もし藤丸立香(女性)がFate/Zeroの雨生龍之介にキャスターとして召喚されたら 作:白豚くん
人理継続保障機関フィニス・カルデア。
それは人類の歴史を終わらせないための、文字通りの最終防衛線である。
七つの特異点を経て辿り着いた終局特異点での激闘を終え、世界は平穏を取り戻したかに見えた。
しかし、人理の焼却は阻止されても、特異点の発生そのものが完全に消え去ったわけではない。
「……立香、調子はどうかな?」
カルデアの司令室、中央の管制壇に座るレオナルド・ダ・ヴィンチが、マイク越しに声をかける。
その声には、人理修復を成し遂げ、今も特異点の修復を続ける彼女への労いと、同時に消えない不安が混じっていた。
「うん、大丈夫。ちょっと、疲れている感じはするけど!」
藤丸立香は、コフィンに向かう足を止め、いつものように明るく笑ってみせた。
彼女の隣には、マシュ・キリエライトが控えている。
「先輩、バイタルチェックに異常はありません。
ですが、今回の特異点反応……冬木市については、これまでのものとは質が違うようです。
過去のあの街にこれほど強烈な時空の歪みが観測されるなんて」
「ああ、マシュの言う通りだ」
ダ・ヴィンチの表情が引き締まる。
「観測されたのは、一九九四年。
キミたちが最初に訪れた特異点Fの時代よりもさらに遡った時間軸だ。
だが、記録にある第四次聖杯戦争とは、決定的な『何か』がズレている。
放置すれば、特異点Fにまで影響を及ぼしかねない。
……立香、マシュ、頼めるかい?」
「もちろん!行こう、マシュ」
「はい、先輩!」
二人は頷き合い、それぞれの筐体へと乗り込む。
慣れ親しんだレイシフトのプロセス。
意識がデータへと分解され、過去という名の深淵へと投じられる直前の、あの浮遊感。
「アンサング・レジスト、数値正常。全工程、順調に推移している。……さあ、レイシフト開始だ! 三、二、一……!」
その瞬間、世界が軋んだ。
「——!? 出力が異常上昇しています!
空間座標が安定しません……ッ!」
「なんだって!? いったいどこから……うわぁ!?」
スピーカーから聞こえるダ・ヴィンチの悲鳴。
そして、立香の視界が真っ赤な警告色に染まる。
「先輩! 手を、私の手を掴んでください!」
必死に手を伸ばすマシュの姿が見えた。
だが指先が、あと数センチというところで空を切る。
「マシュ!!」
「先輩、嫌です! 離れたく……ない……っ!」
マシュの叫びが遠ざかっていく。
立香の体は、マシュを置き去りにしたまま、極彩色のノイズが荒れ狂う虚無へと吸い込まれていった。
意識が戻ったとき、鼻を突いたのは、むせ返るような血の匂いだった。
「……っ、う……ぁ……」
肺が痛い。酸素が薄い。
立香は石造りの冷たい床に手をつき、激しく咳き込んだ。
「マシュ……? ここは……?」
返事はない。
通信機は沈黙し、カルデアとの接続を示すホログラムも現れない。
代わりに、暗がりの奥からペチャリ、ペチャリと、粘り気のある何かが蠢く音が聞こえてくる。
立香は視線を上げた。そこは、どこかの地下室のようだった。
だが、普通の部屋ではない。
壁には魔術的な文様が不格好に描かれ、天井からは「何か」が吊るされている。
それは、人間の子供だった。
切り開かれた腹部、壁に塗りたくられた内臓。
絶望を顔に張り付かせたまま物言わぬ肉塊に変えられた無垢なる犠牲。
「……なに、これ……」
立香の全身が、本能的な拒絶反応で震え出す。
人理修復の旅で、彼女は数多の死を見てきた。
だが、これほどまでに執拗な、悪意と愉悦に満ちた命への冒涜は知らない。
「ああ、すごい……。本当に、本当に出てきたんだ」
不意に、暗闇の向こうから声がした。
そこには、一人の青年が立っていた。
橙色の髪に、どこか虚ろで、それでいて純粋な輝きを宿した瞳。
彼は手に、汚れた古文書を持っていた。
「あんたが、悪魔?
