もし藤丸立香(女性)がFate/Zeroの雨生龍之介にキャスターとして召喚されたら 作:白豚くん
「……作戦は、失敗だ……!」
衛宮切嗣は感情を押し殺しながらも、怒りを隠せずに言葉を漏らした。
不自然な動きで、何故かサーヴァントを庇ったキャスターのマスター。
恐らく六芒星の件と関わっているのだろうが、何にせよキャスターに起源弾は命中せず、さらに禍々しく変貌してしまった。
彼は眼を瞑り、精神を落ち着け次の策を懸命に考えようとした。
その時、周囲の気配が変わっていく。
魔力を供給していたウェイバー・ベルベットが限界に近づいたためか、とうとうライダー自身が宝具『
固有結界が解除されたため、令呪で呼び戻していたセイバーとアイリスフィールが切嗣に駆け寄り、状況を確認してくる。
切嗣は眼を開き、最後の可能性を求め2人に状況を説明し、作戦を伝える……。
◇
「……あはっ」
静寂が戻った森の中で、ひどく甘く、それでいて背筋を凍らせるような笑い声が響いた。
漆黒の礼装を纏い、病的なまでに白い肌を晒した藤丸立香は、その腕の中にマシュ・キリエライトを強く抱きしめたまま、うっとりと目を細めていた。
彼女の黄金色の瞳は、月の光を反射して怪しく輝き、その瞳孔には慈愛と狂気が混ざり合っている。
「ねえ、マシュ。元の世界に戻ってきちゃったね。
でも大丈夫だよ、どこにいたって私はあなたの先輩だし、あなたは私の可愛い後輩、共犯者なんだから」
立香は、マシュの耳元に唇を寄せ、愛おしげに囁く。
その指先がマシュの頬を愛撫し、薄く肌をなぞるたびに黒い泥のような跡が残る。
「ねえ、教えて、マシュ。……あなたはどんな死に方がいい?
どんな風に殺したら、一番美しくなれるかな?
もう、そんなに怯えないでよ。
私、あなたが今度こそ最高の、世界で一番美しくてクールな『
殺した後は、もう離れ離れにならないように、私の愛で、私の影で、ドロドロに溶かして、永遠に私の一部にしてあげるね……!
ずっと、ずっと一緒だよ……。私の可愛いマシュ……。」
マシュは、立香の言葉にただ涙するだけだった。
自分を抱きしめる立香から伝わってくるのは、かつての温もりではなく、底知れぬ深淵の冷たさと、心臓を直接握りつぶされるような悍ましいプレッシャー。
放たれる言葉は、嬉しそうに自分の殺し方を考え、聞いてくるという狂気に満ちた内容。
もう、彼女は元に戻すことができないのではないか……?
あきらめたくはない、でも……、もう方法が……。
マシュは、自分の心が絶望に染まっていってしまうのを感じていた。
「もう、そんな暗い顔をしないでよ。
笑ってよマシュ。ねえ、返事をして?
私たちの新しい旅の始まりなんだよ? テンション上げて、クールに行こうよ……!」
立香がマシュの唇に自らのそれを重ねようとした、その時だった。
「――そこまでです。外道の魔術師。その娘から離れよ」
静寂を切り裂く、凛とした声。
同時に、森の闇を払うような鋭い一閃が、立香とマシュの間に割り込んだ。
不可視の風を纏った刃が、立香の周囲を渦巻く黒い影を両断する。
「……っ、チッ……!」
立香は不快そうに舌打ちを漏らすと、マシュを放して跳びのいた。
数メートル後退した立香の視線の先には、一人の騎士が立っていた。
月光に照らされたその姿は、あまりにも気高く、そして峻烈だった。
青い衣の上に、銀色の鎧を纏った小柄な少女。
だが、その身体から放たれる威圧感は、千の軍勢を凌駕するほどに重く、鋭い。
彼女の手には、風を巻いてその真実の姿を隠した聖剣が握られていた。
「問おう。貴様が、この聖杯戦争を狂わせているサーヴァント……キャスターか」
騎士王、アルトリア・ペンドラゴン。
第四次聖杯戦争におけるセイバーのサーヴァントは、その碧眼で真っ直ぐに立香を射抜いた。
彼女にとって、目の前の存在は、もはや英霊ですらなかった。
人としての形を保ちながら、その内側から溢れ出しているのは、輝く狂気と悪意に満ちた泥のような影。
セイバーは剣を強く握りしめ、警戒を強める。
だが、立香はそんなセイバーの態度に、ただ不愉快そうに眉をひそめるだけだった。
「……なんなの、あなた。邪魔をしないでよ。
今、せっかくマシュと良いところだったのに」
立香は、黄金色の瞳でセイバーを冷たく睨みつけた。
彼女は、セイバーの真名も看破する。
「確かに私はキャスターのサーヴァントだけど、あなたみたいな王様には用は無いんだ、アーサー王サマ。
悪いんだけど、マシュと私……二人だけにしてくれる?
