トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜 作:山下敬雄
竜の背に轟き走った青い雷の跡。今まで何も寄せ付けなかった鉄壁の竜鱗に刻まれた、確かな剣筋。
ツツミは何が起こったのか理解できなかった。だが、今頭上より舞い降りた一本の剣とギラつく赤い双眸に睨まれた竜に、確かに〝恐怖〟という名の感情が、受け負った痺れる魔力により呼び起こされていた。
天に嘲笑い戟を向けた竜に浴びせられたのは、得体の知れないギフト、得体の知れない恐怖。ただの雷ではない。未知の
しかもただ裂かれただけではない。巨躯からじわじわと内在魔力が漏出しつづける違和感に、竜は気づいた。
高々と据えた竜の首より地を見渡せば、大きな影の外で
敵は一人ではなかった。戦いの中で成長を遂げた一人の剣士こそが、同じ雷のギフトを持つこの青髪の冒険者こそが、未来の敵になりうることをよく深く傲慢な支配者ツツミは気づかなかった。
「それがキミの思い描いた
「アキトさん……。今の気分は……最悪で最高です……!」
「そうかい。なら、ま・ず・は、その〝災厄〟を……取り払う必要があるね?」
笑う道化師はもう一度盾を構える騎士となり、頷く若き才能は目の前に聳える大きな悪を討つことを握る剣に誓い込めた。
四島彰人と富士大起、交わることのない二人が今、異世界の地、竜の御前で肩を並べる。高みから悪戯に賽を投げたのは誰なのか、考えうるかぎりの最悪の出目が竜の眼下に出揃った。
「羽衣……いや百足……握る手からはっきりとみなぎるアレは一体……?」
「舞踏円月で俺の渦威を食い破った時にはすでに、力の片鱗は見せていた。アレは、あ奴らの強さの結晶だ」
「強さの結晶……ふふふ、なるほど──彼はそれを磨くのがお上手なのでしょうか」
「ハハハッ、差し詰め俺よりはな」
初めて目撃する眠るギフトの示現した姿。遠方より目を細める仮面の魔術師のこぼす疑問に、羅黄は太い両腕を組みながら答えた。
偶然ではなく必然。その若者は初めから大器であった。月光の舞台で道場の師範の全力を破り、揺れる大海の上で海賊の悪意を真正面から食らい尽くし、そして今、竜をも喰らう化け物へと成った。
微笑を浮かべる道化師の顔と、力強く頷くその弟子が自信堂々と並び立つ姿に羅黄はそう確信する。
黄色い眼をぎろりと凄ませる竜は、まだ嗤わない。その長い首を後ろに引き、ただ大きく息を吸った。その直後、竜の大口から勢いよく灰色の火が吐き出された。
今竜の吐き出した奇妙な殺気に、いち早く気づいたアキトは構えていたルクラブの盾から風を唸らせた。
散っては咲かせ──今日幾度も酷使する風の盾の葉が、魔力を消費し一枚一枚枯れるように色褪せていく。それでも一向に収まらない竜の熱い息吹に、アキトとタイキは一度その場を飛び退いた。
「これは、ただの溜息ではないね。もちろんジブンは対応できるが……!」
「熱っあああああ……あれ……た、たすかった!」
「それを言うのはまだ早いさ。二度目はないよ」
「あっ、あぁ!」
流れて来たもらい火に悶えていた団員の男を、見かねたアキトが風の盾を吹かせる。そして団員の男を覆っていた濁った色の火を剥がすように消し去った。
アキトは呑気な礼を言う団員の男へ、二度目のお助けサービスはないと忠告した。竜の大口は絶え間なく火を吐いている、まだ何も助かってはいないのだ。
「……魂にひかれ抱きつく火──やはりそういう攻撃か」
アキトはこの類いの攻撃を過去に経験し知っている。そう、ぞわぞわとするこの奇妙な熱は、サヤ・ミタライの魂の焼く火のギフトに似ている。
支部長が必要ないとまで豪語していた竜の言葉は、どうやらあながち嘘ではなかったらしい。濁流のように押し寄せた竜の火は、どろどろとあちこちに飛び跳ねていく。まるで肝試しの火の玉のように分散し、パーティー会場内にいたクラン連合軍を見境なく襲っていく。
