武術の王『虎杖悠仁』   作:やめろ小僧、その技は俺に効く

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彼の掌に触れられないようにね。簡単に消されちゃうよ

 

 

 

 

 夜蛾正道、五条悟、楽巌寺嘉伸、庵歌姫、そして一級呪術師である冥冥。交流会の戦況を見守る大人たちは、高専内に設けられた観測室へと集まり、各所で展開されている戦闘の推移を静かに追っていた。室内の空気は張り詰めているわけではないが、決して緩んでもいない。会話は交わされているが、それは余裕から来るものではなく、あくまで状況把握の延長線上にあるものだった。

 

 壁一面に並ぶ複数のモニターには、それぞれ異なる角度からの映像が映し出されている。その全ては冥冥が使役する鴉の視界を共有したものであり、森の奥深くで繰り広げられている戦いを、まるでその場に立っているかのような臨場感で捉えていた。枝葉の隙間を縫って走る影、地面を抉る衝撃、衝突のたびに揺らぐ呪力の波。その一つ一つが明確に記録され、断片的でありながら全体像を浮かび上がらせている。

 

 その中でも、ひときわ激しい動きを見せている映像がある。

 

 虎杖悠仁と東堂葵。

 

 互いに一歩も引かず、正面からぶつかり合う肉弾戦は、もはや交流会という枠組みを越え、純粋な戦闘として成立していた。拳と拳が交差するたびに衝撃が周囲へと拡散し、踏み込みのたびに地面が沈む。荒々しく見えるその動きは、実際には極めて精緻であり、双方が相手の癖と反応を瞬時に読み取りながら最適な一手を返し続けている。単なる力比べではない。読み合いと応答の連鎖が、絶え間なく繰り返されていた。

 

 「やっぱり悠仁は葵と戦うよねー」

 

 五条悟が、目隠し越しにその映像を見ながら軽い調子で言う。その声音は普段と変わらず飄々としているが、意識の焦点は明確にその一点へと絞られていた。視線の向きは変わらないまま、しかし観察の密度は他の映像とは明らかに異なる。

 

 「確か宿儺の器でしょ?本当に何者なの?というか強くない?東堂とやり合ってるの、普通におかしいレベルなんだけど」

 

 庵歌姫が腕を組みながら問いかける。彼女は五条の右後方に座り、巫女装束の袖をわずかに揺らしながらモニターを睨むように見据えていた。軽口を叩く五条とは対照的に、その視線には明確な警戒と評価が混ざっている。

 

 宿儺の器。

 

 その単語だけで、十分に異常性を説明できるはずだった。だが、実際に目の前で展開されている戦闘は、その言葉だけでは収まりきらない。呪力の運用だけでなく、肉体操作そのものが異様に洗練されている。受けた衝撃を溜めずに流し、次の動作へと繋げる一連の動きには、呪術とは別の体系が確実に存在していた。

 

 「あれ?お爺ちゃんから聞いてないの?前に言ったんだけどなぁ」

 

 五条が肩を竦めながら、わざとらしくとぼけた声音で言う。

 

 「はぁ?」

 

 歌姫が即座に睨み返す。その反応には苛立ちが滲んでいるが、それでも視線はモニターから外さない。楽巌寺はそのやり取りに口を挟むことなく、静かに座したまま映像を見続けている。その沈黙は無関心ではなく、むしろより深く観察しているがゆえのものだった。

 

 モニターの中で、虎杖が東堂の一撃を受け流し、そのまま反撃へと転じる動きが映し出される。衝撃を受け止めるのではなく、角度をずらして逃がし、その流れをそのまま攻撃へと変換する。その一連の動作には、反射ではなく明確な“選択”が存在している。

 

 「悠仁はね」

 

 五条がふと、言葉の調子を変える。軽さを残しつつも、その奥に確信を滲ませた声音だった。

 

 「武術の達人だよ」

 

 短い一言。

 

 だが、それは的確だった。

 

