もし藤丸立香(女性)がFate/Zeroの雨生龍之介にキャスターとして召喚されたら 作:白豚くん
対峙するキャスターとランサー。
冬木ハイアットホテルの最上階、豪華絢爛なスイートルームは、今や2人の魔力と闘気が渦巻く闘技場へと変貌していた。
静寂を破ったのはランサー。
風を切り裂き、最短距離を突っ切る槍の閃光。
「はあああああッ!」
咆哮と共に、ランサー——ディルムッド・オディナが地を蹴った。
その踏み込みは一瞬。
常人の目には残像すら残らぬ神速の刺突が、キャスター—藤丸立香の喉元へと突き出される。
必滅の黄薔薇(ゲイ・ボウ)の切っ先が、空気の壁を破り、死の宣告を運ぶ。
本来の立香なら躱せない致命の一撃。
だが・・・。
「……うん。いい踏み込みだよ。躊躇がないね、ランサー」
彼女は、その死の一撃を、数センチ首を傾け、紙一重で回避した。
立香の瞳には、先ほどまでの狂気に加え、人理修復の旅で数多の戦場を生き抜き、神霊クラスの英霊や魔術王との戦いを通じた「マスター」としての、圧倒的な戦闘経験が宿っていた。
「なっ……!?」
ディルムッドの瞳に驚愕が走る。
彼女は魔術師としての身体強化も、回避の魔術も使っていない。
ただ、己の攻撃の癖・挙動を「知っている」者の動きで、最小限の挙動で見切り、回避したということを悟った。
「でも、残念でした!
今の私はサーヴァントの力を得たキャスターで、おまけに……すごく、すごく『クール』な状態なんだ!」
立香は、回避した勢いのまま、舞うようにバックステップを踏む。
彼女は令呪の契約により、サーヴァントとしての力を得ていることに加え、狂化によって身体能力もリミッターを外されて強化されている。
また頭脳面も、狂化により脳の負荷を無視した演算を行っている。
それにより、自身の崩壊と引き換えに本来のスペックを大幅に超えた動きを実現していた。
「龍之介くん、見てて。
英霊同士の戦いって、実はもっとドロドロしてて、もっと『救い』がないんだよ。
……教えてあげるね。
騎士道っていう綺麗なメッキの下に隠された、本当の顔を」
「ああ! 見せてくれキャスター!
騎士様の顔が絶望で歪む瞬間、特等席で見せてもらうぜ!」
背後で手を叩いて喜ぶ龍之介の声を合図に、立香の影が、爆発的な魔力を放ちながら膨れ上がった。
立香の瞳が、黄金の濁流に染まる。
「人理修復の旅の記録(ログ)……、私の頭に全部あるよ。
私が手を繋いだ英雄たちの、その輝きの裏側にある『怨嗟』。
それを今、この場所に引きずり出す」
彼女の声は、冷たく、深く、部屋の温度を凍りつかせる。
「ランサー、貴方の真名は「輝く顔」ディルムッド・オディナ。
フィオナ騎士団の筆頭騎士。
あなたは忠義を望んでいるんだね。今代の主君に。
……あはっ! 滑稽だなぁ。
貴方が前世で裏切った相手のことは、もう忘れちゃった?」
「貴様……何を言うかッ!」
ディルムッドが再び槍を繰り出す。
だが、その槍が届く前に、立香の足元の影から、巨大な「水柱」のような魔力が噴き出した。
「……おいで、影のフィン・マックール。
……フィオナ騎士団の長。栄光と、喪失の王」
その瞬間、部屋の床を突き破るようにして、一人の男が現れた。
高潔な金色の長髪は煤け、かつて知恵を授かったとされる指先からは黒い泥が滴っている。
端正な顔立ちは、のっぺりとした影の膜に覆われ、瞳があるべき場所には、虚無の炎が揺らめいていた。
シャドウサーヴァントとして召喚された、かつてのディルムッドの主君。
「……あ。……あああ……っ……!!」
ディルムッドの動きが、凍りついたように止まった。
手にした二種の魔槍が、見たこともないほど激しく震えている。
「団長……フィン……様……?
まさか、そんな……このような、冒涜的な姿で……!」
「あはは! そう、それだよランサー!
その顔! 驚きと、悲しみと、申し訳なさでぐちゃぐちゃになったその表情……最高にクールだよ!」
立香は、お腹を抱えて笑い出した。
「見て龍之介くん! 彼はね、主君の奥さんを寝取っちゃったんだよ。
それで、最後は主君に見捨てられて死んじゃったんだ!
……ねえ、最悪だと思わない?
