新エリー都出張マッサージ屋   作:ジャカジャン

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エージェントも大好きですがイアスが一番好きです。ンナ


第1話 「商機×怪奇×仁義×盲目」前編

 

――イチは夢を見た、真っ暗闇の世界に自分は立っている。ある匂いがイチの鼻を刺激する

焦げた木の匂い。

乾いた煙。

熱で割れた柱の匂い。

 

(この匂いは覚えている……)

 

次に、温度が変わった。

皮膚の表面だけがじりじりと焼けるような熱。

まるで、炎のそばに立っているような――

そんな錯覚。

 

イチの呼吸が浅くなる。

 

(……知ってる……この熱……)

 

思い出せない。でも、身体は覚えている。

イチはふと背後に何者かの気配を感じ振り返ろうとしたが

その気配突然の爆発音にかき消された。

 

 

 

「っって!?」

 

驚くイチだったが一瞬の浮遊感を感じた後、背中に鈍痛が走る。

 

「あいたた…」

 

イチは頭を上げて周囲の気配を探った。

かび臭い布団、乾燥した空気

六分街近くにとった安宿の部屋のベッドから落ちたのだとやっと理解できた。

イチはベッドに座り直し、横の窓を開けた。

朝方の冷たい風がイチの顔をくすぐる。

新エリー都の空はうっすらと明るくなり始めてイチの見える暗闇にもうっすらと白みを帯びていた。

イチは夢の場所をゆっくりと思い出していたがさっぱり見当がつかない。

 

「……あの感じはなんだったんだろうねぇ?」

 

覚えがあるようで、胸の奥がざわついていた。

頭がもやもやする。ただ、あの感覚だけが体に残っていた。

 

「寝なおすか……」

 

イチはベッドに戻り再び眠りについた。

 

新エリー都が朝の息をつき始めた頃、街並みの奥でひとつの建物だけが煙を上げていた。

 

 

 

ひと月ぶりにビデオ屋兄妹との再会から数日後、イチは再びRandom playへと向かっていた。マッサージの依頼が一段落したため暇つぶしにビデオでも借りようと思い立ち再び六分街を歩いていた。

左手には杖、右手には「141」で朝食として買ったおにぎりが握られていた。

 

イチはおにぎりを一口頬張る。

梅干しの風味が口の中一杯に広がる。

イチはおにぎりをもぐもぐしながら空を見上げた。暗闇だった世界が真っ白な世界に変貌した。

 

「あったけえなぁ、お天道様、ありがとうございます」

 

六分街に降り注ぐ気持ちのいい日差しが、イチの体にゆっくりと染み渡っていった。

 

「今日はいい天気だな」

 

おにぎりを食べ終わるころイチはビデオ屋に到着し、イチは扉を開けようした。

だが店長たちの声とは別の声が聞こえてくる。

(聞き覚えが…)

そう思いながらドアを開ける。

――カランカラン

 

「ンナタっ!(いらっしゃいませ!!)」

 

カウンターからトワの元気な声が聞こえる

だがカウンターの横の扉から、焦りを含んだ女性の声が聞こえた。声の奥で、呼吸が浅く速い。

 

(ずいぶん慌てていなさるね…)

 

耳と同時に鼻を利かせているとカウンター横の扉がバンっと音を上げて開いた。

そこからイチの鼻に覚えのある匂いが強くなる。

 

「好きなだけからかってくれていいから、この危機を乗り越える力を貸して」

 

(このマニキュアの匂いは…昔の仕事で嗅いだことがあるような…)

 

「…お願い、伝説のプロキシ パエトーン!」

 

懇願する女性の声に続き兄妹の声が聞こえてくる。

 

「今度は何をやらかしたの、ニコ?」

 

「やはりニコの親分さんでしたか。」

 

「っんあ!?」

 

いきなり会話に割り込んだせいかニコが変な声を上げる。

 

「イチ!?あんた六分街に帰ってたの?」

 

「ええ、お久しぶりでございます。」

 

「イチ、ちょうどよかっ——」

 

「あ!イチさん、こんにちは」

 

「イチさん、いらっしゃい」

 

