ようこそ殺戮至上主義の教室へ   作:戦竜

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第四章 林を駆ける者たち

林の中を、三人の生徒が駆けていた。

 

いや――正確には、駆けているというより、

死にものぐるいで前に進み続けていると言ったほうが近い。

 

池寛治。

篠原さつき。

山内春樹。

 

昨日までなら、どこにでもいるクラスメイト同士だった。

授業中に騒ぎ、くだらないことで笑い、面倒ごとからはできるだけ逃げ、

試験だなんだと言いながらも、どこか学校という檻の中に守られていた人間たち。

 

だが、いまは違う。

 

彼らの制服は泥と汗で汚れていた。

髪は乱れ、呼吸は荒く、誰一人としてまともな表情をしていない。

 

木々の隙間から差し込む日差しはすでに高く、

第二日目もかなり進んでいることを示していた。

湿った風が葉を揺らし、足元の土は柔らかく、

ところどころに露が残る草が脛を濡らす。

 

その自然の穏やかさと、三人の切迫はひどく噛み合っていなかった。

 

林の中には、断続的に銃声が響くことがある。

遠くだったり、近かったり。

単発のときもあれば、連射音のときもある。

 

そのたびに三人はびくりと身を強張らせ、呼吸を止め、少しだけ足を速めた。

 

止まったら終わり。

 

その認識だけが、疲れ切った身体を無理やり前へ押し出していた。

 

「はぁっ……はぁっ……!」

 

篠原の呼吸は、とっくに限界を超えていた。

 

胸が痛い。

喉が焼ける。

脚が重い。

走るたびに肺の奥がきしみ、視界の端がちらつく。

 

昨日の倉庫での光景が、いまだに頭から離れない。

人が撃たれた。

知っている顔が、次々と倒れた。

血が飛んだ。

茶柱が笑いもせず、淡々と引き金を引いた。

 

あの時点で、自分の中の何かはもう壊れかけていたのかもしれない。

そこから夜を越え、逃げ回り、眠れず、

怯え続けた結果、身体も心も悲鳴を上げている。

 

けれど、そんなことを丁寧に確認している余裕はなかった。

 

「健だ……」

 

池が、前を向いたまま息の合間に言う。

 

「健と合流できりゃ……まだ、なんとか……!」

 

その言葉は願望であり、自己暗示でもあった。

 

須藤健。

 

強い。

身体能力が高い。

喧嘩も強い。

少なくとも、池や山内や篠原のように、

こういう極限状況でただ怯えるだけの人間ではない。

 

だから三人は、ほとんど本能的に須藤を頼ろうとしていた。

 

彼と合流できれば。

彼がいれば守ってくれるかもしれない。

誰かに狙われても反撃できるかもしれない。

 

その希望は、すがるにはあまりにも曖昧だった。

だが、曖昧でも希望があるだけで走れた。

 

「どこにいるんだよ……!」

 

山内が苛立った声を漏らす。

 

彼の顔には疲労と焦燥が刻まれていた。

髪は汗で額に張りつき、唇は乾き、目だけが妙にぎらついている。

 

昨日から山内は、ずっとこうだった。

 

怯えている。

だがその怯えを認めたくない。

だから苛立ちへ変換する。

 

誰かが足を止めれば怒る。

誰かが弱音を吐けば責める。

そうでもしないと、自分が壊れそうなのだ。

 

「健なら……」

 

池が言う。

 

「たぶんどっかで生きてるはずだ。あいつ、そう簡単にやられねえし」

「根拠ねえだろ、それ」

 

山内が吐き捨てる。

 

「でも他にないだろ!」

 

池も声を荒げる。

 

「一人ずつバラけるよりマシだ!」

「だからって見つかる保証なんかねえだろうが!」

 

言い争いは、それだけならただの不安の発散で済んだかもしれない。

だが、そのとき篠原の脚がついに限界を迎えた。

 

「……っ、むり」

 

声にならない声。

次の瞬間、彼女はその場へ崩れ落ちた。

膝から力が抜け、地面へ両手をつく。

呼吸が乱れる。肩が上下し、髪が顔に落ちる。

 

「はぁ……っ、はぁ……っ……!」

 

まともに言葉も出ない。

肺が焼けるようだった。

耳の奥で自分の血流がうるさく鳴っている。

 

「篠原!」

 

池がすぐ振り返る。

 

彼自身だって限界に近い。

だが、篠原が崩れたことに対して真っ先に出たのは苛立ちではなく心配だった。

 

「おい、大丈夫か!?」

 

