ようこそ殺戮至上主義の教室へ   作:戦竜

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第八章 小屋の惨劇

坂柳有栖が目を覚ましたとき、最初に感じたのは静けさだった。

 

妙に薄い静寂だった。

 

完全な無音ではない。

小屋の外では風が木々を揺らしているし、

どこか遠くでは鳥とも動物ともつかない微かな鳴き声も混じっている。

屋根板の隙間を抜ける風が、かすかに古い木材を鳴らす音もある。

 

それでも、その静けさは不自然だった。

 

少し前までこの空間には、もう一つ別の気配があった。

壁にもたれ、窓の向こうを見ていた長身の男。

自分を助ける義務も必要もないくせに、

気まぐれと美学だけで同道を許した、あのひどく自己完結的な男。

 

高円寺六助。

 

坂柳はゆっくりと上体を起こした。

 

身体は重い。

わずかな仮眠をとれたとはいえ、疲労が抜けたわけではない。

神室を失ってからずっと続いている緊張と消耗が、

むしろ身体を休ませたことで輪郭を持って戻ってきたようだった。

 

杖はすぐ手の届く位置にある。

高円寺がそこへ置いたのか、自分でそうしたのか、一瞬では思い出せない。

 

室内を見回す。

 

高円寺の姿はなかった。

 

「……」

 

坂柳は目を細める。

 

逃げた、という感じではない。

この男にとって逃げるという語は、

少なくとも本人の認識としてはほとんど存在しないだろう。

彼が小屋を離れたのなら、それは必要な行動を取りに行ったか、

あるいは単に自分の意思で持ち場を変えただけだ。

 

食料の調達か。

周囲の偵察か。

もしくは、自分を起こす価値すらないと判断して単独行動へ戻ったのか。

 

そのどれでもあり得た。

だが坂柳は、ことさらに慌てなかった。

 

高円寺との共闘は、あくまで利害が一致している間だけのものだと分かっていた。

彼がいつ離れてもおかしくはない。

むしろ、目覚めたときにまだ同じ空間へいることのほうが、

彼の性格を考えれば不自然ですらある。

 

問題は、いま自分が一人だという事実だけだ。

 

小屋の中に視線を滑らせる。

食料はわずか。

水も多くはない。

武器はリボルバー。

弾数には限りがある。

 

身体能力は最底辺。

機動力も乏しい。

神室も高円寺もいない今、自分を守ってくれる盾はない。

 

つまりここから先は、本当の意味で一人だ。

 

その認識がようやく胸へ沈みかけたとき、小屋の外で足音がした。

 

坂柳の意識が一気に研ぎ澄まされる。

 

木の根を踏む、重さを消しきれていない足取り。

人数は一人。

歩幅は広すぎず狭すぎず。

極端な重傷者ではないが、完全に余裕がある歩き方でもない。

 

坂柳は杖を取るのではなく、先にリボルバーへ手を伸ばした。

 

扉の陰。

窓の位置。

自分の立つ場所。

 

この小屋は守りに向いているようで、実際には脆い。

入口は一つに見えても窓が複数あるし、壁自体が古い。

ショットガンや手榴弾を持つ相手が来れば、

立て籠もりとしての価値は一気に落ちる。

 

ならば必要なのは、先に撃つ覚悟だ。

 

坂柳は呼吸を浅くし、扉へ視線を固定した。

 

足音は止まる。

 

ほんの一拍の沈黙。

 

そして、扉が開いた。

 

そこで現れた顔を見て、坂柳はさすがに一瞬だけ目を見張った。

 

「……橋本くん」

 

橋本正義だった。

 

死んだと思っていた。

 

廃病院での襲撃。

自分と神室を逃がすために残り、銃声の中へ消えた男。

あの状況から生還したとは、正直思っていなかった。

 

橋本もまた、扉の向こうで坂柳を見て足を止めた。

 

「……はっ」

 

乾いた息が漏れる。

 

「さすがに、幽霊じゃないよな」

 

