トランプメン 〜異世界で道化師プレイをつづけた結果、大変なことになったその男の末路〜 作:山下敬雄
男は全身から多量の汗を吹き出しながらも、黒いお玉を掻き回し釜の前に立ちつづける。
「ちぃ、魔力と火力が足りねぇ。余計なもんが入って釜の温度が下がりやがった。なんつぅもんを……!」
心配し隣で様子を見ていたリリスもその男、料理人であるペコロには声をかけられない。ただ、ぬるく湿ったハンカチで彼の額の汗をそっと拭った。
(火力をさらに引き上げ魔術自体に火入れをするなど、料理人ならではの彼の発想は素晴らしい。彼のギフトはきっと魔大陸でも通用しうる、そんな特異性を持ち合わせていることでしょう……。そして調理の結果、スープにして溶かしたまではよかったのですが……これでは再び一つの魔術【ヒノタマ】へと変換することは困難。思い描いていた合体魔術の完成図は崩れました。なにより途中で投入されたあの純白の盾が、釜に貯めた魔力を必要以上に食っている。予想以上の食いしん坊のようですね)
傍らで冷静に状況を見つめる仮面の魔術師は、ヒノタマの魔術を一度スープへと溶かし戻したペコロの判断とアイデアを賞賛しつつも、このままでは合体魔術の成功率は低いと見積もった。
アクシデントから釜の中へと投入された異物、その白くて平たい食材が、極上のスープに溶け込んだ魔力と熱を吸い付くさんばかりに、まだ釜の底で存在感を放ち残っていることに気づいていた。
肉丁コンガや激丁ペネロ、二人のコックがあれこれペコロに指図をし対策を講じるも、地に煮える釜の温度は下がる一方。
根拠のない一つのプランにすがる後陣の雲行きが怪しくなってきた、その時だった。眉間に皺をよせ、巨大な竜と冒険者連中の戦況を黙り見つめていた銀髪の男が、ついに動き出した。
(黒い竜をおちょくる三枚目、イカれたコック、青髪の二枚目ぇ……どっちが勝つ、どっちが勝つ、どっちが勝つぅうう……! チッ、もう後戻りはできねぇか。……そんな時は──恨みとリターンの大きい方だッ)
三枚目の黒髪の道化師の策に乗り、一度は天にぷかぷかと泳ぐ雲に自ら化けクラン連合軍に手を貸した。ならば二度も三度もそうは変わらない。コットン・シルバーは腹をくくる。そして身銭を切る一世一代の大勝負に打って出た。
「仕方がねぇ、ええいもってけ泥棒」
横暴な竜の小間使いになっていては遠い、狂った道化師の友達でいる方がまだ近い。彼の思い描く成り上がりの野望にとって、それぐらいはお安いもの。
コットンは今、歩き近づいた釜の中に、魔力の滲んだ白い綿を惜しみなく投げ捨てた。
『これでいい……これがベスト。なぁ、そうだろう?』──彼はつくづく役者であり悪役の道化である。時には己の身を引きちぎり、ハラワタを地獄の業火の中へと差し出すこともいとわない。
『ここじゃない。魔大陸の果てにきっといる、〝お友達に会いにいく〟』──そんな彼の野望のためには今、その覚悟と恩を売りつけることが必要であった。
不意に釜の前に現れては白くてふわふわの食材を投入し、スープの中にさっと雪のように儚く溶けていく。銀髪の男は何かをやり切った、澄ました顔を皆に向けた。
「何がもってけだこのワタガシ野郎!」
「バカが!」
「砂糖でもいれたのか? なんたる愚行! カーーーーっ!」
そんな痩せこけた銀髪の不審者に対して、青筋を立てた三人の料理人たちが寄ってたかって叩く、殴る、蹴る、燃やす。
「わたたた痛い痛いなぜぇ!? ちょま、って熱熱熱つつつっっ!?」
微細に泡立ち始めた灼熱のスープ、地に開かれた釜の奥底はグツグツと静かに、呼吸をするように煮えている────。