ニコの声を遮り、二人からいつも通りの声が聞こえる。

 

「へへ、どうも」

 

「ビデオ借りに来たの?」

 

リンはニコをそっちのけでイチに話しかける。

 

「へぇ、仕事が一段落しましたんで、ちょっと映画でも見ようかなと思いましてな」

 

「良かった、ちょうど古い映画を入荷したんだ、借りてくかい?」

 

「作品によりますが、まあ、お二人の選んだ映画なら外れはねぇだろうし」

 

「言うねぇ~イチさん♪」

 

徐々に映画トークで盛り上がる3人

蚊帳の外になったニコが大声で怒鳴った。

 

「ちょっと!!何三人で盛り上がってんの!?、こっちの話を聞きなさいよ!!」

 

「へへ、すいません」

 

イチがいたずらっぽく笑う。

 

「とにかく、イチ!あんたもリンたちを説得して」

 

「いきなり言われましてもねぇ、何かありましたか?」

 

イチが頭をポリポリ搔きながら聞く

 

「今から説明するからよく聞きなさい」

 

ニコは息を整えながら、経緯を語り始めた。

 

とある依頼で違法暴力団「赤牙組」から盗まれた金庫を取り返したこと

赤牙組から逃走する途中、治安局の攻撃でニコの部下が「クリティホロウ」の共生ホロウに落ちてしまったこと

赤牙組との衝突の経緯を説明してくれた。

 

(朝の爆発の音はそれだったのかい…)

 

「二人を助けて、依頼人から頼まれたモノを取り戻さないと!、あたしを助けてくれる人なんてあんたたちしかいないのよ」

 

(あのお二人が…)

 

イチは心配そうに息を呑む。

 

「ホロウ調査協会に救援を申請したら?」

 

アキラが落ち着いた声で提案する。

 

「それは無理!あたし、今はまだ協会に目をつけられるわけにはいかないの。」

 

「それに…うちの従業員を放っておくわけにはいかないでしょ?」

 

「従業員を放っておく…か、ニコならやりかねない気もするけど」

「へへ、ちげえねぇ…」

アキラに合わせイチがぽつりと漏らす。

 

「そこっ!イラっとすること言わないっ!!」

 

ニコはイチとアキラをピシッと指さした。

 

「と・に・か・く あたしの依頼は簡単よ、うちの従業員と依頼人のものをホロウから無事に出してくれればいいの、典型的なプロキシの仕事よ、引き受けてくれるでしょ”パエトーン”?イチもお願い!!」

 

「どうしやしょうかね……」

 

「昔のよしみじゃない、お願い。」

 

「確かに昔はお世話になりましたが……」

 

「ニコ、もう何か月もツケ返してないよね。利子だってかなり膨らんでるんだよ」

 

リンが目を鋭くして言う。

 

「へへ……確かにあの時みてぇに給料が三週間遅れたりしねぇなら、考えてもいいですけどねぇ」

 

「ちょっ……! あ、あれは違うの! あの時は本当に資金繰りが悪くて……!」

 

ニコは耳まで真っ赤になりながら、慌てて手をぶんぶんと振る。

 

「やっぱりイチさんもやられてたんだねニコの遅延ぐせ」

 

リンがあきれて言う

 

「だ、だいたい! あんた今それ言う!? 今は緊急事態なのよ!!」

 

ニコは一度深呼吸し、声を張る。

 

「わかったわ!今回の依頼の報酬であんた達にも一部分けてあげるわよ!それでいいでしょ!」

 

「うん、その方がよっぽど合理的だね。」

 

アキラが頷きながら同時にイチに尋ねた。

 

「イチさんはどうする?」

 

イチは肩をすくめて笑う。

 

「ニコの親分があのお二人をどんだけ大事にしてるのかは、重々承知しておりやす、俺もあのお二人には世話になったしね…」

 

「じゃあ…!?」

 

ニコが目を輝かせる。

 

「こんな盲目の手で良ければお手を貸しましょ」

 

イチは静かに杖を握り直した。

 

「よし!善は急げよ、あたしは先にホロウの外で待って――ッ!?」

 

突然ニコの声が途切れ、イチの方へ倒れかかる。

 

