あと罪人都市ベルゲンの設定ですが書籍版『アストレア・レコード』の特典小説に詳細な設定があったらしく、曰く『地中深く掘られた地下監獄であり、オラリオより巨大な壁に囲まれ脱出不可能。そしてここに収監された犯罪者は主神との契約を解除して
結果として原作とは完全に違う設定の改変になりましたが、それでも本作の物語を読んでいただけると幸いです。
「ヘルメス様とリディスさんを部屋へ案内しました。ただし
ヘルメスたちの案内を終えたイディアはヤマの所へと戻っていた。現在、彼の補佐であり団長である梓が別件で出ており、その代理として彼女が選ばれている。それが
「ならそれを門番に言伝を頼んでおけ。その後、お前は今日収容された者どもの情報を確認しろ」
「私が、ですか?」
「お前だから、だ。脱走してからの新顔がいるかいないかでお前もやりやすいじゃろう?」
「ああ、そういう事ですね。でも
「じゃが主神のアレクトは一緒ではない。お前の事じゃ、ヘルメスから聞いておるじゃろう」
「行方不明だそうです」
「なら警戒と備えはしておけ。どうもオリュンポスの神々は時代を揺るがすような活動をするからの」
「……現れるでしょうか?」
「
言外に、『それはお前の方が知ってるじゃろう?』と言っているようなものだった。実際、ヤマは天界では異郷同士でかの女神との交流はない。会った事がない相手、しかも神の動向などわかる訳がなかった。
そして逆に、女神の眷属だったイディアは3年前を最後に見た姿を思い浮かべる。
『相変わらず、君は笑わないな』
そんな事を毎度、不気味な笑顔で言う女神アレクトの姿は、今でも鮮明だった。
「だって、メンドーだから」
主神の挨拶に彼女、13歳のイディアはまだ残る子供らしさでぶっきらぼうに返事をする。そんな声にも掻き消されそうな呻き声が部屋中に聞こえるが、問題ない。もう治療は終えたのだから。
「それより、最近は数が多いわ。お陰で
「そう言わないでくれ。皆、
「
「でもフレイヤの所も似たモノだよ?」
「知らない。私、
彼女、イディアは単体限定ながら【アレクト・ファミリア】唯一の
「で、なんか用?」
「【ディース姉妹】が玩具を
「姉様方の玩具って、それこそ
「そう思って、ほら。奇麗なお姉様方から
「……あーあ。行くわ」
「ああ、行ってらっしゃい」
アレクトがこれ見よがしに出した
そして血の匂いが濃くなるにつれて目的の場所へと近づいていき、そして発生元である部屋の扉の前にたどり着くとノックもせずに開けた。
「来たよー」
「あ、いらっしゃいイディア」
「ようこそイディア」
「「来て早速だけど、
中にはイディアが『姉様』と呼び、団長と副団長であるディナとヴェナと、体の一部がない、虫の息となっている知らない誰かがいた。
「今日は珍しく時間をかけてるわね、姉様方」
「ええ、そう!
「
「え~、じゃあまた私呼ばれるの?」
今回だけじゃなく、また呼び出しを受けると思うと肩を落とすイディア。【アレクト・ファミリア】であればこの対応は無礼であった。そんな彼女に、【ディース姉妹】は左右それぞれに来ると
「安心して。
「
「なら、いっか」
すでに
そうしてひとしきりに撫でられたイディアは魔法を使おうとして、ふと考える。
「ねぇ、だったら
「あらそう? じゃあお願いするわ」
「邪魔されたなら私たちに言いなさい。その邪魔者を転がしてあげるから」
「ありがと」
確認を取れるとイディアは杖を持つ利き手の手の平を、懐から取り出したナイフで切りつけ血を流す。そしてそのまま杖を握り直すと魔法を発動させる。
「【黒き羊の慈悲を纏え。その
詠唱と魔法が紡がれ、治癒の光が怪しく輝く。同時に手の平から流れた血が意思を持ったように蠢き、霧のように目に見えないほどに散っていく。すると目の前の者は切り傷が治り、失った体の一部が再生されていく。【
「ねぇイディア、好きな事は出来た?」
「ん? ああ、全然。そもそも私、物心がつく前にオラリオの外から運ばれた奴隷だよ。この
「でも昔よりマシになったかな。あんまり無気力だったから潰しちゃおうと思ったくらい」
「あの時は私の偉業貢献にどーも」
