もし藤丸立香(女性)がFate/Zeroの雨生龍之介にキャスターとして召喚されたら   作:白豚くん

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■キャスター:藤丸立香 (黒の聖杯)

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第一九話 黒の聖杯

「――え?」

 

私の口から、間の抜けたような声が漏れる。

顏にかかった、生温かい液体。

鉄のような匂い。赤く、生々しい、生命の残滓。

それは、私でも、先輩のものでもなかった……。

 

「りゅう……のすけ、くん……?」

 

先輩の、震える声。

私の腕の中で激しく暴れていた先輩の動きが、嘘のように収まった。

目の前で、ゆっくりと、本当にゆっくりと、糸の切れた操り人形のように崩れ落ちていく一人の男。

雨生龍之介。

先輩を狂気のキャスターとして顕現させている原因の1人。

彼の胸には、銃弾で出来た穴が開いており、そこから血が噴き出している。

 

「……あ……」

 

私は、その光景をただ呆然と見つめることしかできなかった。

作戦通りのはず……だった。

私が先輩を押さえつけ、切嗣さんが『起源弾』で狙撃する。

一度は先輩を正気に戻した彼の切り札。

今の先輩の狂った魔術回路を元に繋ぎ直した、あの銃弾。

今回も上手くいくとは限らない。

でも、セイバーさんの宝具『全て遠き理想郷(アヴァロン) 』を使えば、傷を治癒し、カルデアにも協力してもらって彼女を元に戻せるはず。

セイバーさんが「私」をどう思うかは未知数だが、円卓の縁もあるから先輩にも使えるという算段だった。

完璧なタイミング。外れるわけがなかった。

それが、どういうわけか、雨生龍之介が急に不自然な動きで射線に割り込み、その身体を貫いていたのだ。

 

「龍之介くん……? ねえ、龍之介くん……!」

 

先輩の声が、悲痛な響きを帯びて固有結界の熱風に溶けていく。

私は、先輩を抱きしめていた腕の力を、思わず緩めてしまった。

先輩は私を乱暴に振り払い、血溜まりの中に倒れ伏す青年の元へと歩み寄っていく。

 

「嫌だ……嘘、嘘だよ。ねえ、起きてよ、龍之介くん!マスター!!」

 

先輩は、血まみれになった青年の身体を抱き起こし、必死に呼びかけている。

その姿は、大切な人を失うことを恐れている、私の知っている『藤丸立香』そのものだ。

 

「せんぱ……」

 

私は、声をかけようと手を伸ばそうとした。

 

「だめだよ、喋らないで! 私がすぐに治してあげるから!

影たち、来て! 私のマスターを今すぐ癒して……!」

 

先輩の悲痛な叫び。

しかし、その祈りは届かず……。

雨生龍之介の瞳から光が失われ、その命が完全に尽きたことを、デミ・サーヴァントである私にははっきりと理解できた。

 

「っ……!? 先輩!?」

 

突如として、先輩の身体が底無しの闇のようなドス黒い影に覆われていった。

それは、今まで彼女が操っていた影の英霊たちとは違う、悪意に満ちたもの。

 

「な、なんですか、これは……! 息が、魔力が……!」

 

私は盾を構え、吹き荒れだした影の暴風に耐える。

周囲の熱砂の景色が、禍々しい黒い影に塗り潰されていく。

イスカンダルさんの固有結界『王の軍勢(アイオニオン・ヘタイロイ)』の中でさえ、その黒い影は圧倒的な存在感を持って周囲を侵食し始めていった。

 

「先輩! 先輩、どこですか!? 返事をしてください!!」

 

私は必死に叫び、先輩が居るはずの場所へ一歩一歩近づく。

 

「ふふ……あはははははははははは!!!」

 

先輩の狂ったように大きな笑い声が影の中から聞こえる。

いまや、泥と影が渦を巻き、巨大な黒い繭のように先輩の身体を包み込んでしまっていた。

まるで、世界中の悪意をかき集めたような、おぞましい気配。

汚染された聖杯の泥。そして、複数のサーヴァントの霊基。

それらが一箇所に圧縮され、限界を超えて融合していくような、嫌な予感。

 

「やめて……! もう、やめてください、先輩! これ以上は、もう……!!」

 

私の悲痛な叫びは、どす黒い影の渦に吸い込まれ、かき消された。

どれだけの時間が経ったのか。

永遠にも思えるような時間。

数分……?