声は荒れていた。

服は汚れ、左腕には応急処置の跡があり、頬には浅い擦過傷が走っている。

肩で息をしているところを見ると、かなり無理をしてここまで来たのだろう。

 

だが目はまだ死んでいなかった。

疲れてはいる。

追い詰められてもいる。

それでも、自分がどう動くべきかを見失ってはいない目だった。

 

坂柳はリボルバーを少しだけ下げた。

 

「生きていたのですね」

「そっちもな」

 

橋本は扉を閉めるように身体を入れながら言った。

 

「神室はいないのか」

「……ええ」

 

それだけで十分だったのか、橋本はそれ以上訊かなかった。

 

数秒、小屋の中に気まずい静けさが落ちる。

 

「入れてもらえるか?」

 

橋本が言った。

念のための確認、という程度の声音だった。

だが、それを求めずに勝手に踏み込まないあたり、

まだ最低限の距離感は保っている。

 

「拒否する理由はありません」

 

坂柳は言った。

 

「いまの私は、一人であなたを外へ追い出せる状態でもありませんし」

 

橋本は苦笑した。

 

「相変わらずだな、姫様」

「褒め言葉として受け取っておきます」

 

橋本は小屋へ入ると、ようやく壁にもたれかかるようにして息を整えた。

 

「どうやってここまで?」

 

坂柳が問う。

橋本は短く息を吐く。

 

「森下たちにやられかけた」

 

その名が出た瞬間、坂柳の目がわずかに細くなる。

 

「森下藍」

「ああ。それに西川、白石。あいつら三人、完全に組んでる」

 

橋本は壁に頭を預けたまま続けた。

 

「最初はお互い様子見って感じだったんだけどな。途中で流れが変わった。

森下が仕切りだして、山村がついて、白石が武器持って強気になった。

気づいたらいま殺したほうが得って空気になってたよ」

 

皮肉げに笑う。

 

「クラスの結束ってやつも、命がかかると随分安い」

「それはあなたも同じだったのでは?」

 

坂柳が淡々と返すと、橋本は少しだけ眉を上げた。

 

「否定はしない」

 

その素直さが、いかにも橋本らしい。

利害で動く。

だが完全な悪人にもなりきれない。

状況に適応しようとする一方で、どこかで自分が人間であることもやめきれない。

そういう曖昧さが、この男の強さでもあり弱さでもある。

 

「……食べますか?」

 

坂柳が残っていた食料へ視線を向けながら言う。

橋本がその意外な申し出に目を瞬かせる。

 

「いいのか?」

「あなたが飢えて倒れたところで、私にも得はありません」

「おまえ、ほんと一言多いよな」

「必要なことしか言っていないつもりですが」

 

橋本は苦笑しながらも、差し出された食料を受け取った。

 

小さなパンと、少量の水。

豪華とは程遠い。

だが今の島では、それだけでも十分に“平穏”の一部に見えた。

 

二人は小屋の中で、短い食事をとった。

 

外では風が木々を揺らし、時折遠くで銃声が聞こえる。

それでも、この数分間だけは、

戦場から切り離された小さな待避所のような空気があった。

 

橋本がパンを半分ほど食べたところで、ふいに呟く。

 

「坂柳」

「なんでしょう」

「おまえが生きてて、ちょっと安心した」

 

坂柳は返答を一瞬だけ迷った。

 

この状況でそんな言葉が出てくること自体が、

橋本らしいとも言えるし、馬鹿らしいとも言える。

 

「それはどうも」

 

結局、そうとしか返さなかった。

 

橋本は笑う。

 

「もっと気の利いたこと言えよ」

「あなたも、もっと気の利いたタイミングを選びなさい」

 

だが、そのやりとりは長く続かなかった。

 

小屋の外で、枝を踏む音がした。

 

二人の表情が同時に変わる。

 

今度は一人ではない。

 

複数。

 

しかも足音を殺しきれていないというより、

こちらに聞かれても構わない距離まで来ている。

 