うん……すごいよ。
今まで見てきたどんな『作品』よりも、あんたは綺麗だ」
「……あなたは誰? こんな酷いこと、あなたがやったの……?」
立香は震える足で警戒しながら立ち上がる。
魔術礼装を起動させようとしたが、魔力の流れが致命的に狂っている。
この時代の、この場所の霊脈が、あまりにもどす黒い怨念に汚染されているのだ。
青年の名は、雨生龍之介。
彼は立香の言葉を、まるで最上の賛辞であるかのように受け取り、満面の笑みを浮かべた。
「酷い? あはは、そんなことないよ! 見てよ、この色、この形。
神様が作った人間ってさ、壊してみるとこんなに面白いんだ。
ねえ、あんたもそう思うだろ?
あんたの瞳を見てると、なんだか僕、すごく安心するんだ」
「ふざけないで……!」
立香が叫ぼうとした、その時だった。
龍之介の手の甲に、刻まれたばかりの赤い刻印——令呪が、不気味な光を放った。
「俺、あんたに一目惚れしちゃったみたいだ。だから、お願い。
俺に、もっと『最高のクール』を教えてよ。
俺と一緒に、この世界を塗りつぶしてよ!」
「やめ……て……っ!」
龍之介の放つ狂気と、冬木の土地に溜まったアンリマユの泥という聖杯の歪みが、令呪という回路を通じて一気に立香の内側へと流れ込んだ。
「ア、アあ、ああああああああああああああああっ!!!」
頭の中が真っ白に爆ぜた。
立香の意識を構成する善性、希望、仲間との絆——それらが、全て強烈な悪意と言う熱を伴って焼かれ、再構築されていく。
強制的なサーヴァントとしてのクラス特性の付与。
生きている人間と言う、本来ならばあり得ない彼女へ、キャスターとしてのクラスと、それを維持するための魔力供給。
そして、その彼女の心を全て上書きするように、規格外のスキル、【狂化EX】が付与され、彼女の精神を侵食していく。自分のマスター、雨生龍之介の情報や聖杯戦争に必要な情報も同時に脳内に刻まれていく。しかし、カルデアの記憶、マシュ達の記憶は消されていった。
「あは……ぁ……ひ、ぎ……っ」
立香の瞳から、光が消えていく。
いや、光の種類が変わったのだ。
澄み渡った朝焼けの光は、暗い沼の底で揺らめく燐光へと変貌し、黄金色に爛々と輝きだす。そして、彼女の脳裏に刻まれていた数多の英雄たちの記録が、黒い泥に浸され、反転していく。
人理を救うために積み上げてきた全ての努力が、「神は人間賛歌も絶望も等しく愛しており、自分は絶望を振りまく存在である」という、甘美で残酷な肯定へと置き換わった。
立香は、ゆっくりと顔を上げた。
その頬には、龍之介と同じ、無邪気な笑みが浮かんでいた。
「……あ、は。なんだ、そういうことだったんだ。龍之介くん」
「え……?」
龍之介が目を見張る。先ほどまで恐怖と嫌悪に顔を歪めていた少女が、今は自分を、この世で最も親しい友を見るような目で見つめていたからだ。
「そうだよね。命を『守る』なんて、すごく効率が悪くて、つまんないことだったんだね。だって、こうやって壊しちゃえば、こんなに鮮やかで、こんなに素敵な『色』が見られるんだもん」
立香は、ふらふらとした足取りで、先ほどまで彼女が忌み嫌っていた子供の死体へと近づいた。
彼女は、その白く細い指先で、溢れ出た内臓の感触を確かめるように撫でる。
「……あはっ! すごい、龍之介くん。
これ、君がやったの? この切り口、すごく大胆。
でも、ここの血管をもう少し残しておけば、もっと長く、綺麗な音で悲鳴を奏でられたかもしれないよ?」
「……! わかる、わかるよあんた!
