(仮)購買意欲が勝った転生者   作:Celtmyth

25 / 25
 誤字脱字・感想ありがとうございます。前話は特にウチのエレちゃんの誤字が合ってご迷惑おかけしました。
 あと罪人都市ベルゲンの設定ですが書籍版『アストレア・レコード』の特典小説に詳細な設定があったらしく、曰く『地中深く掘られた地下監獄であり、オラリオより巨大な壁に囲まれ脱出不可能。そしてここに収監された犯罪者は主神との契約を解除して神の恩恵(ファルナ)を封じた上で地獄のような拷問を与える』そうです。(※ピクシブ百科事典『ディース姉妹』の項目より)
 結果として原作とは完全に違う設定の改変になりましたが、それでも本作の物語を読んでいただけると幸いです。


間幕『不止の子ら(イディアとフロール)』

「ヘルメス様とリディスさんを部屋へ案内しました。ただし強欲な老人(パンタロン)が戻ってきたなら知らせてくれと」

 

 ヘルメスたちの案内を終えたイディアはヤマの所へと戻っていた。現在、彼の補佐であり団長である梓が別件で出ており、その代理として彼女が選ばれている。それが気(・)遣(・)い(・)から来るものだと理解した上で。

 

「ならそれを門番に言伝を頼んでおけ。その後、お前は今日収容された者どもの情報を確認しろ」

「私が、ですか?」

「お前だから、だ。脱走してからの新顔がいるかいないかでお前もやりやすいじゃろう?」

「ああ、そういう事ですね。でもデ(・)ィ(・)ー(・)ス(・)姉(・)様(・)方(・)――失礼、【ディース姉妹】以外はそう突出していないと思います」

「じゃが主神のアレクトは一緒ではない。お前の事じゃ、ヘルメスから聞いておるじゃろう」

「行方不明だそうです」

「なら警戒と備えはしておけ。どうもオリュンポスの神々は時代を揺るがすような活動をするからの」

「……現れるでしょうか?」

「ワ(・)シ(・)に(・)聞(・)く(・)事(・)か(・)?(・)」

 

 言外に、『それはお前の方が知ってるじゃろう?』と言っているようなものだった。実際、ヤマは天界では異郷同士でかの女神との交流はない。会った事がない相手、しかも神の動向などわかる訳がなかった。

 そして逆に、女神の眷属だったイディアは3年前を最後に見た姿を思い浮かべる。

 

 

 

『相変わらず、君は笑わないな』

 

 

 

 そんな事を毎度、不気味な笑顔で言う女神アレクトの姿は、今でも鮮明だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「だって、メンドーだから」

 

 主神の挨拶に彼女、13歳のイディアはまだ残る子供らしさでぶっきらぼうに返事をする。そんな声にも掻き消されそうな呻き声が部屋中に聞こえるが、問題ない。もう治療は終えたのだから。

 

「それより、最近は数が多いわ。お陰で精神力(マインド)が激減りよ」

「そう言わないでくれ。皆、最強(ゼウス)と最凶(ヘラ)がいなくなってはしゃいでるんだ」

「治癒師(ヒーラー)、兼任を除けば私だけなんだけど」

「でもフレイヤの所も似たモノだよ?」

「知らない。私、地(・)上(・)を(・)知(・)ら(・)な(・)い(・)し(・)」

 

 人造迷宮(クノッソス)の天井を見上げながら、暗い先にある世界(ソラ)なんて興味なさそうに呟く。

 彼女、イディアは単体限定ながら【アレクト・ファミリア】唯一の治癒師(ヒーラー)として今日も今日とて地上のオラリオで暴れ回った同(・)僚(・)の治療に当たっていた。魔法で回復させる所はそうするが最近では医術による治療を加えて精神力(マインド)の節約に勤しむ。

 

「で、なんか用?」

「【ディース姉妹】が玩具を治療(直)してほしいそうだ」

「姉様方の玩具って、それこそ精神力(マインド)足りないわよ」

「そう思って、ほら。奇麗なお姉様方から精神回復薬(マインドポーション)を預かってきた」

「……あーあ。行くわ」

「ああ、行ってらっしゃい」

 

