もし藤丸立香(女性)がFate/Zeroの雨生龍之介にキャスターとして召喚されたら 作:白豚くん
冬木の夜の空気は、ただ冷たいだけでなく、粘りつくような魔の気配を孕んでいた。
「街全体に嫌な気配が漂っているな……」
そう呟き、衛宮切嗣は愛車を走らせる。
ふと、バックミラーで後部座席に座るマシュ・キリエライトを盗み見た。
彼女は、憔悴しながらも瞳に激しい怒りの火を灯して静かに座っている。
彼女は巨大な盾を抱え、指先を白くなるほど握りしめていた。
その震えは恐怖ではなく、「マスター」への想いと、彼女を狂わせ、この地獄へ叩き落とした正体不明の「黒幕」への激しい憤りによるものだろうと切嗣には分かった。
『正義の味方、か……』
マシュやカルデアの通信に、キャスター、藤丸立香のことは概ね聞いた。
こことは違う世界線とは言え、人理焼却…… 人類史の滅亡を救った人類最後のマスター……。
まさに、正義の味方を成し遂げた存在。
そんな彼女が、今演じさせられている役割……。
切嗣が立香のことを考えていたとき、通信機が震えた。
別の場所でセイバーと共に行動しているアイリスフィールからの緊急連絡だった。
「切嗣、聞こえる?
……聖堂教会の監督役代行、言峰綺礼という神父から全てのマスターに伝達があったわ」
「……言峰、綺礼か。あの男が監督役の父に代わって連絡を?
内容は何だ、アイリ」
「ええ。キャスター陣営が冬木市内で繰り返している常軌を逸した虐殺……それが聖杯戦争の隠匿を著しく脅かしているとして、全ての戦闘を一時凍結するとのことよ。
全陣営を挙げてキャスターを討伐するようにとの命令。
そして……討伐に最も貢献した陣営には、報酬として監督役が預かっている令呪を一画進呈する、と」
切嗣は冷徹にその情報を咀嚼した。
綺礼が父親の代わりに連絡を行っていることに何か違和感を感じながら。
「令呪の追加供給か。ランサー陣営が既に脱落した今、残った陣営がこの報酬に色めき立つな。
……アイリ、僕たちは今、ちょうどキャスターの工房に向かっている。
君は引き続きセイバーと共に行動を続けてくれ」
「わかったわ、切嗣。気を付けて」
通信を切り、切嗣は後部座席を振り返った。
「マシュ、聞いた通りだ。
教会が動いた。
他の陣営がここに押し寄せるのは時間の問題だ。
連中が到着して混乱が起きる前に、僕たちの手で『決着』をつけなければならない」
「……はい、切嗣さん。分かっています。
令呪なんてどうでもいい……私はただ、先輩を救い出したいだけです!」
マシュの悲痛な叫びは、車内に鋭く響いた。
やがて、車はうっそうとした森の入り口で止まった。
その先に、かつて雨生龍之介がキャスターを召喚した、あの忌まわしき「地下室のある家」が佇んでいた。
念のため車に舞弥を残し、足早に家へと向かう切嗣とマシュだったが、玄関先で予期せぬ巨影と鉢合わせた。
「おい、そこな魔術師。
……いや、よく分らん少女もいるようだが、貴様らもここへ用か?」
威風堂々とした巨躯。燃えるような赤髪と戦車(チャリオット)。
第四次聖杯戦争のライダー、征服王イスカンダル。
そしてその傍らで、恐怖に震えながら必死に立っている少年、ウェイバー・ベルベット。
「……ライダーか」
切嗣は即座にコンバットナイフに手をかけたが、ライダーは豪快に笑い飛ばした。
「案ずるな。余とて、この屋敷から漂う不快な臭気には閉口しておるのだ。
監督役の若造が喚く前から、この『害獣』の巣を突き止めておったからな。
……どうだ、共闘とは言わぬが、中に入るだけなら一緒で構わぬだろう?」
「……構わない。ただし、後ろから撃たれても文句を言うなよ。
我々の目的はキャスターの排除だ」
「ははは! 抜かせ、小僧!」
ウェイバーは震える声でライダーの裾を掴んだ。
「ラ、ライダー……本当に中に入るのか?
この匂い、普通じゃないぞ。鼻が曲がりそうだ……」
「小僧、臆するな。
王が往く道を、臣下が恐れてどうする。……行くぞ、魔術師」
切嗣を先頭に、ライダー陣営とマシュが屋敷の中へと足を踏み入れた。
玄関を抜け、工房へとつながるであろう地下室へと繋がる扉を開けた瞬間、一行を襲ったのは、想像を超える地獄だった。
「……っ!? ……う、うわあああああああああッ!!!」
ウェイバーが絶叫し、その場に膝をついて激しく嘔吐した。
切嗣たちも思わず目を見張る。
地下室は、人間の肉体、内臓、骨……それらを素材にして組み上げられた、「作品」の狂気の「ショールーム」だった。
天井からは、生皮を剥がれ、血管を精密にあやとりのように編み込まれた犠牲者がシャンデリアのように吊るされている。
壁には、複数の人間の肺と気管を繋ぎ合わせた「オルガン」のようなオブジェが、部屋に吹き込む微かな風を受けて、ヒューヒューと、死者の断末魔のような音を奏でていた。
「……これは、なんですか……? ……先輩が……これを作ったんですか……?」
マシュは盾を握る力が強すぎて、籠手が軋む音を立てていた。
彼女の瞳からは、大粒の涙が溢れ出していた。
「……こんなこと、先輩が自分からやるはずがない!
