今日も夢を見る。どうやら今度は何処かの宇宙船の中らしい。しかし、文明あるところには必ず本が存在する。伝えるという行為が途絶える事はないのだ。
自動ドアをいくつもくぐり、見つけた本棚から目に付いた一冊を引き抜き、壁に寄りかかりながら開く。
一枚、また一枚と頁を捲る度に次の内容が気になって仕方がない。今読んでいるのは論文を書籍にしたものだ。全くの専門外な物だが、どんな内容であれ本であれば必ず目を通すようにしている。
文章というのは、どんなものでも必ず『色』が残る。癖と言い換えてもいい。そんな文章から著者が何を考え、何を想い、何を伝えようとしているのか。それは一つの物語だ。
そんな物語を頭の中で膨らませていく事が好きだ。そこに自分がいたらどうなるか、という夢想でもいい。或いは自分の考えを纏めるでもいい。物語とは人の数だけ存在しているのだから。
「貴女、何処から現れたの?」
本を読み出して暫くの時が経った頃、部屋に入ってきて私を見て、誰かが聞いてきた。この宇宙船の持ち主だろうか。反応してあげた方がいいのだろうが、これは夢だ。本を読む邪魔をされたくないのだから無視でいい。
「ちょっと」
全く反応のない私に向こうは我慢できなくなったのだろう。近づいて私の肩を揺らす。
「何かな?ボクは本を読むので忙しいんだ」
少し苛立ち混じりに視線を本から外す事なく聞き返す。
「何処から──今はいいわ、早くここから離れて。蟲がまたステーション内で暴れてるの」
「……」
虫?目の前の彼女は虫嫌いだったのか。なんにせよ関係ない。今本がいいところなのだから。
「私はアスター、ここの所長よ。」
その名前に、ぴくりと眉が動く。その名前は、今読む本の中で何度も出てきた名前だ。
「アスター?天才クラブの運営する船の所長の?分子雲コアの実像撮影や恒星胚胎の分裂記録の?」
「え、ええ……」
なんと、つまりこの本の著者本人か。と、なれば話は別だ。本人の話を交えてこの本を読めばもっと面白いものになる。
「じゃあ──」
そんな提案をしようとした時だ。先ほど2人が出入りしていた自動ドアが激しい音を立てながら破壊され、ガジャンと残骸が床にぶち撒けられる。破壊の正体は、ブブブと不愉快な音を立てて宙を飛ぶ人1人を優に超えた蟲である。
「うわ……」
グロテスクで、まるで黒いGを思わせるテカリといい、あまり直視したいとは思えない蟲である。夢にしては随分とリアル寄りだ。
「下がって!」
言うや否や、アスターは杖のような機械を虚空から取り出すと、カンッと床に石突を突く。すると、天井からヒュンッとレーザーが飛び出し、蟲を焼いていく。
「凄いなぁ」
他人事のようにそれを感心しながら見ていると、どうやら蟲はそれだけではなかったようで堰を切ったように沢山押し寄せてきたのだ。
「ふむ」
私もあれみたいに出来たら楽しそうだなぁ、なんて思った。でも直接触るのも気持ち悪い。夢なんだし、想像したものをポンっと出せるんじゃないか?
