神室真澄を失ってから、坂柳有栖は一人で歩いていた。
杖の先が地面を突く。
乾いた音が、林の静けさの中でやけに大きく響く。
背中を預ける相手はいない。
前を切り開いてくれる者もいない。
つい先ほどまで自分のために血を流し、限界まで身体を酷使し、
それでも最後まで守ろうとした神室は、もういない。
林の奥に一つの死体として残されただけだ。
だが坂柳は振り返らなかった。
振り返る意味がないからではない。
意味がありすぎるからだ。
人の死にいちいち足を止めていては、この島では前に進めない。
悲しみはあとでいい。
喪失もあとでいい。
いまは、とにかく生き残らなければならない。
それだけは、神室の死によってさらに明確になっていた。
足は重い。
もともと自由に動ける身体ではない。
神室に背負われていた時間が長かったぶん、単独での移動は想像以上に厳しかった。
足場の悪い林を杖一本で進むだけでも体力を削られる。木の根に引っかかる。
湿った土が杖先を取る。少しでも無理に踏み込めば、
バランスを崩して転倒しかねない。
それでも坂柳は歩く。
杖を突く。
一歩。
また一歩。
その繰り返しの中で、彼女は自分の状況を冷静に整理していた。
食料は残りわずか。
水も潤沢ではない。
武器はリボルバー。弾数には限りがある。
体力は低い。
機動力は最低クラス。
条件だけを並べれば、もはや生存候補としては下位に落ちる。
だが、それでも坂柳有栖は自分がまだ脱落者側に回っていないことを知っていた。
理由は単純だ。
自分はまだ、考えることを失っていない。
多くの生徒が恐怖に呑まれ、あるいは怒りに支配され、
あるいは壊れていく中で、坂柳だけは思考を保ち続けている。
それがこの島では武器になる。
神室を失ったいま、その価値はさらに上がった。
――問題は、次に誰を利用するか。
坂柳はそう考えた自分に、わずかに自嘲した。
利用する。
この状況では何とも正しい言葉だ。
神室の献身すら、自分は活用したと表現できてしまう。
そのことに罪悪感がないわけではない。
だが、それを自分の中で綺麗な言葉に変える気もなかった。
誰かを利用し、誰かに利用され、最後まで残った者が勝つ。
いまのこの試験の骨格は、極めて単純だ。
問題は、その誰かがどこにいるかだった。
龍園翔は危険すぎる。
綾小路清隆は読めなさすぎる。
一之瀬帆波は、もし壊れていれば手がつけられない。
堀北鈴音は状況次第。
そしてもう一人。
高円寺六助。
坂柳はその名を頭の中で転がした。
彼は面倒だ。
あまりにも面倒だ。
身体能力。
精神の独立性。
自己愛の強さ。
どれを取っても極端だ。
だが同時に、だからこそ利用価値もある。
問題は、彼が他人の思惑に乗る男ではないという一点だけだ。
木々の向こうに、小屋が見えた。
小さな山小屋。
外壁はくすみ、屋根には落ち葉が積もっている。
誰かが使った形跡があるかどうか、遠目には分からない。
坂柳はすぐには近づかなかった。
立ち止まり、周囲の音を拾う。
波音は遠い。
鳥の声はない。
風の流れは一定。
そして――人の気配。
小屋の中か、あるいはその付近。
息を潜めているわけではない。
むしろ、そこにいることを隠す気がないような、妙に堂々とした空気。
坂柳は小さく息を吐いた。
「出てきてもらえますか?」
返事はない。
だが数秒後、扉が内側から開いた。
そこに立っていたのは、高円寺六助だった。
「おやおや」
彼はまるで午後のティータイムにでも客人を迎えたかのように、
優雅に口角を上げる。
「これはこれは。かのリトルガールではないか」
「その呼び方はやめて頂きたいと言いましたよね」
「その場の気分だよ」
高円寺は相変わらずだった。
制服はところどころ汚れている。
だが乱れ方に品があるのが腹立たしい。
血痕もついている。返り血か、自分のものかは分からない。
手にはレミントンM870というショットガン。