誰が、 先輩にこんなことをさせたんですか……!?
あの人を狂わせ、キャスターに仕立て上げている犯人……貴方は、一体どこの誰なんですかッ!!」
ライダーもまた、いつもの豪胆な笑みを消し、険しい表情でその「作品」を見つめていた。
「……うむ。戦士の死ならば余も数多見てきたが……これは戦ですらない。
ただの冒涜だ。生命に対する、これ以上ない侮辱よ。
……魔術師よ、これは英霊たるキャスターの仕業か?」
「……ああ。だが、今の彼女は本来の性質とは違う。
サーヴァント:キャスターとして召喚され、殺人鬼として狂わされているんだ」
切嗣は冷徹に周囲を観察した。
キャスター達は居ない。先回りには成功したようだ。
「……っ。……ああ、あぁ……」
部屋の隅、人間の四肢を組み合わせて作られた「椅子」のような肉塊の影で、微かな、本当に微かな声が聞こえた。
マシュが駆け寄る。
そこには、黒い影のような魔力で塗り固められた小さな子供が転がっていた。
マシュたちには知る由も無いが、それは立香が召喚された際に龍之介が触媒にしていた一家の、最後の「素材」だった。
「……生きてる。……まだ、息があります!
……この子を、この子を助けて……!」
マシュは必死に声を上げた。
だが、切嗣は無言でその子供の傍らに跪き、その状態を冷静に観察した。
「……ダメだ、マシュ。触れるな。
……この子は、もうキャスターの魔術によって完全に作り替えられている。
……生かされている、と言った方が正しい。
……この子の神経は、この黒い影のような魔力で無理やり繋がれてしまっているんだ。
……下手に触れば、影がこちらまで侵食してしまう。
……助ける術はない」
「……そんな……! ……嘘です!
……助けてください、誰か……!」
「無理だ。
……そして、この子は既に『死』よりも残酷な領域に踏み込まされている。
……このまま生かしておくことは、この子に永遠の痛みを強いるだけだ」
切嗣の言葉に、子供が力なく瞳を開けた。
その瞳にはもはや知性はなく、ただ終わりのない苦痛と、逃れられない絶望だけが淀んでいた。
切嗣は優しく、その子供の瞼を片手で覆った。
「……ごめんね。……もう、いいんだ。……全部、終わらせてあげる」
切嗣は懐から取り出した小型のサイレンサー付き拳銃を、子供の側頭部に当てた。
「……切嗣さん!?」
「……見ていろ、マシュ。……これが、僕たちが戦っている現実だ。
……君の先輩が、何者かの手によって堕とされ、生み出してしまった『悲劇』だ。
……これを止めるためには、もう、彼女を殺すか、あるいは……」
——パシュッ。
乾いた音が響き、子供の身体から力が抜けた。
マシュはその場に崩れ落ち、慟哭した。
「……ああああああああああッ!! ……先輩……先輩……!!
どうしてこんなことに……!!」
ライダーは重く嘆息し、ウェイバーを抱きかかえて立ち上がった。
「……征くぞ、小僧。ここに長居をすれば、魂まで腐り果てるわ。
……衛宮切嗣よ、キャスターを討伐するなら協力するが……
まずは、この忌まわしき悪夢を断ち切ることからだな」
「……ああ。ライダー。
……他の陣営が来る前に、ここは『無かったこと』にする。文句はないな?」
「……好きにするがよい。……火こそが、この穢れを浄化する唯一の手段かもしれぬな」
ライダー陣営が屋敷から出た後、切嗣は舞弥に合図を送った。
「舞弥、この屋敷を焼く。準備しろ」
「……はい、切嗣」
「マシュ、行くぞ。……ここに立ち止まっていても、誰も救えない」
マシュはフラフラと立ち上がり、涙を拭った。
その瞳には、先ほどまでの悲しみを超えた、強い決意が宿っていた。
「……はい。……行きましょう。
……犯人を必ず見つけ出し、討ち果たします。
……そして、先輩を救います!」
屋敷から出た後、全員で黙祷をささげる。
切嗣の合図で舞弥が屋敷に着火し、炎が、龍之介と立香の「工房」であった屋敷を飲み込んだ。
夜空を焦がす炎は、室内に飾られていた無数の「作品」たちを焼き尽くし、全てを灰へと変えていく。
『……藤丸、立香……』
切嗣は、燃え上がる屋敷を見つめながら、心の中でそう呟いた。
「……救えなかった。
……また。
……だが、次こそは」
燃え盛る火の粉が舞う中、切嗣たちは闇に潜み、キャスター陣営の帰還を待つ。
キャスターを討伐するため、あるいは救うため……。
その様子を、遠くのビルの屋上から眺める影があった。
「ンンンンン――! 素晴らしい。実に見事な焼き加減にございます。
……藤丸立香殿。貴女の拠点が焼かれましたぞ?
愛しきマスターとの思い出が、汎人類史の使徒たちの手によって灰に帰した。
……さあ、次はどのような『悲鳴』を拙僧に聴かせてくださるのか……!
楽しみでなりませぬなァ!」
哄笑が、夜風に消えた。 その存在を、マシュたちはいまだ知らない。