武術の王『虎杖悠仁』   作:やめろ小僧、その技は俺に効く

28 / 70
やはり至高、俺が喰らうべきもの

 

 

 

 

 「伏魔御廚子『◽️◽️』」

 

 両面宿儺が領域展開を発動した瞬間、その肉体の内側から噴き上がる呪力が爆散するように外界へと溢れ出し、圧という形で空間そのものへ干渉を開始する。目に見えぬはずの流れが物理的な質量を持ったかのように周囲を押し潰し、均衡を失った構造が歪み、崩れ、再編されていくことで、そこに存在していた現実は一度解体され、別の位相へと塗り替えられていった。視界を覆っていた瓦礫は音もなく沈み込み、代わりに顕れたのは虎杖悠仁の生得領域を基盤とした異質な景色である。

 

 (ククッやはりそうなるか)

 

 宿儺は即座に状況を看破する。

 

 だがそれは本来の虎杖悠仁の領域ではない。かつて垣間見えた黄金の水面や蓮の葉と花は影も形もなく、そこに広がるのは光を拒絶するかのように沈んだ暗い水面と、無数に積み上げられた骨、そして奥に聳える伏魔殿。すなわちこれは、虎杖悠仁の器を通して顕現した、宿儺の理が侵食した歪な生得領域であった。

 

 理解と同時に、宿儺は自身の術式を付与する。

 

 思考と動作の間に遅延は存在せず、領域という器に対して術式が流し込まれることで、その内部は完全に宿儺の法則へと塗り替えられていく。宿儺の術式は単純でありながら絶対的であり、斬撃は二種、対象を問わず切断する通常の斬撃「解」と、呪力差や強度を読み取り最適解として対象を卸す「捌」で構成されるが、そのどちらもが回避不能であり、干渉を許さない性質を持つため、この空間においては存在するだけで死を内包する圧力として機能する。

 

 さらに、宿儺の展開した領域は閉じられていない。結界という枠で内外を分断するのではなく、外界そのものを領域へと上書きすることで成立しており、それは例えるならばキャンパスを用いず、空に直接絵を描くに等しい神業。

 

 通常の術師であれば成立し得ないその構造は、外界との接続を保ったまま必中効果を維持するという矛盾を成立させる代わりに、“縛り”としての制約を伴い、その対価として術式の精度と範囲が異常なまでに引き上げられる。

 

 宿儺は当初、より広範囲に領域を展開し、意図的に逃げ道を設けることで必中効果の適用範囲を拡張し、魔虚羅を含めた全てを削り切る算段を取っていた。だが、その思考は一瞬で修正される。

 

 (小僧の機嫌を損ねるのはマズいな)

 

 虎杖悠仁という存在は、単なる器ではなく、宿儺にとっては完成させる価値を持つ最高の素材であり、至高の闘争を約束する逸品であるがゆえに、その精神を無差別な殺戮によって歪めることは、結果として自身の愉悦を削ぐことに繋がると判断される。ゆえに宿儺は選択する。破壊の規模を制御し、対象を限定することを。

 

 領域の範囲は圧縮される。

 

 魔虚羅と宿儺を中心とした半径三十メートル。そこだけを切り取り、他を排除する形で成立した空間は、閉じられぬまま外界と接続しつつも、内部は完全な支配下に置かれ、逃げ場を与えるという“縛り”の成立によって必中効果は極限まで強化される。

 

 その瞬間から、魔虚羅の身には絶え間なく斬撃が降り注ぎ続けた。

 

 空間そのものが刃と化し、無数の「解」と「捌」が間断なく叩き込まれることで肉体は切り刻まれ、構造は崩壊へと導かれていくが、それでもなお魔虚羅は崩れない。つい先に受けた斬撃に対して既に適応を開始しており、切断という現象そのものに対する耐性を獲得し始めているため、単純な削りでは決定打に至らない。

 

 だが——

 

 「クククッハーッハッハッハッハ!!!」

 

 宿儺が嗤う。その声は領域全体に反響し、空間そのものが震える。

 

 同時に、領域の奥に“像”が浮かび上がる。それは巨大であり、尊大であり、形容する言葉を拒絶するかのような異質さを帯びた存在で、如来を思わせる構造を持ちながらも、その本質は救済ではなく蹂躙にある。暗く、重く、圧倒的な質量を伴ったそれは、宿儺の意思と完全に同調しながら静かに構えを取る。

 