片手で持っている時点で常人離れしていた。
坂柳は視線をその武器に落とし、次いで高円寺の顔を見る。
「随分と、よい物を引き当てましたね」
「そうだろう?」
高円寺は自慢するように銃を少し持ち上げた。
「この私に相応しい、実に豪快で、美しい武器だ。轟音すらエレガントと言える」
「趣味は悪いですが、性能は魅力的です」
「辛辣だねぇ」
言いながらも、高円寺は楽しそうだった。
坂柳は杖をついたまま、小屋の前で彼と向き合う。
目の前にいるのは、明確な脅威だ。
おそらくこの島でも上位クラスの戦闘能力を持つ男。
自分が単独で相対して勝てる相手ではない。
だが不思議と、いまこの瞬間に撃たれる気配は薄かった。
理由はすぐに分かった。
高円寺は坂柳を値踏みしている。
敵としてではなく、むしろどう扱うかを決めるために見ている。
「神室ガールはいないのかね」
高円寺が何気なく訊いた。
「ええ」
坂柳は短く答える。
「先ほど、役目を終えました」
高円寺はそれ以上追及しなかった。
死んだのだと理解したのだろう。
「それで、君は一人でここまで?」
「見てのとおりです」
「ふむ」
高円寺は顎に手を当てるふりをした。
「このままでは、そう遠くないうちに誰かの餌食になるだろうね。
いや、あるいはその前に転倒して終わるかな?」
「ご親切にどうも」
「なに、事実を述べただけだよ」
坂柳はわずかに微笑んだ。
「では、あなたはどうするつもりですか?ここで私を撃ちますか?」
高円寺は即答しなかった。
ショットガンを肩に乗せ、ほんの少しだけ首を傾げる。
「撃たない」
意外でも何でもない。
坂柳はそう感じた。
「理由を聞いても?」
「私には私の美学がある」
高円寺は胸を張った。
「女子をみだりに殺す趣味はない」
坂柳は目を細める。
「……随分と独特な線引きですね」
「美しいものには敬意を払うべきだ。
男どもは好きにすればいいが、レディに無様な死は似合わない」
「では私は、あなたの美学に救われたと?」
「救われたという表現はやや陳腐だが、概ねそういうことになる」
あまりにも高円寺らしい理屈だった。
常識的な意味では、ほとんど理解不能だ。
だが、この男にとってはそれが本気なのだろう。
気まぐれでも演技でもない。高円寺六助という存在が、
自分の中にしかないルールを絶対視している。それだけの話だ。
坂柳は考える。
この男は使える。
ただし、命令には従わない。交渉も通りにくい。
ならば必要なのは、取引ではなく相手の気分を害さない距離感だ。
「なるほど。では、少しだけ提案があるのですが」
「聞くだけなら聞こう」
「当面、利害が一致する間だけ共に動くというのはどうでしょう」
高円寺の眉がわずかに動く。
「君と私が?」
「ええ。あなたは機動力と戦闘力がある。私は情報整理と状況判断ができる。
少なくとも、いまの段階で互いを消耗させるよりは生産的です」
「ふむ」
「もちろん、永続的な同盟などとは言いません。
あなたにその気がないことは承知しています」
高円寺は数秒沈黙した。
彼の目は、ふざけているようでいて、こういうときには妙に鋭い。
坂柳の提案に含まれた打算も、保険も、全部読み取っているのだろう。
だがそのうえで、高円寺は笑った。
「面白い」
「それでは?」
「いいだろう」
あまりにもあっさりと答えたので、逆に坂柳のほうが一瞬だけ意外に思った。
「ただし」
高円寺は指を一本立てる。
「私が飽きるまでだ」
「十分です」
「それと、指図は受けない」
「助言はします」
「聞くかどうかは私が決める」
「もちろん」
そうして、奇妙な共闘が成立した。
小屋の中は思ったより整っていた。
高円寺が先に確保していたのだろう。
窓の位置、扉の軋み方、物音の響き方まで、すでに観察済みらしい。
中には最低限のスペースがあり、少なくとも外で無防備に休むよりははるかに良い。
高円寺は壁際に腰を下ろし、まるで自室でくつろぐように脚を組んだ。