「おっとっと、大丈夫ですかい?ニコの親分さん?」

 

イチは慌ててニコを支え同時に嗅覚を集中させる。かすかに鉄の匂いが鼻についた。

 

「逃げる途中ケガをなさったね」

 

「相変わらず目が見えないのによくわかったわね……」

 

リンも心配してニコに駆け寄る。

 

「ニコ、ケガしてるの?そういうことならここで休んでて」

 

そう言ってリンはニコをソファに無理やり座らせる。

 

「でも!」

 

「うちの妹の言うことをよく聞くんだ」

 

アキラは無理に動こうとするニコに釘を刺すように言った。

「今の君じゃ足手まといになってしまうよ、ここは僕たちとイチさんに任せてくれ」

「わかったわよ……」

ニコは悔しそうに唇を噛み、拳を握りしめた。その震えを、イチはそっと聞き取っていた。

イチはソファに座っているニコに近づき顔合わせながら膝をつく。

「ニコの親分さん……あのお二人は、俺が責任もって助けやす。

ここはひとつ、俺の手前を信じて待っててくだせぇ」

 

「イチ……ありがとう…」

 

「ニコの親分らしくありませんなぁ、親分はどっしり構えてなくちゃいけやせんぜ」

イチは再び立ち上がりニコに背中を向ける、その背中には「おれにまかせとけ」と語っているようだった。

「ま、仕事はやりやす。……報酬だけは、きっちり頼みやすぜ。」

 

「ほんと、そういうとこだけ抜け目ないんだから」

 

「へへ、そりゃあニコの親分さんに仕込まれましたからな」

 

杖を軽く握り直して兄妹の方へ向き直った。

 

「それじゃリンさん…」

 

リンの深呼吸する音が聞こえ。

 

「よし!仕事を始めよっか!」

 

工房に伝説のプロキシの声が響く

 

クリティホロウ

 

広大な駅には放置された車両がひっくり返り、地面からからは巨大なエーテル結晶生えている。一部の車両からは炎が激しく揺らめき煙を上げていた。

そんな混沌とした世界にテンションの高い声が響き渡った。

 

「ヒャッホー!」

 

駅を跨ぐ歩道橋から

ヘッドホンをした少女アンビー・デマラ

赤いジャケットを着た知能機械人ビリー・キッドが飛び降りる。

ビリーは着地し一回転して衝撃を逃がす。アンビーは軽やかに着地し、周囲を冷静に見渡した。

 

「……戻ってきたみたいね」

 

 

ビリーが頭を抱えて叫ぶ。

 

「マジかよ!? またループか!?」

 

「ビリー、後ろ」

 

そう言われビリーが後ろを振り返ると先程飛び降りた歩道橋に小型エーテリアス“ティルヴィング”が、獲物を探すように走り込んでくる。

二人を見つけた瞬間、甲高い声を上げて歩道橋から飛び降りた。

 

「クソっキリがねえぜ!」

「来る、構えて」

 

ビリーはリボルバーを両手に構え、アンビーは刀を逆手に構えた。

再び甲高い声を上げてティルヴィングが飛び掛かかる…その瞬間だった。

空気が、爆ぜた。

 

突然の光景にアンビーの目がわずかに見開かれる。

 

「っ!?」

 

ティルヴィングの跳躍が、途中で“弾かれた”ように見えた。

いや、違う。

何かが、ティルヴィングの懐へ――一瞬で割り込んだ。

金属が裂ける音が、遅れて2回響く。

白い残光が、線のように空間を走った。

ティルヴィングの身体が、斜めに裂けて地面へ崩れ落ちる。

その破片が地面に転がる

男は顔の前に鞘を持ち白い刃が鞘へと吸い込まれていく。

カチン

刀を鞘に納めると同時にティルヴィングがエーテル粒子となって消え去った。

杖は再びただの歩行具の顔に戻っていた。

アンビーが男の背中をみてつぶやく。

 

「あなたは…まさか…」

「あああぁぁぁ!!あんたは!?」

 

「お久しぶりでございます、アンビーのあねさん…ビリーの兄貴。」

 

「イチ先生!」「イチのおっさん!」

 