篠原は首を横に振る。

 

「……ごめん」

 

やっと出た声はひどく小さかった。

 

「ちょっと……ちょっとだけ、無理……」

 

その弱々しい言葉が、山内の神経を逆撫でした。

 

「は?」

 

山内が振り返る。

 

声に、露骨な苛立ちが滲んでいた。

 

「ちょっとだけ無理ってなんだよ」

「山内……」

「今そんなこと言ってる場合か!?」

 

山内の声が林に響く。

篠原がびくりと肩を震わせる。

 

「ここで止まったら終わりだろうが!」

「わかってる……」

 

篠原は地面を見たまま答える。

 

「わかってるけど、でも……」

「でもじゃねえよ!!」

 

山内の叫びは、ほとんど悲鳴に近かった。

池が顔をしかめる。

 

「おい、やめろって」

「やめろじゃねえ!」

 

山内は篠原を指差した。

 

「こいつのせいでペース落ちてんだぞ!」

 

その言葉に、篠原の顔が強張る。

 

「さっきからずっとそうだろ!

お前が遅いせいで、どんどん危なくなってんじゃねえか!」

 

池が間に入るように一歩前へ出た。

 

「篠原だって頑張ってる」

「頑張ってるぅ?」

 

山内が乾いた笑いを漏らす。

 

「座り込んでるだけじゃねえか!」

「違う!」

 

池が言う。

 

「ここまで一緒に来たろ!」

「じゃあこの先もそうやって引きずってくのかよ!?」

 

山内の言葉はどんどん荒くなる。

 

それは篠原を責めているようでいて、本当は違った。

この状況そのものに耐えきれず、

誰かを悪者にしないと自分の足が止まりそうなのだ。

 

倉庫での銃撃。

夜の恐怖。

聞こえてくる悲鳴。

知っている奴が死んでいくかもしれない現実。

 

山内は、それら全部に押し潰されかけていた。

 

だから篠原を責める。

彼女を遅らせている元凶にしてしまえば、

自分が感じている恐怖や無力感から少し目を逸らせる。

 

「……ごめん」

 

篠原はもう一度言った。

 

「ごめん、だから……少しだけ」

「ごめんごめんうるせえな!」

 

山内が一気に近づく。

池が止めるより早く、山内は篠原の腕を掴んだ。

 

「立てよ!」

「痛っ……!」

 

篠原の顔が歪む。

 

かなり強く掴んでいるのが、見ていても分かった。

ただでさえ疲弊しきっているところへ、乱暴に引っ張られれば痛いに決まっている。

 

「やめろよ!」

 

池が叫ぶ。

 

「そんな引っ張ったら――」

「歩けって言ってんだろ!!」

 

山内は聞かない。

 

篠原の腕を強引に引く。

篠原は立ち上がろうとするが、脚に力が入らない。

膝が震え、うまく踏ん張れない。

 

「ほんと使えねえな!」

 

その一言が、篠原の心を深く刺した。

 

怖かった。

苦しかった。

情けなかった。

 

自分が足手まといだという認識は、篠原自身にもあった。

ここで座り込めば危険だということも分かっている。

それでも身体が言うことを聞かないのだ。

 

なのに、山内はその苦しさを理解する気もなく、ただ責める。

 

「や……やめて」

 

篠原が掠れた声で言う。

 

「ほんとに痛い……」

「だったら立てよ!」

 

さらに引っ張る。

 

反射的だった。

篠原は耐えきれず、振り払うように腕を振った。

 

バシッ、と乾いた音がした。

 

山内の手が弾かれる。

 

一瞬、空気が止まる。

 

池も、篠原も、山内も、その一拍だけ動けなかった。

そして次の瞬間、山内の顔つきが変わった。

 

怒り。

屈辱。

恐怖。

その全部が混ざり合って、目の色がひどく濁る。

 

「……あ?」

 

低い声。

 

その声を聞いた瞬間、池はまずいと思った。

 

「山内……」

 

呼びかける。

だが遅かった。

 

山内の手がバッグへ伸びる。

そこから引き抜かれたのは、MP40と呼ばれるサブマシンガンだった。

黒々とした銃身が、林の薄暗がりの中で異様な存在感を放つ。

 

篠原の顔から血の気が引いた。

 

「……え?」

 

山内はマシンガンを構える。

銃口は、まっすぐ篠原へ向けられていた。

 

「足手まといになるくらいなら」

 

山内の声は震えていた。

それは冷静さの震えではない。

恐怖と興奮で指先まで痺れている種類の震えだ。

 

「ここで殺したほうがマシだ」

「お、おい」

 

池の声が裏返る。

 

「なに言ってんだよ……」

「うるせえ!」

 

山内が怒鳴る。

 

「こいつのせいで俺たちまで死ぬんだぞ!?」

 

「違うだろ!」

 

池は前へ出た。

 

「そんなことしても意味ねえだろ!!」

「意味ある!」

 

山内は叫んだ。

 

「少なくとも軽くなる!遅くならない!

