武術の王『虎杖悠仁』   作:やめろ小僧、その技は俺に効く

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ヤリましょ……宿儺を引き摺り出してあげる

 

 

 

 「『おい小僧、来るぞ』」

 

 宿儺の声が頭の奥で響いた瞬間、それは俺自身にもはっきりと伝わってきた。

 

 肌がピリッとする。

 

 まるで細い電流が皮膚の表面を走ったみたいな、不快じゃないのに無視できない感覚。空気そのものが変質してるみたいに、周囲の流れがほんの少しだけ歪む。

 

 気配だ。

 

 しかもかなり濃い。

 

 俺はゆっくりとそっちへ振り向いた。反射で動くこともできたけど、あえてそうしなかった。下手に刺激したくない、そんな直感が働いていたからだ。

 

 山道の向こう。

 

 木々の隙間から、ひとりの女が歩いてくる。

 

 足音はほとんど聞こえない。けど確実に近づいてきてる。距離の詰め方が妙に一定で、無駄な動きが一切ない。

 

 長い黒髪が揺れている。

 

 スカジャンに、丈の短いデニムのパンツ、足元はサンダル。季節とか気温とか、そういうのを一切考えてないような格好なのに、不思議と違和感がない。

 

 顔は——綺麗だ。

 

 整ってるとかそういうレベルじゃなくて、はっきりとした輪郭で、無駄がない。目が鋭くて、でもどこか楽しそうで。

 

 笑ってる。

 

 「ふふふふふふふふふふ」

 

 小さく、でもはっきり聞こえる笑い声。

 

 抑えてるのに漏れてるみたいな笑い方で、それが逆に気味悪い。嬉しいのか楽しいのか、それとも全然違う理由なのか、全く分からない。

 

 なにこの人。

 

 めっちゃ怖いねんけど。

 

 ただの強い人じゃない。

 

 もっとこう……戦い慣れてるとか、そういうのとも違う。“戦うこと自体が普通”みたいな、そんな感じがする。

 

 「悠仁、知り合いか?」

 

 後ろから真希さんの声。

 

 振り返らなくても分かる。警戒してる。さっきまであれだけボロボロだったのに、もう構えに入れる体勢を作ってる。

 

 「いや、全然知らない人だ」

 

 正直に答える。

 

 でもそれだけで終わらない。

 

 視線を外せない。

 

 あの人、こっち見てる。

 

 いや、正確には“見られてる”って感じがする。表面じゃなくて、もっと奥の方まで覗かれてるみたいな、そんな圧がある。

 

 「『小僧、あまり奴をジロジロ見るな。襲われるぞ。ケヒッ』」

 

 宿儺が楽しそうに言う。

 

 なんでそんなに嬉しそうなんだよ。いや分かるけど、こういう強いやつ見るとテンション上がるタイプなのは知ってるけどさ。

 

 俺は視線を少しだけ外した。

 

 完全に逸らすわけじゃない。相手の動きは見える位置に置いたまま、正面からぶつけないようにする。

 

 距離はまだある。

 

 でもその距離が意味を持ってないのは、さっきの感覚で分かってる。

 

 俺はゆっくり息を吐いた。

 

 身体の中の“流れ”を整える。余計な力を抜いて、どこから来ても対応できるようにする。構えないようで構える、いつものやり方。

 

 女は、止まった。

 

 ちょうどいい距離でピタリと足を止めて、そのままこっちを見ている。距離を測ってるのか、それともただ観察してるだけなのか、どっちとも取れる動き。

 

 黒い何かが、弾けた。

 

 一瞬だけ。

 

 雷みたいなものが、あの人の周りで走る。でも音はない。ただ“そういう現象が起きてる”って分かるだけで、実感が遅れてくる。

 

 やっぱり普通じゃない。

 

 「……あなた、強いわね」

 

 唐突に言われた。

 

 まだ何もしてないのに、見ただけでそう断言される。評価っていうより、確認に近い。

 

 俺は肩を軽く回して、力を抜いたまま返す。

 

 「そっちも、なかなかだと思いますけど」

 

 言葉を交わしてるのに、会話してる感じがしない。ただお互いを測ってるだけ。

 

 空気が張り詰める。風が止まった気がした。

 

 逃げるって選択肢は——最初から、ないな。

 

 そして女の人が一歩踏み出したのが見えた瞬間、空気の密度がわずかに変わった気がした。踏み込みそのものは静かで、音もほとんど立っていないのに、その一歩だけで間合いの概念が歪む。速い。けど視える。消えるほどじゃない。だからこそ分かる、この人はまだ余裕を残してる。

 

 気づけば目の前にいる。

 

 近い。

 

 いや本当に近い。距離感がおかしい。普通ここまで詰めたら反射的に離れるもんだろ。でもこの人は違う。躊躇も遠慮もなく、ただ“そこが自然”みたいに立ってる。

 

 ちょっと恥ずかしいんですけど?

