蠍座の少年と退魔の血族   作:独身紳士

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 森の中を駆ける。

 

 ただひたすらに、目の前だけを見て。

 

 僕の向上した身体能力を全力で使い、日野さんと別れた場所へと急ぐ。

 

 強化された五感は、その先で鳴り響く戦闘音を捉えていた。

 

 しかし、少し前からその音が消えた。

 

 僕は焦る。

 

 もう手遅れなのかもしれないと。

 

 けれどそれが諦める理由にはならなかった。

 

 そして、倒れ込む日野さんの姿が目に入った。

 

「日野さん!!」

 

 声をあげる。

 

 倒れている日野さんの前に立っているのは、あの男だ。

 

 剣を掲げ、いままさに日野さんの命を刈り取ろうとしている。

 

 僕は短剣を構え、その中心へと飛び込んだ。

 

 ガッと振り下ろされた剣と短剣が火花を散らす。

 

 僕の存在を認識した男は、目を見開いて驚き、笑った。

 

「マジかよ。すげえなお前、ハハッ」

 

 男は獰猛な笑みを浮かべ、僕から距離を取った。

 

 その間に日野さんの状態を確認する。

 

 全身ぼろぼろで傷だらけだが、マガツヒと戦った時のような大怪我ではない。

 

 ひとまず安心する僕に日野さんは声を荒げた。

 

「なんで、戻って、来たんだ……!!」

 

「心配だからですよ。それに助けてくれた人を見殺しにしてやるゲームはつまらないでしょうからね」

 

「げ、げーむ?」

 

「そうです。僕はすっきりした気持ちでゲームを全力で楽しみたいんです」

 

 呆気に取られる日野さんに僕は笑いかける。

 

 そうだ、僕は助けるために人が死んで、それを知りながらゲームを楽しめるほど神経は図太くない。

 

 それに……、僕はこの人に死んでほしくなかった。

 

 だから、抗う。

 

 短剣を構え、正面で笑う男を睨みつける。

 

「やっぱりな。俺の予想は正しかった。そうだろう? 紅音」

 

「源次郎殿、あなたは……!」

 

「こいよ、異端者。……俺が見極めてやる」

 

「言われなくても……!!」

 

 僕は大地を駆け、真っ直ぐ正面から飛び込んだ。

 

 笑みを浮かべる男の懐はガラ空きだ。

 

 そこに一撃を叩き込めば終わる。

 

 相手はこちらを侮っている。これほどの好条件はない。

 

 たが、振り抜いた剣は難なく弾かれた。

 

「くっ……!」

 

「舐めんじゃねえ、よ!」

 

「うぐっ」

 

 体制を崩した僕。

 

 その腹に叩き込まれる鋭い蹴り。

 

 僕の身体はくの字に曲がり、そのまま無様に地べたを転がる。

 

 ……あぁ、強い。

 

 たった数回のやり取りだけでそれが分かった。

 

「くそ……」

 

 相手は万全の状態ではない。

 

 僕とやり合う前に、日野さんと剣を交えている。

 

 それなのに、衰えない剣筋。

 

 比べるまでもない実力の差が、そこにはあった。

 

 けれど……。

 

「ほぅ……、立ち上がるか」

 

「もち、ろん……」

 

 それが何だというのか。

 

 まだ、死んではいないのだ。

 

 僕は今、剣を握っている。

 

 命のやり取りをしている。

 

 それも僕のものだけじゃない。

 

 日野さんの命も賭けて。

 

 ……思い出せ、黒山国土(くろやまこくと)

 

 あの時の屈辱を、後悔を、激情を。

 

 冷静さを取り戻せ、そうすれば道は開ける。

 

 飛鳥さんがそうしていたように。

 

「ふぅ……」

 

 息を吐く。

 

 全身を一度、脱力させる。

 

 そして、もう一度短剣を握り直す。

 

 飛び込め、そこに正気はある。

 

 齧り付け、弱者の意地を見せてやれ。

 

 僕はさっきと同じように、一気に距離を詰めた。

 

「同じ手とか面白味のカケラも――ッ!?」

 

 笑いながら振り下ろされた剣を弾く。

 

 産まれた火花が顔を掠める。

 

 続いて叩き込まれる蹴りを、同じように蹴りで相殺した。

 

 そこから行われるのは剣撃の応酬。

 

 守り、逸らし、反撃。

 

 その繰り返し。

 

