もし藤丸立香(女性)がFate/Zeroの雨生龍之介にキャスターとして召喚されたら   作:白豚くん

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第二十一話 二人のマシュ

「来ないで……来ないでよおおおっ! 

違う、違う!! お前は私のマシュじゃない!!

マシュ、どこにいるの!?

私を一人にしないで、私を助けて!! 

影よ、殺して! 殺してよ! 

みんな、みんな殺してしまええええ!!!」

 

冬木の森に、黒の聖杯姿で藤丸立香の狂乱する絶叫が木霊した。

漆黒の礼装を纏い、病的なまでに白い肌をした彼女の顔は、恐怖と怒り、そして理解の及ばない光に対する強烈な拒絶感を感じていた。

彼女は黄金の瞳からボロボロと涙を零しながら、己を包む禍々しい泥、その深淵たる影のに向かって両手を広げ、悲痛な声で叫び続ける。

 

「私のマシュ! 私の可愛い共犯者! 

七つの世界を一緒に皆殺しにした、私のたった一人の大切な後輩!

出てきて!私を助けてよ! 

あの眩しくて不快な光を放つ偽物を、今すぐ殺して!!」

 

立香の狂気に呼応するように、彼女の足元で渦巻いていたどす黒い影が、ゴポゴポと不気味な音を立てて大きく膨れ上がった。

周囲の木々が影の放つ魔力にあてられ、瞬く間に枯れ果て、炭のように黒く変色して崩れ落ちていく。

そして、影から、一つの人影がゆっくりとせり上がってきた。

 

「……え……?」

 

アヴァロンの加護を受け、黄金の光を纏いながら突撃しようとしていたマシュ・キリエライトは、目の前に現れたその姿を見て、思わず足を止めた。

影の中から現れたのは、マシュそのものだった。

だが、その身体は影そのもので、輪郭こそマシュのそれだが、黒一色の異様な姿だ。

その顏からは一切の感情が抜け落ちており、 髪で隠れていない方の目だけが爛々と妖しく鮮血のように赤い殺意の光を放ってマシュを睨みつけていた。

影のマシュの手には、本人と同じように盾が握られている。

しかし、その盾は赤黒い呪いの文様が蠢き、盾の縁からはボタボタと泥が滴り落ちている。

 

それは、蘆屋道満によって立香に植え付けられた、「狂気と偽りの記憶」で歪められた、狂化された立香の記憶の中にしか存在しない「殺人鬼のパートナーとしてのマシュ」の具現化であった。

 

「ア……ァァ…………アアアアアアアアアアアッ!!」

 

影のマシュが、獣のような唸り声を上げた。

次の瞬間、影のマシュは大地を蹴り、恐るべき速度で本物のマシュへと襲い掛かった。

 

「くっ……!」

 

ガァァァァァァァァァァァンッ!!

夜の森を揺るがすほどの、鼓膜を破るような凄まじい衝突音が響き渡る。

黄金の光を放つマシュの盾と、赤黒い殺意を纏った影のマシュの盾が、正面から激突したのだ。

衝撃波が広がり、周囲を吹き飛ばす。

互いの盾をぶつけ合いながら、二人のマシュは至近距離で睨み合った。

 

「退いてください! 

あなたは……あなたも私だというのなら、先輩が苦しんでいるのが分からないんですか!」

 

マシュは、盾越しに伝わってくる圧力を必死に堪えながら、目の前の影に向かって叫んだ。

 

「ギ……ガァァァァッ……!」

 

影のマシュは唸り声をあげるのみ。

ただ、赤い瞳をさらに凶悪に輝かせ、押し潰すような膂力で盾を押し込んでくる。

 

「やっちゃえ! そいつを殺して、マシュ!!」

 

二人の背後から、立香の歓喜に満ちた声が飛ぶ。

 

「その偽物を盾ごと潰してしまって! 

私に近づけないで! 

私の大切な後輩は貴方だけ!

貴方と一緒に、これからも最高の『芸術(アート) 』を創り続けるんだから!!」

 

立香は両手を振り上げ、狂ったように影のマシュを応援する。

しかし、その声はどこかひどく不安定だった。

 

「あはははは! そうだよ、それでいい! 