 

 視線が合う。というか、捕まる。

 

 覗き込まれるってこういうことかってくらい、奥まで見られてる感じがする。瞳は綺麗だ。澄みすぎてる。濁りがない分、内側にあるものがそのまま見える。

 

 ——楽しんでる。

 

 それがはっきり分かる。

 

 この人やっぱ普通じゃねぇ。

 

 「『受肉者だ。それも平安のな。ククッ……まさかヤツから会いに来るとは』」

 

 宿儺が笑う。いつもより少しだけ、低くて重い。単に面白がってるだけじゃない。懐かしさみたいなものが混じってる気がする。

 

 平安の術師。受肉者。

 

 つまり昔のバケモンがそのまま出てきてるってことか。

 

 しかも宿儺の知り合い。

 

 ろくでもねぇな、ろくでもない確定だコレ。

 

 「ねぇあなた……」

 

 女の人が口を開く。声は静かだ。でもさっきと違って、ほんの少しだけ熱が乗ってる。興味が強くなってるのが分かる。

 

 顔がさらに近づく。

 

 近いって。

 

 ほんとに近いって。

 

 俺は思わず少しだけ顔を引いた。でも、それすら見透かされてるみたいに距離は変わらない。逃げた分だけ詰められてるわけじゃないのに、結果的に同じ距離に固定されてる。

 

 なんなんこの人?

 

 「あなた……戦うの、好きでしょう?」

 

 問いというより確認だった。答えはもう分かってるみたいな言い方で、ただ最後の裏取りをしてるだけって感じ。

 

 俺は一瞬だけ考える。

 

 好きかどうか。

 

 正直に言えば、嫌いじゃないどころか、かなり好きだと思う。最強になるために如来神掌を叩き込んできたし、宿儺とのやり取りも、乙骨先輩との戦いも、真希さんとの本気の殴り合いも、一度も“やめたい”って思ったことはなかった。

 

 痛いし苦しいけど、それ以上に分かるものがある。

 

 強さとか、自分の限界とか。

 

 だから俺は目を逸らさず、そのまま覗き返した。

 

 この人は、確実に好きだな。

 

 「好きだな」

 

 そう言った瞬間、女の人の目がほんの一瞬だけ見開かれた。驚きというより、期待が当たったときの反応に近い。

 

 そして嗤う。

 

 「あら……いいわね。それ」

 

 その一言と同時に、空気が揺れた。

 

 黒い雷が、女の身体を這う。

 

 さっきよりはっきり見える。細い線が腕を伝って、指先に集まっていく。その一つ一つがただの電気じゃない。圧がある。触れたら終わるって、本能が勝手に判断する。

 

 「それにあなた……とっても良く鍛えられてる」

 

 女の人がゆっくりと俺の周りを歩き始める。円を描くように、間合いを崩さず、でも常に触れられる距離を維持したまま。

 

 近い。

 

 未だに近い。

 

 肌と肌が触れそうな距離でぐるっと回られると、さすがに意識する。いやなんか変な意味じゃなくて、単純に距離がバグってる。

 

 めっちゃいい匂いするし。

 

 あ、触られた。

 

 指先がほんの少しだけ肩に当たった瞬間、ビリッとした感覚が走る。軽い衝撃。でもその中に、明らかに“ただの接触じゃない何か”が混ざってる。

 

 「……ねぇ」

 

 「なに?」

 

 俺はそのまま答える。動かない。ここで下手に距離を取ったら、それだけで流れを持っていかれる気がした。

 

 女の人が、ぴたりと動きを止めた。

 

 すぐ横。

 

 耳元に近い位置で、ゆっくりと口を開く。

 

 「宿儺出して」

 

 「えっ」

 

 一瞬、意味が追いつかない。

 

 なんでいきなりそこに行くんだよ。

 

