トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜 作:山下敬雄
ギフトとギフトが、激しく魔力を吹かしぶつかり合う。
ミタライは雪の兵隊を寄せ付けない。【クラップキャット】──それはもはや、ただの猫騙しの威力ではない。緑と黒、二種類の怪火が瞬時に目の前に化けて現れては挟み込み、次々と雪の兵を驚かし燃やし無力化していく。
気力と戦意を取り戻した支部長の彼女が、邪魔な雑兵を殲滅していく中──。
光の戟を振るう竜と一対一。青い髪の剣士タイキ・フジは、物怖じせずに幾度もアタックを仕掛けていた。
一撃必殺級の戟を物ともせずに掻い潜り、鋭い剣が竜の鱗を掠める。
鉄壁の竜鱗、その自信は今はどこへやら、ツツミは明らかにタイキの剣を警戒していた。タイキに示現した新たな能力【百足エレキジッパー】は、万物──そう、竜の表裏に宿る魔力を斬る。未知の能力ながらも、対峙していたツツミは感覚的にそのことを恐れていたのだ。むざむざタイキの剣を受けることを嫌った。
竜と冒険者たち、戦闘が激化しつつも、互いに決定打を与えられぬ膠着状態がつづく中──。
その時、風が地表に渦巻いた。激しく音を立てた風はやがて天へと上りゆき、一本の竜巻となった。
『おそらくこれは、ジョークじゃ済まないさ』
【ハリケーンジョーク】──ルクラブの盾を拳を突き上げるように掲げ、アキトの起こした竜巻はその場に留まりつづける。
しかし彼は、霞む視界に映る巨大な竜の影へと、今起こした敵意を向かわせることはなかった。道化師が披露したのはただの手品ハッタリか、いや、その渦巻き止まった風の元に近づいたのは一人の女神だった。
闘志と魔力をメラメラとその美しい全身に宿す魔法生物。ミタライが示現させたギフト【猫又琴風】が、手にしていた軍配を勢いよく扇いだ。
そうして目の前で笑うように唸っていた一本の竜巻を弾くように進ませる。軍配の起こす風を重ね、竜巻は大きく大きくその規模を増し前へと猛進する。
「フッ、避けろよ」
「!」
「なんっ! ドぅおぅあああああ!?」
そして雪原を蹴散らし進む凄まじい猛風が、青い髪の剣士と戯れていた黒い竜に襲いかかる。
突然横から吹いてきた巨大な竜巻に、竜の全身が飲み込まれていく。緑と黒の炎が視界を染め上げ、身を擦り潰すような激しい風に曝される。
その暴風が吹き荒れる最中、竜の臍に開いていたわずかな傷が、一瞬青く雷光を放った。黒い竜鱗についた青い傷口はじわりと縦に裂けるように広がり、開いたそこから、小さな赤い何かが今剥がれるように吹き出た。
竜の腹に開かれし雷の魔法のジッパーから、吹いて流れてきたのは血濡れた一枚の契約書。
宙を乱れ舞うそれは、やがて佇む一人の道化師の手元へと吸い寄せられるように落ちていく。──契約をざっと確認したアキトは手に挟んだトランプで、その赤い紙ぺらを迷わず裂いた。
「楽しげな
女神の軍配に扇がれ、吹き及んだ火炎暴風はやがてその猛威と唸りを潜め、雪原を溶かし尽くした後の地に涼しげな風が流れていく。
血塗られた契約は破棄された。守りの時間はもういらない。
色褪せて散り散りに枯れた騎士の盾に風と共に別れを告げ、冒険者アキトは妖しく微笑んだ。
静かに煮える釜の前に立つ飴色髪のコックが、鋭く目を光らせる。時折感じる冷ややかな視線が、被る鉄兜を通り抜け一人の男に突き刺さる。
要注意人物とみなされたナイトは、このままでは終われない。『まだ最強の剣が自分にはある』崖っぷちの立場でありながらもそのことを思い出したナイトは、残された手立てでなんとか名誉挽回を試みる。今まさに汗ばむその手に、騎士の象徴たる偉大な剣を握ろうとするも──。
「よっ、あれ。あれっ」
右手は空を掴むばかり。手応えのないおかしな感触に、空の手を見つめたナイトが直後、顔を上げ辺りを見渡す。すると、彼の視界にはグランドナイツソードがひとりでに前方を、ふらふらと泳いでいくのが見えた。
「ってなんか自由に散歩してるーーーー! おいおいお前まで見捨てたのか、ナイトは俺俺!」
手を伸ばし手繰り寄せようとも、念力は通じない。主の言うことを無視して勝手に彷徨いだした剣を、ナイトは急ぎ追いかけるが追いつけず。彷徨っていたその剣は、誰かを見つけたのか、スピードを上げて宙を切り裂くように泳いでいった。
「はぁはぁ……え、なんでナイトなんで? 俺はナイト……剣に認められし騎士道精神を持つ古参のナイトだが……? じゃあ、あっちのお兄さんは?」
走るのをやめたナイトが息を切らしながら見つめる遠方には、佇む一人の影。すらりと長い背丈の男が、迷子の剣を呼び寄せるように指をスナップし弾き鳴らしていた。