 アレクトがこれ見よがしに出した精神回復薬(マインドポーション)を受け取って【ディース姉妹】の言う玩具がある場所へ向かう。道中、受け取った精神回復薬(マインドポーション)を見ればこの地下で作られている物に比べて品があったので地上の略奪品なのは一目瞭然である。その封を開けて歩きながら服用すると空になった瓶はそのままポイッと捨てた。

 そして血の匂いが濃くなるにつれて目的の場所へと近づいていき、そして発生元である部屋の扉の前にたどり着くとノックもせずに開けた。

 

「来たよー」

「あ、いらっしゃいイディア」

「ようこそイディア」

「「来て早速だけど、玩具(コレ)を治療(直)して頂戴♪」」

 

 中にはイディアが『姉様』と呼び、団長と副団長であるディナとヴェナと、体の一部がない、虫の息となっている知らない誰かがいた。

 

「今日は珍しく時間をかけてるわね、姉様方」

「ええ、そう! コ(・)レ(・)ってばどんなに刻んで(愛して)も刺し(愛し)ても必死に頑張ってたのよ!」

「燃やし(愛し)て踏み潰し(愛し)て、それじゃあ足りなくなったからここでゆっくり甚振っ(愛し)て上げたくなっちゃったの!」

「え~、じゃあまた私呼ばれるの?」

 

 今回だけじゃなく、また呼び出しを受けると思うと肩を落とすイディア。【アレクト・ファミリア】であればこの対応は無礼であった。そんな彼女に、【ディース姉妹】は左右それぞれに来ると優(・)し(・)く(・)頭と顎を撫でた。

 

「安心して。楽しむ(愛して)って言ってもそろそろ飽きてきたから」

「治療(直)してもらったら遠慮なくトドメを指し(愛し)てあげるの」

「なら、いっか」

 

 すでに拷問(愛)された者はその会話は聞こえていないが、そこには優しさと信頼があった。同じ眷属相手に蛆(ウジ)と呼ぶ【ディース姉妹】とって彼女は一種の特別だった。

 そうしてひとしきりに撫でられたイディアは魔法を使おうとして、ふと考える。

 

「ねぇ、だったら腕(・)も(・)生(・)や(・)し(・)と(・)く(・)? どうせもう今日この後は休むから」

「あらそう? じゃあお願いするわ」

「邪魔されたなら私たちに言いなさい。その邪魔者を転がしてあげるから」

「ありがと」

 

 確認を取れるとイディアは杖を持つ利き手の手の平を、懐から取り出したナイフで切りつけ血を流す。そしてそのまま杖を握り直すと魔法を発動させる。

 

「【黒き羊の慈悲を纏え。その傷(いたみ)すら貪り喰らう】、【カプロス・イアシス】」

 

 詠唱と魔法が紡がれ、治癒の光が怪しく輝く。同時に手の平から流れた血が意思を持ったように蠢き、霧のように目に見えないほどに散っていく。すると目の前の者は切り傷が治り、失った体の一部が再生されていく。【犠命身代(スケープゴート)】。自身が代償を払う事により魔法効果を高めるレアスキル。アレクト曰く、奇跡すら起こせるスキルとの事。

 闇派閥(イヴィルス)の眷属にしてはあまりにも惜(・)し(・)い(・)と言わざるを得ないイディアの力。その様子を見ていたヴェナはふと、呟いた。

 

「ねぇイディア、好きな事は出来た?」

「ん? ああ、全然。そもそも私、物心がつく前にオラリオの外から運ばれた奴隷だよ。この人造迷宮(クノッソス)から出た事もないし、ないない」

「でも昔よりマシになったかな。あんまり無気力だったから潰しちゃおうと思ったくらい」

「あの時は私の偉業貢献にどーも」

 

 イディアが13歳にしてLv.3に至った二つの偉業。一つ目がここにいる【ディース姉妹】の戯れから生還した事。二つ目は今使っている魔法とスキルで欠損を含む重症の患者を全快させた事。【ディース姉妹】の態度が変わったのはその一つ目の偉業の際だがイディア自身、その詳細は知らない。ただ時々、ヴェナがここで尋ねた事が理由なのかもしれないとは思っている。

 

「でも姉様方。私に好きな事、まぁ物かもしれないけど。出来たら何かくれるの?」

「プレゼント? どうするヴェナ?」

「記念ならいいんじゃないディナお姉さま」

「じゃあ物以外でお願い。私、そう言ったものに執着がないから」

「「そうねぇ……」」

 

