トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜 作:山下敬雄
【双炎渦威】──渦巻く特大のヒノタマが竜に目掛けて猛威を振るう。魔術師の師弟と道場の師範が力を合わせ放った威力、魔力十分な詰みの一手は──竜の眼前でぴたりとその動きを止めた。
光の戟に貫かれた熱い熱い紅白玉が、まるでフォークに刺された一粒の果実のように留まっている。
やがて顎をぱかりと開けた黒竜は、目の前に据えられたその熱き魔力の塊を口内へと運び、天を仰ぎ飲み込んだ。
「丹念に煮込まれたいい
腹に魔術師どもの作った贅沢な魔力を収め、ゆるやかな火の吐息をはきながら竜は舌鼓を打つ。
「ぬぅ……なんたる悪鬼……」
「な、な……」
リリスに羅黄までが、杖を拳を握りしめ、常軌を逸した竜の食事に驚愕する中。
眉間に皺を寄せていた仮面の魔術師と振り返る道化師が、一瞬互いの目を合わせた。
「──! なるほど……先ほどの一撃、やはりそういうことでしたか」
「ちょっとリンゼル先生、なるほどじゃなくて……どどど、どうす──」
思わず仮面の魔術師の名を漏らしてしまうほどリリスが取り乱す。誰もが底知れない黒竜の見せる悍ましいほどの強大さに打ちひしがれていた、その時だった。
笑う竜の懐で、青い雷光が爆ぜた。
「んえ、タイキっ!?」
竜の腹へと叩き込んだ彼の剣に迷いはなかった。またもボディーブローのように、竜を後ずらさせる威力の雷撃が打ち込まれた。
この男はまだ絶望していない。タイキ・フジの赤い瞳は穴が開くほどに、常に敵だけを集中し見据えていた。
(チィっ……コイツ、なぜあのなまくらの剣がそんなにもつ……! 部下どもにどんな名剣を打ち込ませても傷付かんかった俺の
雷光が爆ぜるとともに、厚い腹の内側まで響く衝撃を受ける。ツツミの黄色い眼に、わずかな焦燥の火が灯る。
彼が鍛え上げたのは雷の魔力だけではない。その黒い艶めきを宿す竜鱗はどんな名剣もへし折ってきた、まさに鉄壁と呼称していいほどの硬度を誇っていた。
それをなまくらの剣で二度もぶたれて、足を後ろに引かされた。青髪の剣士の引き起こした二度目の不可解なエラーに、ツツミは渋い形相で訝しんだ。
しかし一方で、タイキに対する仮面の魔術師の見立ては違った。
(いえ、おそらく彼が剣で叩いたのは硬い外皮ではなく魔力。巨躯の竜の内在魔力を利用した攻撃……! 辺りにある武器の残骸……トライアンドエラーで敵の魔力の質を見抜き、攻撃の質を高めた……そう見るのが妥当)
同じく、羅黄もタイキのやりたいことを理解した。
(つまりは敵の内部から破壊する波動の掌底──【渦八卦】、美楚羅も体得した我が道場の気操術の奥義にも通ずる技。それを自分なりにアレンジしてみせたか、しかしこの威力っ……! 竜の臍でも掴んだか小僧……ならばその先もお前は用意してあるか……? 面白い……っ! ははははは)
竜を押し退けた気迫溢れる二度の雷撃。さすらいの魔術師も道場の師範も、踊る青髪の剣士から決して目を離さない。今、覚醒の片鱗をまざまざと光り見せつける一人の若き才能に、さらなる躍動を期待せずにはいられなかった。
二度の青い雷光が竜の腹鼓に轟いた直後、荒れ果てたパーティー会場はいつの間にかみるみると、煌めく泡粒たちに支配されていた。
(なんや、石鹸屋のギフト……鬱陶しい目眩しのつもりか。ネタ切れの道化師のやりそうなことだ)
四方に渦巻く泡の風の中で、囁く小賢しい声が聞こえる。この見目爽やかで楽しげな演目を仕込んだのは冒険者アキト。ツツミが聞き飽きた一人の男の声であった。
『キミはもうジブンに勝てない』
「逆らうこともできんやつが、ままごとのつづきか」
『そう、ままごとのようなもの。キミの自慢の三位一体のギフトは欠陥仕様、先程まんまとこちらが焚べた魔力を補給したのがその証拠さ。おまけに言うと設計図を失くして、手放したくても手放せないんだろう? ──ソレを? 恐怖が透けて見えるさ』
一度灯したその魔力を消さずに、竜はここまでずっと合成に成功した光の戟を握りしめたままいる。そんな竜が強力なギフトを手放したくない理由を、アキトは勝手な推論を披露し説いていく。