「さて、リトルガール」
「その呼び方は定着させる気ですか?」
「嫌なら別の呼び名でも構わないがね。お嬢様でもいい」
「結構です」
坂柳は小さく息を吐き、杖を横に置く。
疲労はある。
それでも、神室を失ってから初めて、
少しだけ身体の力を抜ける場所を得たことは事実だった。
「食事は?」
高円寺が訊く。
「残りは少しです」
「私は多少余裕がある」
そう言ってバッグを開ける。
坂柳はその中身を見て、静かに目を細めた。
「……なるほど。随分と豊富ですね」
「当然だろう。私は有象無象より遥かに優れているのだから、
物資の回収率が高いのも自然なことだ」
「回りくどく言っていますが、要するに多くの生徒を始末して奪ったのでは?」
「その表現はやや品がないね」
否定はしなかった。
坂柳はあらためて高円寺の制服を見た。
返り血。泥。擦過傷。だが致命傷はない。
つまりこの男は、ここまでかなりの数を排除しながら、
自分は大きな消耗を避けてきたことになる。
「何人ほど?」
「さて」
高円寺は肩をすくめた。
「数えていないな。いちいち雑草の本数を覚える趣味はない」
坂柳は内心で、やはり危険人物だと再評価した。
高円寺六助は、龍園とは違う意味で自然に人を切れる。
龍園が悪意と支配欲の延長で殺すとするなら、高円寺はもっと自己完結的だ。
自分の美学の外側にある存在を、呼吸するように処理できてしまう。
ただ、その基準に一貫性があるぶん、まだ読みやすいとも言える。
「女子は殺していないのですか」
坂柳が訊くと、高円寺は当然だと言わんばかりに頷いた。
「無論だ」
「本当に一人も?」
「一人も、だ」
「興味深いですね」
「何がだね」
「あなたほど自己愛の強い人が、
他者に対してそこまで明確な線を引いていることがです」
高円寺は笑う。
「自分を愛することと、美しいものを尊ぶことは矛盾しないよ。
むしろ同質だ。醜悪な殺し方は、私自身の価値を下げる」
「なるほど。あなたなりの騎士道ですか」
「騎士道などと、他人の作った安っぽい言葉で括らないでもらいたいねぇ」
相変わらず面倒だ。
だが坂柳は、その面倒さの奥にある規則性を掴みつつあった。
この男は、自分に酔っている。
だが酔いの質が安っぽくない。
それが厄介でもあり、強さでもある。
高円寺はバッグから食料を一つ取り出し、坂柳へ放った。
「食べるといい」
「毒でも入っていますか?」
「君は本当に可愛げがないねぇ」
「生き残るためです」
「なら食べろ。レディが飢えて倒れれば、私の気分が悪い」
坂柳は受け取り、少しだけ口にした。
空腹は確かにあった。喉も乾いている。
高円寺の施しを受ける形になることは不本意だが、
それを拒絶して死に近づくほど愚かでもない。
しばらく二人は無言で食べた。
窓の外では風が鳴り、遠くで一発だけ銃声が聞こえた。
この小屋の外では、いまも誰かが殺されているのだろう。
「少し眠るといい」
高円寺が言った。
「私は短時間で十分だが、君はそうもいくまい」
「あなたが先に寝るのではなく?」
「私はショートスリーパーなのでね」
坂柳は小さく笑う。
「便利な体質ですこと」
「美しい体質と言ってくれたまえ」
坂柳は壁にもたれ、目を閉じた。
完全には眠れない。
だがそれでも、神経を数時間張り詰め続けたあとに、
他者が見張りを担っている場所で休めることの価値は大きい。
高円寺が信用できるわけではない。
だが少なくとも今この瞬間、自分を撃つ理由は薄い。
そう判断できるだけで十分だった。
まぶたの裏に、神室の姿がよぎる。
礼を言った。
彼女は笑った。
そして自分は撃った。
その記憶は消えない。
消えないまま、坂柳有栖は短い睡眠へ落ちていった。
◯
その頃。
綾小路、堀北、軽井沢の三人は、別の意味で限界に近づいていた。
物理的な疲労もある。
精神的な消耗もある。
だが、いま彼らを蝕んでいたのはそれだけではない。