 話している間に治療は終わった。全快し傷も欠損もなくなったがあまりにも過激な拷問だったのだろう。痛みが消えても精神的な疲弊か、その意識が朦朧としている。そして【ディース姉妹】がお互いの視線を合わせてしばらく、笑顔でイディアに近づくと左右それぞれ肩に手を置く。

 

「じゃああなたの好きな事に私たちは手を出さない、それを約束するわ」

「例え不利になっても怒らせても、絶対に手を出さない。それを約束するわ」

「それはすっごいプレゼントだ。アリガトね」

 

 【ディース姉妹】が絶対に手を出さない。それが敵でも味方でもどんなに大きな物か、この狂った姉妹を知る者であれば疑うか驚くかどちらかだ。イディアも半信半疑で受け取り、お礼を言う。

 

「じゃあ私は部屋に戻って寝るから」

「ええ、おやすみなさい」

「ええ、いい夢を」

「はーい」

 

 別れの挨拶もしてイディアは部屋から出ていく。扉は締め、そして暫くすると絶叫が聞こえる。イディアにはその声すら日常の音でしかなく、今は休みたい一心で部屋へと向かう。

 

「……好きな物が出来たら、どうなるんだろうなぁ」

 

 彼女の主神アレクトの名は『止まない者』。道徳的な罪、他者への不義に対して復讐を行う女神。であれば【ディース姉妹】はそれを象徴する眷属であるだろう。しかし、それに対しイディアはオラリオ外の闇派閥(イヴィルス)信者が人員補給に連れてこられた奴隷であり、【アレクト・ファミリア】所属もアレクトが『なんかいい感じになりそう』と気まぐれで選ばれたその他大勢であり、復讐する動機はない。

 ただ言えるのはそれが出来た時、そして失った時に彼女は狂う事になるだろう。それが【アレクト・ファミリア】の眷属に相応しき姿である。

 

 

 

 

 

 

 

 

 しかし未来は、そうはならなかったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 それから暫くした頃だった。更なる人員補給としてイディアの時と同じような奴隷が送られてきた。そして彼女は怪我や負傷した者がいれば治癒しておけとアレクトに命じられ、1人1人と治療していった。物心つく前に送られ眷属になったのでこの時まで知らなかったが、どうも送られた奴隷は闇派閥(イヴィルス)に染まりやすいように無垢な子供か、欲に溺れた罪人か世界を恨む復讐者が多かった。

 Lv.3であるイディアもまだ恩恵のないLv.0とも言える奴隷たちに制圧される事なく淡々と治療を行っていき、そして終えた。

 

「そう言えばさ、誰をどこのファミリアに入れるか決まった?」

「それならこの後、神様たちが演説を行って奴隷共に決めさせるそうだ。ああでも、アレクト様はお前の時の様に1人選んでたな。まだ恩恵を与えてないが、あのガキは【アレクト・ファミリア】だろう」

「ふーん」

 

 別のファミリアだが同じ闇派閥(イヴィルス)の同僚にそんな事を教えられ、イディアは興味を持ってどこにいるのかを尋ね、その子供の元へと向かった。先ほどの奴隷たちが集められた大部屋と違い、【アレクト・ファミリア】が使っている倉庫のような一室を訪れる。

 そしてその部屋の中に、件の子供がいた。真っ暗な部屋、イディアの開けた扉から入り込む光だけが灯るそこで何故か天井を見上げてる子供がいた。

 

「―――だれ?」

 

 突如として光が入った事で子供は腕で顔を覆いながら幼い声で尋ねる。奴隷として連れてこられたにしては落ち着いていると思いつつ、より好奇心が湧いたイディアは近づいて膝を突いて視線を同じ高さまで落とした。

 

「私はイディア。貴女の名前は?」

「……フロール。ねぇ、おねえちゃん。ほかのみんなは?」

「みんなは私が治療しておいたから心配ないわよ」

「ちりょう……?」

「痛い痛いがなくなったって事よ」

「そうなのっ。みんな、もういたくないの?」

「ええ、そうよ」

「よかったぁ」

 

 あまりにも純粋無垢で、イディアはどうしてこんな子が奴隷なのか、どうして女神アレクトはこの子をわざわざ先取りしたのかわからなかった。

 わからない事と言えばもう一つ、イディアの奥に何かを感じ始めていた。ここで生きて、この人造迷宮(クノッソス)が世界の全てだった彼女に何かが―――。

 