「ドラハハハ……何を言いよるかと思えば、的外れなことを。それでは先生は任せられんな」
突如、飛び交う泡粒の隙間から幾本もの鋭いナイフが飛んできた。だが道化師の投擲したコレクションのナイフは全て、竜の首を掠めていき一つも当たりはしなかった。
やはり竜の腹に平らげられたあの血の契約のギフトがある限り、アキトは決してツツミを直接攻撃をすることはできない。ツツミにとってシロツメ支部のアキトはもはや、中身のない悪戯をつづけることしかできない、牙の抜けた犬も同然であった。
しかし竜がその道化に一瞬気を取られていると、ナイフが飛んできた方向と全く別の角度から、何者かが竜の身を引っ張ろうとしていた。
「98……!」
「っ──竜の尾を噛むどぶ鼠が!」
電撃を流しても離れようとしないアトラに、苛立つツツミは掴まれた尻尾を幾度も地に叩きつけた。
「9……9……」
「チッ……!」
アトラはそれでもしがみつく。ツツミが纏わりつく血塗れの鼠の処理に手間取っていると、間髪入れずに次の攻撃が仕掛けられた。
「砕けるのは……貴様の番だ、ツツミ! おい、早くやれっ!」
竜に宣戦布告するのはサイト。一度砕けたダイヤモンドナイトが密かに寝返り、その華麗なるギフトを行使する。
ピンク髪の騎士は滲む怒りの形相で周囲の泡を一気にかき集め、道化師の立てた作戦通りに一人の大男へと託した。
「ハハハ、焦るな若造。我が気操術に操れぬものはない」
周囲を取り囲んでいた泡粒の目眩しが全て、羅黄の掲げた大きな一手に集いゆく。大きな一つの泡粒の内部に圧縮された無数の微細な泡が、回転を続ける。
本日二度目のお披露目となる気操術【渦威】。
サイトと羅黄、ダイヤモンドナイトと現剣流道場の二人のクランマスターが協力し、今宵限りの一つの大技を成し上げた。
「たっぷり食らえ──【
道化師の誘うショータイムは終わらない。クラン連合軍による第三の攻撃が放たれた。
【渦威:泡沫】──屈強な体と繊細な魔力のコントロール術を持つ羅黄により、盛大に投げ放たれた一粒の大泡は弾けた。回転しながら進みゆく軌道の途中で弾けた大泡は拡散分裂し、中に詰まっていた大量の小泡が竜の全身に機関銃の如く絶え間なく炸裂する。
けたたましい爆裂音を引き起こした泡粒たちが、攻撃を加えつつ竜の視界を淀ませる爆煙の目眩しとなる。
ようやく尾にしがみつくしつこい鼠を投げ飛ばし、こそこそと散っていくピンク髪の裏切り者と上裸の男を戟を振るい払う。ツツミがまたも四方八方から襲いくるクラン連合軍の攻撃に手を焼いていると、すっかり濁った竜の視界の中、微かに浮かぶ雷雲の如きシルエットを見つけた。
「ドラハハハ……そこかァああああ!」
効きもしない攻撃を繰り返すクラン連合軍。その本命の企みを捉えた竜は、天に向かい戟を貫いた。
ゴロゴロと静かに唸り青い雷光を放つ暗雲へと、一条の裁きの光が届いた。浮かんでいた雲は散りゆき、竜の頭上に忍んでいた不届き者の影が落ちてくる。
天に戟を、天を頂き、舌なめずりをする不遜な竜と──尻を焦がし真っ逆さまに落ちて来た、銀髪の道化の目が合った。
「べろべろ……っばぁ~!」
舌を出しておどけてみせるのは、コットン・シルバー。綿のギフトで浮かぶ雲に化けていた名役者が、巨大な竜を笑わせようと渾身の笑みを両手いっぱいに広げて披露する。
裏切り者も師範も鼠も道化師も魔術師も、この
天に射し込んだ光の柱を今爽快に下りゆくのは、駆ける青い雷光。魔力を存分に蓄え、暗雲を貫いた戟を滑るように駆け降りる青い髪。ぼろついた緑のマントをはためかせ舞い降りた一人の勇ましき冒険者の姿。
「……100っ! ぅおおおおおお!」
「ずぉおおおああああ!?」
極限の魔力を宿した一本の雷剣は、やがて貫いた竜の背を伝い、そのまま一気に勢いのままに地まで駆け抜けた。
頑丈な鱗鎧に覆われた黒竜の背に、刹那に打ち鳴らす青い鮮烈な雷が走る。
「【
示現する新たな
暴虐の限りを尽くした悪竜を切り裂く青い魔法の剣筋。道場の門下生から貰った黒帯の覚悟を手に結び上げ、剣と一体となった彼の手は眩く染まる。百足の如き雷が、羽衣のように宙を蠢き雷鳴を轟かせる。
【百足エレキジッパー】──森羅万象全てを斬り裂く最高のギフトが今、タイキ・フジに竜を討つそのための力を貸し与えた。