「ぬぅ……あの火霊に迂闊に触るな! 底知れぬ怨念がこもっている……おそらく火傷より酷いことになるっ」
襲い来る火玉の霊を拳で叩き潰した羅黄は、己の右手に執念深く纏わりつく穢れた火を、気操術を用いてなんとか宙へと逃した。身の毛がよだつこの怪火の恐ろしさに本能的に気づいたようだ。
「ふざけんなこのデカトカゲっ、雪と雷の次は火かよ! チッ……なんだこの火、気分が悪い! 捌くので手一杯だ……!」
「そのようですね……!」
「そのようですねじゃ……ねぇッ! なんでまたっ、てめぇ〝ら〟のお守りを俺がやってんだ」
「そう言われても僕の髪芝居のギフトでは、少し……傷んでしまうのでっ! この力は救助にあてます! あなたは〝僕より〟相性が良さそうなので、頼みます!」
「相性だと冗談言えっ、それに傷んじゃダメなのは俺の扱う食材だけだっ! カミの為にコックが戦うかよっ! ぅおおおっ!」
奇妙な断末魔と同時に切られた火が消し飛ぶ。飛び跳ねて向かってくる火霊に対して、ペコロは示現させた黒い魔法のナイフを必死に振るった。ケラケラと勝手に笑う握り心地の悪いナイフだが、武器はもうこれしかない──文句は言っていられない。
一方で美楚羅は髪芝居のギフトで髪を器用に伸ばし、逃げ遅れた団員たちの身を巻き取るように掴み、救助を優先する。
竜の大口から吐き出された魂を焼く炎。冒険者たちを取り囲み踊る、おぞましい火霊の宴。鳴り響いた希望の雷轟から一転、熱量を増し騒然とするパーティー会場。
真っ黒な影に、歪んで浮かび上がった黄色い三日月。巨大な竜が嗤いながら火の猛威を振るうその中で──立ち尽くしていた水色髪の冒険者は独り、燃え盛る火の海の中へと竦む足を走らせて飛び込んでいった。
(ストックしたギフト、蓄えたこれら全てが存分に使えるわけやない。中にはまったく俺のテイストに合わんギフトもありよる。そういうのは既存のギフトをさらに強化するための養分になるか、はたまた舌の合う部下に貸与するかや。しかしだ、その使われずに放置された不要なギフトどもが腹ん底でへどろとなり、俺の中にまだ毒づきながらしぶとく残っていることに気づいた。ギフトの研究するんは道化師や才女だけやない、この竜の肉体自体が巨大なラボ。ミタライの魂に干渉する希少な火を、ついに俺が自己流に編み出したっちゅうわけや──俺を蝕む
ストックした数多のギフト、その中でもツツミが戦闘用に使っているギフトは限られる。使わずにいたギフトは竜の腹の中で色褪せ腐りゆく。それは恵みにもなり毒にもなり得るものと竜は気づく。己の身を蝕んでいたギフトの残滓を用いた灰色の火。デメリットを盛大に吐き出すことで、魂を焼く炎を竜は扱うことを可能にしていた。
いくらギフトが成長し戦闘力が上がっても、魂を焼くこのギフトは完全には防げない。未知のギフトでタイキに背を斬られたツツミは、狡猾にも攻め方を切り替え、剣の腕や力比べとは違う別の勝負を仕掛けていたのであった。
竜が顎をひらき仕掛ける狂乱のパーティーに、冒険者たちは呻く火霊と戯れ踊り続ける。
竜が見下ろすそんな燃え盛る灰色の海に、突然、波をかき分けるように緑の火光がフラッシュした。
示現した緑の猫又が、ミタライを先導し火の海の中を突っ走る。そう今、竜の膝下へと向かい現れたのは、冷たい恐怖を振り払い駆けだした彼女であった。
「竜の胃の中で醸造された魂の火、搾りカスもいざという時役に立つ。ドラハハ、愚か者どもの魂は辻褄を合わせ引かれ合うもの……見ろこの絶景を、貴様らの末路に相応しいと思わんか、なぁ支部長?」
「これは……やはり皆の……っ!? 分かりました……あなたのような人がいるから、異世界ガライヤに悲しみは尽きない!」
竜が体内から吐き出した、パーティー会場を染め上げる灰色の火。それはただの火ではなかった。
ウィルオウィスプのギフトを持つミタライは火の海の只中で知覚する。彼女の属していた旧クラン、シロツメの風の皆の魂が、ギフトが、竜の胃の中で穢されなおも激しく揺らいでいたことを──。