 俺の中で思考が一拍遅れる。

 

 「『クハッ』」

 

 宿儺が笑った。

 

 「あなたの中にいるんでしょう?触れた時に感じた。ヤツの鼓動を」

 

 あのほんの一瞬、指先でちょこんと触れただけのあれで、そこまで分かるもんかよと内心で苦笑するが、同時に背筋をなぞる違和感が消えない。さっき肩に触れられたときに走ったビリッとした感覚は、単なる刺激じゃなくて、明らかに“中”に踏み込まれた感触だった。皮膚の表面じゃない、もっと奥、流れの根元に触れられたみたいな気持ち悪さが、まだ残ってる。

 

 やっぱりただ者じゃない。

 

 「宿儺は俺が抑え込んでる。アイツは出れないよ」

 

 そう言いながら、言葉の意味よりも先に、自分の中でその前提をもう一度固める。ここは絶対に譲れないし、こいつの前で曖昧にする理由もない。あいつを外に出すつもりは最初からないし、それで何かが楽になるとも思ってない。

 

 「へぇ……!宿儺があなたに?あの宿儺が?ふふふふふふ……」

 

 目の前で笑う。その笑い方が、さっきよりもずっと分かりやすくなっている。驚いてるはずなのに怖がる気配はなくて、むしろ面白がってるというか、期待が当たったときの顔をしている。アイツの名前を聞いて喜ぶタイプか。面倒くさいな。

 

 そして正面に立った。距離は変わらない。

 

 詰めてもこないし離れもしないのに、ずっと同じ場所に縫い付けられてるみたいな感覚がある。こっちが少しでも動けば、その分だけ埋められるのが分かるから、下手に踏み出す気にもなれない。

 

 で、来る。

 

 そう思った瞬間に腕が振られる。予備動作が小さいから反応が遅れたら終わるタイプの一撃で、しかも速度も重さもただの殴りじゃない。けど見える。完全にじゃないけど、流れが分かる。

 

 俺は正面で受けるのをやめて、横から腕を差し込むように出す。止めるんじゃなくて逸らす。軌道をずらして、力の抜け道を作る。

 

 ぶつかる。

 

 黒い雷が弾ける。

 

 その瞬間、空間がミシッと軋んだ気がしたあと、衝撃が腕から体の芯に流れ込んできて、骨の内側まで震える。重い。普通の打撃じゃない。圧そのものを叩き込まれてる感じだ。

 

 でも流せる。

 

 俺はそのまま力を外へ逃がして、地面に落とす。遅れて後ろの木が折れて、土がえぐれる音が響いた。

 

 やっぱ強い。

 

 しかも今の黒閃だよな。

 

 狙って出してる。あの精度で、ただ腕を振るっただけで。

 

 「わぁ……」

 

 女の人の口角が上がる。目が細くなって、身体の奥から震えてるのが分かる。寒いとかじゃない。完全に戦いに入る前の、あの感じだ。

 

 「ヤリましょ……宿儺を引き摺り出してあげる」

 

 距離はそのまま、目を逸らさずに言ってくる。声は静かなのに、言ってることは一切ブレてない。本気でそうするつもりだ。

 

 「私の名は源頼光……あなたを討滅する者なり」

 

 名乗りと同時に、空気が変わる。さっきまでとは比べものにならないくらい濃い圧が周囲に広がって、黒い雷が身体の周りを這うように走り始める。

 

 そして飛び退く。

 

 一瞬で距離が開く。さっきまでの近さが嘘みたいに、今度は完全に“戦うための間合い”が作られる。

 

 ヨリミツさんが構える。

 

 無駄がない。変な癖もない。ただ“そこにある”って感じの構えで、どこからでも来れるし、どこへでも動ける位置にいる。

 

 「虎杖悠仁」

 

 俺もそれに応えるように名乗る。声は自然と落ち着いてた。変に気負う感じもなくて、ただ相手と同じ土俵に立ったっていう感覚。

 

 そのまま静かに構える。

 

 力を入れるんじゃなくて抜く。流れに乗せる。どこから来ても対応できるように、身体の中を整える。

 

 視界が澄む。

 

 余計な音が消える。

 

 目の前のヨリミツさんだけが、はっきり見える。

 

 強い。

 

 でも——やれる。

 

 そう思えるくらいには、今の俺も仕上がってる。

 

