トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜 作:山下敬雄
煮えたぎり高まりつづける火の魔力に釣られて、不死身の雪の兵隊たちが殺到し襲い掛かる。
クラン連合軍の皆が、集中するペコロの料理を邪魔させないために、武器を振るい戦っていた。
「おそらく不死身じゃありません。雪の体のどこかに埋まる契約書のギフトを裂けば、復活はしないはずです。──ハッ! このようにっ!」
仮面の魔術師は杖を振るい、蛇のような鋭い白雷で雪像の兵の右膝を撃ち抜いた。するとそこに隠し埋め込まれていた契約書は燃え尽き、膝から崩れ落ちた白き兵はあっけなく溶けて失せた。
「ハハハ、アイスの中の当たりを見つけろとは簡単に言ってくれるな!」
羅黄は雪兵の鳩尾に掌底を打ち込み、崩れ去った白雪の中にあった一切れの紙を、同時に打ち込んだ手のひらに気操術を用いて吸い込み、握りしめた。
魔術教師と道場の師範が手本を披露し、弱点を見抜いた雪兵たちを着々と殲滅していく中──。雪原を蹴散らしながら進む雪崩の如き衝撃波が、ペコロの仮設キッチン前でたむろするクラン連合軍へと襲いかかった。
「古参ナイトの出番かぁ〜? おっとおおおお!」
戦場に流れてきたショックウェーブを、皆の前に自信満々に躍り出た一人のナイトが円月の盾で受けた。美しい白盾が堰き止めた凄まじい衝撃波は二つに裂かれ、背方の味方に被害を及ぼすことなくそのままキッチンから左右の方向に逸れて行った。
「おわっと!? ふぅぃーーッ!? ……たっ、盾がなけりゃ即死だったぜ。ハっ……ハっ……ははははは」
衝撃を真正面から受け切ったナイトは、息を乱しながらも倒れていた背を起き上がらせる。あのとてつもない衝撃波を凌いだ──そんな自分でも信じられない結果に、一介の騎士だった者は興奮を隠せない。
「最強の剣に伝説の盾、おいおい今日でどこまで強くなっちまうんだー俺は、はははは……アレ? どした? なんか妙に静かな。あっ、あれ? 左手がぁ〜……やけにぃ……かるっ──」
掲げる右手には最強の剣、報酬でいただいた真の騎士にのみ付き従う【グランドナイツソード】。左手には葬魔七曜血選につたうとされる伝説の盾、【円月】。今のナイトに一分の隙もなし──のはずだった。
しかしナイトの覗いた左手には伝説の姿はなく、あの美しき白い満月の盾はどこへ隠れたのか。幻のように消えてしまった一枚の盾を探そうと、今ナイトがやけに静まった後方の気配へと、踵をターンさせ振り返ると──。
空に浮かんだ一枚のクレープの如き白い物体が、くるくると縦に回転し美しい山なりの軌道を描きながら、煮えたぎる紅蓮の地へと向かって落ちていく。
『ぽちゃん────』響き渡った粘っこい水音に、皆が唖然とする。
コックも魔術師も師範も弟子も団員も、放物線を描き地獄の釜に落ちてきた一枚の白い盾、そのあり得ない珍事に驚愕し言葉を失う。
「やぁ、何やら気になる魔力の高まりを感じたが、仕込みの方は順ちょ……」
不意に訪れた陽気なご挨拶がナイトの耳を伝う。しかし、道化師の口にするそんなご機嫌な言葉遣いは途中で、冷たい声色に切り替わった。
「何をやっているんだい、キミは」
後陣の様子を伺いに来て即刻、目の当たりにしてしまった珍事にアキトは呆れる。
貸していた円月を失くすどころか、衝撃波を受け止めた余波でその盾を釜の中へと放り込んでしまった。そんな間抜けなやらかしをしたナイトのことを、アキトは目を細めてじっと睨んでいる。
「おーこわー、本気であきれてるー」
球体玩具に乗り移っていたパロダが、汗を垂らし立ち尽くすナイトの周りをぴょんぴょんと飛び跳ねる。
「あいつが冗談なしに呆れるとこ初めて見たかも……いや、当然なんだけど……えぇ……どうすんのこれ……」
道化師の男の目は笑っていない。他者のする笑えない道化ほど嫌いなものはないのかもしれない。リリスはそう思いながら、取り返しのつかない状況に息を呑んだ。
「てめぇ……何してくれてんだおい……」
顔を顰めるのは料理人。『グツグツ』と笑う黒いお玉を一旦かき混ぜるのを止めて釜から出し、鋭い目つきで戦犯の騎士もどきへと突きつける。
白く平らな一枚の大皿が、地に開かれた灼熱の釜の底深くへと沈んでいく。まさかの順調に仕込んでいた料理への異物混入、そして貸し出していた伝説の盾の消失。
黒髪の道化師と飴色髪の料理人、二人の大人の男たちの本気の視線が一介のナイトへと集中し突き刺さる。
尋常でない殺気を一身に浴びて、尋常でない汗が吹き出る。皆を雪崩から守った勇気ある英雄から、一転して戦犯へと転げ落ちていく。果たして、盾を、何もかもを失ったナイトの運命は──。