トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜   作:山下敬雄

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第89話 悪魔のレシピ

 四人の精鋭冒険者たちと戯れていた竜が、振り上げた三叉の戟を地に突き刺した。その時、地は凍りゆき、パーティー会場全域は瞬く間に真っ白な雪原と化した。

 【雪合戦(スノウボールファイト)】×【小悪魔の約束(ピクシスパクト)】、戟から送られた雷の魔力と唸る竜の檄を得て動き出した精巧な雪像の兵たち。ギフトとギフトを組み合わせる冒険者アキトを想起させる発想で、多勢に無勢だった竜はこの場に部下たちの擬態兵を呼び寄せた。

 

 一方、厳しく環境を変化させ激化する雪原と吹雪荒れる戦場に、何も知らずに迷い込んだ料理人たちは──。

 

「カーーーーーーッ!」

 

 激丁ペネロが口から火を吹いた。170万スコヴィルの激辛の火炎が放射され、近寄る雪像の兵隊の上半身を一気に溶かした。

 

「【肉車:雪化粧】!」

 

 肉丁コンガが、でっぷりと肥えたその巨躯を丸めた。回転し動き始めた肉塊は雪を纏い蹴散らしながら、いつしか大きな雪玉となり、雪像の兵たちをまとめて蹂躙する。

 

 しかし滑走する雪玉に蹴散らされたはずの兵たちは、またひとりでに積もり、記憶を呼び覚ますように崩れた体を元の精巧な五体へと再生させていた。

 

「ぬぅ……これだけの技を振る舞っても再生か……」

「どうなってやがる。これの何が立食パーティーで何が割のいい仕事だ、全然違うじゃねぇか! おいどうなってやがる、何とか言って説明しやがれ玉ねぎ頭!」

 

 どれだけ薙ぎ払ってもゾンビのように復活する白い兵隊にイラつき、ついにコンガは怒声を飛ばす。

 一枚の旗と送り主不明の謎の招待カードで、料理人として招待されたのは立食パーティーなんて嘘もいいところ。コンガとペネロ一流料理人のコンビは、気づけばミラールーム内で起こったクラン同士の激化する抗争に巻き込まれていたのだ。

 

「おいなんとか言いやがれこの三流コックめ!」

 

 再度コンガは執拗に怒声を浴びせる。聞いているのはもちろんそこに呑気に突っ立つ飴色髪のコックにだ。

 

「コックがなんで戦ってんだ……ちがうだろ」

「あぁなんだと!?」

 

 思いもよらぬ熱量のない台詞をつぶやいたペコロに、かちんときたコンガは、雪原を強く踏み締めながらその馬鹿な男に詰め寄ろうとした。

 しかし突然、雪を積らせた飴色髪の横顔は振り返った。そして打って変わって熱量と意志を宿した強い眼光で、玉ねぎ丁のペコロは二人の料理人に告げた。

 

「作るんだよッ──【カチュラスープ】!」

「「カチュラスープ……!?」

 

 コンガとペネロの声が驚愕で重なった。

 わがままな火の神様カチュラに捧げる、腕のいい料理人たちが即興で協力し合い作りあげたとされる〝伝説の日替わりスープ〟。それがカチュラスープ。

 無論、敵がゾンビのように湧くこの極寒のミラールームでそんなものを作っている余裕などはない。

 

「こんなときに何言ってやがる、この馬鹿が! オマエ……さては俺たちの船で作ってやったヤツを、台無しにして捨てたんじゃねぇだろうな!」

「……もう一度、協力しろとでも言うのか?」

 

 コンガが罵声を浴びせ、ペネロが冷静に問い返す。

 

「なんで半人前のコイツの命令に従わなきゃいけねぇんだよ。俺は肉丁コンガ・リー・ダン様だぞっ! 絶対嫌だぜ! 下っ端なんて付け合わせのじゃがいもの皮を剥かせてればいいんだよ」

 

 格下の無名のコックには意地でも従わない。コンガがさらに皮肉を重ねた、その時だった──。

 

 突然ケラケラと笑いだした奇妙な一本の黒ナイフが、ペコロの腰元の小さな木鞘から抜け出し勝手に宙を泳ぎ始めた。

 やがて狂い舞っていたナイフは、駆けて来た雪像の兵の足の甲へと深く突き刺さった。

 すると雪像は悶えたような表情で顔を溶かし、つま先まで急速に溶けると、濡れた地に残ったのは一枚の紙を貫いた一本のナイフだった。

 すると血に滲んでいた白い紙はナイフから伝う黒炎に燃やされ、不思議と燃え尽きることなく、表裏をすべて黒く塗り替えられるように染まった。

 

 風に流され地から剥がれたその一枚の黒い紙は、やがてペコロの手元にひらひらと舞い収まっていた。

 

「オーダーだ……。なんでもいいっ、使える食材を俺の厨房(もと)に持ってこい!」

 

 黒い紙に記されたオーダーを確認したペコロは、空で狂いはしゃぐ趣味の悪い包丁を、強くその手に捕らえ握り締めた。

 燃えたぎる紅蓮の魔力を放ちながら、今、ふざけた悪魔が耳元でささやくレシピを再現することを決意した。

 

 

 

 

 

 

「属性系ではなく報酬系のギフトでしょうか……。カチュラスープを、なるほど? 聞いたことがあります、料理人たちが信仰する火の神カチュラですか……。それを満足させるための大掛かりな合体魔術(りょうり)をしようと言うのですね。──おもしろいっ。リリスお嬢様、さっそくこちらで彼の言う食材の準備に取りかかりましょう」