 

 

 

 

 

 源頼光は虎杖悠仁を間近で捉えた瞬間、その肉体に宿る完成度にまず感嘆し、同時にそこに滲む説明不能な異質さに、ほんのわずかだけだが呼吸を詰めた。筋肉の連なりは合理的で、重心は低く安定し、無駄な力みはない。長年の鍛錬が形になった理想的な肉体だと一目で分かる。だがそれ以上に、そこに存在している“何か”が違う。呪力の濃淡とは別の、流れのようなものが内側で巡り、それが外へと微かに滲んでいる。

 

 「あなた、強いわね」

 

 「そっちも、中々だと思いますけど」

 

 軽い応答の裏で、頼光はいつも通りの手順を踏む。相手を測るための最初の動作、言葉よりも先に距離を詰めること。足を踏み出すと同時に重心が滑るように移動し、空間を裂くように一歩で間合いを潰すと、そのまま肌と肌が触れそうな位置まで侵入し、逃げ場のない距離で真正面から目を覗き込む。

 

 それは頼光にとっての挨拶であり、同時に選別でもあった。視線を通して相手の内側を探り、強さ、性質、歩んできた道筋を掴む。もちろんそこには彼女自身の主観も混じるが、それでも大きく外れることはないという確信がある。

 

 だが——

 

 頼光が覗き込んだ虎杖悠仁の瞳は、これまで見てきたどの強者とも違っていた。

 

 (光が溢れてる……でも眩しくない)

 

 透き通るように澄んでいるのに、鋭さだけではない柔らかさを持ち、優しさと純粋さが同時に存在している。その光は押し付けがましくなく、それでいて確かにそこにあると分かる。奥を覗けば覗くほど深く沈み込んでいきそうなのに、底だけは決して見せない。

 

 「ねぇあなた……」

 

 頼光は思わず顔をさらに近づけていた。興味が抑えられない。未知に触れたときの衝動が、そのまま身体を動かしている。

 

 同時に、もう一つの違和感が確信へと変わる。

 

 (呪力も圧も感じない……いや、違う)

 

 存在しないのではなく、質が異なる。呪力としての圧は希薄なのに、そこに立っているだけで空間が満たされるような感覚がある。まるで異なる理で構成された存在のようだ。

 

 だが——

 

 (戦うのが好きそう)

 

 その一点だけは、はっきりと読み取れた。

 

 「あなた……戦うの、好きでしょう?」

 

 問いかける声に対し、虎杖は迷いなく答える。

 

 「好きだな」

 

 その即答に、頼光の中で記憶が弾ける。

 

 『好きだな、俺は闘争を好む。一切を喰らい尽くすほどにな』

 

 かつて対峙した呪いの王、両面宿儺が同じように答えたときの声が鮮明に蘇る。響きは似ている。だが決定的に違う。目の前の少年は、あの暴食の獣とは異なる在り方で同じ言葉を口にしている。

 

 「あら、いいわね。それ」

 

 頼光の感情が昂り、呪力が自然と迸る。黒い雷が肉体を這い、空気が細かく震え始める。

 

 彼女はそのまま虎杖の周囲をゆっくりと歩き始めた。円を描くように、間合いを崩さず、しかし常に触れられる距離を維持したまま、視線と気配で絡みつくように観察する。

 

 傍らに禪院真希の気配があるにも関わらず、頼光は一瞥すらしない。今この瞬間、興味の全てはこの少年に向けられている。

 

 (いい身体)

 

 鍛え上げられているというだけではない。無駄がなく、動きのためだけに構築された構造でありながら、硬直していない柔軟さを持っている。

 

 「それにあなた……とっても良く鍛えられてる」

 

 そう言いながら、頼光は指先を伸ばし、虎杖の肩へと触れた。

 

 術式——『超躍電導』

 

 呪力を電気質へと変換し、脳、神経、筋肉へ直接作用させることで、思考と動作の遅延を限りなく削ぎ落とし、反応速度のみならず筋出力そのものを底上げする術式である。神経伝達は極限まで加速され、筋繊維は常識を超えた速度で収縮し、その結果として生まれる一撃は速さと重さを同時に兼ね備える。

 

 肉体から迸る雷そのものに攻撃性はない。だがそれを接触させることで、内部へと浸透させ、対象の情報を読み取ることが可能となる。

 

 黒い電導が刹那の間、指先から虎杖の肉体へと滑り込む。

 

 皮膚を越え、神経を伝い、奥へ。

 

 (いる——)

 

 確信が走る。

 

 (宿儺だ!)