 

 

 

 

「ありがとぉ、おねぇちゃん」

 

 

 

 

 

 そこへフロールは、その小さな手でイディアの頭を撫でた。薄汚れた奴隷の子の手であったが、イディアは不快とは思わず、寧ろ自分の奥の正体に気づいた。

 

 

 

 それは、愛おしさだと。そう思った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 気づけばイディアはフロールを抱き上げて走っていた。同じ【アレクト・ファミリア】の眷属だけではなく闇派閥(イヴィルス)の邪神や構成員の全ての認識から隠れるように。

 脱走である。女神アレクトの繋がりがある以上、彼女に感づかれればすぐにわかる程度の物である。故に彼女はアレクトがいる場所から離れつつ、闇派閥(イヴィルス)の構成員たちが良く行き来する場所を使って移動していた。

 

「……おねぇちゃん」

「まだ静かにしてて」

 

 フロールはこの状況が理解できていないようでキョトンとしているがイディアはそれを優しく諫める。

 イディアはフロールに脱走している事は伝えていない。彼女が愛おしさを自覚した途端、何も言わず抱き上げて移動を始めたので衝動的な行動である。とは言えこのまま闇派閥(イヴィルス)にいてはフロールがこの先を生き抜けるか、例え生き抜けてもこの純粋さを保てる事はないと理解していたのでフロールの未来を優先するなら最適解であった。準備もせずに装備と携帯していたアイテムだけの身一つであった。

 

(切り札はこの『ダイダロス・オーブ』だけ……)

 

 フロールがいた倉庫に一つ、この人造迷宮(クノッソス)の隔壁を開閉する魔道具(マジックアイテム)があったのは幸運だった。とは言え闇派閥(イヴィルス)にとっては数ある一つである為、脱出と足止めにしか使えない。それを踏まえ、徐々に出口まで向かっていく。

 そうして進み、そうして降ろされた隔壁の前に到着した。あとは時間と運の勝負になると考え、イディアはフロールを下ろして目と目を合わせる。

 

「よく聞いてフロール。これから迷宮の外に出るために走るわ。荒っぽくなるから私にしがみ付いて絶対に離さないでほしいの」

「おそとにでるの? みんなは?」

「それは、出来ない。これは私の我が儘。だからお願い、私の我が儘を聞いて頂戴」

「……そっかぁ」

 

 フロールはイディアが歩いてきた方向を寂しそうに見たが、すぐに抱き着くようにイディアに体を預けた。

 

「ここにくるまえに、いっしょにいたおじいさんがいってた。ここからにげられるなら、まよわないでくれって」

「そう、ならそのおじいさんに感謝しないとね」

「でも、どこにいくの?」

 

 どこへ行くか? それを指摘されてイディアは考える。オラリオの外に出て闇派閥(イヴィルス)から離れる。言葉にするよりそれは難しかった。闇派閥(イヴィルス)の派閥がオラリオから動かないとは言え、フロールを奴隷として連れて来たように外の影響力もある。特に商人に繋がりが多い為、街中に潜んでも移動を繰り返す事になる。そもそも、イディアには主神アレクトの繋がりがある為、生死の有無は確実に把握されるだろう。なら絶対に闇派閥(イヴィルス)の手が届かない場所。そうしなければ何れ捕まって―――。

 

「――ベルゲンに行きましょう。あそこならきっと、条件次第で私たちを守ってくれるわ」

「わかった」

 

 ギュッと弱くともしっかりと抱き着く。その温かさと力強さを感じつつイディアは覚悟を決める。

 そして『ダイダロス・オーブ』を使用した―――。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 そして2人は無事にオラリオの外へと脱出することが出来た。奴隷を、いわゆる入団式モドキとイディアの衝動的な脱走が功を奏したようで人造迷宮(クノッソス)を脱出した場面になっても追手は来なかった。

 出た早々、イディアは闇派閥(イルヴィス)に繋がる装備は杖を除いて捨て去り、日が沈むまで移動をした。それを繰り返し、運よく馬車と遭遇しLv.3の治癒師(ヒーラー)である事で同乗させてもらう。それから人里、街を治療で旅費を稼ぎながら転々としていき、最後は馬を手に入れてベルゲンへと向う。