 施無畏印、与願印、触地印、金剛拳——本来は意味を持つはずの印が、ここでは純粋な破壊のベクトルとして再定義され、無数に展開されたそれらが同時に魔虚羅へと放たれる。

 

 次の瞬間、斬撃を受け続けていた魔虚羅の肉体は、その印の奔流によって完全に押し潰され、適応の余地を残すことなく存在そのものを分解される。衝突の余波は地面を貫き、岩盤ごと抉り取り、結果としてその場には底の見えない大穴が穿たれた。

 

 「いい、いいぞ小僧」

 

 跡形もなく消え去った魔虚羅のいた空間を見据えながら、宿儺は静かに呟いた。視界の先には何も残っていない。ただ削り取られた地面が口を開け、半径三十メートルに及ぶ大穴が暗く沈み込んでいるのみであり、その縁に立つ宿儺の姿は、まるで破壊そのものを具現化したかのように異質な静けさを纏っていた。先程まで存在していたはずの強大な式神は、その適応すら許されることなく完全に消滅しており、残滓すら感じ取ることはできない。

 

 だが宿儺の関心は、その結果そのものには向いていなかった。むしろ注視していたのは、その過程において一瞬だけ生じた“歪み”である。自身が展開し、完全に支配していたはずの領域、その内部において、明確に異質な干渉が混じった感覚。それは極めて短く、しかし確実に存在していた。

 

 「俺の付与した術式を押し除け、小僧の持つ()()が顕れた」

 

 宿儺の声には抑えきれない愉悦が滲んでいる。自身の術式が支配する絶対領域の中で、別の術理が割り込んだという事実、それ自体があり得ない現象でありながら、その原因が明確であるがゆえに、否定ではなく歓喜として受け止められていた。

 

 「眠っていてもなお、その拳を振るうとは……」

 

 虎杖悠仁は深層に沈んでいる。外界への干渉は失われ、意識も表層には浮上していない。にもかかわらず、その内側にある何かは未だ動いている。意志ではない。反射でもない。もっと根源的な、存在そのものに刻まれた“流れ”が、宿儺の領域という絶対の中にすら干渉した。

 

 「やはり至高、俺が喰らうべきもの」

 

 呟きは確信に満ちていた。

 

 宿儺にとって虎杖悠仁は器ではなく、完成させる対象であり、最終的に喰らうべき存在である。その価値は今この瞬間、さらに引き上げられた。制御されていない状態ですら術式の兆しを見せるという事実は、成長の余地が未だ底を見せていないことの証明に他ならない。

 

 宿儺は踵を返す。

 

 もはやこの場に用はない。魔虚羅は消滅し、領域もまたその役割を終えた。展開されていた空間は徐々に解け、歪んでいた景色が元の渋谷へと戻っていく中、宿儺は何事もなかったかのように歩き出す。その足取りに迷いはなく、次に向かうべき場所も既に定まっていた。

 

 伏黒恵の元である。

 

 現場から少し離れた位置、瓦礫の影に取り残される形で重面が立っていた。戦いの最中に投げ出され、その後の展開をただ見ていることしかできなかった男は、目の前で起きた一連の現象を理解することすらできず、ただ呆然と宿儺の姿を追っていた。

 

 そして視線が合う。

 

 その瞬間、身体が勝手に反応した。理性ではない。恐怖が直接神経を焼き、制御を奪う。足は動かず、声も出ない。ただ立ち尽くしたまま、抗えない圧に押し潰される。

 

 股間が濡れる。

 

 「汚いな」

 

 宿儺は一瞥する。

 

 次の瞬間、重面の身体は音もなく両断されていた。予備動作は存在せず、術式の発動すら認識できないまま、上半身と下半身がずれ落ち、地面へと崩れ落ちる。血が遅れて溢れ出すが、それすらも宿儺の関心を引くことはなかった。

 

 既に視線は別の場所へと向いている。

 

 瓦礫の中に横たわる伏黒恵。

 

 宿儺はその傍へと歩み寄る。

 

 伏黒は意識を失っているが、呼吸は安定しており、先程施した反転術式の効果もあって致命傷は回避されている。身体の損傷は残っているものの、生命の危機は脱している状態だった。

 

 「ん……目醒めるか」

 

 その呟きは伏黒に向けられたものではない。

 

 内側。

 

 自身の奥底にあるもう一つの気配。

 

 虎杖悠仁の魂が、わずかに浮上を始めている。完全な覚醒ではないが、沈み込んでいた意識が揺らぎ、外界へと干渉しようとする兆しが確かに存在していた。

 