殺して、殺して殺して殺して……っ! ……うっ、あ……?」

 

ふいに、立香の笑い声が途絶え、彼女は頭を抱えてその場にうずくまった。

 

「あ、痛い……頭が……割れるみたいに、痛い……」

 

立香の黄金の瞳が激しく揺れ動く。

必死に自分を見つめ、呼ぶ「本物のマシュ」の光。

それが、彼女に植え付けられている狂気と偽りの記憶を、わずかに、しかし確実に浄化しつつあった。

 

「ちがう……マシュは、あんな……あんな禍々しい盾なんか……。

ちがう、マシュの瞳は、あんな赤色じゃない……。

もっと、澄んだ……優しい色をしていて……」

 

立香の口から、無意識のうちに真実の記憶の欠片が零れ落ちる。

彼女の心の中で、本来の自分の意識が、ノイズとなって狂気のキャスターとしての霊基と激しくぶつかり合っていた。

 

「あああああっ! うるさい、うるさいうるさいうるさい!!

ちがう、私は殺人鬼だ!  マシュは私の共犯者だ! 

そうじゃないと、私は……私は、どうしてこんなことを……!?」

 

立香が苦悶の叫びを上げるのを見て、マシュは盾を押し込みながら、再び影のマシュに向かって声を張り上げた。

 

「聞こえませんか! 先輩のあの声が!

先輩は、心の中で泣いています! 

本来の優しい心が、偽りの記憶を打ち破ろうとしているんです!」

 

「…………」

 

「本当にあなたも、『私』なら!

先輩の記憶から生まれた存在であるというのなら!

先輩をあのままにしておいていいはずがない!

私たちの本当の願いは、先輩に笑って生きてもらうことなはずです!」

 

マシュの悲痛な叫びは、夜の空気を震わせ、影のマシュの鼓膜へと届く。

マシュは信じていた。

いかに歪められた記憶から生まれた影であろうと、そこに「マシュ」としての要素が混ざっているのなら、立香を苦しめるこの状況を良しとするはずがないと。

 

しかし。

 

「――それは違います」

 

これまで獣のような唸り声しか上げていなかった影のマシュが、初めて言葉を口にした。

その声は、マシュ自身と全く同じ声でありながら、冷酷で、一切の感情がこもっていなかった。

 

「な……!?」

 

「私こそが、マシュ・キリエライト。

七つの世界を焼き払い、無数の命を蹂躙し、人理を修復した狂気の殺人鬼、藤丸立香のファーストサーヴァント。

血と絶望の海を共に渡り歩いた、真実のパートナーにして共犯者」

 

影のマシュの赤い瞳が、スッと細められた。

そこにあるのは、拒絶だった。

 

「先輩をあのままにしておいていいのか、だと?

愚問ですね。

あのマスターこそが、完璧で美しい、本物の『藤丸立香』だ。

重圧に押し潰されそうになりながら、それでも笑おうと、前に進もうとしていた悲劇の少女ではない。

今の彼女は、己の欲望のままに力を振るう、自由で完璧な存在」

 

「ちがいます! そんなの、誰かに植え付けられている狂気です!

先輩は、誰かのために傷つくことを恐れず、手を伸ばすことが出来る優しい人だから……!」

 

「黙れ、偽物」

 

影のマシュは、マシュの言葉を冷たく切り捨てた。

 

「あなたのように、綺麗事でマスターを縛り、再び自己犠牲の檻に閉じ込めようとする存在こそ、私の敵。

私は、マスターの殺意。マスターの狂気。マスターの愛。

彼女が望むのなら、世界の全てを敵に回しても、その笑顔を守り抜く」

 

影のマシュの放つ魔力が、一段と膨れ上がった。

禍々しい盾から噴き出す魔力が、マシュの黄金の光を侵食しようと蠢き始める。

 

「私は引かない。

マスターの狂気を、殺意を、その美しき魂を、あなたのような人形には決して触れさせない!」

 

その時だった。

 

「……あ、ああ……そう、そうだよね」

 

苦しんでいた立香の声が、不意に、ひどく落ち着いたものに変わった。

マシュがハッとして視線を向けると、そこには、先ほどまでの葛藤が嘘のように消え去り、静かに、底知れぬ狂気の笑みを浮かべた立香が立っていた。

 

「そうだよ……そうだったんだ。 何を迷うことがあったんだろう。

私の可愛いマシュが、あんなに私を肯定してくれているのに。

私は、殺人鬼。マシュは、私の共犯者。

それでいい。それが全て。

それ以外に、私に必要なものなんて何もないんだ……!」

 

影のマシュが放った肯定の言葉。

それが、立香の心の中で暴れていたノイズを封じ込め、彼女の精神を「狂気のキャスター」として安定させてしまったのだ。

立香の黄金の瞳から迷いは消え去り、漆黒の礼装から溢れ出す影の魔力が、先ほどとは比べ物にならないほどの密度で周囲を圧迫し始めた。

 

「ありがとう、マシュ。私のマシュ!