須藤探すにしても、こいつ抱えてたら無理だろうが!」

 

その理屈は狂っていた。

だが、この島では完全に荒唐無稽とも言えなかった。

 

だからこそ、怖い。

 

「銃下ろせ」

 

池が言う。

 

声は震えていたが、視線は逸らさない。

 

「山内、マジでやめろ」

「だったらどうするんだよ!?」

「とにかく撃つな!」

「お前も甘いんだよ!」

 

山内の指がトリガーにかかっている。

池はそれを見て、反射的にナイフを抜いた。

 

刃が光る。

 

「……お前まで」

 

山内が目を見開く。

 

「池、お前まで俺に向けんのか?」

「篠原は殺させねえ」

 

池は言った。

 

「絶対に」

 

池自身、自分がここまで真っ直ぐ怒るとは思っていなかった。

怖い。

山内はマシンガンを持っている。

正面からやり合えば、自分が死ぬ可能性のほうが高い。

 

それでも、ここで篠原を撃たせたら終わると思った。

 

何が終わるのかは分からない。

生き残りかもしれない。

人間としての何かかもしれない。

 

だが、とにかくそれだけはさせてはいけないと、本能が叫んでいた。

それは淡い恋心がそうさせたのかも知れない。

 

篠原は二人の間で震えていた。

 

銃口。

ナイフ。

怒鳴り声。

 

息が苦しい。

視界が狭い。

頭が真っ白になる。

 

自分のせいだ、という思いだけがやけに強くあった。

 

「わ、分かった……!」

 

篠原が必死に言う。

 

「歩く、歩くから……!」

 

その場の空気をどうにか止めたかった。

自分が立てば済む。

自分が歩けば済む。

 

そんな単純な話ではないのに、篠原はそう思い込もうとした。

 

「だから……」

 

両手を地面について、立ち上がる。

 

脚が笑う。

膝がぐらつく。

 

それでも立つ。

立たなければ撃たれる。

池も山内も壊れる。

 

その一心だった。

 

だが限界を超えた身体は、思うように動かない。

立ち上がった瞬間、足がもつれた。

 

「あっ――」

 

身体が前へ傾く。

 

倒れ込む先は、山内のいる方向。

 

それはただの事故だった。

転ぶだけ。

ぶつかるだけ。

 

だが、山内の神経はもう正常ではなかった。

 

篠原からの攻撃。

 

その誤解が、頭の中で爆発した。

 

「うわあああああああああああっ!!」

 

山内が叫ぶ。

 

そしてトリガーを引いた。

 

ダダダダダダダダダダダッ!!

 

マシンガンの咆哮が、林の空気を引き裂く。

 

篠原の身体が跳ねる。

 

一発。

二発。

三発。

 

胸。

腹。

肩。

腕。

 

銃弾が容赦なく食い込み、そのたびに彼女の身体が不自然に揺れる。

 

「……え」

 

篠原の口が、かすかに開く。

 

自分が撃たれているという事実を、脳が理解できていないような顔だった。

 

その目が池を見た。

 

何かを言いたげに。

助けを求めるように。

あるいはただ、何が起きたのか分からないまま。

 

そして崩れる。

 

地面に倒れたときには、もう篠原は死んでいた。

 

血が広がる。

 

林の土が、急速に黒く染まっていく。

 

静寂。

 

ほんの一瞬だけ、すべての音が消えたように感じられた。

 

山内はマシンガンを構えたまま硬直していた。

 

「……ち、違」

 

声が掠れる。

 

「違う、俺は……」

 

だが、その言い訳を最後まで口にする時間はなかった。

 

「てめええええええええええええええ!!!!」

 

池の叫びが、林を揺らした。

 

それは怒りだった。

純度の高い、理屈も打算もない怒り。

 

さっきまで一緒に走っていた。

怖いねと笑い飛ばせるような、そんな日常にいたはずの篠原が、

今、目の前で蜂の巣にされた。

 

しかも、それをやったのは友達の山内だ。

 

許せるはずがなかった。

 

池はナイフを握り、一直線に飛び込んだ。

 

「山内ぃ!!」

 

山内が我に返る。

 

「ひっ――!」

 

慌てて銃口を向ける。

 

乱射。

 

ダダダダダッ!!