 宿儺は伏黒を見下ろしたまま、ゆっくりと目を閉じる。

 

 次に訪れる瞬間を、ただ待つように——

 

 「いや、まだだな」

 

 宿儺はそう呟くと、地に伏した伏黒恵の身体を片手で軽々と担ぎ上げた。意識を失ったままの伏黒は力なく腕を垂らし、その呼吸だけが辛うじて生の証を示しているが、宿儺の動きには一切の配慮も躊躇もなく、ただ荷物を運ぶかのような無造作さで扱われているにもかかわらず、その歩調には妙な一定の安定があり、無意識のうちに負荷が分散されているかのような違和感が残る。

 

 そのまま一歩、踏み出す。

 

 次の瞬間、姿が消えた。

 

 移動は単なる高速ではない。空間の“繋がり”を踏み替えるような移動であり、気配も軌跡もほとんど残らず、存在がその場から切り離されたかのように消失する。残されたのは僅かな呪力の揺らぎのみであり、それすらもすぐに周囲の空気へと溶けていった。

 

 そして——

 

 渋谷外縁。

 

 高専が設置した臨時拠点。

 

 崩壊の余波が届かないぎりぎりの位置に設けられたその場所では、夜蛾正道と家入硝子が前線の状況を視認しながら警戒を続けていた。視界の先では未だ混乱が収束せず、断続的に呪力の衝突が発生している。空気は張り詰め、静寂と騒乱が奇妙に同居している状態だった。

 

 その均衡が、僅かに揺らぐ。

 

 「ん」

 

 家入が短く反応する。

 

 視線が一点に固定される。何かを“感じ取った”というよりも、明確に“来る”と理解した反応であり、その瞬間には既に身体が動いていた。

 

 「どうした家入——あ!おい!」

 

 夜蛾が声を上げるよりも早く、家入は前へと踏み出し、ゲート前へと移動している。その動作には迷いがなく、同時に、普段の彼女からは想像できないほどの緊張が宿っていた。

 

 構える。

 

 両手を腹部から胸元へと引き上げ、呼吸と連動させながらゆっくりと前方へ突き出す。その動作に合わせるように胸郭が異様に膨れ上がり、肺に取り込まれた空気が圧縮されることで、内圧が一気に高まっていく。

 

 獅子咆哮功。

 

 本来は対人戦闘において衝撃波として放たれる技術であり、近距離であれば内臓すら破壊する威力を持つそれを、家入は“牽制”として構えている。すなわち、今感じている存在が、それほどまでに危険であるという判断だった。

 

 そして、現れる。

 

 空間がわずかに歪む。

 

 次の瞬間、そこに立っていたのは両面宿儺、そしてその肩に担がれた伏黒恵の姿だった。

 

 「ほぉ……俺が来るのを勘付いてたか……」

 

 宿儺はゆっくりと視線を向ける。その目は興味を持った時のそれであり、警戒や敵意ではなく、観察に近い。

 

 「その構え——獅子咆哮功だな?」

 

 言い当てられる。

 

 家入の顔に汗が浮かぶ。呼吸は維持しているが、圧は明確に身体へとのしかかっており、構えを崩せばその瞬間に踏み込まれるという確信があった。対峙しているだけで、術師としての格の差が骨の奥まで伝わってくる。

 

 「まぁいい、このガキを置いておく」

 

 宿儺は興味を失ったように視線を外し、肩に担いでいた伏黒を無造作に地面へと降ろす。その動作には乱暴さがあるが、致命的な衝撃は加えられていない。置くべき位置に置いたという、ただそれだけの行為だった。

 

 次の瞬間、姿が消える。

 

 圧が霧散する。

 

 それまで張り詰めていた空気が一気に緩み、周囲の音が戻ってくる。

 

 家入はゆっくりと息を吐き出した。胸郭の膨張が収まり、構えが解ける。そのまま数秒間動かず、ようやく全身の力を抜いた。

 

 「家入!?今のは虎杖……か?」

 

 夜蛾が駆け寄りながら問う。その声には警戒と困惑が混じっている。外見は確かに虎杖悠仁だったが、纏っていた気配は明らかに別物だった。

 

 「いや、あれは両面宿儺ですよ。何故か伏黒を置いてまたどっかに行った」

 

 家入は短く答える。その声音は冷静を保っているが、内側では明確に緊張が残っている。

 

