もし藤丸立香(女性)がFate/Zeroの雨生龍之介にキャスターとして召喚されたら 作:白豚くん
冬木の夜の空気は、冷たく澄んでいる。
だが、新都の喧騒から離れた路地裏では、その澄んだ空気さえもが、どろりとした血の臭いに塗り潰されていた。
「あはっ! 見て見て、龍之介くん。
この子の声、まるで小鳥のさえずりみたい。
必死に『助けて』って言おうとして、喉が震えてる。
……ねえ、この震えをそのまま止めてあげたら、すごく素敵なオブジェになると思わない?」
藤丸立香は、地面にへたり込み、涙と鼻水で顔をぐちゃぐちゃにした少女の顎を掴み、声を出せないようにしながらも、愛おしそうに持ち上げた。
本来の彼女であれば、その手は少女を抱き締め、安心させるために使われただろう。
だが今の彼女の指先には、獲物の鮮度を確かめるような、薄気味悪い熱情だけが宿っている。
「いいね、キャスター! 小鳥のオブジェかぁ、最高にクールだ!
でもさ、ただ止めるだけじゃもったいないだろ?
この震えを、もっと全身に広げてあげようよ!」
隣でナイフを弄ぶ雨生龍之介が、子供のような無邪気さで身を乗り出す。
立香はその提案に、パッと花が咲くような笑顔で応えた。
「名案だよ、龍之介くん!
じゃあ、心臓から一番遠いところから、少しずつ『自由』にしてあげよう。
……おいで、私の影。この子を、最高に幸せなアートに変えてあげて」
立香の背後、街灯の届かない暗闇から、漆黒の泥で形成された「手」が伸びる。
それはかつて高潔な魔術師だった者の影か、あるいは忠義を尽くした騎士の残骸か。
少女の短い悲鳴が、ぷつりと途切れる。
影が少女の四肢を優しく、しかし確実に、本来曲がらない方向へと折り畳んでいく。
骨が砕ける鈍い音と、肉が裂ける湿った音が響くたび、立香はうっとりと瞳を細めた。
「……ああ、綺麗。今までは、こういう『個別の美しさ』に気づけなかったなぁ。
みんなを救うっていうのは、こういう一人ひとりの特別な瞬間を塗り潰しちゃうことだったんだね。
私、なんて酷いことをしてたんだろう」
規格外の狂化という呪いは、彼女の価値観や意識を完全に反転させていた。
彼女にとって「殺害」とは、退屈で残酷な「生」という監獄からの解放であり、その肉体を最も美しい形で固定する「救済」に他ならない。
少女だったものは、今や生物の形を留めていなかった。折り畳まれ、接合され、自らの血で深紅に染まったその姿を、立香は満足げに眺める。
「よし、この子は私の影にしまっておこう。
後で工房に飾る時に、一番目立つ場所に置いてあげるんだ。
……さあ、影の中に、おやすみなさい」
立香が手をかざすと、足元の影が大きく広がり、完成した「アート」を音もなく飲み込んだ。
「収納完了! さあ、龍之介くん、ホテルに行こうか? まだまだ素材が足りないよね」
「そうだね! 早くあの大きくて、キラキラした場所に行こうよ!
ほら、あんなに電気がついてて、まるで宝石箱みたいじゃないか!」
龍之介が指差したのは、目的地である、新都にそびえ立つ冬木ハイアットホテルだ。
「わあ、本当だ。あそこなら、きっと素敵な素材がたくさん詰まってるよ。……行こう、龍之介くん。今夜一番の、特大のクールを見つけに!」
二人は夜の街を、まるでデートを楽しむ恋人同士のように、軽やかな足取りで歩き出した。
その道中、彼らの前を横切ろうとした不運な「素材」たちは、一人残らず立香のシャドウサーヴァントによって音もなく狩られ、彼女の無限に広がる影の収蔵庫へと消えていった。
ある者は散歩中の老人であり、ある者は仕事帰りの会社員であり、ある者は路地裏で震えていた野良犬でさえあった。