橋本が即座に立ち上がり、マシンガンを構えた。

ウージーと呼ばれるサブマシンガンの代表的なモデル。

 

坂柳もリボルバーを握る。

 

足音は三つ。

 

小屋を囲むように散っていく。

 

そして、女の声がした。

 

「橋本正義」

 

森下藍だった。

その声音には、以前クラスで見せていた軽薄さとも違う、

ひどく乾いた愉快さが滲んでいた。

 

「いるんですよね?」

 

橋本の顔が険しくなる。

 

「……追ってきやがったか」

 

坂柳は即座に窓際から離れた。

同時に橋本も身を低くする。

 

森下は勘がいい。

窓から見えなくても、ここへ逃げ込んだこと自体は読んでいるはずだ。

 

外から別の声がした。

西川亮子だ。

 

「返事がないけど……震えてるんじゃない?」

 

その言い方に、怯えよりも残酷な好奇心が勝っている。

以前の西川なら、こんな声は出せなかっただろう。

だが二日目のこの段階まで来て、生き残っている人間はみな何かが変質している。

 

さらにもう一つ、低い声。

 

「はやく出てきてください」

 

白石飛鳥。

 

短く、丁寧な口調。

そしてその裏にあるのは、明確な武装への自信だった。

 

橋本が小声で言う。

 

「武器の差が最悪だ」

 

坂柳はそれに答えず、外の気配を読む。

 

窓際。

入口。

壁の薄さ。

 

橋本が続ける。

 

「森下がマシンガン、西川がハンドガン、白石がショットガン。

俺のマシンガンはまだ使えるけど、弾は多くない」

「それでも、やるしかありませんね」

「相変わらず冷静で助かるよ」

「取り乱しても改善しませんから」

 

次の瞬間だった。

 

ダダダダダダダッ!!

 

小屋の窓を突き破って、マシンガンの弾丸が流れ込んできた。

イングラムM11と呼ばれるサブマシンガン。

 

森下の射撃だ。

 

ガラスの残骸が飛び、木の壁が裂ける。

床板が跳ね、古い机の脚が吹き飛ぶ。

 

西川のハンドガンも続く。ベレッタM92FSというオートマチック。

乾いた発砲音が、森下の連射に混じって室内へ針のように飛び込んでくる。

 

白石はまだ撃たない。

ショットガンは近距離でこそ威力を発揮する。

入口か窓から踏み込んだ瞬間を狙っているのだろう。

イサカM37のバレルとストックを切り詰めたソードオフで、女子でも使いやすい。

 

「っ……!」

 

橋本が舌打ちし、壁際を使って位置を変える。

 

坂柳も杖をつく余裕はなく、

ほとんど片脚を引きずるようにしながら死角へ滑り込む。

 

森下の弾道は荒いようでいて、確実に隠れそうな場所を潰してくる。

完全な素人ではない。少なくとも、躊躇して撃てなくなる段階はもう終えている。

 

「出てきてください!」

 

森下が冗談混じりに叫ぶ。

 

「橋本正義、あなたは完全に包囲されている!」

 

返事の代わりに、橋本が窓際へ短く撃ち返した。

 

「これ一度言ってみたかったんですよ。

どうです?この場にぴったりの言葉じゃないですか?」

 

森下がニヤリと笑う。

 

「本当に、最後まで坂柳クラスって感じですよね」

 

窓の外から、森下の声が続く。

 

「自分たちは安全なところで指図して。

周りが死んでも、全部必要な犠牲みたいな顔をして」

 

橋本は眉をひそめた。

 

何の話だ。

 

だが次の言葉で、それが分かった。

 

「山村美紀、自殺したんですよ」

 

森下の声は、どこか楽しそうだった。

 

「さっき。崖から飛び降りました」

 

小屋の中の空気が、一瞬だけ凍った。

 

橋本は何も言わない。

だがその沈黙が、森下の神経をさらに逆撫でしたらしい。

 

「絶望してましたよ」

 

森下が笑う。

 

「『もう無理だ』って。『こんなの試験じゃない』って」

 