急に、渦巻いていた黒い影が晴れていく。

 

「……あ……」

 

影が引いた後に立っていたのは ……。

禍々しい漆黒の礼装を身に纏った、私の大切なマスターだった……。

 

「……マスター……?」

 

思わず、声が震えた。

彼女が纏っていたカルデア戦闘服は、かつて見た『黒い聖杯』としてのアイリさんが纏っていた礼装そっくりに変容していた。

腹部には、黒い穴。

健康的だった肌は死人のように病的に白くなり、周囲には、精神を汚染されそうなほどの濃密な魔力が立ち込めている。

それは、まごうことなき『悪意』の化身。 世界を滅ぼすための、黒き聖杯の器。

でも……。

 

「――マシュ」

 

その禍々しい姿のまま、先輩は、私に向かって振り返った。

「……え?」

 

私は、思わず目を疑った。

先輩の表情は、狂気に歪んでなどいなかったから。

そこにあったのは、あの優しくて、温かい、いつもの笑顔。

 

「マシュ……ああ、マシュ。本当に、マシュなんだね」

 

先輩の口から紡がれる声には、殺意も、狂気も、先程までの私への激しい拒絶も、一切含まれていない。

ただ純粋に、再会を喜ぶ響きだけが、そこにはあるように感じた。

 

「せ、先輩……? 本当に、先輩、なんですか……?」

 

「うん。私だよ、マシュ」

 

先輩は、黒の礼装を揺らしながら、ゆっくりと私の方へ歩み寄って来る。

 

「マシュ……会いたかったよ」

 

「あ……ああ……っ」

 

その言葉を聞いた瞬間、私の目から、せき止めていた涙が一気に溢れ出した。

会いたかった。 私も、ずっと、ずっとその言葉が聞きたかった。

どれほど絶望的な状況でも、先輩のその笑顔と声があれば、私はどこまでも一緒に歩むことが出来る……!

 

「助けに来てくれて、ありがとう、マシュ」

 

「先輩……! マスター……っ! ああ、よかった……! 本当に、よかった……!」

 

私は、盾を投げ捨ててでも彼女に抱き着きたい衝動に駆られた。

黒い聖杯としての姿になってしまったとはいえ、先輩の心は、ようやく戻ってきてくれた。 あの、偽りの殺人鬼としての記憶から、呪縛から、ついに解放されたのだと、そう確信した。

 

「……もう大丈夫だよ、マシュ」

 

先輩は、優しく微笑みながら、さらに一歩、私に近づく。

 

「全部、思い出したから」

 

「っ……! はい……! はい……!!」

 

全部、思い出した。

その言葉を聞いたとたん、感情が溢れだした。

私たちの旅。たくさんの出会い、別れ。共に乗り越えてきた数々の困難。

そして、私たちが結んだ、決して切れることのない絆。

 

「先輩……! 私、私……!!」

 

嬉しさで胸が張り裂けそうになり、涙を流しながら先輩の元へと駆け寄ろうとした。

彼女もまた、私を抱きとめるために、その腕を優しく広げてくれている。

あと数歩。 あと少しで、再び先輩の温もりに触れられる。

そう思った、時。

 

(――ッ!? ダメです……!!)

 

私の足が、地面に縫い付けられたようにピタリと止まる。

頭ではなく、魂が、本能が、全身の細胞が、これ以上近づくことを強烈に拒絶した。

サーヴァントとしての危機感知能力なのか。今までの旅の経験から来る予感なのか。

目の前で優しく微笑んで腕を広げている先輩から、名状しがたい、圧倒的な『死』と『狂気』の気配を感じ取ってしまった。

 

「……え?」

 

私が足を止めたのを見て、先輩は、不思議そうに首をかしげた。

 

「どうしたの、マシュ? どうして止まっちゃうの?」

 

先輩の声は、相変わらず優しく、甘く、私を気遣うものだ。

でも……。

冷静になって先輩の顔を正面から見た瞬間、私は全身の血の気が引いていくのを感じた。

 

「せ、ん、ぱい……? その、目は……」

 

私に向けられた彼女の瞳。

それは、かつての澄んだ琥珀のような色ではなかった。

ギラギラと、禍々しく、絶対的な狂気を孕んで爛々と輝く、黄金色の瞳。

そして、私に向けられているその笑顔は……。

一見するといつもの優しい笑顔に見えて、その口元は三日月型に吊り上がり、おぞましい狂気の笑みへと歪みきっていた。

 

「ひっ……!」

 

私は、思わず後ずさりした。

喉がカラカラに渇き、声を上手く出せない。

目の前にいるのは、私の大好きな先輩の姿と声を持った、全く別の『何か』。

そんな恐怖が、私の心臓を鷲掴みにした。

 

「せ、先輩……どう、して……そんな顔、で……笑うんです、か……?」

 

恐る恐る、震える声で尋ねる私。 すると、彼女は。

 

「あはっ……」

 

口元に手を当て、楽しそうに笑い始めた。

 

「ふふっ……あはははは! あーっはははははははははははは!!!」

 

固有結界の空気を震わせるほどの、狂気に満ちた笑い声。

それは、先ほどまでよりも遥かに深く、救いようのない狂気に満ちた笑い声だった。

 

「先輩ッ!!」

 

「あはははっ、ごめんね、マシュ。おかしくて、つい」

 

先輩は、狂気の笑みを顔に貼り付けたまま、再び私に向かってゆっくりと歩き出した。

その足元からは黒い泥が滴り落ち、砂漠の大地をジュウジュウと腐食させていく。

 

「だって、不思議じゃない? どうして、マシュがそんな顔をしてるのかなって。

……一体どうしたの、マシュ?」

 

「な、なにを……言っているんですか……! 先輩、自分がどんな姿に……!」

 

「ふふ、どう?似合ってるかな?