立香はそれらすべてを「愛しい命」として平等に慈しみ、そして平等に解体していった。
一方その頃、冬木ハイアットホテルの最上階。
そこは、魔術協会時計塔から派遣されたロード、ケイネス・エルメロイ・アーチボルトが築き上げた、難攻不落の魔術要塞と化していた。
二十四の階層すべてに厳重な結界が張り巡らされ、数多のトラップと警備用のゴーレムが配備されている。魔術師としての矜持を具現化したかのようなその城で、ケイネスは不快げに窓の外を見下ろしていた。
「……何だ、あの汚らわしい気配は」
ケイネスの眉間に深い皺が寄る。
魔術回路を通じて伝わってくるのは、既存の魔術体系のどれにも当てはまらない、異質で、おぞましい魔力の波動だった。
それは「邪悪」という言葉では生ぬるい。ただ純粋に、生物としての理から外れた「欠落」が歩いてくるかのような感覚。
「ソラウ、君は奥に下がっていなさい。どうやら、礼儀を知らぬ野良犬が迷い込んできたようだ」
「……ええ、そうね。でも、あの気配……
ただの魔術師じゃないわ。死の匂いが、ここまで漂ってくる」
婚約者のソラウ・ヌァザレ・ソフィアリもまた、冷や汗を流しながら、ホテルの入り口へと近づく二人の人影を凝視していた。
ケイネスは鼻で笑った。
「フン、所詮は場違いな狂信者の類だろう。我が『月霊髄液(ヴォールメン・ハイドラグラム)』と、この要塞化したホテルを前に、何ができるというのだ」
彼は知らない。自分の城に踏み込んでいた下賤な侵入者にとって、彼の「城」はただのはかない硝子の城にすぎないことを。
そして、彼はすぐに知ることになる。
慢心は、次の瞬間に打ち砕かれた。
ホテルの正面玄関を、爆発的な魔力の衝撃が吹き飛ばしたのだ。
「何っ!?」
監視用の罠が次々と焼き切れていく。
ケイネスが遠視した先では、一人の少女が、楽しそうに笑いながらロビーに踏み込んでくる姿が映っていた。
「お邪魔しまーす!
……わあ、すごい! 龍之介くん見て、ここ、仕掛けがいっぱいだよ!
まるで遊園地みたい!」
立香は、飛来する自動防衛の魔術弾を、指先一つ動かさずに回避する。
彼女の周囲を旋回する三つの漆黒の影が、まるで意思を持つ盾のように、あらゆる攻撃を弾き飛ばしていた。
「キャスター、これこれ! この壁から出てきた鉄の棒、かっこいいよ!」
「あはっ、本当だね! じゃあ、その棒で遊んでもらおうか。……お願い、バーサーカー。あれ、粉々にしちゃって」
立香の背後から現れた、シャドウサーヴァント ヘラクレスが、咆哮を上げながらロビーの防衛機構を蹂躙した。
本来なら高度な魔術回路で制御されているはずのゴーレムたちが、影の豪腕によって紙細工のように引き裂かれ、スクラップに変えられていく。
「あはははは! すごいすごい!
壊れる時の音が、クリスタルのチャイムみたいで素敵!」
立香は歓喜の声を上げながら、エレベーターホールへと進む。
エレベーターは既に停止されていたが、彼女にとってそんなことは問題ではなかった。
「階段で行く? それとも、影に運んでもらう?
……そうだ、せっかくなら一階ずつ、中にある『プレゼント』を開けていこうよ!」
「賛成だ! 上に行くほど、きっといい素材が待ってるぜ!」
二人は、ケイネスが心血を注いで構築した結界を、文字通り「踏み潰しながら」侵略を開始した。
三階。自動狙撃の魔術罠が発動する。
だが、立香が召喚した、レオニダス1世の影が、そのすべてを無効化する。かつて大軍を相手にしたその盾は、今はただ狂った主を守るためだけの不落の壁となっていた。
「五階の結界、突破されただと……!?