 呪術師としての技量とは別に、純粋な戦闘技術そのものが完成されている。だからこそ、呪力に依存せずとも成立するし、逆に呪力を乗せた際には、その効果が跳ね上がる。基盤が違う。

 

 「達人って……そんな言葉で済ませていいの?」

 

 歌姫が眉をひそめる。映像に映る衝突の一つ一つは、単なる学生同士の手合わせでは説明できない質量を持っている。それを“武術”の一言で片付けることへの違和感は当然だった。

 

 「いいんじゃない?実際そうなんだし。それに他の生徒達もちゃんと修行させたら強くなったしね。いやー、流石僕って感じ?」

 

 五条は軽く笑いながら言い切る。その言葉は冗談めいているが、完全な誇張ではない。如来神掌の基礎に基づいた鍛錬と、虎杖との組み手によって、他の生徒たちにも確かな変化が現れているのは事実だった。

 

 「うざ」

 

 歌姫が即座に切り捨てる。

 

 だが、そのやり取りの最中でも、五条の意識は一瞬たりとも虎杖から離れていない。踏み込みの癖、重心の移動、衝撃の通し方、その全てを追いながら、どこまで到達するのかを見ている。観察であり、同時に期待でもあった。

 

 夜蛾は腕を組んだまま沈黙を保っている。だがその視線は鋭く、単なる観戦ではなく、明確な評価として戦闘を見ていた。教育者として、そして呪術師として、あの成長の先に何があるのかを見極めようとしている。

 

 冥冥は静かに微笑みながら、モニターの映像を指先でなぞるように視線を滑らせる。その瞳には計算が宿っている。彼女にとって、この戦闘は単なる観察対象ではない。価値のある情報であり、いずれ換算可能な“資産”でもあった。

 

 それぞれの視点が交差しながら、ただ一つの対象へと収束していく。

 

 少年は、ただひたすらに拳を振るっていた。

 

 そうして交流会の喧騒、その熱と圧がぶつかり合う中心から、ほんの僅かに外れた位置。高専の敷地を見下ろす高台、そのさらに外側——結界の縁をかすめる曖昧な境界に、一人の男が立っていた。そこは本来、意識して踏み込まなければ辿り着かない場所であり、内側の気配は薄く伝わるものの、外部からの干渉は困難なはずの領域だ。だがその男は、まるでそこが自分の居場所であるかのように、何の違和感もなく立っている。

 

 「最高のハンガーラック作れそうだぜ」

 

 低く粘つくような声。

 

 呪詛師、組屋鞣造。

 

 上半身は裸で、無造作に羽織ったエプロンの下から発達した筋肉が露出している。皮膚には幾つもの古傷が走り、それが彼の歪んだ趣味性を際立たせていた。片手には刃の重い斧。握り方に迷いはなく、その姿は“戦う”というよりも“壊す”ことに特化した存在そのものだった。

 

 視線は結界の内側へと向けられている。

 

 複数の呪力がぶつかり合い、揺れ、拡散していく様子が、薄く滲むように伝わってくる。その光景は通常であれば戦場と認識されるものだが、組屋の目には素材の集積、加工前の資源にしか映っていなかった。

 

 「ほいでコレを地面にブッ刺してと」

 

 軽い調子で呟きながら、懐から取り出した呪具を地面へ突き立てる。それは釘に似た形状をしていたが、太さも長さも常識を逸脱しており、先端には歪な紋様が刻まれていた。地面に触れた瞬間、鈍い音と共に沈み込み、まるで根を張るように内部へ食い込んでいく。

 

 組屋はその上で手を組む。

 

 指が絡み、刀印を結ぶ。

 

 「闇より出でて闇より黒く、その穢れを禊ぎ祓え」

 

 呪詞が空間へと溶け込む。

 

 直後、空が歪む。

 

 高専の上空、その一点から黒い何かが滲み出すように現れた。煙でも霧でもない、形を持たないまま広がる“濃度”だけを持った闇。それはゆっくりと溢れ出し、重なり合いながら範囲を広げていく。

 

 「おーおー出た出た」

 