 

 魂の奥、深部に、明確な異物として存在している。融合でも支配でもない、奇妙な均衡の中で巣食っている。

 

 (宿儺……!宿儺だ!!)

 

 頼光の内側に愉悦が溢れる。求めていた存在が、確かにそこにいる。

 

 彼女はそのまま虎杖の耳元へ口を寄せ、囁く。

 

 「ねぇ、宿儺出して」

 

 「えっ」

 

 「あなたの中にいるんでしょう?触れた時に感じた。ヤツの鼓動を」

 

 「宿儺は俺が抑え込んでる。アイツは出れないよ」

 

 「へぇ……!宿儺があなたに?あの宿儺が?ふふふふふふ……」

 

 笑いと同時に、頼光の腕が振るわれた。

 

 そして虎杖悠仁は、振り抜かれる頼光の腕を横から差し込むように受け止めた。正面からぶつけるのではなく、軌道を読み、その流れに沿ってわずかに角度を変え、衝突の中心を逸らすことで致命的な打撃を無効化する。だがそれでもなお、ぶつかった瞬間に生じた衝撃は圧そのものとなって周囲へと拡散し、空気を裂き、近くの木々を根元から薙ぎ倒し、地面を深く抉り取った。

 

 その余波の中で、頼光の瞳が見開かれる。

 

 (いい……!いいわ……!)

 

 受けられたという事実そのものが、彼女の中で確信へと変わる。この少年はただの強者ではない。己の全力を真正面から受け止め、なお立っていられる存在だ。

 

 (この少年……昂ってくる……!)

 

 胸の奥から熱が湧き上がる。抑え込む必要もなく、そのまま感情は呪力へと変換され、黒い雷となって肉体の表面を這い始める。

 

 「わぁ……」

 

 自然と口角が上がる。戦いの中でしか得られない充足が、確かにそこにある。頼光にとって、自身と対等に渡り合える存在は極めて稀であり、それは同時に最高の獲物でもあった。

 

 だが——

 

 同時に、もう一つの欲求が膨れ上がる。

 

 (宿儺とも、戦いたい)

 

 目の前の少年の内側に潜む存在。その気配を既に捉えている以上、そちらを引きずり出さずにはいられない。

 

 「ヤリましょ……宿儺を引き摺り出してあげる——」

 

 頼光は虎杖悠仁の顔を見据えながら、その奥にいる存在へと向けて言葉を投げる。視線は表層を越え、内側へと突き刺さっている。

 

 「私の名は源頼光、あなたを討滅する者なり」

 

 名乗りと同時に、彼女は一瞬で後方へと飛び退いた。先程までの密着に近い距離から一転して、完全な戦闘間合いを形成する。その動きには一切の無駄がなく、地を踏む感覚すら希薄なまま空間を滑るように位置を取り直す。

 

 構える。

 

 右腕を前に出し、手の甲を相手へと向ける形で拳を握り、左腕は腰に添える。攻防どちらにも即応できる、均整の取れた構えだ。重心は低く、しかしどの方向へも爆発的に移動できるよう解放されている。

 

 対する虎杖悠仁も、自然な流れで構えを取る。

 

 衣服は既に焼け落ち、パンツ一枚のまま露わになった肉体が静かに呼吸を繰り返している。その一つ一つの動きに無駄はなく、筋肉は緊張ではなく調和によって連動している。張り詰めているのではなく、むしろ解き放たれているにも関わらず、そこから発せられる圧は確かなものだった。

 

 「虎杖悠仁」

 

 短く名乗る。

 

 同時に両手が静かに形を結ぶ。

 

 施無畏印——与願印。

 

 その構えは呪術の型にも見えるがそうではない。そして単なる象徴でもない。内側を巡る流れを一点に束ね、外へと繋ぐための器として機能している。目に見えない何かが、確かにそこに集まり始める。

 

 頼光の身体が震える。

 

 恐怖ではない。

 

 歓喜だ。

 

 ここにあるのは、自分と同じ領域で戦える存在。力を解放し、ぶつけ合い、削り合い、それでもなお立ち続ける者との闘争。

 

 黒い雷が激しく迸る。

 