西川が外で小さく笑う。

 

白石も何か言いかけて、やめた。

 

森下の声だけが、続く。

 

「そりゃそうですよ。

坂柳有栖が好き放題やった結果、クラスがぐちゃぐちゃになって、

神室真澄も橋本正義も裏で動いて、気づいたらもう誰も信じられなくなってた」

 

橋本は小さく息を吐いた。

 

「……で?」

 

短く言う。

 

「それを俺のせいにするつもりか」

「当たり前じゃないですか」

 

森下の声が急に鋭くなる。

 

「坂柳有栖のせいです」

 

吐き捨てるような声。

 

「全部あの人のせい」

 

窓の外で、マシンガンの銃口がわずかに動く気配。

 

「クラスメイトを駒みたいに扱って。

神室真澄に汚れ役やらせて、橋本正義に裏工作させて、

どうせ、あなたたちだけ生き残るつもりだったんでしょう?」

 

橋本は苦笑した。

 

「ずいぶん都合よく整理するじゃねぇか」

「違いますか?」

 

声の調子が、ほんの少しだけ変わる。

 

だがそれは同情ではない。

むしろ、その絶望を材料に怒りを燃やしているような声だった。

 

橋本は窓の陰から森下の気配を探る。

 

森下は窓の真正面ではない。

少し右へずれている。

 

西川がそのさらに後ろ。

白石は入口寄り。

 

配置は読める。

だがまだ撃てる状況ではない。

 

森下の声が、再び響く。

 

「ですから」

 

一拍。

 

「坂柳有栖が全部悪いんですよ」

 

そして。

 

「あなたも同罪です。橋本正義」

 

その言葉には、はっきりとした殺意が乗っていた。

 

「坂柳有栖の側近のあなたも、当然責任取らなきゃいけませんよね?」

 

橋本は小さく鼻で笑った。

 

「……なるほど」

 

低く呟く。

 

「そうやって、自分が撃つ理由を作ってんのか」

「理由?」

 

森下が笑う。

 

「そんなの、最初からありますよ」

 

そして、声の温度が一気に落ちた。

 

「だって、この試験、誰かを殺さないと生き残れないんですから」

 

その直後だった。

 

ダダダダダダダッ!!

 

森下のマシンガンが、再び窓を突き破って室内へ弾丸を叩き込んできた。

だが決定打にはならない。

 

「そこにいるんでしょう?坂柳有栖も」

 

どうやら一緒にいることがバレたらしい。

森下は笑いながら言う。

 

「殺したい獲物が芋づる式で引っかかるなんてラッキー。いえ、ハピネスですね」

 

ケラケラ愉快そうに腹を抱えて笑ってる。

 

「しかも、まとめて撃てる。効率もいい」

 

指先で軽くトリガーを撫でる。

 

「一人ずつ殺すより、ずっと楽しいじゃないですか」

 

橋本が歯を食いしばる。

 

「クソ女……」

 

坂柳は低く言った。

 

「感情的になると負けますよ」

「分かってる」

 

橋本は息を整えた。

 

「でも、あいつら本気で殺しに来てる」

「ええ。そして私たちも、そうしなければ死にます」

 

外で足音が近づく。

 

白石だ。

 

重い足取りで入口のあたりへ寄ってきている。

ショットガンを持っているなら、躊躇なくドアを吹き飛ばすつもりかもしれない。

 

橋本が小さく舌打ちする。

 

「来る」

 

扉の向こうで気配が止まる。

 

一拍。

 

その後、白石が蹴ったのか、扉が大きく揺れた。

 

もう一度。

 

木が軋む。

 

森下の声が外から飛ぶ。

 

「中で縮こまってても無駄ですよ、坂柳有栖」

 

その口調は妙に親しげで、だからこそ不快だった。

 

「出てきてくれれば、少しは楽にしてあげるかも知れません」

「嘘が下手ですね」

 

坂柳がぼそりと言うと、橋本が思わず小さく笑った。

 

その直後、扉が破られた。

 