 相手は無傷で、僕は数多の切り傷で血だらけ。

 

 だが、それでいい。

 

 思考する時間を与えない事が一番だった。

 

 身体は熱く、頭は冷静に。

 

 僕は待ち続けた。

 

 その時が来るのを。

 

 そして――

 

「――来た」

 

「お前っ!!」

 

 見逃さない。

 

 男に生まれた疲労による致命的な隙。

 

 きっとこれは僕だから引き出せた。

 

 相手が弱者である僕だから、男は無意識のうちに手を抜いたのだ。

 

 僕は振り抜かれる剣を逸らし、そのまま男の首元へと剣先を伸ばす。

 

 僕の全力。

 

 その全てを賭けた一撃。

 

 それは……。

 

「舐めんじゃねえ、ガキが」

 

「なんで……」

 

 後もう少しという所で、手首を掴まれ防がれた。

 

 僕が必死に動かそうとしても、ぴくりとも動かない。

 

 そして、そのまま投げ飛ばされた。

 

 手から短剣が抜け、僕から少し離れた地面に落ちる。

 

 カランと乾いた音がした。

 

 何度も立ち上がろうとするが、全身に力が入らない。

 

 もう限界だった。

 

「こくとくん!!」

 

 日野さんの声がする。

 

 そうだ諦めるな。

 

 僕には守らなければいけないものがあるんだ。

 

 それでもずりずりと地面が擦れるだけで、起き上がることは出来なかった。

 

 視界の中に泥で汚れた靴が映る。

 

 下から見上げる光景はまさに敗者であった。

 

「すげえよ、お前。よくここまで食らいついた。なあ、教えてくれ。何がお前をそうさせる?」

 

「……なんで教えないといけないんですか」

 

「単なる興味だ。初めて会った時から変だと思ってたが、こりゃ度を超えてやがる」

 

 そう言って、男はしゃがみ込み僕と目を合わせる。

 

「やっぱりだ。その目は見た事がある。……お前、何を失った?」

 

「だまれえええええ!!!」

 

 抑えることのできない激情が僕に最後の力を与えてくれた。

 

 しゃがみ込んだ男を押し倒し、剣を奪いその憎たらしい顔と身体を両断するべく、首に剣先を向ける。

 

「お前に、お前に何が分かる! ふざけるな、黙れ、二度とその口を開けないようにしてやろうか!?」

 

「おいおい、冷静になれよ」

 

「冷静に? 冷静になれだと!? あんたは無理矢理塞いだ傷口を抉られて、冷静でいられんのかよ!」

 

 自分を誤魔化して、やっと閉じられた。

 

 忘れることはないけれど、感情に振り回されないように。

 

 この激情に支配されないように。

 

 『人間らしく』あるようにと、演じてきたのに。

 

 ぽつんと男の顔に雫が落ちる。

 

 それが自分から溢れ出したものだ理解するには、少し時間がかかった。

 

 男は目を伏せ、先程までの薄ら笑いを引っ込めて僕に謝罪した。

 

「すまねえ」

 

「謝るなら、最初から言うなよ……」

 

「そうだな。これは俺の昔からの悪い癖だ。本当にすまねえ」

 

 こいつは敵だ。

 

 そのはずなのに僕の手に握られた剣をこれ以上、男に向けることは出来なかった。

 

 僕は剣から流れ込む力を使い、立ち上がる。

 

 そして、倒れている日野さんに肩を貸した。

 

「こくとくん、君は……」

 

「早く行きましょう。実は姉さんに無理を言ってこっちに来たんです。早く帰らないと、怒られますから」

 

「そ、そうか。確かに君のお姉さんは怒ったら怖そうだ」

 

「そうでしょう?」

 

 僕と日野さんは小さく笑い合う。

 

 今度こそ終わりだ。

 

 地面に倒れている男が追ってくる様子はなく、このまま日常への帰還を果たすだけ。

 

 一歩踏み出せば全ては丸く収まる。

 

 そのはずだった。

 

 それは森のざわめきと共に現れた。

 

「それは困るのお」

 

 最初に聞こえたのは弱々しい老人の声。

 

 次に認識出来たのは、木々の間から次々に現れる、軍服を着た大勢の退魔士の姿だった。

 

「お主には退魔士になってもらわねば」

 

 杖を突き、腰の曲がった老人はそう言いながら僕達の前に姿を現した。

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