そうなんだよ、そこなんだよ!
俺はそこをどうすればいいか悩んでたんだ!」
龍之介が、歓喜に震えて立香の肩を掴む。
「やっぱりあんたは最高だ! あんたは俺の、俺だけの最高のクールな相棒だよ!」
「うん。相棒。いい響きだね、龍之介くん。
……あはは! 私は キャスター 藤丸立香!
あなたの相棒だよ!これからよろしくね!」
立香が虚空に手をかざす。
彼女の身に纏っていたカルデアの礼装が、毒々しい黒紫色のノイズを放ちながら変質していく。
「……さあ、私の能力を見せてあげるね。
……おいで。私の、愛しい『影』たち。
もう、自分を抑える必要なんてないんだよ」
床に溜まった血溜まりが、生き物のように蠢き、盛り上がった。
そこから現れたのは、漆黒の泥を纏った、人の形をした何か。
かつて彼女が共に戦った英雄の成れの果て。
その瞳には理性はなく、ただ主である立香の狂気に呼応する破壊衝動だけが渦巻いている。
「ひゃあ……! スッゲー! スッゲーよこれ! 真っ黒な騎士様!?
これもあんたの『作品』なのかい!?」
「そうだよ。シャドウサーヴァント。
……ねえ、この子に次の『素材』を連れてこさせようか。
この街にはね、たくさんの人間がいるね!面白いよね、
あんなにたくさんいるのに、みんな自分が明日も生きてるって信じ込んでる。
それを一つずつ、丁寧に、私たちが『解放』してあげよう?」
立香の言葉は、まるで子守唄のように優しく、そして深淵よりも深かった。
今の彼女には、マシュの声も、英霊の声も聞こえない。
ただ、隣で笑う殺人鬼の鼓動と、自分の内側から溢れ出す、止めどない悦楽だけが真実だった。
「さあ、始めよう、龍之介くん。
聖杯戦争……なんて名前はどうでもいいや。
これは、私と君の、最高の夏休み。……あ、もう冬かな?
どっちでもいいよね、世界が終わっちゃえば、季節なんて関係なくなるんだから!」
二人の狂った笑い声が、凄惨な地下室に響き渡る。
人類最後のマスターは、今、この瞬間に消滅した。
残されたのは、英霊の知識と、最も純粋な殺人鬼の感性が融合した、冬木の夜を終わらせる悪夢の化身。
地上では、月が冷たく輝いていた。
遠坂、アインツベルン、間桐……。
それぞれの信念を掲げて戦いに臨むマスターたちは、まだ気づいていない。
この第四次聖杯戦争という円環に、本来存在してはならない「異物」が投げ込まれたことを。
そして、その異物が、誰よりも無邪気に、誰よりも美しく、この世界を解体しようとしていることを。
「ねえ、龍之介くん。あの大きなホテルに行ってみない?
あそこなら、もっとたくさんの『パーツ』が集まってそうだよ」
「いいね、キャスター!派手に行こうよ!」
「あはっ、了解。令呪をもって命ずる——。
……なんてね。令呪なんてなくても、この子たちは私の望む通りに動いてくれる。
だって、私とこの子たちは、繋がってるんだもん」
立香は、龍之介の血塗られた手を取り、楽しげにスキップしながら、地下室の階段を上っていく。
彼女が通り過ぎた後には、冒涜的なまでの死の静寂だけが残された。
彼女の第二の旅は、血の雨と、狂気の笑みの中で幕を開けた。
「——さあ、世界を、最高にクールに壊しちゃおう!」
夜の冬木市に、黒い影が溶けていく。
狂化したキャスターになった、藤丸立香。
彼女の指先が、今、次なる犠牲者を求めて伸ばされた。