「──おいで」
本をパタンと閉じる。自分の背後からピシピシと空間がたわんで悲鳴を上げる音が聞こえる。そうして空間を引き裂き、背の丈を越えるサイズのロボットの指だけが現れて、えいっと蟲を丸ごと潰して消えていった。
「うん、結構上手く行ったんじゃないかな?」
なんとなくのイメージでやったにしては、結構良かったように思う。今度から荒事があったらこれを使おうかな。
「貴女、一体何者なの……?」
空間を無視して、いや今のは……なんてブツブツと呟いていたアスターは、今1番の疑問を私に聞いてきた。
「読書家、って世間では言われてるよ」
夢の中だけ、だけどね。
そうして、私は暫く宇宙ステーションヘルタに居着く事にした。というのも、天才が作った宇宙船だけあり、色んな論文やら研究やらの本が山ほどあったから、読ませて欲しいと頼んだのだ。
「貴女が
さすが夢。色々と話が早い。何かすればいいわけでもなく、ただ本を読んでいいというのは私にとって天国だ。ただ、少し不満があるとすれば──
「すいません、ちょっと聞きたい事が」
「わ、私は論文のこの注釈について聞きたい事が!」
「ちょっと!俺が先だぞ!」
本を読む私の面前では、なにやら順番を巡った醜い争いが行われている。なぜこんな事に……私はただ、本を読む合間に、たまたま目についた書類の不備を指摘しただけだった。それがあれよあれよと言う間に、添削係みたいな事を望む人達が殺到するようになった。その中で、アスターまで顔を覗かせた時は、まるで裏切られた皇帝の如く、『アスター、君もか』と呟いたものだ。
「貴女が組織運営について詳しいとは思わなかったわ。もし良ければここで働かない?」
と、アスターに言われた時は丁重にお断りさせてもらった。なぜ夢の中まで書類仕事をしなくてはならないのか。ブラックなのは現実だけで充分。
「はぁ……」
ため息一つ。パタンと閉じられた本の音にその場にいる者達の肩がビクンと揺れる。言い争いをしていた者達が、恐る恐る私を見る。私は本を読むだけ。この場にいる者達もそれを理解している。そして、そこには一つのタブーが存在しているとも。
──読書家の読書を邪魔してはならない。
本を読んでいる時に邪魔されるのが一番嫌い。もちろん、やむをえない理由も中にはあるから多少は大目に見る。
「ボクは今本を読んでるんだ……言いたい事、分かるよね?」
にっこり、とこちらを見るステーションの職員達の顔を見る。首が取れるのではないか、と言うほど上下に首を振る彼らは蜘蛛の巣を散らすように走り去って行った。嘆息しながら再び本を開き、続きを読み耽る。
──やっと静かになった。
肩の力を抜き、本格的に本を読む体勢に入る。さぁ、この本を読破してしまおう。そうして3システム時間が経った頃だろうか、本の内容も佳境を迎え、そうして読み終わった時だ。爽やかな読後感の中で、視線を感じた。
「んん?」
しかし、前と変わらず変化はない。人影もなく、この部屋にいるのは自分だけだ。ではこの視線は一体……?依然として続く視線の元を探そうと、キョロキョロと見渡す。そして、その視線の主を見つけた。
「人形か……趣味じゃないなぁ」
この宇宙ステーションの主。ヘルタ。その人物が管理している数多の人形達。そこから視線を感じていたのだ。
「見た目は良いんだけどね、不気味の谷というか」
そもそも人形はあまり好きではない。何かと本の中ではホラーの対象として扱われる事が多く、そのイメージがあるからだ。日本人形とか、えも言えぬ怖さがあるのだ。
「へぇ、私の前で言うんだ」
「うわっ」
突然喋り出すものだから、びっくりした。ここにきてから一度も私とは喋る事がなかったヘルタから話しかけられるなんて思いもしなかった。
「好き勝手言ってくれるね」
「リップサービスが欲しいクチでもないでしょ?」
ヘルタについて人から聞く話からして、彼女はそういうゴマすりなんて聞き飽きているだろう。本人に言うつもりで言ったわけではないが、忌憚のない意見である。
「ふーん……ま、そういうのは後で
「はいはい」
さて、次はどんな本を読もうかな?
読書家
ここはいいね。常に新しい本が出てくる。専門外なのが惜しいと思うぐらいにはよく書かれてる。
あと夢の世界で私はどんな風に言われてるの??気にしてないけど反応が少し妙だと思ってる。
アスター
蟲の残りの処理に追われていた所で読書家を発見した。最初は開拓者のように知らない誰かが紛れていた程度に考えていたが名前を聞いて判断を変えた。曰く、読書家は使令である、と噂されていたから。
ヘルタ
別にどうでも良かった。けど火のない所に煙が立つことはないように、噂されるだけの何かはあるのだろう、と想定している。あと優しさとかそんなの抜きでズバズバ物を言う読書家をこのガキ……と思う反面、遠慮なく言ってくる人間が貴重というのも理解している。
それと、何処で虚数崩壊インパルスの理論を知ったの?は?論文読んでて思いついた?バカじゃないの