 ここまで来ると人との遭遇は極端に減り、警戒していた追手もそろそろ諦めたと思うようになった。そうしてイディアは改めて、外の世界と言う物を実感した。そもそも、人造迷宮(クノッソス)を出た時点でそれを認識しても良かったが、最初の時点で彼女の内心はフロールの安全しか頭になかった。その余裕が出来たからこそ、それからここまでの旅路を改めて追憶していた。

 

「ねぇフロール」

「なぁに、ディーちゃん」

 

 馬上で、揺られながら前に座るフロールに声を掛ける。彼女も出会った時の奴隷服ではなく、稼いだ資金で購入した服を着て身綺麗になっている。そうして旅を続けている間にイディアの事を『ディーちゃん』と呼ぶようになった。

 

「大人になったらしたい事がある?」

 

 そしてイディアは自身の世界が広がり、闇派閥(イヴィルス)以外の人々を見て、その上でフロールの未来が気になった。ここまで攫うように連れて来たが、それでもフロールを囲うような独占欲には至っていない。もちろん一緒にいたいと言うイディアの願望は確かにあるが、フロールの願いを潰すような真似はしたくなかった。

 そして質問されたフロールは首を傾げて唸りながら考え始める。考えて、考えて―――。最後にイディアの顔を見上げる。

 

「わかんない。わかんないけど、どんなときでもディーちゃんはたすけくれる?」

「もちろん。でも私が助けるのはフロールだけだから、他の人はフロールが言ってくれないと助けないと思うけど」

「ディーちゃん、ひどいひと」

「そうよ。私、フロールだけ大切にしたいから」

 

 手綱の握る両手の片方を離して、その手でフロールの頭を愛おしく撫でる。フロールもその撫で心地に気持ちよさそうに目を細める。

 

「でもディーちゃん、そのときもいっしょにいてくれる?」

「もちろん、ずっと一緒よ」

「ならわたし、なんだってがんばれるようになるっ」

「それは頼もしくて、楽しみね」

 

 撫でていた手を離し、再び両手で手綱を握り締めるイディアは遠くを見つめる。その視線の先にはカルデア山、ベルゲンが見える場所まで来た。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

(そうして3年、まさか【アレクト・ファミリア】のほとんどが護送される事になるなんて)

 

 護送されてきた面子を報告書で確認したイディアはその面々が【ディース姉妹】を始めにほぼ3年前まで顔を合わせてきた相手がほとんどであった。この時点で【アレクト・ファミリア】は壊滅、と言うには眷属は生きているから空中分解と言えばいいのか。幸いなのは彼ら彼女らはヤマの裁定をせずにベルゲンの街中へ降ろされ、【ディース姉妹】に至ってはタルタロスの深淵の牢獄(アンティ・エリュシオン)へ投獄されている。再会する可能性は限りなく低い。

 

(でも、どうにも胸騒ぎが収まらない)

 

 その原因は主神のアレクトが行方不明である事実。自分の主神である特別視を抜いていても、900年以上も下界にいたと言う古参の神と言うのはそれだけで畏怖の念を強くする。そしてイディア自身、かの女神の事は最後まで理解も偶像化も出来ない、不気味な神と思っている。だからこそ、不安が拭えない。

 

「……そろそろ帰る時間か」

 

 日の沈み具合からそろそろ自室へ戻る時間となっていた。イディアは手早く片づけを終えてフロールの待つ部屋へと向かう。

 今思うと、こうして普通に仕事ができるのはひとえにヤマの慈悲なのだと思う。受け入れもそうだが特例とも言えるフロールの同棲は彼女の過去を踏まえればあり得ないほどの待遇である。もちろん最初の頃は梓を補佐する形で監視を受け、同じくフロールも他のベルゲンの子供たちと共同生活を行った。そうしてイディアに問題なしと判断されて以降、現在の生活が出来ている。

 普通じゃなくても平凡で穏やかな日々。今のイディアが守りたい物だった。そして今日もいつも通りの帰宅。い(・)つ(・)も(・)じ(・)ゃ(・)な(・)い(・)、(・)出(・)迎(・)え(・)の(・)な(・)い(・)玄(・)関(・)。

 

「………っ」

 

 思わず息を飲んだ。まさか今日の今日で、そんな不安からイディアは急ぎ、しかし静かに奥へ進む。そして―――。

 