イディアが13歳にしてLv.3に至った二つの偉業。一つ目がここにいる【ディース姉妹】の戯れから生還した事。二つ目は今使っている魔法とスキルで欠損を含む重症の患者を全快させた事。【ディース姉妹】の態度が変わったのはその一つ目の偉業の際だがイディア自身、その詳細は知らない。ただ時々、ヴェナがここで尋ねた事が理由なのかもしれないとは思っている。
「でも姉様方。私に好きな事、まぁ物かもしれないけど。出来たら何かくれるの?」
「プレゼント? どうするヴェナ?」
「記念ならいいんじゃないディナお姉さま」
「じゃあ物以外でお願い。私、そう言ったものに執着がないから」
「「そうねぇ……」」
話している間に治療は終わった。全快し傷も欠損もなくなったがあまりにも過激な拷問だったのだろう。痛みが消えても精神的な疲弊か、その意識が朦朧としている。そして【ディース姉妹】がお互いの視線を合わせてしばらく、笑顔でイディアに近づくと左右それぞれ肩に手を置く。
「じゃああなたの好きな事に私たちは手を出さない、それを約束するわ」
「例え不利になっても怒らせても、絶対に手を出さない。それを約束するわ」
「それはすっごいプレゼントだ。アリガトね」
【ディース姉妹】が絶対に手を出さない。それが敵でも味方でもどんなに大きな物か、この狂った姉妹を知る者であれば疑うか驚くかどちらかだ。イディアも半信半疑で受け取り、お礼を言う。
「じゃあ私は部屋に戻って寝るから」
「ええ、おやすみなさい」
「ええ、いい夢を」
「はーい」
別れの挨拶もしてイディアは部屋から出ていく。扉は締め、そして暫くすると絶叫が聞こえる。イディアにはその声すら日常の音でしかなく、今は休みたい一心で部屋へと向かう。
「……好きな物が出来たら、どうなるんだろうなぁ」
彼女の主神アレクトの名は『止まない者』。道徳的な罪、他者への不義に対して復讐を行う女神。であれば【ディース姉妹】はそれを象徴する眷属であるだろう。しかし、それに対しイディアはオラリオ外の
ただ言えるのはそれが出来た時、そして失った時に彼女は狂う事になるだろう。それが【アレクト・ファミリア】の眷属に相応しき姿である。
しかし未来は、そうはならなかったのである。
それから暫くした頃だった。更なる人員補給としてイディアの時と同じような奴隷が送られてきた。そして彼女は怪我や負傷した者がいれば治癒しておけとアレクトに命じられ、1人1人と治療していった。物心つく前に送られ眷属になったのでこの時まで知らなかったが、どうも送られた奴隷は
Lv.3であるイディアもまだ恩恵のないLv.0とも言える奴隷たちに制圧される事なく淡々と治療を行っていき、そして終えた。
「そう言えばさ、誰をどこのファミリアに入れるか決まった?」
「それならこの後、神様たちが演説を行って奴隷共に決めさせるそうだ。ああでも、アレクト様はお前の時の様に1人選んでたな。まだ恩恵を与えてないが、あのガキは【アレクト・ファミリア】だろう」
「ふーん」
別のファミリアだが同じ
そしてその部屋の中に、件の子供がいた。真っ暗な部屋、イディアの開けた扉から入り込む光だけが灯るそこで何故か天井を見上げてる子供がいた。
「―――だれ?」
突如として光が入った事で子供は腕で顔を覆いながら幼い声で尋ねる。奴隷として連れてこられたにしては落ち着いていると思いつつ、より好奇心が湧いたイディアは近づいて膝を突いて視線を同じ高さまで落とした。
「私はイディア。貴女の名前は?」
「……フロール。ねぇ、おねえちゃん。ほかのみんなは?」
「みんなは私が治療しておいたから心配ないわよ」
「ちりょう……?」
「痛い痛いがなくなったって事よ」
「そうなのっ。みんな、もういたくないの?」
「ええ、そうよ」
「よかったぁ」
あまりにも純粋無垢で、イディアはどうしてこんな子が奴隷なのか、どうして女神アレクトはこの子をわざわざ先取りしたのかわからなかった。
わからない事と言えばもう一つ、イディアの奥に何かを感じ始めていた。ここで生きて、この
「ありがとぉ、おねぇちゃん」
そこへフロールは、その小さな手でイディアの頭を撫でた。薄汚れた奴隷の子の手であったが、イディアは不快とは思わず、寧ろ自分の奥の正体に気づいた。
それは、愛おしさだと。そう思った。
気づけばイディアはフロールを抱き上げて走っていた。同じ【アレクト・ファミリア】の眷属だけではなく