 楽しげに見上げる視線の先で、それは結界に沿うように広がっていく。外側から侵食するのではなく、隙間をなぞるように貼り付き、包み込むように覆っていくその動きは、力任せではない。明確な意図と設計のもとに構築された侵入だった。

 

 「さて……いくぜぇ」

 

 斧を担ぎ直し、口元を歪める。

 

 その動きと並行するように、別方向からも侵入が行われていた。

 

 呪詛師、重面春太。

 

 サイドテールに結んだ金髪と、細身の体格。顔には六つの紋様が刻まれ、手にした刀の柄は人の手の形をしている。その異様な武器を軽く振りながら、まるで遊びにでも来たかのような足取りで高専へと踏み込んでいく。

 

 「楽しみだなぁ〜早く斬りたいなぁ〜」

 

 軽い声音の奥に滲むのは、明確な殺意ではなく、ただ純粋な衝動だった。

 

 そして、その直後だった。観測室にいた大人たちは、ほぼ同時に異変を察知することになる。きっかけそのものは小さい。だが、その小さな綻びが意味しているものは、あまりにも大きかった。

 

 「ん」

 

 最初に反応したのは夜蛾正道だった。彼の視線が、壁面に貼られていた呪霊のマーキング札へと向けられる。交流会用に放たれた呪霊の位置と状態を把握するためのそれらは、本来なら生徒たちの討伐に応じて順に反応し、段階的に消えていくはずのものだ。だが今起きている現象は、それとはまるで違っていた。

 

 札が、一斉に燃え尽きていく。

 

 しかも、まだ生徒たちが接触していない個体まで含めて。

 

 「え!団体戦終了?しかも全部赤色じゃない!」

 

 庵歌姫が勢いよく立ち上がる。彼女の声には驚愕と警戒が露骨に混じっていた。通常の討伐であれば反応はもっと段階的で、色の変化も異なる。だが今、室内に並ぶ札は、まるで同一の異物に焼かれたように、赤く染まりながら消えていく。

 

 「いや、うちの生徒がやったって言いたいところだけど……」

 

 五条悟もまた、軽い口調を崩さぬままゆっくりと立ち上がる。しかし、その声音の奥にある集中は明らかだった。目隠しの下で六眼は既に情報を拾い始めている。

 

 「未登録の呪力でも札は赤く燃える」

 

 夜蛾が静かに告げる。その一言で、場の認識が揃う。つまりこれは、生徒たちによる通常の討伐ではない。交流会のために高専側が把握していた術師・呪霊以外の何者かが、内部へ干渉した可能性が極めて高いということだ。

 

 「外部からの侵入者ってことですか?」

 

 「天元様の結界が機能していないって事?」

 

 庵と冥冥の問いがほぼ同時に重なる。どちらも本質を突いた疑問だった。高専という場所そのものが、幾重にも施された結界と監視の上に成り立っている以上、外部からの侵入は本来、極めて困難なはずなのだ。

 

 「外部であろうと内部であろうと、不測の事態には変わるまい」

 

 それまで沈黙を保っていた楽巌寺嘉伸が、低く口を開く。その一言は短いが十分だった。推測を続ける段階は終わり、行動へ移るべき局面に入ったのだと、その場の全員に理解させるには足る声音だった。

 

 役割は即座に決まる。

 

 五条、庵、楽巌寺は現場へ。夜蛾は天元の元へ向かい、冥冥はそのまま監視を継続する。誰がどこへ行くべきか、議論する時間すら惜しい。状況は既に、交流会の枠を完全に逸脱していた。

 

 その一方で、帳の内側では異常が既に広がっていた。

 

 伏黒恵と加茂憲紀が対峙する戦場へ、狗巻棘が現れる。言葉は短い。だが、その表情と動きだけで十分だった。撤退を促し、戦線の組み換えを要求している。

 

 その直後、空気が変わる。

 

 呪霊の気配が、一気に膨れ上がる。

 