 空気が震える。

 

 地面が軋む。

 

 そして二人の間に満ちる圧が、臨界点へと近づいていく。

 

 

 至高の闘争、その幕が上がる。

 

 

 二人の姿が同時に掻き消える。

 

 次の刹那には既に互いの間合いを完全に潰し、正面から激突していた。移動という過程が存在しないかのような踏み込みは、視覚で追うにはあまりにも速く、残像すら置き去りにして衝突という結果だけが現実に刻まれる。

 

 虎杖悠仁と源頼光の腕がぶつかる。

 

 単なる打撃の応酬ではない。互いの全身が連動した一撃同士が、正確に噛み合う位置で衝突し、骨と筋が軋む音すら掻き消すほどの圧が瞬間的に空間へと解放される。頼光の術式によって強化された膂力は神経伝達と筋収縮の遅延を排除し、放たれる打撃は速度と重さを同時に成立させている。

 

 一方で虎杖の動きは、それとは異なる理で構成されている。流れを捉え、力の方向を読み、最小限の動きで最大限の干渉を行うことで、真正面からの衝突を成立させながらも崩れない。

 

 衝突の余波が爆ぜる。

 

 空気が歪み、周囲の地面が波打つように沈み込み、衝撃波が同心円状に広がっていく。その外縁で木々が揺れ、幹が軋み、根が浮き上がる。

 

 「いいわね、すごくいい」

 

 頼光の口元が歪む。完全に戦いの熱に呑まれている。相手の力を受け止めること自体が歓喜であり、さらにその先を求める衝動が抑えきれない。

 

 「確かにいい、いい!」

 

 虎杖もまた、その圧を真正面から受けながら応じる。言葉の軽さとは裏腹に、全身の筋肉は一切の無駄なく連動し、踏み込みの位置、腕の角度、重心の移動すべてが精密に制御されている。

 

 再び動く。

 

 引くでもなく押すでもなく、衝突の一点を起点として次の動作へと繋がる。頼光は踏み込みをさらに深くし、神経伝達を極限まで加速させることで瞬間的な出力を引き上げ、連撃へと移行する。その拳は直線ではなく、僅かな曲線を描きながら死角を縫うように差し込まれる。

 

 対する虎杖は、来る前にそれを読む。筋肉が動くよりも前に、その流れを掴み、最小限の動きで迎え撃つ。逸らし、弾き、必要な分だけを受け止め、余剰を逃がす。

 

 ぶつかるたびに衝撃が蓄積され、地面が悲鳴を上げる。

 

 一方その頃——

 

 禪院真希は既にその場から距離を取っていた。真依を抱きかかえたまま、戦闘の余波が届かない位置まで一瞬で跳躍し、そこから二人の激突を見据えている。その移動速度は常人の視覚では到底捉えきれず、天与呪縛によって極限まで高められた視力と感覚があって初めて追える領域だった。

 

 腕の中の真依の冷たさを感じながらも、真希の意識は完全に戦場へと向いている。

 

 「あのスカジャン、強えな」

 

 短く呟く。その視線は鋭い。

 

 虎杖のように“感じない”わけではない。むしろ逆だ。頼光からは明確な呪力の流れと圧が放たれており、それが戦場の中心を支配しているのが分かる。空気そのものが押し潰されるような密度で満ちている。

 

 「間違いなく特級レベルだな」

 

 判断は即座だった。躯倶留隊や炳などとは比較にならない。純粋な戦闘能力として、あの領域に達している存在。

 

 視線の先で、再び衝突が起きる。

 

 今度は先程よりも深い。

 

 頼光の踏み込みがさらに加速し、黒い雷が爆ぜ神経と筋肉の連動が極限まで研ぎ澄まされることで、放たれる一撃の質が変わる。速さも重さも増している。だが虎杖は崩れない。真正面からそれを受けながらも、流れを捉え続け、致命的な崩壊を避けている。

 

 互いに引かない。

 

 互いに崩れない。

 

 ただ純粋に、力と技と感覚がぶつかり合い、削り合っている。

 

 その光景を、真希は静かに見据えていた。




直哉「だーれもおらへんやん」



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黒閃を意図的に出すモジュロ虎杖ですが、マジでどういう原理なんですかね。五条ですら衝突のタイミングを測れないあの現象を、68年生きただけでできるようになるのホントにバグですわ。
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