 視線は消えた方向へと向けられたままだった。

 

 (私では手も足も出ない……アレが両面宿儺……)

 

 理解はしていたはずだった。だが実際に対峙したことで、その認識は一段階更新される。強い、などという言葉では到底足りない。あれは災害ではなく、意思を持った“終わり”に近い何かであり、対処という概念そのものが成立しない領域にある存在だった。

 

 そして、その存在が今もなお動いている。

 

 目的を持って。

 

 

 伏黒恵を置いた宿儺は、間を置くことなく渋谷駅地下へと移動していた。魔虚羅との戦闘に意識を割いたことで一時的に優先順位は後退していたが、内側に渦巻き続ける感情の核は変わっていない。むしろ時間が経過したことで、その怒りはより明確な形を持ち、向けるべき対象を定めたまま燻り続けている。

 

 高専から自身の指を盗み出し、選別し尽くすはずだった至高の機会を歪めた存在。

 

 呪霊、真人。

 

 その名を思考の中でなぞるだけで、内圧が僅かに上がる。

 

 地下通路を進む。足音は静かだが、存在そのものが空間に圧を生み出し、周囲の空気がわずかに軋む。影の奥から現れる改造人間たちは、本能に従うように襲いかかってくるが、宿儺は視線すら向けない。指先がわずかに動くだけで、『解』が放たれ、不可視の斬撃が無拍子で走り、肉体を骨ごと両断する。斬られたことにすら気づけないまま崩れ落ちるそれらを、宿儺はただ通過していく。

 

 (チッ……そろそろか)

 

 歩みを止めずに、宿儺は自身の手を見つめた。

 

 震えている。

 

 微細ではあるが、確実に制御が揺らいでいる。外部からの干渉ではない。内側からの反発。虎杖悠仁の意識が浮上し、肉体の主導権を奪い返そうとしている兆候だった。完全に覚醒してはいないが、このまま時間が経過すれば、主導権は確実に入れ替わる。

 

 (呪霊ごときに怒りを覚えるとはな……俺も落魄れたか?ククッ)

 

 自嘲とも取れる笑みが浮かぶが、その奥にある怒りは消えていない。むしろ明確に、対象へと収束している。

 

 やがて視界の先に人影が現れる。

 

 上半身は裸で、左半身は焼け爛れ、皮膚は崩れ、筋肉が露出している。右手には呪布の巻かれた鉈を握り、立っていること自体が奇跡に近い状態でありながら、その眼にはまだ意思が残っている。

 

 七海建人。

 

 (奴は……十劃呪法の男)

 

 一瞥で状態を把握する。生命は維持しているが、余力はほぼない。あと数度の交戦で確実に崩壊する段階にある。

 

 その直後、七海の前方に改造人間が溢れ出す。通路を埋め尽くすほどの密度で現れ、逃げ場を塞ぐように押し寄せるそれらに対し、七海は一歩も退かずに踏み込み、鉈を振るう。動きは鈍いが正確で、確実に急所を捉え、一体ずつ処理していく。血が飛び散り、肉片が舞い、床が赤く染まっていくが、その足取りは崩れない。

 

 (奴もいるな。アレだけやって俺に気づいていない)

 

 宿儺の視線が、そのさらに奥へと向けられる。

 

 そこにいる。

 

 七海の背後へと回り込むように近づく影。軽い足取りで、死の距離へと踏み込んでいく呪霊——真人。

 

 その姿を視認した瞬間、宿儺の呪力が僅かに迸る。

 

 腕が動く。

 

 振るわれる。

 

 不可視の斬撃が空間を裂き、一直線に真人へと到達する軌道を描く。

 

 だが——その軌道上に、別の存在が割り込んだ。

 

 斬撃が遮られる。空間が軋み、弾かれるように力が逸れる。

 

 「おっとっと……」

 

 軽い声が響く。

 

 そこに立っていたのは、一人の男だった。

 

 手には四角の物体。それはただの箱ではない。

 

 特級呪物、獄門疆。

 

 「……お前は」

 

 宿儺が視線を向ける。

 

 その気配は既に知っている。

 

 偽りの肉体に宿る別の存在。

 

 「羂索」

 

 名を呼ぶ。男はわずかに笑みを浮かべた。

 

 「やぁ、宿儺」




魔虚羅「マコマコマコマコマコーーーッ!!!!」

宿儺は羂索と真人を

  • 領域展開
  • とりあえず話す。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。