 森の奥から圧が押し寄せる。通常の呪霊とは比較にならない密度と重さを持った存在が、明確な敵意を伴ってその場に立ち現れる。

 

 現れたのは——特級呪霊。

 

 花御だった。

 

 

 

 一方その頃——

 

 「フッ……んー?」

 

 踏み込みと同時に放たれるはずだった虎杖悠仁の拳が、寸前で静止した。加速に乗り切った軌道を強引に断ち切ったにもかかわらず、その制動には一切の乱れがない。むしろ、勢いを殺すのではなく“別の方向へ流す”ように止められており、身体の内側に溜まった力はそのまま次の動作へと移行できる状態で保たれていた。反射ではない。明確な認識によって動きが選択的に止められている。

 

 虎杖の視線が、ゆっくりと上へ向く。

 

 森を覆う天蓋。そのさらに上。

 

 空の色が、僅かに変わっている。

 

 何かが、外側から覆い始めていた。

 

 「どうした。ブラ——」

 

 東堂葵が言葉を続けようとしたその瞬間、彼の動きもまた止まる。言いかけた言葉は途中で切れ、そのまま視線だけが引き上げられる。彼もまた、同じ異変を捉えていた。

 

 空気が変わる。

 

 閉じる。

 

 外側から押し込まれるように、場の密度が変質していく。

 

 「帳か……」

 

 東堂が低く呟く。その声音に動揺はない。状況を受け止め、次の判断へと繋げるための確認に近い響きだった。

 

 「少し離れた場所に、特大の呪力も感じる。特級クラスかも」

 

 虎杖が続ける。

 

 その言葉には確信があった。単に強いだけではない。濃度の異なる何かが一点に集約され、周囲の“流れ”そのものを歪めている感覚。それはこれまでに対峙してきた呪霊とは、明確に質が異なる。

 

 「ほお?それは本当か、虎杖」

 

 東堂が腕を組む。破れた衣服の下、露出した肉体は汗に濡れているが、疲労の色はない。むしろ戦闘によって研ぎ澄まされ、次の衝突を待っている状態だった。

 

 「あぁ、間違いないさ」

 

 虎杖もまた同様に、上半身を露出させたまま立っている。呼吸は荒くない。筋肉の収縮と弛緩が一定のリズムで繰り返され、既に次の行動へと移行する準備が整っている。

 

 「呪霊の他に、嫌なのも二つある。多分、呪詛師だ」

 

 その言葉の裏で、虎杖の感覚はさらに別の気配を捉えていた。薄く、弱い。四級未満と断じてもいいほどの希薄な存在。しかしそれは完全に無視できるものでもない。流れの中に紛れ込む異物のように、確かにそこにある。だが今、優先すべきではないと判断し、その情報は口に出されることはなかった。

 

 東堂の口元が、わずかに歪む。

 

 「ブラザー、行くのは決まっているだろう」

 

 それは問いではない。

 

 確認ですらない。

 

 ただの断定だった。

 

 「応、勿論だ」

 

 虎杖が頷く。

 

 その瞬間、二人の重心が同時に沈む。膝がわずかに落ち、足裏が地面を掴むように密着する。蓄えられた力が、一点へと収束する。

 

 次の瞬間——爆発する。

 

 地面が弾ける。土が押し潰されるように沈み込み、その反発がそのまま推進力へと変換される。二人の身体は、ほぼ同時に前方へと射出された。

 

 そして走る。

 

 だが、その走りは通常のそれとは明確に異なっていた。膝を上げて蹴り出す動作ではない。脚そのものが円を描くように回転する。筋肉の収縮と解放が異常な速度で繰り返され、接地と離脱の間隔が極限まで圧縮されることで、推進力が連続的に発生する。その結果、脚は“回転している”ように見える。

 

 まるで車輪。

 

 あるいは、滑稽なほどに誇張された動き。

 

 だが——速い。圧倒的に速い。

 