忠義を誓う口で、主君の最愛を奪うなんて。
……だから、また主君に殺されちゃいなよ。
それこそが、貴方に相応しい『救済』でしょ?」
「黙れッ! 黙れ黙れ黙れええええええッ!」
絶叫と共に、ディルムッドが影のフィンへと突っ込む。
だが、意思を持たぬシャドウサーヴァント・フィンは、一切の容赦なく、その槍を薙ぎ払った。
凄まじい衝撃波が部屋を破壊し、高級家具が木端微塵に砕け散る。
影のフィンには、かつての慈悲も、騎士団長としての高潔さもない。
ただ、立香の狂化に呼応し、「裏切り者を抹殺する」という呪いだけが、その体を突き動かしている。
「は、速い……っ!」
ディルムッドは防戦一方だった。
相手はかつての主君。
戦い方は熟知しているはずだったが、シャドウサーヴァントとなったフィンは、人間としての関節の可動域を無視し、重力さえも無視した不規則な機動で迫り来る。
ガギィィィィィィン! と、金属同士がぶつかり合う凄惨な音が響く。
「……何をしているランサー! さっさとその影を片付けんか!」
部屋の隅で、ケイネスが狼狽しながら叫ぶ。
魔術師としての自尊心を傷つけられた彼は、目の前の光景が信じられなかった。
自分が召喚したサーヴァントが、あのような頭の可笑しい青二才の召喚した、名もなきキャスターの「影」に圧倒されているのだ。
「ケイネス様……しかし、このお方は……!」
「元主君だろうが何だろうが関係ない! 敵だ! さっさと片付けろ!」
ケイネスの叱咤。
だが、その言葉こそが、ディルムッドの心をさらに追い詰める。
彼にとって、この第四次聖杯戦争は、前世での不義を注ぎ、真の忠誠を誓うための再起の場だった。
それなのに、今まさに、かつての不義の対象である主君と戦わされ、現在の主君からは己の無能を謗られている。
「あははっ、矛盾してるねぇ。忠義のために、主君を殺す。
……ねえランサー、貴方の心、今どんな音がしてる?
私には、壊れる寸前の、キィィィィンっていう高い音が、ここまで聞こえてきそうだよ」
立香は、いつの間にか龍之介と肩を並べ、2人の戦いを愉しそうに眺めている。
「ねえ龍之介くん、団長さんの動き、もっと面白くしてみようか。
さあ、—影のフィン・マックール。その槍で、ランサーの『一番痛いところ』を貫いて!」
立香の腕に刻まれた、漆黒に染まった令呪が輝く。
瞬間、影のフィンの魔力がさらに膨れ上がった。
彼の持つ槍から、魔力を伴う水流が放たれる。
「……がああああああああああっ!」
核を狙われたディルムッドは、何とか致命傷を避けたが、避けきれず肩に攻撃を受けてしまう。
その傷はただの傷ではない。
シャドウサーヴァントが放つ魔力は、受けた者の霊体を汚染し、その存在そのものを内側から腐食させる。
「ランサー! 情けないぞ! 令呪よ!傷を癒せ!」
ケイネスの令呪が輝き、ランサーの傷を癒し、汚染を食い止める。
しかし、戦闘は、さらに苛烈さを増していく。
影のフィンは、立香の指示通り、ランサーの一番痛いところ、すなわちディルムッドの「心」を折るための戦術に切り替えた。
槍を突き出すたびに、ディルムッドの耳に、フィンの声がノイズ混じりに再生される。
『……ディルムッド……なぜ……裏切った……』
『……我が妻を……我が誇りを……返せ……』
「違う……私は……私はただ……っ!」
ランサーの槍が鈍る。
その隙を逃さず、影のフィンの槍がランサーを薙ぎ払った。
ドゴォォォォォン! と凄まじい音を立てて、彼は壁にたたきつけられた。
「あはははは! 飛んだ飛んだ! 龍之介くん、今の見た!?
まるで壊れたお人形さんみたい!」
「クールだ……最高にクールだぜキャスター!
騎士様が泥まみれになって転がってる! これだよ、これこそが僕の見たかった、命の終わりの一歩手前だ!」
二人は、ゆっくりとランサーの近くへ歩を進める。
そこには、瓦礫に埋もれながらも、必死に立ち上がろうとするディルムッドの姿があった。
彼の装束は破れ、そこから流れる血が、絨毯を赤く染めている。
「……ハァ……ハァ……。キャスター……」
ランサーは、血を吐きながらも、立香を睨み据えた。
「貴殿は……英霊を何だと思っている……。
我らの誇りを……かつての絆を……これほどまでに弄ぶとは……!」
立香は、小首をかしげて微笑んだ。
「誇り? 絆? ……そんなの、ただの重りだよ。
そんなものがあるから、貴方は今、こんなに苦しんでる。
……ねえ、楽になりなよ。
私は、貴方のこともよく知ってる。
私の影の中に入れば、もう主君を裏切ることも、令呪に縛られることもない。
ただ、私と龍之介くんの『作品』として、永遠に輝き続けられるんだから」
立香は、影のフィンの肩に、ぽんと手を置いた。
「……さて。それじゃ、仕上げに入ろうか。
フィン。……彼の足を、二度と走れないように叩き折って」
「……させ……ぬ……っ!!」
ディルムッドが、最後の力を振り絞って立ち上がる。
二振りの槍が、赤と黄の残光を引きながら、影のフィンへと肉薄する。
だが、その攻撃は届かない。
立香が指を鳴らすと、フィンの影から、さらに数本の「影の手」が伸び、ディルムッドの四肢を空中で捕らえた。
「……っ!? 動けない……!?」
「あはは、捕まえた。
……ねえランサー。貴方のその、綺麗な顔。
龍之介くんがね、もっと『クール』にしたいって言ってるんだ。
……まずは、その自慢の『黒子』から削り取ってみようか?」
立香の瞳には、爛々と光る黄金色の狂気しか映っていない。
かつて人理を救うために、誰よりも真っ直ぐに英雄たちと歩んだ少女は、今、英雄が壊れていく過程に愉悦している。
その傍らでは、雨生龍之介が、新しいナイフを取り出し、期待に胸を膨らませていた。
「——さあ、そろそろ終わりにしようか。
ねえ、最後に素敵な悲鳴を聞かせてよ、英雄さん」
月光が照らし出す、血塗られた最上階。
ランサーの絶望が、冬木の夜を、どこまでも深く、暗く、汚染していく。
狂化に染まった立香の指先が、今、ディルムッドの頬へと、冷たく、優しく、触れようとしていた。