだのは、剣に乗せた魔力の塊。竜の腹に届いた一撃が、青い雷光を発し弾けた。
「──真の英雄は、剣を選ばない」
たとえなまくらであろうとも、英雄の心はまだ折れていない。青く迸る気迫の剣が、竜にボディーブローのように突き刺さった。
「そして、蜥蜴を囲う虫の饗宴は終わらない──」
妖しく微笑んだアキトが、パチンと指を鳴らす。その直後、後ずさる大きな黒い蜥蜴に向かい、重なる二つの【ヒノタマ】が今盛大に打ち上げられた。
冒険者たちが魅せるとっておきの剣ととっておきの魔術。力に溺れた悪竜の腹と顎に、極上のフルコースを存分に馳走する──。
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▲
数分前──。ペコロは眩き熱閃で溶けた雪原に落ちていた美楚羅を回収し、背に担ぎながら竜の足元から急ぎ離れた。
「お前の面倒までは聞いてねぇぞ!」
「はは、すみません……僕もあなたに頼るとは……」
「減らず口を叩けるなら自分で走れ」
「あはは……今だけは頼みます……ペコロ」
「まったく、ここに来てから無茶ばかりだな!」
負傷した者たちが後退していく。そして、再起したタイキとアキト、頼れる二人がまた主力として竜と激闘を繰り広げる中──。
後ろの陣に控えていた赤髪と仮面の魔術師は、杖を重ね合わせて一つの魔術を成さんとしていた。
「しまいましたね……少し魔力を高めすぎたようです。取り掛かった合体魔術ですが……これは失敗ですねぇ」
「ふぇ? 失敗ってそんなことあるわけ!?」
突然、魔術の「失敗」を告げる仮面の魔術師に、リリスは驚きの声を上げた。
「確かにこうして残った魔力を高め合うために有効な合体魔術ですが、〝際限なく〟というわけではありませんよ。標的に向けて放つまでが魔術です。これでは威力が十分でも、十分なコントロールはできないでしょう。形を保つのがやっとです、動かした瞬間におそらく破裂」
「破裂!? ってぇ、なら先に言ってよぉ……最悪じゃない……」
あなたは魔力を高めるだけでいいと言っていたのは嘘だったのか。リリスは仮面の魔術師に向かいため息混じりの愚痴をこぼす。
「緊急事態にて、意地悪でそんなことはしませんが、ただ私の想像よりもあなたの魔力が上がっていたんですよ。教え方が良かったのですかね……。一体誰から学びましたか? 不器用なあなたをここまで育て上げるとは、さぞ高名な魔術師だとお見受けしますよ」
「そっ、それは……。そんなことよりどうするわけよ。飛ばせないんじゃせっかくここまで発練した意味が」
確かに高名ではあるが、そいつは魔術師ではない。リリスが魔術のことを他人から学んだのは人生で二度だけ。故郷の島を訪れていた魔術師の男と、今前方で竜と戯れるように軽やかに宙を舞っている黒髪の男。
しかしそんなことは今はどうでもいい。リリスは、はぐらかしながらこの失敗した魔術の解決法を問うた。このままでは、ただ魔力を無駄にしただけだ。
「手間はかかりますが一度合わせたものを、また二つに引き剥がす必要がありそうです」
「ええ……それじゃ合体させた意味は?」
「惜しいですが、玉に内包された魔力自体は通常よりも高められているはずですので、及第点でしょう」
即興で執り行った合体魔術は、やはり失敗。一つに中途半端に重ね合わさった歪な形のヒノタマを、もう一度二つに分ける。それが仮面の魔術師の提案した現実的な解決法であった。
そうして頷き合った魔術師の師弟が、苦肉の策に移行しようとしていたその時──。
「お困りか」
聞き慣れぬ野太い男の声が二人の魔術師の耳を通った。
「……え? たしかタイキと戦ったミソラのとこの……ってなんでここにィ!?」
がっしりとしたその大きな姿は覚えている。舞踏円月でタイキと戦ったあの大男が、何故か振り返るリリスの前に立っていた。
「
ペコロに担がれ、後ろに避難していた美楚羅も今現れた師範のことに気づいたようだ。大声で呼びかける。
「あれから一晩考えて、敗北は美徳にならぬとも思ってな……少し顔を出してみた。我が八番弟子の様子も気になるところだからな」
男の名は羅黄。どこかで見たことのある野球帽子を被って現れた巨漢は、腕を組みながら淡々とそう告げた。どうやらクロキリ本部を包囲したクラン連合軍の中には、現剣流道場の彼らもお呼ばれし参加していたようだ。
「うむ、見ていた。美楚羅、お前は休め。その腕の様子では【渦八卦】はろくに打てまい。俺が来たからには無理はさせぬぞ」
「不甲斐ないですが……今はそうさせてもらいます……師範……」
だらりと不自然に下がった美楚羅の両腕の有様を確認した羅黄は、冷徹にもそう言う。その状態で再び【渦八卦】を打ち込むことを禁じた。
美楚羅は項垂れながらも師範の言葉に頷いた。だがまだ完全に闘志は捨てきれていない。弟子の放った台詞の端々に、羅黄はそう感じ、わずかに口角を上げた。
「では、やるか」
「ではって……魔術師じゃない人が何する……えぇ!?」
リリスの前へ近づいた羅黄は、羽織っていた道着を豪快に脱ぎ捨てた。そして上裸になった羅黄は、素手で重なる紅白に色づいたヒノタマを持ち上げ出した。
まさかの行動にリリスは驚愕し、仮面の魔術師は目を細める。
「見ておれっ、水でも火でも、我が現剣流道場の気操術にかかれば!」
掲げた不安定な形のヒノタマは、巨漢の羅黄の頭上でゆっくりと回転を始める。回転はやがて速まっていき、紅白にくっきりと分かれていた二つのヒノタマが、混沌と、だが美しいマーブル状に混ざり合っていた。
「【
「【ヒノタマ】なんだけど……でも、っいけぇー!」
「お見事、回転をつけたことでコントロールできている。これはいけそうです……!」
リリスと仮面の魔術師が発練した巨大で歪なヒノタマが、羅黄師範の両手の上で回転をつけられ安定した。
全身にかいた多量の汗を煌めかせ弾きながら、弾ける道化師の合図とともに、特大の魔力弾が今天へと投げ放たれた。
最高の魔力、最高のコントロール、最高潮の気迫を乗せて、鮮やかな魔光を発しながら仰け反る竜の巨躯へと向かっていく──。