脱走である。女神アレクトの繋がりがある以上、彼女に感づかれればすぐにわかる程度の物である。故に彼女はアレクトがいる場所から離れつつ、
「……おねぇちゃん」
「まだ静かにしてて」
フロールはこの状況が理解できていないようでキョトンとしているがイディアはそれを優しく諫める。
イディアはフロールに脱走している事は伝えていない。彼女が愛おしさを自覚した途端、何も言わず抱き上げて移動を始めたので衝動的な行動である。とは言えこのまま
(切り札はこの『ダイダロス・オーブ』だけ……)
フロールがいた倉庫に一つ、この
そうして進み、そうして降ろされた隔壁の前に到着した。あとは時間と運の勝負になると考え、イディアはフロールを下ろして目と目を合わせる。
「よく聞いてフロール。これから迷宮の外に出るために走るわ。荒っぽくなるから私にしがみ付いて絶対に離さないでほしいの」
「おそとにでるの? みんなは?」
「それは、出来ない。これは私の我が儘。だからお願い、私の我が儘を聞いて頂戴」
「……そっかぁ」
フロールはイディアが歩いてきた方向を寂しそうに見たが、すぐに抱き着くようにイディアに体を預けた。
「ここにくるまえに、いっしょにいたおじいさんがいってた。ここからにげられるなら、まよわないでくれって」
「そう、ならそのおじいさんに感謝しないとね」
「でも、どこにいくの?」
どこへ行くか? それを指摘されてイディアは考える。オラリオの外に出て
「――ベルゲンに行きましょう。あそこならきっと、条件次第で私たちを守ってくれるわ」
「わかった」
ギュッと弱くともしっかりと抱き着く。その温かさと力強さを感じつつイディアは覚悟を決める。
そして『ダイダロス・オーブ』を使用した―――。
そして2人は無事にオラリオの外へと脱出することが出来た。奴隷を、いわゆる入団式モドキとイディアの衝動的な脱走が功を奏したようで
出た早々、イディアは
ここまで来ると人との遭遇は極端に減り、警戒していた追手もそろそろ諦めたと思うようになった。そうしてイディアは改めて、外の世界と言う物を実感した。そもそも、
「ねぇフロール」
「なぁに、ディーちゃん」
馬上で、揺られながら前に座るフロールに声を掛ける。彼女も出会った時の奴隷服ではなく、稼いだ資金で購入した服を着て身綺麗になっている。そうして旅を続けている間にイディアの事を『ディーちゃん』と呼ぶようになった。
「大人になったらしたい事がある?」
そしてイディアは自身の世界が広がり、
そして質問されたフロールは首を傾げて唸りながら考え始める。考えて、考えて―――。最後にイディアの顔を見上げる。
「わかんない。わかんないけど、どんなときでもディーちゃんはたすけくれる?」
「もちろん。でも私が助けるのはフロールだけだから、他の人はフロールが言ってくれないと助けないと思うけど」
「ディーちゃん、ひどいひと」
「そうよ。私、フロールだけ大切にしたいから」
手綱の握る両手の片方を離して、その手でフロールの頭を愛おしく撫でる。フロールもその撫で心地に気持ちよさそうに目を細める。
「でもディーちゃん、そのときもいっしょにいてくれる?」
「もちろん、ずっと一緒よ」
「ならわたし、なんだってがんばれるようになるっ」
「それは頼もしくて、楽しみね」
撫でていた手を離し、再び両手で手綱を握り締めるイディアは遠くを見つめる。その視線の先にはカルデア山、ベルゲンが見える場所まで来た。
(そうして3年、まさか【アレクト・ファミリア】のほとんどが護送される事になるなんて)
護送されてきた面子を報告書で確認したイディアはその面々が【ディース姉妹】を始めにほぼ3年前まで顔を合わせてきた相手がほとんどであった。この時点で【アレクト・ファミリア】は壊滅、と言うには眷属は生きているから空中分解と言えばいいのか。幸いなのは彼ら彼女らはヤマの裁定をせずにベルゲンの街中へ降ろされ、【ディース姉妹】に至ってはタルタロスの
(でも、どうにも胸騒ぎが収まらない)
その原因は主神のアレクトが行方不明である事実。自分の主神である特別視を抜いていても、900年以上も下界にいたと言う古参の神と言うのはそれだけで畏怖の念を強くする。そしてイディア自身、かの女神の事は最後まで理解も偶像化も出来ない、不気味な神と思っている。だからこそ、不安が拭えない。