馬鹿な、あれは一流の魔術師でも数時間はかかるはずだぞ!」
最上階で2人を凝視するケイネスの顔から、余裕が消え失せていた。
結界を解体しているのではない。
彼女は、結界という「概念」そのものを、より強大な「狂気」で上書きして突き進んでいるのだ。
七階、十階、十五階。
侵略のスピードは衰えない。
むしろ、立香の興奮が高まるにつれて、影たちの破壊衝動は加速していく。
「……十六階。十七階。
……もうすぐだよ、龍之介くん。
一番上には、すごく大きな魔力の塊がある。
きっと、この城の『王様』がいるんだよ」
立香の瞳は、今や完全に濁った黄金色に変色していた。
時間が経つたびにマスターである龍之介との同調が進み、狂化が進む。
彼女の白と黒のカルデア制服は変質し、血の赤で染まり、周囲にはどす黒い霧が立ち込める。
彼女が歩いた後の絨毯は腐食し、壁の絵画は血を流すように汚れ、豪華なシャンデリアは不気味な形に歪んでいく。
「王様かぁ! クールだね! 王様の中身、どんな色をしてるんだろうな!」
龍之介もまた、興奮の絶頂にいた。
彼は立香という最高のパートナーを得たことで、自らの殺人哲学が、次元を超えた真の「芸術」へと昇華されていくのを感じていた。
二十階。
ここで、ケイネスが用意した最強の防衛装置、月霊髄液で作られたゴーレムが立香たちの前に立ちはだかる。
変幻自在の刃となり、鉄よりも硬い盾となる流体金属。
「消えろ、下賤な侵入者共が!」
スピーカー越しに、ケイネスの怒声が響く。
月霊髄液が鋭い触手となり、立香の首を撥ねんと一閃した
。
「あ……危ないよ、そんなに尖ったものを振り回しちゃ。
……でも、その銀色の輝き、少しだけ気に入ったかな」
立香は、まるでおもちゃをねだる子供のような手つきで、迫り来る水銀の刃に手を伸ばした。
直撃する瞬間。
彼女の影から現れた、数多の「影の鎖」が、月霊髄液を空中でがんじがらめに縛り上げた。
それはかつて、神さえも繋ぎ止めた天の鎖の残骸。
「……っ!? ゴーレムが、動かない……!? なんだ、その鎖は!?」
ケイネスは愕然とした。
月霊髄液は、立香が放つ圧倒的な「負の魔力」に侵食され、その銀色の輝きをドス黒く濁らせていく。
「これ、もらっていってもいいかな?
私の影の中に、新しいコレクションとして加えたいんだ」
立香が指を鳴らすと、月霊髄液は悲鳴を上げるような金属音を立てて、立香の影の中へと引きずり込まれていった。
「さて、お掃除完了。……さあ、いよいよ最上階だね」
立香と龍之介は、二十四階の重厚な扉の前に辿り着いた。
その扉の奥には、恐怖と怒りに震えるケイネスと、彼を守るために武器を構えるサーヴァント・ランサーがいる。
立香は、ゆっくりと扉に手をかけた。
「……コンコン。開けてくれる? じゃないと、壊しちゃうよ?」
返事はない。
代わりに、扉の向こうから、凄まじいまでの殺気が溢れ出してきた。
立香はクスクスと笑い、そのまま扉を影で吹き飛ばした。
轟音と共に扉が粉砕され、豪華なスイートルームの全貌が露わになる。
そこには、額に青筋を浮かべて構えるケイネスと、その傍らで祈るように立つソラウ。
そして。
二人の前に、風を切り裂くような鋭い気配と共に、一人の男が立ちはだかった。
深い緑色の軽装に身を包み、二振りの槍を携えた、美貌の戦士。
右目の下に刻まれた「愛の黒子」が、月光を浴びて妖しく光る。
「……そこまでだ、外道の徒(ともがら)め」
凛とした、しかし怒りに震える声。
英霊ディルムッド・オディナは、主君であるケイネスを守るべく、必滅の槍を構えて立香を見据えた。
「ランサー、何をモタモタしている! 殺せ!
その悍ましい娘を、今すぐ八つ裂きにしろ!」
ケイネスの絶叫が部屋に響く。
対して、立香はディルムッドの姿を見るなり、感嘆の吐息を漏らした。
「……わあ。すごい、本物のサーヴァントだ。
ねえ龍之介くん見て。あの槍、あんなに研ぎ澄まされてて……
きっと、刺されたらすごく素敵な悲鳴が出るよ」
立香の瞳が、さらに狂気に染まり爛々と輝き出す。
彼女はディルムッドが放つ高潔な騎士道の輝きを、これから汚し、破壊し、影へと沈めるための「最高の素材」として認識した。
「キャスターのサーヴァントと見受ける。
貴殿とは、今の狂い果てた状態では無く、本来のあなたと会いたかった。
しかし、主君の命だ、今この場で私が討ち取らせてもらう!」
ディルムッドが槍を回し、鋭い踏み込みを見せる。
彼は、彼女と共に過ごしたことがあるような何かを感じた。
本来の彼女とはまるで違うのであろう、狂気に満ちたキャスターの少女に悲しみを抱きつつ攻撃を開始する。
「あはっ! いいよ、やってみて。
英雄さんの誇り、私が影の中に綺麗に畳んであげるから。
……ねえ、楽しみだね、龍之介くん!」
「ああ、最高だ! 騎士様の解体ショーか、これこそが真の『クール』だぜ!」
硝子の城の最上階。
月光の降り注ぐ部屋で、狂化したキャスターと、誇り高きランサーが、今、正面から対峙した。
かつて人理を修復した手が、今度は英雄を絶望の淵へと引きずり込むために、ゆっくりと持ち上げられる。