あなたは本当に、私の最高のパートナーだよ。

さあ、あんな目障りな偽物、早く殺しちゃおう。

私の全てをあげるから……一緒に、最高の『芸術(アート) 』を創ろうね!」

 

立香は、己の右手を高く掲げた。

その甲には、マスターとしての証、赤く輝く令呪が刻まれている。

本来、サーヴァント・キャスターとしての役割に縛られている彼女には令呪を使うことなど不可能だ。

だが、3人のマスターを影に吞み込んだことで得た令呪、そして汚染された聖杯と接続し、黒の聖杯として顕現している今の立香は、聖杯の力も使い令呪を起動しようとしていた。

 

「さあ、私の可愛い共犯者、マシュ・キリエライト!

マスター・藤丸立香が令呪をもって命ずる!

――限界を超えて、あの偽物を殺し尽くせ!!」

 

パキィィィィィィンッ!!

立香の右手に刻まれていた令呪が一画、強烈な赤い閃光を放って砕け散った。

膨大な魔力の奔流が、影のマシュへ注ぎ込まれる。

 

「ア……ァァ…………アアアアアアアアアアアッ!!」

 

影のマシュが、再び咆哮を上げる。

その身体から噴き出す影は赤黒い炎のように燃え上がり、 赤い瞳からは殺意の光が溢れ出す。

もはやそれは「マシュの形をした影」ではなく、純粋な破壊の概念そのものと化していた。

 

「死ネェェェェェェッ、偽物ォォォォォォッ!!」

 

令呪によって極限まで強化された影のマシュが、大地を砕きながら突撃してくる。

その圧力は、先ほどまでの比ではない。

直撃すれば、アヴァロンの加護を受けているマシュであっても粉砕されかねないほどの突撃。

 

「……っ!!」

 

だが、マシュはひるまない。

彼女は息を深く吸い込み、両手で盾をしっかりと握り直した。

 

「……私の盾は、先輩を守るためのもの。

先輩を傷つける、全てから!!」

 

マシュは、己の底から、そしてセイバーから託されたアヴァロンから、魔力を引き出し、盾へと注ぎ込んだ。

黄金の光が、夜の森を真昼のように照らし出す。

 

「宝具、展開します……!!」

 

マシュの魂の叫びが響き渡る。

彼女の背後に、白亜の城壁の幻影がそびえ立った。

先ほど展開したような、欠けてひび割れた脆い城ではない。

アヴァロンの加護を受け、彼女の本来の強き意志が反映された、決して揺らぐことのない完璧な守護の城。

 

「其は全ての疵、全ての怨恨を癒す我らが故郷。顕現せよ!! 『いまは遥か理想の城(ロード・キャメロット)』!!!」

 

ドッゴォォォォォォォォォォォォォォォォォンッ!!!

 

令呪の力で強化された影のマシュと、マシュの『いまは遥か理想の城(ロード・キャメロット)』が真正面から激突した。

 

森の空気が爆発し、強烈な魔力の嵐が吹き荒れる。

影の泥が白亜の城壁に纏わりつき、腐食させようと牙を剥く。

しかし、星の内に鍛えられた究極の守護と、それに共鳴するマシュの想いの光は、泥の侵食を一切許さなかった。

 

「ガァァァァァァァァァッ!!?」

 

「はあああああああああああああああっ!!!」

 

マシュが全身の力を込めて盾を弾き返すと、影のマシュは、大きく体勢を崩し、弾き飛ばされた。

ドスンッ!と重い音を立てて影の身体が地面に転がる。

 

「なっ……私のマシュが、弾き返された!?」

 

立香が驚愕して目を見開く。

その一瞬の隙を、マシュは見逃さなかった。

 

「先輩ッ!!!」

 

マシュは無防備な状態となった立香に向かって、弾丸のような速度で接近する。

 

「ひっ……!? 来ないで、来ないでよ偽物!!」

 

立香が悲鳴を上げ、手から影のガンドを乱射する。

しかし、マシュは黄金の光を纏ったまま、ガンドを躱すこともなく真っ向から受け止め、強引に距離を詰めた。

ガンドがマシュの肩を、頬をかすめ、肌を焼く。

だが、そんな痛みなど、今のマシュにとっては取るに足らないものだった。

 

そして……

 

「捕まえました……!!」

 

「あ、あああああっ! 離して、離してえええええ!!」

 

マシュは勢いそのままに、立香の身体に飛び込み、両腕で彼女を力強く抱きしめた。

漆黒の礼装から溢れる影がマシュの身体を蝕むが、マシュは決して腕の力を緩めない。

 

「離れろ!!気持ち悪い!!