今、とっても大切な話をしてるんだ。
これからどうやって彼女を美しく殺そうかっていう、世界で一番純粋な綺麗な愛の話をね!」
「……狂っているな。愛だと?
その少女は貴様の最も大切な存在ではないのか?
よくもそのような戯言を。
キャスター、貴様の存在そのものが私の騎士道に対する侮辱だ。
この場で速やかに排除させてもらう!」
セイバーの足元で地面が爆ぜた。
瞬きする間もない神速の踏み込み。
不可視の剣『風王結界(インビジブル・エア)』が、立香の首筋を目掛けて一閃される。
「あははっ、さすがに速いね! でも、私に触れることは出来ないよ!
さあ、貴方と戦いたがってる子が私の影に居るんだ!出ておいで!
バーサーカー!!」
立香が指を鳴らす。
すると、彼女の足元から噴き出したドス黒い泥のような影が、一人の騎士の形を成した。
黒い影に覆われた全身鎧の騎士。
その手には、影に飲み込まれる前には持っていなかった剣が握られている。
バーサーカー・ランスロット。
その姿は漆黒の影に覆われ、兜のバイザー部分から漏れる禍々しい赤い光だけが爛々と光っていた。
「Aurrrrr……Arrrrrthurrrrrrrrーー!!」
「なっ……サーヴァント!?
いや、これは影……キャスターによる擬似的な召喚か?
だが、何という存在感だ……。」
黒の聖杯姿になり、魔力が格段に上がった立香。
召喚する影の軍勢も、さらに強化されていた。
剣と剣がぶつかりあい、火花が飛び散り、金属音が夜の森に反響する。
「っ……くっ、この重圧……。影でありながら、これほどの出力を保つというのか!」
セイバーは防戦に回らざるを得ない。
バーサーカーの猛攻を弾きながら、彼女は冷静に勝機を窺う。
一方、立香は、戦いに関心などないと言わぬばかりに、再びマシュの方へと視線を戻していた。
「見ててね、マシュ。あの気高いアーサー王が、どんな風に影に飲み込まれていくか。
あんな風に、プライドをズタズタにされて絶望する姿も、なかなか良いアートになると思わない……?」
バーサーカーの突きがセイバーの脇腹を捉えようとした瞬間、彼女は敢えてその一撃を受け、後方へ吹き飛ばされるフリをした。
彼女は、飛ばされる方向を調節し、震えるマシュのすぐ側に着地する。
「……マシュ、と言いましたね。しっかりしてください」
土煙の中から立ち上がったセイバーは、立香に聞こえないように、小声でマシュに呼びかけた。
「……セ、セイバー……さん……?」
マシュが掠れた声で、目の前の騎士を見上げる。
マシュの知るカルデアのアルトリアではない。
だが、その気高さ、その澄んだ魂の輝きは同じように感じられた。
「時間がない、作戦を伝えます。
これは衛宮切嗣……私のマスターからの伝言だ」
「『狙撃は失敗した。
だが、敵が起源弾を防いだということは、これはやはり有効ということ。
だから、起源弾を君に託す。直接君の手でキャスターに打ち込め。
そして、『全て遠き理想郷(アヴァロン)』で彼女を癒すんだ。
君ならば……きっと、その連鎖を断ち切れる』……と」
「わ、私が……先輩を……?」
「そうです。さあ、受け取りなさい。
これが、キャスターを正気に戻すための……そして貴方たちを救うための、最後の切り札だ」
セイバーは、アイリスフィールから返還され、自身の内に収めていた黄金に輝く「概念」をマシュへと差し出した。
それは、鞘だった。
金と青のエナメルで装飾された、この世のものとは思えぬほどに美しい、伝説の鞘。
「これが……『全て遠き理想郷(アヴァロン)』……!?」
マシュの瞳が驚愕に見開かれる。
人理修復の旅の中で知った、星の内に鍛えられた究極の守護。
いかなる不浄も寄せ付けず、持ち主に永遠の安らぎと治癒をもたらす、王の帰還すべき場所。