ミタライに激しい動揺が走る。灰色の火の海の中、揺らぐ緑の怪火の様相にそれを悟ったツツミは、今眼下に現れた支部長に嗤いながら語りかけた。
「勇ましいな、あの勢いだけの青いのに傷を舐め合い感化されでもしたか。破壊と再生を繰り返し、クランはより強固になる。今がその最中、悲しみのエキスはその為の一つの要素にすぎん、酒に垂らしたほんの一滴のレモン汁みたいなもんや、ドラハハハ」
「命を命とも思わないっ、あなたのような野心家はいつもそうやって他者を見下し弄ぶ! シロツメの風の魂を……これ以上冒涜させないっ! ここで、なんとしても!」
「そうや、お前はここで死ぬ。もはやその緑の宝も過去の遺物、俺の座る玉座の足元には必要ない」
「私が死んでも……タイキがいますっ!」
「なら共に去ねッッ、無能どもの魂に抱かれてな! ドラハハハ!」
ウィルオウィスプが示現した姿、一匹の猫又は仲間たちの魂に誓い立ち向かう。巨大な竜に対してその火は、あまりにも小さい。
退路はない、ここで逃げる気もさらさらない。猫又は前に一歩、力強く地を踏み締める。肉球の模様に吹き上がる緑の火の陣、ここから一歩も退きはしない。
決死の覚悟のミタライに向け、傲慢な黒竜が激しくその火を吐き出した。
絶え間なく襲いくる怒涛の灰色の火に焼かれて、肉球の形に吹き上がっていた緑の火の陣が弱まっていく。
二本の尻尾を立てた化け猫は、竜の吐き出す火の勢いに耐えられない。ギフトとしての器と格が違ったのだ。
彼女はここで死にゆく運命。まさに破壊と再生──竜が食らう贄として、シロツメ支部の支部長サヤ・ミタライは、竜の胃の中で先に朽ちていった仲間たちの魂の火に焼かれて果てる、そんな筋書きだった。
だがツツミの描いていたその筋書きは、じわじわと青く引き裂かれていく。
長い首を前に伸ばし穢れた火を吐き出しつづけていた黒竜──その背に負ったあの傷跡が、再び青い雷電を伴って痺れ瞬いた。
まるでジッパーのように開いた魔法の剣筋。傷口は広がり、大口から吐き出す火の反動で、今竜の体から奇妙な風が吹き抜けた。
「なんや! まさか……!」
「!」
竜の腹の中から逃れるように出てきた一陣の風は、火に焼かれ苦悶するミタライの額の髪を静かに揺らした。
ただの風じゃない、それはツツミが幾度も利用した風のギフト。青く開かれた竜の背から勝手に出てきた一つの軍配であった。まるで誂えたように小さくなったその軍配が、水色髪の冒険者の元へと流れようとしていた。
主人を勘違いした軍配に、竜が慌てて手を伸ばそうとしたその時──天にあるシャンデリアの上にぶらさがっていた道化師は軽快に指を弾いた。
くすぐるような悪戯な風が邪魔をする。軍配は大きな竜の手を、するりと踊りすりぬけた。そして──。
風に乗った軍配は、ミタライの手元に寄り添うように流れて来た。
久々に再会したそのギフトは、何も言わない。だが、軍配を握った瞬間──唸るような強い風がミタライの全身を包み込んだ。
全身で感じる、勇ましいが心地いい風。それは紛れもなく〝彼女の風〟だった。
満ち足りた気がしたのは、感情だけではなかった。軍配から込み上がる魔力に感応し、猫又は三つ、四つと増やした尾の先に、灯篭のように魂の火を宿らせる。
そして、七つの魂の火がすべての尾に灯ったその時、緑の風が大きく渦巻いた。
「【唯我独尊】──うぬぼれた竜には決して、このギフトの真価は分からない。まだ……のこっている……彼女は私の中で生きつづける。最高のギフトとして」
渦巻く風のベールの中で大翼を開いたその時、化け猫は姿を変え新たなギフトは示現する。
「示現っ! ──【
鮮やかな緑と漆黒の火を纏う豪風が、灰色に穢れた辺りの火の海を蹴散らし吹き荒れる。
爽やかに靡く水色髪の冒険者の隣で、軍配を下ろす猫耳の女神が、緑と黒の炎の翼を呼吸するように大きく広げた。
彼女は琴風の名を冠した新たな示現獣として、親友のサヤ・ミタライと共に戦うことをここに誓った。