綾小路グループ。
長谷部、三宅、幸村、佐倉を綾小路自身が射殺した出来事が、
三人の関係に決定的な亀裂を生んでいた。
林の中を進みながら、誰もほとんど口を開かない。
軽井沢は綾小路の後ろから離れすぎないように歩いている。
だが、その目には明らかな怯えがあった。
堀北は綾小路から一定の距離を取っている。
単なる警戒ではない。嫌悪と不信を隠す気もなくなりつつあった。
そして綾小路は、その空気を感じ取っていながら、何も変えようとしない。
彼はいつもどおり地形を見る。音を拾う。
歩幅を調整し、危険そうなルートを避ける。ただそれだけをしている。
だからこそ、余計に不気味だった。
「……ねえ」
ついに軽井沢が声を出した。
「なんだ」
綾小路は振り返らない。
「さっきの……ほんとに、必要だったの?」
「必要だった」
即答。
軽井沢は唇を噛む。
「でも、あの人たち……敵じゃなかったじゃん」
「その認識が甘い」
綾小路は淡々と言う。
「敵か味方かは固定じゃない。食料が減り、行動範囲が狭まり、
追い詰められれば、知り合いかどうかなんて簡単に逆転する」
「だからって」
「先に切るほうが生存率は高い」
軽井沢はもう言葉を続けられなかった。
理屈は分かる。
この島に来てから綺麗ごとだけでは生きられないことは彼女自身も知ってしまった。
平田と佐藤を失い、自分の手で撃った。それはもう否定できない事実だ。
それでも、綾小路のそれは違う。
彼女が撃ったのは混乱の中だった。
恐怖と動揺の果ての暴発に近かった。
だが綾小路は、落ち着いたまま、必要だからという理由で撃つ。
その差が重かった。
「……あなた」
今度は堀北が口を開いた。
「もし私たちが役に立たないと判断したら、同じように切るの?」
綾小路は数秒答えなかった。
その沈黙だけで、堀北の顔がさらに険しくなる。
「答えなさい」
「状況次第だ」
結局それだった。
堀北は低く笑った。
怒りが限界を超えると、かえって静かになる。その手前の笑いだった。
「そう」
「感情的になるな」
「感情的にもなるわ」
堀北は歩みを止めた。
軽井沢も思わず立ち止まる。
綾小路だけが数歩先で止まり、振り返る。
「あなたは私たちに何を求めているの?」
堀北の声は抑えられていた。
だが、その分だけ鋭い。
「戦力?従順さ?それとも、いざという時に盾になること?」
「生き残るために必要な行動だ」
「質問に答えていないわ」
「どれも状況次第だ」
またそれだ。
曖昧ではない。
むしろ冷酷なほど具体的なのに、聞く側の心をまるで考慮しない言い方。
堀北は自分の左腕を押さえた。
傷はまだ痛む。だがそれ以上に、胸の内側が熱かった。
「私はあなたに助けられた」
綾小路は黙っている。
「櫛田さんに殺されかけたとき、助けられたことは事実よ。
だからここまで一緒に来た。でも、それとこれとは別」
堀北は一歩前へ出る。
「あなたは最初から、私たちを仲間だとは思っていない」
「……」
「必要な間だけ使う駒。そういう見方しかしていない」
軽井沢が不安そうに二人を見る。
止めたいのか、止めるべきでないと感じているのか、
自分でも判断できていないようだった。
綾小路は平坦な声で答える。
「この状況で仲間意識に期待するほうが危険だ」
「論点をずらさないで」
「ずらしていない。現実を言ってる」
「その現実に、人間の感情は含まれないの?」
「含める必要がない」
その瞬間、軽井沢が息を呑んだ。
堀北もまた、一瞬だけ言葉を失う。
綾小路の答えは残酷だった。
だが残酷なだけではない。
そこにわずかな躊躇も見えないことが、何より恐ろしかった。
「……本気なのね」
堀北が言う。
「いつか役に立たないと判断したら、私も軽井沢さんも切る」
「必要ならそうする」
軽井沢の肩が震えた。
「清隆……」
かすれた声。
悲鳴に近い。
だが綾小路は表情を変えない。
「勘違いするな」
二人を見て言う。