 

だが距離が近すぎる。

 

池は恐怖より先に、怒りで身体が動いていた。

木の根に足を取られそうになりながらも、その勢いのまま山内の懐へ潜り込む。

 

ナイフが振り下ろされる。

 

ザシュッ。

 

「ぎゃぁぁぁぁぁあああああああ!!」

 

山内の肩口に深く刺さる。

 

血が飛ぶ。

 

山内がマシンガンを抱えたままのけぞる。

池はナイフを引き抜き、もう一度振るう。

 

腹。

 

「やめろ!!」

 

山内の叫び。

 

さらにもう一撃。

 

腕。

 

さらに。

 

胸。

 

もう、どこを狙っているのか池自身にも分かっていなかった。

目の前にいる山内を、とにかく壊したかった。

篠原を撃ったその身体を、動かなくしたかった。

 

山内も必死に抵抗する。

 

マシンガンの銃床で殴ろうとする。

無理やり銃口を押しつけ、ゼロ距離で撃とうとする。

 

だが池は食らいついた。

 

顔に血がかかる。

腕に熱い痛みが走る。

どこか掠っているのかもしれない。

 

それでも離れない。

 

「死ね!!」

 

池が叫ぶ。

 

「死ねよ山内!!」

 

山内の顔が恐怖で歪む。

 

「いやだ!やめろ!!」

 

以前の山内なら、その言葉はみっともない悲鳴に見えただろう。

だが、いまの池にはそんなことを感じる余裕はなかった。

 

ナイフを振るう。

また振るう。

何度も。

何度も。

 

山内の力が少しずつ抜けていく。

叫びがかすれ、動きが鈍る。

 

そしてついに、マシンガンが手から滑り落ちた。

 

山内春樹の身体が動かなくなる。

 

目は見開かれたまま。

口は血と涎を垂らした半開き。

何かを言い残したような形のまま、滅多刺しにされた死体。

 

池はその場で立ち尽くした。

 

肩で息をしている。

手の中のナイフは血で滑る。

視界が揺れる。

 

「……は、ぁ」

 

何が起きたのか。

何をしたのか。

 

分かっている。

分かっているのに、心が追いつかない。

 

篠原が死んだ。

山内が殺した。

自分が山内を殺した。

 

たった数十秒。

それだけで、三人のうち二人が死体になった。

 

「……なんでだよ」

 

池の声はかすれていた。

 

返事はない。

 

「なんでこんな……」

 

目の前には篠原。

少し離れた場所には山内。

 

どっちも、さっきまで生きていた。

一緒に須藤を探そうと言っていた。

林を走っていた。

 

それが、いまはもう動かない。

 

池はナイフを落とした。

 

地面にぺたりと座り込みそうになる。

だが、その瞬間だった。

 

背後に、気配が生まれる。

 

ほんのわずか。

だが、池は反射的に振り返った。

 

そこに立っていたのは――高円寺六助だった。

 

林の薄暗がりの中でも、その男は異様に整って見えた。

 

返り血のついた制服。

乱れの少ない髪。

そして片手で持たれたショットガン。

 

その姿には、この場の惨劇に対する嫌悪も驚きもなかった。

むしろ、退屈な舞台を見下ろす観客のような冷めた興味だけがあった。

 

「実に醜い」

 

高円寺が言う。

 

その声は、いつも通りの気障さを帯びていた。

だからこそ、余計に異質だった。

 

池は反応が遅れた。

 

「……は?」

 

高円寺は二つの死体を順に見る。

 

篠原。

山内。

 

次いで池を見る。

 

「恐怖に呑まれた凡人同士が、感情のまま潰し合った結果がこれか」

 

鼻で笑う。

 

「低レベルにもほどがあるねぇ」

 

池の中で、何かがまた熱を持った。

 

この男は何だ。

どこから見ていた。

どうしてそんな顔ができる。

 

怒りと困惑と恐怖が混ざり、池は思わず一歩後ずさる。

 

「……てめえ」

「おや?」

 

高円寺はわずかに首を傾げる。

 

「まだ吠える元気があるのか」

 

その言い方は、池を人間として見ていなかった。

ただの、手間のかかる汚れ物を見るような目。

 

池は反射的に山内の落としたマシンガンへ手を伸ばそうとした。

 

その瞬間、高円寺が撃った。

 

轟音。

 