 

 

「スゥ……、スゥ……」

 

 

 

 机に突っ伏して寝ているフロールがいた。それだけでイディアは安堵のため息と共に、胸の内にあった不安は一気に消え去った。そして近付いてみればイディアが出した宿題の途中で眠ってしまったようだった。

 

「あらあら……」

 

 しかもやりかけの内容をよく見ればその範囲を超えて、予習のような事をしていた。この前、言われた通りに出来なかったからもう少し頑張る、と言った所だったのだろう。

 ここで起こす気になれなかったイディアは一度、そこから離れると毛布を持ってきてフロールに掛けてあげる。そしてまたその寝顔を眺めながら、かつての愛おしさがより強く、よ(・)り(・)歪(・)に(・)な(・)る(・)。

 

「……フロール、私の愛し子。ずぅっと、一緒に居ようね」

 

 その瞳は死兵の如く、闇派閥(イヴィルス)の眷属たちと変わらない深く暗く、しかし溶けた飴のように甘くドロドロとした純愛の色で染まっていた。

 

 

 




 イディア
 元【アレクト・ファミリア】の治癒師(ヒーラー)。16歳。改宗はしていないが実質【ヤマ・ファミリア】の団員であり、もしアレクトが送還されればヤマの眷属になる事がほぼ確定済み。
 4,5歳頃に人身売買の奴隷としてオラリオの外から連れてこられた孤児。親も故郷も知らず、気付けば【アレクト・ファミリア】の団員だった。ある程度、物になるまでステイタスの基礎アビリティを伸ばして他の一般兵と同じ立場になる予定だったが【ディース姉妹】の気まぐれで鬼ごっこと称したデスゲームをさせられ、何とか生き残ると同時に回復魔法とスキルを発現した事で治癒師(ヒーラー)となる。結果、拠点に籠りっきりとなりオラリオの冒険者と遭遇したことはない。
 本人も知らない、アレクトが彼女を先取りした理由は「内に秘めた一途さ」を感じ取ったからである。機会を見て情を移しやすい相手を用意し、その相手が死別または瀕死に追い込むことで【ディース姉妹】並みの狂気を芽生えさせる予定だったが、まさかフロールを連れ出して逃げるとは思わず、腹が破れると思う程の大笑いをしたそうである。
 成長具合の比較対象としてアイズが7歳で恩恵を授かり、1年後にLv.2へ昇格。そして『暗黒期』の9歳にはLv.3である(約2年)に対して、イディアはLv.0からおおよそ7,8年かけて同レベルになっている。


フロール
 イディアと同じ経緯でオラリオ外から連れてこられた奴隷で、イディアと出会ってまたオラリオの外へと連れ出された幼女。当時5歳で現在は8歳。まだ恩恵を刻まれていない。
 実の所、貴き血を引いた子供であり奴隷になっていたのは周囲の目を欺く為のカモフラージュであったが不幸にそれを知る者たちが亡くなり、最後の奴隷主だった人物も闇派閥(イヴィルス)の信者たる商人に暗殺されてそのままオラリオへ、と言う流れである。アレクトはその血と、イディアと同じく将来性を期待されてて【アレクト・ファミリア】に入れられる所だったがイディアによりその前提が崩壊。ベルゲンで教育と愛情を注がれスクスクと育つ。イディアの事が1番大好きであり、彼女の言う事を聞いたり逆に労ったりして互いに支え合っている。
 と言えればよかったが彼女の本質は『無邪気』。裏もなければ邪心もない、フレイヤが見ればすぐに囲い込みに来るほどの魂の持ち主。イディアの監視がなくなるまでの間を周囲の子供たちとは平等に接し、それ故に『平凡・普通』として個性を潰しかけて孤立しかけていた。同じくそれを見抜いていたアレクトは自分好みに歪めようとしたがイディアが連れ去ったと聞いて、大笑いしながら迷宮の壁を叩いていたので暫く手を痛めた。
 魂を例えるならベルが『輝く透明』であるならフロールは『木肌を思わせる素朴さ』である。……例えが難しい。