私の可愛い影が、今の私に相応しい姿に着替えさせてくれたんだ!」

 

彼女はその場で私に見せつけるようにクルっとターンして、嬉しそうに答える。

 

「違います!あなたはそんな人じゃあり……」

 

「そんなことよりさ、私、聞きたいんだけど」

 

先輩は、私の言葉を遮り、黄金色の瞳を爛々と輝かせながら、私の目の前までやってきた。

そして、私の顔を両手で包み込み、ひどく甘い、狂気に満ちた声で囁きだした。

 

「――どうして生きてるの? あんなに美しい『芸術(アート)』になれたのに」

 

「……え?」

 

アート。 その言葉の意味が理解できず、私は硬直してしまった。

 

「あんなに綺麗に! 熱く! 儚く! 蒸発して消え去ったじゃない! 

あの時間神殿で、魔術王の宝具を受けて! 私を庇って!」

 

「せ、先輩……っ、それは……!」

 

「最高だった! 

あの時のマシュの死に様こそが、世界で一番美しくて、最高にクールな芸術だったのに!

どうして、どうやって生き返ってきちゃったの!?」

 

先輩は、歓喜と狂乱の入り混じった声で叫びながら、私を優しく抱きしめた。

漆黒の礼装から溢れる影が、私の肌を侵食し、焼け焦げるような痛みが全身を駆け巡る。

でも、それ以上に、先輩の口から発せられる言葉の異常性が私の心を粉々に打ち砕いていくようだった。

 

「ああっ、でも大丈夫だよ、マシュ! 私の可愛い後輩! 

私が、もう一度、あの時みたいに最高に美しい『芸術(アート)』にしてあげるから! 

今度は、私の手で、直接ね……!」

 

「い、いや……離して……! 先輩、やめてください……!!」

 

「ふふふっ、暴れないでよ。大丈夫。痛くしないから。

……ねえ、マシュ。私ね、全部思い出したから、すっごく嬉しいんだ」

 

先輩は、私を強く抱きしめたまま、私の耳元で楽しそうにクスクスと笑い続ける。

黄金色の瞳が、すぐ目の前で歓喜に揺れる。

 

「お、思い出したって……何を、ですか……! 

私たちの旅を、思い出したんじゃないんですか!? 一緒に……!」

 

「うん、思い出してるよ!」

 

先輩は、満面の笑顔で答えてくれた。

 

「マシュは私の、大切なパートナー。たった一人の、可愛い共犯者」

 

「きょう、はんしゃ……?」

 

「そうだよ! 忘れちゃったの、マシュ? 私たち、7つの特異点を――」

 

先輩の唇が、美しい弧を描き、 決定的な、最悪の言葉を紡ぎ出していく。

 

「――7つの特異点を、一緒に『皆殺し』にしたよね?」

 

「――――――――――――っ」

 

私の頭の中で、何かが音を立てて崩れ落ちる感覚がした。

先輩は、思い出した。 私と一緒に旅をしたことも、時間神殿での私の結末も。

しかし、その全てが、『殺人鬼・藤丸立香』という狂気のフィルターを通したまま、最悪の形で解釈され、定着してしまっていたのだ。

 

人理修復の偉業は、七つの世界を滅ぼした大虐殺の記憶として。

私という存在は、共に殺戮を楽しんだ共犯者として。

そして、私のかつての自己犠牲は、最高に美しい芸術作品として。

……その後のDr.ロマンのことは、消し去られたまま……。

 

「あはっ……あはははは! ねえ、これからどうやって殺し合おうか?

どんなアートになりたい?マシュ!?」

 

私を抱きしめる先輩の腕の力が、さらに強くなった。

影が、私の身体を蝕んでいく。

でも、それよりも何よりも。

目の前で、完全に狂気に堕ち切ったまま、心からの愛と歓喜を向けてくる先輩の姿が。

 

「あ……ああ……あああああ……っ!!」

 

私の心に、これまでにない絶望が滲んでいく。

マスターは、狂気から醒めてなどいなかった。

むしろ、私たちの絆そのものが歪められて、さらに深淵へと堕ちてしまったのだと。

 

私を抱きしめる、冷たい身体の感触。

彼女から漂う、死の匂いで。

それが、分かってしまった……。

 

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