お前からは、吐き気のするようなおぞましい臭いがするんだよ!」

 

立香は狂乱し、暴れる。

 

「がっ……、うぅ……っ!」

 

マシュは歯を食いしばり、暴れる立香の身体を押さえつけながら、己の胸元に忍ばせていた「それ」を取り出した。

 

衛宮切嗣から託された、最後の切り札。

魔術回路を暴走させ、内側から対象を破壊する弾丸。

しかし、アヴァロンの治癒の力と併用することで、狂った魔術回路を一度破壊し、正常な状態へと繋ぎ直すことができるかもしれないという、一縷の望みを託された 『起源弾』。

 

「ごめんなさい、先輩。多分……すごく、痛いです」

 

マシュは、立香の目を真っ直ぐに見つめた。

狂気に歪む、大好きな人の顔。

 

「やめ……やめろ、やめてええええ!!」

 

「……っ!!」

 

マシュは覚悟を決め、握りしめた起源弾を、暴れる立香の胸部、その心臓の位置、魔術回路の中心へと、直接力強く突き刺した。

 

「ガ、アアアアアアアアアアアアアアアッ!!!!?」

 

立香の口から、これまでで最も凄まじい、言葉にならない絶叫が迸った。

起源弾が胸に突き刺さった瞬間、立香の体内を巡っていた狂った魔力と呪いが、強烈な拒絶反応を示したのだ。

 

バチバチバチッ!!と、不気味な火花が立香の全身から散る。

それは、体内の魔術回路が強制的に切断され、暴走している証。

 

「あ、あ、あああ……っ!! 痛い、痛い痛い痛い痛い!!

からだが、中から、ちぎれそうっ!!」

 

立香は白目を剥き、マシュの腕の中で激しく痙攣し始めた。

漆黒の礼装を構成していた影がボロボロと崩れ落ち、急速に薄れていく。

起源弾の効果は、確実に立香に植え付けられた狂気の魔術回路を破壊し、道満の仕掛けた狂気の呪縛を断ち切ろうとしていた。

同時に、マシュの身体からアヴァロンの黄金の光が立香へと流れ込み、破壊された回路を正常な状態へと修復しようと試みる。

 

「先輩! 先輩、頑張ってください! あと少し、あと少しで……!」

 

マシュは涙を流しながら、苦しむ立香を抱きしめ続けた。

立香の瞳から狂気が少しずつ抜け落ち、本来の琥珀色の輝きが、ほんの少しずつ、だが確実に戻ろうとしていた。

狂気から醒める。 偽りの記憶が砕け散る。

あと少し。このままアヴァロンの光を注ぎ込み続ければ、先輩は元の優しい先輩に……。

 

そう確信した、まさにその瞬間だった。

 

「――私の先輩を、奪うなァァァァァァァッ!!!」

 

「えっ……!?」

 

凄まじい衝撃がマシュを襲った。

ドゴォォォォォンッ!!!

 

「きゃあああああっ!?」

 

マシュの身体は、立香から強引に引き剥がされ、数メートル先の地面へと激しく突き飛ばされた。 地面を転がり、土煙を上げながらなんとか体勢を立て直したマシュが顔を上げる。

 

そこには、消滅したかと思われていた影のマシュが、崩壊しつつある身体を引きずり、立香を守るように立ちはだかっていた。

 

「ハァ……ハァ……ッ!」

 

影のマシュの身体は、『いまは遥か理想の城(ロード・キャメロット)』の衝撃で半分以上が崩れ落ち、元の形を保つのもやっとの状態だった。

それでも、禍々しい盾をしっかりと構え、赤い瞳から血の涙のような泥を流しながら、マシュを強烈な殺意で睨みつけている。

 

「……私の、マスターです」

 

影のマシュが、掠れた声で呟く。

 

「お前なんかに、お前みたいな偽善者なんかに、マスターを渡さない。

先輩は、私のものだ。この狂気は、私たちのもの……!

あの人を、もう二度と、お前たちに傷つけさせない。

もう、縛らせない・・・!」

 

背後では、立香が起源弾の激痛に耐えかね、意識を失い地面に倒れ伏している。

魔術回路の破壊と修復が中途半端な状態で中断されたため、立香の身体からは未だに黒い影が燻るように漏れ出しており、完全に呪縛から解放されたわけではなかった。

 

「……退いてください。藤丸立香は、私のマスターです」

 

マシュは、痛む身体に鞭を打ち、ゆっくりと立ち上がった。

盾を構え、その瞳には決して揺らぐことのない強い意志が宿っている。

 

あと少し。 あと少しで、先輩を取り戻せる。

 

「そこを退かないというのなら……私は、あなたを打ち倒して、先輩の元へ行きます!」

 

気合を入れ、マシュは立香を、そして立ちはだかる影のマシュを真っ直ぐに見据えた。

 

 

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