ショットガンの一撃が池の胸を打ち抜く。

 

「がっ……!!」

 

息が止まる。

 

完全に急所ではなかった。

だが衝撃は凄まじい。

身体が吹き飛ぶように後ろへ揺れる。

 

池はそれでも倒れなかった。

 

本能だけで、転がるようにマシンガンを掴む。

 

痛い。

苦しい。

視界が白い。

 

それでも、ここで何もしなければ死ぬ。

 

「うおおおおおおおおおお!!」

 

池は叫びながらマシンガンを乱射した。

 

弾丸が木々を削る。

枝が折れ、葉が舞う。

土が跳ねる。

 

だが――当たらない。

 

高円寺はほんのわずか身体をずらすだけで、その射線から外れていた。

 

池の銃撃は恐怖と痛みによって荒れている。

対して高円寺は、恐ろしく落ち着いていた。

 

「扱いが雑だね」

 

高円寺は言う。

 

「そんなものでは、私には届かないよ」

 

池はなおも撃つ。

 

もう狙っていない。

とにかく撃ち続ける。

音で押し返したい。

近づかせたくない。

 

だが高円寺は止まらない。

 

前へ出る。

大股で。

迷いなく。

 

その姿は、人間というより大型の獣のようですらあった。

自分へ向かってくるのに、恐怖も躊躇もない。

 

池はそこで、はっきりと悟る。

 

勝てない。

 

この男には勝てない。

 

山内とは違う。

さっきまで自分がいた普通の人間同士の壊れ方の延長に、この男はいない。

 

高円寺は別の生き物だ。

 

そう理解した瞬間、池の中の戦意が一瞬だけ鈍った。

 

その一瞬で、十分だった。

 

高円寺がショットガンを構える。

距離はもう充分に近い。

 

「終わりだよ」

 

穏やかですらある声だった。

 

引き金。

 

轟音。

 

池寛治の頭部が後ろへ大きく弾かれる。

マシンガンが手から離れ、身体がぐらりと傾く。

 

次の瞬間には、完全に崩れ落ちていた。

 

静寂。

 

林の中には、三つの死体が残された。

 

篠原さつき。

山内春樹。

池寛治。

 

どれも、つい少し前まで生きていた人間たちだった。

須藤と合流したい。

何とか助かりたい。

そう思って走っていた。

 

だが最後に待っていたのは、仲間割れと、理解を超えた強者による処刑だった。

 

高円寺はショットガンを肩に担ぎ直した。

 

三つの死体を一瞥する。

 

その眼差しに、哀れみはなかった。

怒りもない。

ただ、ひどく冷えた評価だけがある。

 

「つまらない」

 

吐き捨てるように言った。

 

風が吹く。

血の匂いが流れる。

 

「実に、美しくない結末だ」

 

それは彼なりの本音なのだろう。

 

高円寺にとって、人が死ぬこと自体は問題ではない。

問題なのは、その死に方が醜いかどうかだ。

 

恐怖に呑まれ、仲間同士で罵り合い、誤射し、

怒りで刺し殺し、最後には格上に蹴散らされる。

 

そんな終わり方は、高円寺六助の美学には何一つ触れない。

 

だから、退屈だ。

 

「この島は」

 

高円寺はひとりごとのように言った。

 

「思ったより凡俗で埋まっているね」

 

そして踵を返す。

 

木々の間へ歩き出す。

足取りに迷いはない。

まるで、ここで三人の命が消えたことすら、

彼の歩調には何の影響も与えていないかのように。

 

高円寺は、そのまま林の奥へ消えていった。

 

あとに残るのは、静かな風と、三つの死体だけだった。

 

第二日目の島は、こうしてまた少しだけ人の数を減らした。

 

派手な銃撃戦でもない。

知略を尽くした戦いでもない。

ただ恐怖に押し潰され、歪み、壊れた末の、ひどく生々しい死。

 

それは、この特別試験の残酷さを別の角度から証明していた。

 

強者に敗れることだけが死ではない。

極限状態では、人はそれよりもずっと手前で壊れる。

 

仲間を仲間として見られなくなった瞬間。

疲労と恐怖で判断を誤った瞬間。

怒りに任せて一線を越えた瞬間。

 

そのどれもが、死の入り口になる。

 

池も、篠原も、山内も、優秀な人間ではなかった。

むしろクラスのお荷物と呼ばれる劣等生だった。

だからこそ、この島ではあまりにも脆かった。

 

だが、その脆さを笑える者はもうどこにもいない。

 

彼らの死は、誰にとっても他人事ではないからだ。




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