 無駄な上下動を排除し、前方への推進にすべてを振り切ったその走法は、純粋な膂力と制御の極致として成立していた。地面が抉れ、砂煙が尾を引き、通過した後に遅れて風が吹き抜ける。木々の葉が一斉に揺れ、その軌跡だけが異様に残る。

 

 「おおおおおおおお!!!」

 

 「おおおおおおおお!!!」

 

 叫び声が重なる。

 

 距離が消える。

 

 景色が流れる。

 

 そして——到達する。

 

 既に戦闘は始まっていた。

 

 

 

 

 伏黒恵、加茂憲紀、狗巻棘。三人が一点に集中し、眼前の存在と交戦している。連携は成立しているが、押し切れてはいない。攻撃は通る。だが、決定打には至らない。削れているはずの手応えが、どこか空虚に抜けていく。そんな違和感を伴った攻防が続いていた。

 

 その中心に立つもの。

 

 巨大な呪力。

 

 圧倒的な存在感。

 

 周囲の空気が粘りつくように重くなり、呼吸すらわずかに遅延する。目に見えるわけではないが、確かにそこに“いる”と分かる異質な圧力が空間全体を覆っている。人の形をしていながら、その在り方は完全に人外。森そのものが意思を持ったかのような、静かでありながら拒絶を孕んだ気配がそこにあった。

 

 伏黒の式神が踏み込む。加茂の矢が空気を裂く。狗巻の呪言が短く放たれる。それらは確かに命中している。だが、相手は崩れない。離れているはずの距離が、まるで最初から存在しなかったかのように埋められていく。

 

 その時だった。

 

 「上から行くぞ!東堂!」

 

 声が落ちてくる。

 

 「おうとも!」

 

 応じる声。

 

 次の瞬間、空気が裂ける。

 

 上空から二つの影が急降下する。落下というよりも、叩きつけるための軌道。重力に任せるのではなく、意図的に加速させた降下。空気との摩擦が一瞬遅れて音となり、圧縮された衝撃が周囲へと伝播する。

 

 「フッ!」

 

 「ハッ!」

 

 虎杖悠仁の踵。

 

 東堂葵の肘。

 

 それぞれが異なる軌道で、同一の対象へと収束する。

 

 衝突。

 

 地面が陥没する。

 

 踏み込みとは異なる、上からの圧力。逃げ場のない直撃。衝撃はその場に留まらず、地面を媒介にして周囲へと拡散し、空気そのものを弾けさせる。遅れて破裂音が森の中に響き渡り、木々の葉が一斉に揺れた。

 

 「グハァッ!!」

 

 低く押し潰されたような声。

 

 巨大な影が沈む。

 

 肩に叩き込まれた踵、頭部に落とされた肘。その二点を起点として、衝撃が内部へと叩き込まれる。骨格が軋み、体幹がわずかに崩れる。完全な崩壊には至らないが、それでも確かに“効いている”と分かる変化が生じていた。

 

 二人は着弾と同時に力を抜く。

 

 衝撃を押し込むだけ押し込み、その反動を利用して後方へと跳び退く。地面に着地した瞬間には、既に次の動きへと移行できる体勢が整っている。

 

 伏黒たちの前に、並ぶように立つ。

 

 「……虎杖!」

 

 伏黒が名を呼ぶ。

 

 「いくら!」

 

 狗巻の短い言葉が続く。

 

 「……東堂!」

 

 加茂もまた、視線を向ける。

 

 その一瞬、わずかな間が生まれる。

 

 二人とも上半身裸。

 

 状況に対してあまりにも場違いなその姿に、反射的な違和感が走る。だが、それは本当に一瞬のことだった。すぐに意識は戦場へと引き戻される。目の前の存在が、それを許さない。

 

 虎杖と東堂が、同時に振り向く。

 

 視線が交差し、そして前へと向く。

 

 呼吸が揃う。

 

 構えが一致する。

 

 「「助けにきた!!」」

 

 声が重なる。

 

 その言葉に、軽さはない。

 

 だが、重さだけでもない。

 

 戦場に踏み込む者としての覚悟と、どこか場違いなほどの明るさが同居した響きだった。

 