「……そろそろ帰る時間か」
日の沈み具合からそろそろ自室へ戻る時間となっていた。イディアは手早く片づけを終えてフロールの待つ部屋へと向かう。
今思うと、こうして普通に仕事ができるのはひとえにヤマの慈悲なのだと思う。受け入れもそうだが特例とも言えるフロールの同棲は彼女の過去を踏まえればあり得ないほどの待遇である。もちろん最初の頃は梓を補佐する形で監視を受け、同じくフロールも他のベルゲンの子供たちと共同生活を行った。そうしてイディアに問題なしと判断されて以降、現在の生活が出来ている。
普通じゃなくても平凡で穏やかな日々。今のイディアが守りたい物だった。そして今日もいつも通りの帰宅。
「………っ」
思わず息を飲んだ。まさか今日の今日で、そんな不安からイディアは急ぎ、しかし静かに奥へ進む。そして―――。
「スゥ……、スゥ……」
机に突っ伏して寝ているフロールがいた。それだけでイディアは安堵のため息と共に、胸の内にあった不安は一気に消え去った。そして近付いてみればイディアが出した宿題の途中で眠ってしまったようだった。
「あらあら……」
しかもやりかけの内容をよく見ればその範囲を超えて、予習のような事をしていた。この前、言われた通りに出来なかったからもう少し頑張る、と言った所だったのだろう。
ここで起こす気になれなかったイディアは一度、そこから離れると毛布を持ってきてフロールに掛けてあげる。そしてまたその寝顔を眺めながら、かつての愛おしさがより強く、
「……フロール、私の愛し子。ずぅっと、一緒に居ようね」
その瞳は死兵の如く、
イディア
元【アレクト・ファミリア】の
4,5歳頃に人身売買の奴隷としてオラリオの外から連れてこられた孤児。親も故郷も知らず、気付けば【アレクト・ファミリア】の団員だった。ある程度、物になるまでステイタスの基礎アビリティを伸ばして他の一般兵と同じ立場になる予定だったが【ディース姉妹】の気まぐれで鬼ごっこと称したデスゲームをさせられ、何とか生き残ると同時に回復魔法とスキルを発現した事で
本人も知らない、アレクトが彼女を先取りした理由は「内に秘めた一途さ」を感じ取ったからである。機会を見て情を移しやすい相手を用意し、その相手が死別または瀕死に追い込むことで【ディース姉妹】並みの狂気を芽生えさせる予定だったが、まさかフロールを連れ出して逃げるとは思わず、腹が破れると思う程の大笑いをしたそうである。
成長具合の比較対象としてアイズが7歳で恩恵を授かり、1年後にLv.2へ昇格。そして『暗黒期』の9歳にはLv.3である(約2年)に対して、イディアはLv.0からおおよそ7,8年かけて同レベルになっている。
フロール
イディアと同じ経緯でオラリオ外から連れてこられた奴隷で、イディアと出会ってまたオラリオの外へと連れ出された幼女。当時5歳で現在は8歳。まだ恩恵を刻まれていない。
実の所、貴き血を引いた子供であり奴隷になっていたのは周囲の目を欺く為のカモフラージュであったが不幸にそれを知る者たちが亡くなり、最後の奴隷主だった人物も
と言えればよかったが彼女の本質は『無邪気』。裏もなければ邪心もない、フレイヤが見ればすぐに囲い込みに来るほどの魂の持ち主。イディアの監視がなくなるまでの間を周囲の子供たちとは平等に接し、それ故に『平凡・普通』として個性を潰しかけて孤立しかけていた。同じくそれを見抜いていたアレクトは自分好みに歪めようとしたがイディアが連れ去ったと聞いて、大笑いしながら迷宮の壁を叩いていたので暫く手を痛めた。
魂を例えるならベルが『輝く透明』であるならフロールは『木肌を思わせる素朴さ』である。……例えが難しい。
アレクト
ホント、原作では『あぁ、君、無感症ってやつだよ』の台詞と底意地が悪い神という表現しかないから
(本作として)『復讐』を司る彼女が
ディース姉妹の様に自分が望む行いをしてくれる眷属も、イディアの様に神意から外れて行動する眷属も好き。ついで言えば900年前に死んだはずの眷属の気配が僅かにダンジョンから感じられるため、ワクワクが止まらない。今も、これからも。
ディース姉妹
現在、ベルゲンの『
イディアの事は完全に妹分の扱いで他の眷属よりは