「いま切るとは言ってない。いまの時点では、
おまえたちがいるほうが生存率は高い」
「それ、慰めのつもり?」
堀北が吐き捨てる。
「事実だ」
「最低ね」
「知ってる」
綾小路はそれすら否定しなかった。
木々が揺れる。
風の音が一瞬だけ、三人の沈黙を埋めた。
軽井沢は自分の腕を抱くようにして立っていた。
綾小路の近くにいたい。けれど近づくほど怖い。そんな矛盾が全身に出ている。
堀北はもう、綾小路を以前と同じ目では見られなくなっていた。
底知れない男。
頼れる男。
そうした評価の下に、いま新しい認識が乗る。
人間性を切り離した合理主義者。
しかもそれを、壊れているからではなく、壊れていないまま実行できる男。
高円寺とはまた違う。
龍園とも違う。
一之瀬のように壊れたわけでもない。
綾小路清隆は、最初からこういう側にいるのだ。
「……行きましょう」
沈黙を破ったのは、意外にも堀北だった。
軽井沢が顔を上げる。
「堀北さん……」
「ここで立ち止まっていても意味がないわ」
声は冷たい。
綾小路に向けた温度は、もう明らかに変わっていた。
「ただし、私はあなたを全面的には信用しない」
堀北は綾小路を見て言う。
「いま一緒に動くのは、生き残るための便宜上の判断。それだけよ」
「好きにしろ」
「ええ、そうするわ」
軽井沢は二人の間で視線をさまよわせたあと、小さくうなずいた。
彼女もまた、心のどこかで理解していた。
この三人はもう、以前のような関係には戻れない。
もしそんなものが最初からなかったとしても、
少なくとも今後は生き残るために一緒にいるだけという冷たい現実が前に出続ける。
それでも進むしかない。
島は待ってくれない。
禁止エリアは広がる。
食料は減る。
他の生徒も動いている。
三人は再び歩き出した。
◯
夕方が近づくころ、小屋の中で坂柳は目を覚ました。
数時間。
それだけでも体力は少し戻っている。
高円寺は窓際に立ち、外を見ていた。
ショットガンを持ったその背中は、奇妙なほど隙がない。
休んでいたのかどうかすら分からないほどだ。
「目覚めたかね」
「ええ」
「レディの寝顔を眺めるのも一興だったが、さすがに飽きた」
「そんなことを言うから信用を失うのですよ」
「信用を得ようと思っていない」
即答だった。
そこは綾小路と似ている、と坂柳はふと思った。
もっとも、高円寺の場合は他人にどう見られるかを
まったく気にしない自己完結性の極みに近い。
綾小路のそれとは質が違う。
坂柳は起き上がり、杖を取る。
「外の様子は?」
「数回銃声が聞こえた。遠くでね。こちらへ近づく気配はまだない」
「では、そろそろ動きますか」
「ふむ」
高円寺は振り返る。
「その前に一つ確認しておこう」
「何でしょう」
「私と君が同道するのは、
あくまで私の美学と気まぐれによるものだ。そこを忘れないでくれたまえ」
坂柳はわずかに口元を上げる。
「承知しています。
あなたが利他的な人間でないことくらい、さすがに分かっていますから」
「結構」
そう言って高円寺は扉を開けた。
夕暮れ前の光が、小屋の中へ差し込む。
島の終盤が、静かに近づいていた。
そしてその裏で、綾小路たち三人の間に走った亀裂もまた、
修復不能なまま深くなっていく。
頼る。
疑う。
見捨てる。
利用する。
その境界が曖昧になったとき、人間関係はもはや関係ではなく、ただの配置になる。
この島で最後まで残る者は、おそらくそうした配置を最も冷徹に扱える者だ。
だが、そこに至るまでにどれだけ人間性が削られていくのか――
まだ誰も、その正確な総量を知らない。
終盤は近い。
残された生徒たちは少なくなり、誰がどこで死ぬかの選択肢も狭まりつつある。
遭遇はより濃密に。
戦いはより決定的に。
そして裏切りや選別は、もう言い訳の余地すらなく露骨になっていく。
この島は、まだ終わらない。
モチベ維持のために感想・評価をもらえると助かります。