「これを、貴方に託します。
この鞘の加護があれば、起源弾の効果を癒し、彼女を本来の身体に戻してくれるはずだ」
「マシュ・キリエライト。
貴方の主は、今まさに悪意の影に沈もうとしている。
彼女をあの呪縛から引き戻せるのは、同じ道を歩み、絆を紡いできた貴方だけだ。
……信じています、盾の娘よ」
セイバーの手から放たれた黄金の光が、マシュの胸元へと吸い込まれていく。
絶望しかけていたマシュの身体に、かつてないほどの温かな熱が流れ込んだ。
「……ああ、あったかい……。これが……」
マシュの瞳に、再び光が戻る。
絶望で諦めかけていた心が、黄金の加護によって再び奮い立つ。
「……何をしてるの、セイバー」
その時、背後から冷たく立香の声が響いた。
立香は、バーサーカーを下がらせ、ゆっくりとマシュとセイバーの方へ歩み寄ってきていた。
その表情からは先ほどまでの上機嫌から一転した、底知れぬ不信と怒りが渦巻いている。
「私のマシュに、何を吹き込んだの?
……ねえ、マシュ。何をもらったの?
そんなキラキラしたもの、あなたには似合わないよ。
捨てちゃいなよ、そんなの。ね?」
立香の足元から、無数の影の手が伸び、マシュを絡め取ろうとする。
だが、その影がマシュに触れようとした瞬間、彼女の身体から溢れ出した黄金の輝きが、影を塵へと変えて消滅させた。
「……え?」
立香が、驚いて目を見開く。
マシュは、ゆっくりと立ち上がる。
その手には、力強く盾が握られている。
「……先輩」
マシュの声は、もう震えていなかった。
悲しみも、絶望も消えたわけではない。
だが、その全てを抱えたまま、彼女は「藤丸立香のファーストサーヴァント」としての矜持を取り戻していた。
「先輩。……私は、あなたを取り返します」
「……??
マシュ? 何を言ってるの? 私は私――」
「先輩は私を、殺して『芸術』にすると言いました。
……でも、あなたは、藤丸立香は、誰かを殺して喜ぶような人ではありません。
傷ついた誰かのために涙を流し、救えない命のために誰よりも苦しみ……それでも、明日のために歩みを止めない人なんです!」
マシュは盾を構え、立香の黄金色の瞳を真っ向から見据えた。
アヴァロンの加護が、盾に共鳴しマシュの霊基を本来の状態に引き上げ始める。
「私を殺して、自分の一部にするのがあなたの愛だと言うのなら……私は、それを全力で拒絶します!
私は、あなたに殺されるためにここにいるのではありません。
あなたを……偽りの狂気から解放するためにいるんです!」
「……やめて。やめてよ、マシュ。そんな眼で、私を見ないで。
私を否定しないで。私は……私は、あなたのために……!」
立香の表情が歪む。
僅かに残る正気が、圧倒的な狂気の中で彼女に訴える。
マシュの手を取れと。私の居場所はあちらだと。
それだけ、マシュから放たれる光は、今の立香にとって耐え難いほどの眩しさだった。
それは、彼女が「殺人鬼」として植え付けられた偽りの旅路を、根底から覆す真実の光。
「セイバーさん、ありがとうございます」
セイバーは、頷き、聖剣を構える。
「よし。私がキャスターの影を抑えます。
……行け、マシュ・キリエライト。君の主を、その手で救い出せ!」
「はい! ――先輩、今度こそ……あなたを、助けます!!」
「来ないで……来ないでよおおおっ! 違う、違う!!
お前は私のマシュじゃない!!
マシュ、どこにいるの!?
私を一人にしないで、私を助けて!!
影よ、殺して! 殺してよ!
みんな、みんな殺しちゃええええ!!!」
黄金の光を纏ったマシュが、盾を構え、立香へと向かって突撃を開始した。
それは、この歪んだ聖杯戦争を終わらせるための、そして一人の少女を取り戻すための、最後の戦いの始まりだった。