トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜   作:山下敬雄

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第92話 アクアリウム

 灼熱の釜で丹念に慎重に煮込んだ魔法のスープに、落っこちた伝説の盾。そんな御伽話などはどこにもなく、今まさにここで起こった珍事である。それは取り返しのつかない出来事を示唆しているのかもしれない。

 

 お楽しみのプランを台無しにしたナイトのことを、顎に手を当てじっと睨むアキト。料理人のペコロまでも、手を滑らせて勝手に釜の中に異物を放り込んだ愚者に、厳しい目を向けている。

 冒険者の世界は頑張った結果では済まされない。落胆や失望、怒りや苦笑。冷ややかな視線と、じっとりした殺気。異世界の地での最大のピンチが、おろおろと狼狽える一人のナイトに重くのしかかる。

 

 その時、ビリリと走ったのはただならぬ緊張感か。いや、違う。肌をひりつかせる痺れる魔力の波動が、冒険者の彼らの居る場所に伝った。

 

 刹那、痺れる予兆から落ちてきたのは雷の柱。赤くフラッシュする雷光が、冒険者たちの見上げる天へと轟いた。

 

 しかし、視界一面を眩く照らした赤い雷光が明けた時、彼らの見上げる先には宙に散らばる鮮やかな星が広がっていた。

 

 【幻槽(げんそう)アクアリウム】──宙に散りばめられた宝石たちがそれぞれに弦を成し、強固に結び上げた結界と化す。示現したガーネット・フローザのギフト【ジュエルフィッシュ】が特殊な魔力結界を編み上げ、皆を今天から降った雷撃から守った。

 

「ぬおわ!? おっ、姫さんっ! ひゅー……助かったぁー! いや、助かってないか……ナイトの立場は依然ピンチ、ひゅー……」

『おぉー、おしゃんのお嬢! ちょっと遅刻だぜぇー』

 

 車椅子を横に滑らせ止める車輪の音が鳴る。

 遅れて派手に現れたガーネットに、彼女に言われて目的地へと先行していたナイトとパロダが、それぞれ驚き飛び上がる。

 

「途中から敵の足止めをする必要がなくなったので! これでも急いで来たのよナイト、パロダ。持ち堪えてくれてありがとうっ」

『下々にもお礼なんてしっかりしてるなー。まぁ、やらかしのほうがこたえた感じだけどねー』

「んぎっ……プラマイゼロっつぅわけには……いかねぇよな? ははは……」

 

 ガーネットはパーティー会場へと連なる他のミラールームで、一人敵の足止めを行っていた。だが、途中で交戦していた敵たちが何故かこぞって魂が抜けたように倒れ、足止めをする必要がなくなったのだ。

 

 知らぬ皮肉を言うパロダと、やけにしおらしいナイトに、ガーネットは首を傾げるも、今はそんな細かい事情は後回し。

 ガーネットは緑の盾を傘のように天に向けていたアキトへと、意志の強いその瞳を向け告げた。

 

「しばらくなら盾にはなれます。ここは私に……!」

 

 深みのある赤に色づいた彼女の瞳に、水槽を模した結界の外を泳ぎ浮かぶ煌びやかな海月。

 死線をくぐりぬけ一流のギフト使いになったガーネット・フローザ、その佇まいと示現したギフトの美しさと強さに、アキトはにんまりと口角を上げ頷いた。

 

「ほぉ、既に己のギフトを示現させていたとは……律儀ないい子だ。じゃあその寛大なお言葉に甘えて……任せたよ。あとでたくさん褒めてあげようッ。ふふふ!」

 

 魔力、能力、メンタル。ともに後陣のお守りを任せるに不足はない。

 真剣な眼差しを向けるガーネットを見つめ返したアキトは、そう言い残し、宝石の結ぶ結界の面に手のひらで触れて、気兼ねなく外へと足を踏み出した。

 

「っ……はい! ……」

『ほんのり照れてる? パぎゃっ!』

 

 膝の上にしれっと乗り茶々を入れるパロダの丸い頭を、ガーネットは指先で『ぺしっ』と弾いた。

 後陣の仕込みと守護を仲間たちに任せた冒険者アキトは、緑のマントをかろやかに翻し、また竜の潜む雪原の彼方へと駆けていく。

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