白石が先頭で踏み込む。

ショットガンを構え、低い姿勢。

その後ろ、角度を変えて森下がマシンガン。

さらに入口の外寄りに西川。

 

三人とも本気だった。

 

クラスメイトを撃つことに、もうほとんど躊躇していない目をしている。

 

橋本が先に動いた。

 

マシンガンを撃つ。

 

森下たちも同時に撃つ。

 

室内が一気に銃声で埋まる。

壁が裂け、机が砕け、床板が跳ねる。

 

白石のショットガンが火を吹き、至近距離の爆音が小屋全体を揺らした。

 

「坂柳!!」

 

橋本が叫ぶ。

 

その声と同時に、彼は身体ごと坂柳の前へ出た。

 

被弾。

 

肩。

脇腹。

血が飛ぶ。

 

それでも橋本は止まらない。

 

「外へ出ろ!!」

 

怒鳴る。

 

「俺が時間を稼ぐ、そのまま逃げろ!!」

 

坂柳は一瞬だけ橋本を見た。

 

この男は、二度目だ。

 

廃病院でも、自分と神室を逃がすために残った。

そして今また、同じことをしている。

 

橋本正義という男の本質は、結局そこなのだろう。

計算高く立ち回るようでいて、最後の最後で誰かを逃がす側に回ってしまう。

 

愚かだ。

だが、嫌いではない。

 

「……無駄死にはしないでください」

 

それだけ言って、坂柳は杖をついた。

 

足は遅い。

痛む。

だが立ち止まる余裕はない。

 

橋本が白石へ銃を浴びせる。

白石が一歩引く。

森下の弾が橋本の脇を抉る。

 

そのわずかな隙に、坂柳は外へ出た。

 

林へ向かう。

杖をつきながら。

一歩ずつ。

遅い。

それでも進む。

 

背後では銃声が続く。

 

橋本の声も聞こえた。

何を叫んでいるかまでは分からない。

 

坂柳は振り返らない。

 

振り返ったところで、彼を助けられないからだ。

それなら、せめて橋本の選択を無駄にしないほうがまだいい。

 

坂柳を外へ押し出した橋本は、ようやく一瞬だけ息を吐いた。

 

痛い。

肩が熱い。

脇腹も鈍く疼く。

 

だがまだ動ける。

 

小屋の中は半壊していた。

壁は裂け、窓は吹き飛び、扉は壊れ、床には木片とガラスと弾痕が散っている。

ここはもう防衛拠点ではなく、ただの壊れた箱だ。

 

森下たちはなおも油断していない。

 

「逃がしましたか」

 

森下の声。

 

「でもまあ、先にあなたでもいいです」

 

西川がハンドガンを構え直している。

白石はショットガンを再装填しようとしている。

 

橋本は一瞬で判断した。

 

このまま撃ち合えば負ける。

弾数も位置も不利だ。

なら、切り札を切るしかない。

 

バッグへ手を突っ込む。

 

手榴弾。

二つ。

 

橋本自身、これを最後まで使わずに済むならそのほうがいいと思っていた。

だがもう温存する意味はない。

 

「悪いな」

 

誰に向けた言葉か、自分でも分からなかった。

 

そして投げた。

 

森下たちの足元へ。

 

「っ!?」

 

森下の顔が変わる。

 

白石が叫ぶ。

西川が一歩下がる。

 

だが遅い。

 

爆発。

 

小屋の中で起きるにはあまりにも大きすぎる衝撃。

壁が裂け、天井が持ち上がり、残っていた構造材が一気に吹き飛ぶ。

 

二つ目も続いて爆ぜた。

 

爆風が小屋そのものを叩き壊す。

梁が折れ、屋根が傾ぎ、壁の一部が外へ吹き飛ぶ。

 

橋本自身も衝撃で吹き飛ばされ、床へ叩きつけられた。

息が詰まる。

耳鳴り。

視界に埃。

 

だが小屋の中央付近にいた西川は、まともに爆発へ巻き込まれた。

 