アレクト
 ホント、原作では『あぁ、君、無感症ってやつだよ』の台詞と底意地が悪い神という表現しかないから神物像(じんぶつぞう)はほぼ作者の想像。同時に神時代を900年以上もいた老獪な古参の神のイメージもある。実際、ディース姉妹とレヴィスを眷属にしてた時点で悪役(ヴィラン)の格はある。
 (本作として)『復讐』を司る彼女が闇派閥(イヴィルス)として活動していたのは喪失や理不尽な現実に絶望する人類(子ども)たちへ囁き、狂人へ引き込み世界に混乱をもたらす光景を楽しむ為。「ギリシャ神話」のアレークトー(アレクト)も親殺し・不義・不貞などの罪に対して罰を与え、狂気や混乱をもたらす力があるとされる。そして900年の経験が人物鑑定の眼を養い、フレイヤの様に魂が見えずともイディアやフロールのような逸材を見つけ出せた。
 ディース姉妹の様に自分が望む行いをしてくれる眷属も、イディアの様に神意から外れて行動する眷属も好き。ついで言えば900年前に死んだはずの眷属の気配が僅かにダンジョンから感じられるため、ワクワクが止まらない。今も、これからも。



ディース姉妹
 現在、ベルゲンの『深淵の牢獄(アンティ・エリュシオン)』に収監中。ただしヤンデレセンサー的なものがとある猫妖精に反応している。
 イディアの事は完全に妹分の扱いで他の眷属よりは文字通り(甚振る方じゃない)で可愛がっていた。フロールを連れて脱出したと聞いた時は「ああ、好きな物ができたのね」とだけで終わった。ただし妹分がいなくなった寂しさからちょっと殺戮の過激さが続いた。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。

評価する
点
※参考:評価数の上限
評価する前に 評価する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。


  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

読者層が似ている作品 総合 二次 オリ

ダンジョンはつらいよどこまでも(作者:たっぷり)(原作:ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか)

▼原作が崩壊したことを悟った少年の明日はあっちだ。


総合評価:24372/評価:8.78/連載:33話/更新日時:2026年10月04日(日) 07:00 小説情報

英雄を救う最弱の英雄(作者:イッチニッチ)(原作:ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか)

現代日本のオタク高校生から転生した少年・ラルゴが辿り着いたのは、のちの英雄たちが足元にも及ばない「全盛期オラリオ」――実力は神の領域、だけど性格と行動基準が完全に終わっている最狂の双璧が支配する時代だった!▼伝統行事は『女湯覗き』。ホーム(本拠地)は毎日ヘラ・ファミリアに更地にされるため、団員全員が一級建築士並みの大工スキルをカンストさせている不死身のドスケ…


総合評価:1784/評価:8.54/連載:28話/更新日時:2026年11月01日(日) 00:02 小説情報

デメテル・ファミリアの団長(作者:Mr.♟️)(原作:ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか)

▼地雷だと思った方はブラウザバックしてください。▼オリ主ハーレム?モノです。▼タグは随時更新します。▼原作の30年前から始まります。▼挿絵は全てAI絵になります。▼オリ主:ライ・フェンネル▼物語スタート時、年齢:10歳。▼狐人とハイエルフのハーフ、妖精狐(エル・ルナール)。


総合評価:1872/評価:7.52/連載:13話/更新日時:2026年09月01日(火) 00:00 小説情報

転生しました、主人公でした。(作者:道化の作家)(原作:ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか)

 転生先が我らが主人公(ベル・クラネル)だったので、それまでは異世界ライフを楽しもうと思っていたが急遽予定変更し、世界を救う為の『英雄RTA』を開始することになっちゃった可哀想なベル君(転生者)。▼ 早熟スキルのかわりに伯母さ…ゲフンゲフンっ?!、お義母さんよろしく才能の権化と剣の才覚と偉業&精霊誘引体質をゲッチュしちゃったベル君は原作知識を活かして…


総合評価:4944/評価:8.39/連載:7話/更新日時:2026年10月30日(金) 11:30 小説情報

最強と最恐の系譜は雷霆の申し子です(作者:道化の作家)(原作:ダンジョンに出会いを求めるのは間違っているだろうか)

 この世界線のベルくんは原作よりも二年早く生まれて、あの二人に滅茶苦茶鍛えられただけの世界線。▼ それ以外にも少し他の要素が混じってる。原作とは一部設定の違う部分がありますが許してクレメンス。▼


総合評価:2136/評価:8.56/連載:20話/更新日時:2026年10月24日(土) 08:17 小説情報


小説検索で他の候補を表示>>