 そして、五対一。

 

 戦いの構図が、明確に変わる。

 

 

 

 

 

 

 特級呪霊、花御。

 

 人が森を畏怖する感情の蓄積から生まれた存在であり、その姿は自然そのものを具現化したかのように歪でありながら統一されていた。筋骨隆々とした体躯は巨木の幹を思わせ、白い肌の上を走る黒い紋様は枝葉のように広がり、どこを切り取っても“森”という概念が形を持っている。頭部は鉄兜と頭蓋骨を重ね合わせたような異形で、眼球の代わりに空いた窪みからは角のように伸びた二本の枝が天へと伸び、その在り方自体が人外であることを否応なく示していた。

 

 花御は思想を持つ呪霊である。

 

 「地球は人間のいない“時間”を欲している」

 

 という認識のもと、森・空・海を守るため、人類という存在そのものの排除を目的としている。その思想は単なる破壊衝動ではなく、明確な方向性と秩序を伴っており、漏瑚、真人、陀艮といった特級呪霊達と連携し、さらに呪詛師である夏油傑と協力関係を築くことで、一つの勢力として機能していた。

 

 今回の高専侵入もまた、その計画の一環に過ぎない。

 

 伏黒恵、加茂憲紀、狗巻棘との戦闘は、優勢ではあった。攻撃は通り、圧も維持できている。しかし決定打に至らない。削り切る前に流され、仕留める寸前で連携に遮られる。その繰り返しが、結果として戦況を膠着させていた。

 

 そこへ割り込んできたのが、上空からの一撃。

 

 虎杖悠仁と東堂葵。

 

 落下と同時に叩き込まれた二つの打撃は、外殻ではなく内部へと衝撃を通していた。地面が陥没するほどの圧力は単なる膂力ではなく、逃げ場を与えない軌道と一致している。その余波は今もなお花御の内部に残り、わずかな遅延として動作に現れていた。

 

 花御はゆっくりと立ち上がる。沈み込んだ地面から身体を引き上げるその動作には、確実に“通された”手応えが残っている。それでも崩れない。だが、無視できるものでもない。

 

 そして視線を向ける。

 

 虎杖悠仁へ。

 

 (あれが宿儺の器——)

 

 情報は得ていた。危険性も理解している。しかし、それは知識に過ぎない。目の前にいる存在は、その理解の外側にある。

 

 (なんだ……?)

 

 違和感がある。

 

 だがそれは単なる異質さではない。

 

 人の形をしている。肉体も呪力も、強大だが人の範疇に収まっているはずだ。それでも、その内側にある“何か”がそれを否定している。

 

 (縋りたくなるような雰囲気……)

 

 言葉が浮かぶ。

 

 生命。

 

 単体ではない。

 

 連なり、循環し、重なり続ける流れとしての生命。それが、あの少年から溢れている。

 

 隣に立つ東堂へと一瞬視線を移す。

 

 (呪力量から見れば、私より弱い……)

 

 測れる。理解できる。比較もできる。

 

 だが——

 

 (あの少年は違う)

 

 測ろうとした瞬間に、基準そのものが曖昧になる。

 

 思考が追いつかない。

 

 そこで、夏油の言葉が蘇る。

 

 「彼の掌に触れられないようにね。簡単に消されちゃうよ」

 

 (そういうことか……)

 

 理由は分からない。だが結果だけは理解できる。

 

 (触れた瞬間、終わる)

 

 感覚が先に結論を出す。理屈ではなく、直感として。

 

 (何故、あの子は——)

 

 思考が乱れる。そして、残るのは矛盾。

 

 (何故あの子から生命(自然)を感じる……?)

 

 人を滅ぼす側に立つ存在が、人という個体からこれほど強い生命の肯定を感じ取っている。その事実が、理解を拒む。

 

 (人の子ではないのか……?)

 

 疑問は消えない。だがそれ以上に警戒が深く沈むのが分かった。




五条「中入れないけど悠仁いるし別にいっか!」
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