「え、何っ!?」

「合体魔術(がったいまじゅつ)です。先ほどの失敗から加減は分かりましたでしょう」

 

 黒いレシピを示した料理人の意図を理解した仮面の魔術師は、すぐさま二度目の合体魔術を推奨する。一度目は少し失敗したが、二度目ならばコツをつかみ成功率は上がっているはず。そんな期待を込めたリリスへの無茶な注文をかけた。

 

「かか加減って……今言われても……ある程度は分かったけど……それとは別に、もう魔力がちょっとしかないってのよ」

「なんとまぁ……向こう見ずなのは相変わらずですね」

「ぅぐっ……って、あんたが魔術試練なんてやっちゃったからでしょ! あの一回分が無ければぜったい足りてたのよぉー!」

「それもそうでしたね? しかし困りましたねぇー、私もそれほど残りの魔力量に余裕があるわけでは」

 

 問題は残っている魔力量の方。このまま発練を始めてもヒノタマ一発分にも未たない。リリスがそう申告し、とぼける仮面の魔術師に厳しいツッコミを浴びせていると──。

 

「使え!」

「ってわわ!? え、なにこれ……?」

 

 ペコロが唐突に叫び、リリスへと小さな何かを投げ渡した。

 

「ぬっ、それは俺が奴にあげた霊酒か」

「れいしゅ?」

「飲めば魔力を回復する、我が道場に伝わる代物だ。持ち合わせはその一つ以外に今はない」

「一つだけ……!」

 

 今投げ渡された小壺に見覚えがあった羅黄は、首を傾げるリリスにそう中にある霊酒の効能を説明した。

 

「本当に私がやるの……」

「やるんですよ」

「ははは、他にいまい。全てを見越してのことだろう、遠慮せずに使うがいい」

 

 仮面の魔術師と道場の師範がこぞって、不安げな言葉を投げかけていたリリスを促す。迫る二人の大人の男どもの圧に、リリスは思い切って小壺の中の霊酒を天を仰ぎ飲んだ。

 

 そうして魔力を回復し、始まった合体魔術。杖と杖を交差し重ね合わせ、赤と白のヒノタマが魔術師の師弟により同時に発練されていく。浮かぶ宙でみるみると肥えた火球は、隣同士、やがて互いに重なり合い。

 

「まぁとは言ったものの。人間、一朝一夕ではそうそう上達はしませんね」

「えぇ!? ってまた失敗なの!?」

「愚痴を吐いただけで、まだそうとまでは言ってませんよ。ではお願いします」

 

 仮面の魔術師は、弟子の相変わらずの不器用さに軽い愚痴を吐いた後、ここで新たな助っ人に呼びかけた。

 

「……はいっ! 【成形(スクラム)】」

 

 二人の魔術師の近くに現れたのは一人のパティシエ。彼女が操れるのは甘いスイーツだけにあらず。ユキエの成形のギフトで、仮面の魔術師とリリス、中途半端に重なり合っていた二つのヒノタマを一つにまとめ上げていく。

 

 そうして畑違いの助っ人の手を借りなんとか一つにまとまった大きな火球を、更なる助っ人に受け渡していく。

 

「今日は俺の番が多いな? ハハハ、鍛錬にはちょうどいい。任せろっ!」

 

 待っていたとばかりに道着を再び豪快に脱ぎ捨てて、上裸になった羅黄がお得意の気操術を用いる。頭上に掲げた火球を回転させ、より一体感を出すように攪拌させていく。

 

「来いっ、火入れだ。開け、【デモンズキッチン】!」

 

 一流のコックが黒いナイフでひとたび地を豪快に捌くと、紅蓮の火がふつふつと滾る地獄の釜が開かれる。

 

「応ともっ!」

 

 羅黄は待ち侘びたペコロの指示通りに、大きな火球を操り、地に煮える釜の中へと慎重に沈めていった。

 さらにすかさずその釜に同じ二人の料理人コンガとペネロが、持参していた魔油(まぶら)と戦士のカラネロをそれぞれ惜しみなく投入した。釜の火力をじわじわと上げていく。

 

「おい半人前、アロゼしろアロゼ。そうすれば一度肉を引き上げても温度は落ちない。焦らず火を通せ、じっくりしっかりな!」

「うるせぇ! 覚えたてのこじゃれた言葉ではしゃぐな! 俺のキッチンだ!」

「んだとこらぁ! 誰が覚えたてだ!」

「ガサツそうなてめぇがそんな宮廷料理の技法を知ってるわけねぇだろ!」

「舐めるな俺はバークローズ、世界一の肉の専門家だぞ! オマエが貧相な栄養のないふやけた飯を食ってた赤ん坊の時には、既に知っていたわ馬鹿が!」

「あぁ……? てめぇ親の料理を馬鹿にしたか今?」

「聞こえねぇのか馬鹿って言ってんだろうが馬鹿が、馬鹿舌が!」

「ぬぅ……凄まじい火力! 現世の食材では物足りんと言わんばかりの……少し……黙れェ!」

 

 肉丁コンガと玉ねぎ丁ペコロ、煮えたぎる地獄の釜の前でも言い争う二人の料理人に激丁ペネロが一喝。

 尋常じゃない汗をかきながらも、ペコロは包丁から変化させた『グツグツ』と笑う黒いお玉を操る。悪魔の食器を握りしめ熱した辛い魔油を掬い上げ、一度釜から引き上げた肉模様の綺麗なヒノタマに、幾度も浴びせかけていく。

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