短い悲鳴。

次いで、崩れる音。

 

西川亮子はそこで動かなくなった。

 

「……っは、ざまあ……」

 

橋本が苦く笑う。

 

だが、それで終わってくれなかった。

 

森下と白石は生きていた。

 

完全には巻き込まれず、

半壊した壁際から這い出るようにして、再び銃を向けてくる。

 

森下の顔には血が流れている。

白石も腕を傷めたらしい。

それでも両者とも殺意は消えていない。

 

「しつこいんですよ!!」

 

森下が叫び、マシンガンを撃つ。

白石もショットガンを放つ。

 

橋本は崩れた柱の陰へ転がり込んだ。

もうまともに撃ち合える状況ではない。

小屋はほとんど壊れ、遮蔽物も崩れかけている。

 

どうする。

 

橋本は息を整えながら考える。

 

撃ち返すか。

外へ飛び出すか。

森下を先に狙うか。白石を潰すか。

 

だが、その思考の途中で、不意に銃声が止んだ。

 

森下も白石も、次弾が来ない。

 

橋本は眉をひそめる。

 

「……?」

 

外の気配を読む。

 

気づく。

弾切れだ。

 

あまりにも殺意に正直に撃ちすぎたのだろう。

爆発の混乱の中で、二人とも弾薬の残数確認が甘くなった。

 

好機だった。

橋本は迷わない。

崩れた壁を蹴って飛び出す。

 

森下が顔を上げる。

白石も弾を入れようとしている最中だった。

 

橋本のマシンガンが火を吹く。

 

短い、正確なバースト。

 

乾いた連射音が崩れた小屋の中を切り裂く。

 

森下の身体が揺れる。

 

額。

そして胸。

 

弾丸が深く食い込み、森下の身体が後ろへ仰け反った。

信じられないものを見るような表情のまま、森下はその場に崩れ落ちる。

 

動かない。

 

小屋の中に、ほんの一瞬の静寂が落ちた。

 

だが――

 

白石は、その静寂を待たなかった。

 

森下の死体を見るより早く、白石の視線は橋本のマシンガンへ向いていた。

 

弾数と距離。

 

そして――勝率。

 

その計算は一瞬だった。

 

「……これは、無理ですね」

 

白石は小さく呟いた。

そして次の瞬間、迷いなく背を向けた。

 

森下を一度も振り返らない。

 

ショットガンを抱えたまま、小屋の外へ飛び出す。

 

逃走。

 

それは臆病ではない。

この試験で生き残るための、もっとも合理的な判断だった。

 

橋本が舌打ちする。

 

「……ちっ」

 

追う余裕はない。

橋本は白石を追うことを諦めた。

 

静寂。

 

橋本は数秒、その場に立ち尽くした。

 

勝った。

 

少なくとも、この場は。

 

西川と森下。

 

二人とも、もう死んだ。

 

ようやく肩の力が抜ける。

息を吐く。

 

「……マジで、やってらんねえ」

 

そう呟いたときだった。

 

パンッ。

 

たった一発。

 

橋本の身体が大きく揺れた。

 

「……え」

 

振り向く。

 

西川亮子がいた。

 

瓦礫に半ば埋もれ、血まみれのまま、それでもハンドガンを両手で支えている。

重傷だ。息も荒い。だが、生きていた。

 

橋本の急所に入っていた。

 

立っていられない。

 

「……っ、は」

 

膝が折れる。

 

西川の手からも、ハンドガンが落ちた。

 

彼女ももう限界だったのだろう。

橋本を撃ち抜いた直後、そのまま横へ崩れた。

 

静かだった。

 

半壊した小屋。

崩れた壁。

砕けた屋根。

煙。

火薬の匂い。

 

橋本正義は倒れながら、ほんの一瞬だけ坂柳のことを考えた。

 

逃げ切れたか。

生き延びるか。

 

分からない。

 

でも、少なくともあの場からは出せた。

 

それでいい。

そう思うしかなかった。

 

橋本は薄く息を吐き、そのまま動かなくなった。




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