『しゃくれでも偽りでもない、真のナイト様? あながちビジュ的に?』
「あぁ……あながちそう……っておい」
飛び跳ねて寄ってきたパロダが、ナイトがおもむろに脱いだ鉄兜の中で首を傾げる。
宙を泳ぎつづける摩訶不思議なプラスチックの剣は、切先を向けて引き寄せられていく。妖しげな魔力を高め佇む、その真の騎士の元へと──。
「アキトさん!」
駆けてきたのは剣だけではなく、竜を飲み込む暴風から飛び退いたタイキがアキトに近づき呼びかけた。
「あぁ、タイキ。キミのおかげで名誉挽回のチャンスが巡ってきたようさ。だが……もう少しその
不敵に微笑む冒険者アキトは、タイキを見つめ返しそう告げた。
「フフ……示現──【
そして彼が虚空に小気味良く指を弾くと、獅子のような人のような顔をした石の円盤がどこからともなく示現した。その石彫りの獅子の間抜けに開けた口の中へと、タイキの示現させた青い百足が宙を這うように走り入っていく。
百足の尾までもが穴の中を通り、すっかりその長い全身を飲み込んだ。
『ズズズ……バリバリ……」蠢く音と危うげな震動が、穴の奥からどもり響き渡る。
やがて響いていた音は鳴りを潜め、静まり返り──。
すると、堰を切らしたように石獅子の口から、幾多の焼けこげたカードが次々と漏出していく。
同時に狂ったように笑う風音が流れていき、刹那──石の円盤が爆ぜた。
燃え尽きるカード、粉々に散りゆく石板。宙を引き裂くけたたましい雷鳴と共に生まれ出たのは、活き活きとうねる二匹の龍。
「これが最後の
全てのカードを捧げて。石のゲートをくぐり今、鏡合わせのように仮想示現した偽物のギフト。
二匹に増えた青い百足が、並び立つそれぞれの男の元へと帰り、神々しい羽衣のように纏わる。
騎士を騙る道化師が、その手に手繰り寄せた偉大なる迷剣。そして、タイキが手にする団員から譲り受けた不屈の剣。
天に掲げた二人の剣が重なり交わる、共に冒険をしたあの時のように。闘争と覚悟を宿した互いの刃に、青い雷電をバチバチと灯し合った──。
タイキとアキト、今乾杯をするように雷刃を交えた二人の冒険者。互いに重ね合わせた刃を青く帯電させ研ぎ澄まし、お揃いのスーパースニーカーを蹴り駆け出した。強い竜巻に酔わされた竜へと、青い髪と黒髪を靡かせながら猛進する二人の男が同時に襲いかかる。
(っ……あの妙な百足のギフトが二匹に増えよった!? チッ、道化師のギフトはどこまでの嘘をつきよる……! それに次々にペットのようなもんを付き従えるこいつらのギフトは一体なんや……。いや待て……なるほどそういう策か。今までの戦闘から、あの道化師が威力不足の小細工と劣化コピーしかできんのは分かっとる。あえてどっちか分からんくした、どっちかがハリボテの偽物)
猛風を受けた酔いから醒めた竜、ツツミは示現した二匹の電気百足のギフトに一瞬面食らうも、すぐに冷徹な眼で、道化師のやりそうな嘘めいたその手品のタネを見抜いた。
青髪の纏う百足の羽衣は不自然に大人しく、逆に黒髪の道化師の纏うそれはこれ見よがしに強く帯電し、魚を誘うようにうねうねと蠢いていた。
「つまり、どっちも去ねや!」
リーチと射程は断然こちらが上、寄せ付けなければ関係がない。道化師の安直な誘いに乗らなかった竜は、握る光の戟を地に豪快に突き刺した。直後、幾多の赤雷が地から逆流し迸る。
天に逆らい轟く赤雷は、向かい来る二人の冒険者に容赦をしない。地を埋め尽くす華の如き雷の暴威が、歯向かう冒険者たちに逃げ場なく襲いかかる。
「フフ、あいにく」
「どっちもだ!」
赤く染め上げ咲き誇る渾身の雷。その絶景を眺め高笑いをする竜の両手に、その時突然──青い蔓が巻き付いた。
無防備な手首に巻き付いたそれは蔓ではなく、青い百足。そして赤い豪雷の支配する空を、瞬く青い雷光で裂きながら突き進むのは、同じ紋章のマントをはためかせる二人の影。
「「【
真っ直ぐに伸びた青い百足の導線は主の意のままに伸縮し、冒険者それぞれに目にも止まらぬスピードと鋭い突破力を生み出した。
そして瞬く間に竜を切り裂く、青い剣筋。風を置き去りにする雷刃が、竜の腕を電光石火の技で食い破った。
【百足エレキジッパー】、それはただの見目上品な羽衣ではない。時には竜をいたぶり翻弄する強靭な鞭となり、時には鉄壁の竜鱗を斬り裂く
そしてアキトもまたその英雄のギフトを身勝手にも複製し、精巧な
そんな神をも悪魔をも欺く稀代の嘘つきと手を組むのは、雷神と化した一人の剣士。真偽一体の連携の刃が巨大な竜を同時に斬り裂き、二人の強者が空を勇ましく駆け抜けた。