二人は驚きの声でイチの名前を叫んだ。

イチは杖を左手で持ち直し微笑みながら口を開く

 

「へへ、お二人ともお元気そうで…」

 

「ハハッ久しぶりだな!イチのおっさん」

 

「……イチ先生。どうしてここに?」

 

「詳しいことはあちらで…」

 

そう言ってイチは仕込み杖である方角を指した。横倒しになった車両の端からぴょこっとボンプが顔を覗かせ手を振って叫んでいる。

 

「ほら こっちだよ!早く来て」

 

2人はボンプの方へ駆け寄る。イチだけは、杖で地面を確かめながら、ゆっくりとその後を追った。

車両の端まで来ると「01」「EOUS」と描かれたスカーフを巻いたボンプからある声が聞こえてくる。

 

「やっほー、お疲れ様」

 

「……あのスカーフ」

 

アンビーが小さくつぶやく。

 

「お、おおおっ!? まさか――!」

 

ビリーの関節がガタガタと鳴り、両腕をぶんぶん振り回す。

 

「「パエトーン!」」

 

ボンプはピコッと胸を張り、腰に手を当ててポーズを決めた。

同じタイミングで遠く離れた工房にいるリンの瞳が青く輝いていた。

 

クリティホロウ 古い地下鉄分岐駅某所

 

 

「エーテリアスの声は聞こえない、しばらくは大丈夫そうね」

 

「よ、よかった、走りすぎて足の油圧ロッドが折れるかと思ったぜ!」

 

ビリーは息を整えながら機械人なのに汗をぬぐうしぐさをする。

 

(少しオイルの匂いがしやすが……)

 

イチは鼻を軽くこする。

 

「ここで適度な休憩を取ることを提案するわ、いい?プロキシ先生、イチ先生?」

 

アンビー冷静な口調で提案する。

 

「いいですよ…二人は休んでてください、見張りは俺がいたしますよ」

 

イチは杖の先で地面を軽く探り、両手で仕込み杖を抱えながらコンクリートの破片に腰を下ろした。

 

「お願いね、イチさん」

 

イアスからリンの柔らかい声が聞こえてきた。

イチは仕込み杖を軽く振って返した。

あの邪兎屋の二人が疲労困憊になったのは理由があった。

なんでも、依頼の金庫を見つけたのは良かったがホロウに一緒に落ちた赤牙組の組長 シルバーヘッド ミゲルが上級エーテリアス「デュラハン」に異化してしまった為、金庫に近づけず撤退したとのことだった

 

「しっかし!店長が俺たちをあそこから連れ出してくれて助かったぜ!さすが「パエトーン」!相変わらず頼もしいな」

 

「えっへへ~なんの、プロキシの役目を果たしただけだよ、それに私ひとりじゃここまで来れなかったしね、イチさんのおかげだよ」

 

イアス越しに、リンがそっとイチのそばへ寄るように声を落とした。

 

「ニコのことだから自力で対処するように言ってくるかと思ったけどイチ先生を連れてくるなんて…二人が来てくれなかったら私たちあそこから脱出できなかった。ありがとう」

 

「アンビーのあねさん…イチ”先生”なんて…俺はただのマッサージ屋ですよ。」

 

イチが遠慮がちに言うがアンビーはさらに続ける

 

「あなたは自分をただのマッサージ屋と言うけど、私はそう思っていない」

 

「そうだぜ!あの動きはただのマッサージ屋じゃねぇって!相変わらずかっこよかったぜ、イチのおっさん!」

 

「いやぁ…ビリーの兄貴の早撃ちにはかないませんよ」

 

イチは仕込み杖を抱え直し、静かに息を整えた。

 

「へへ…まあ、お二人が無事でよかった…」

その仕草に釣られるように、場の空気もゆっくりと和らいでいく。

 

しかしその和らいだ空気が突如破られた。イチの耳がピクリと動き仕込み杖を体の前に構える。

 

「来なすったね…」

 

GRRRRR…

 

近くからエーテリアスの唸り声が聞こえてきた。

 

「エーテリアスの声…」

 

そうつぶやきアンビーも刀の柄に手を添える。

 

「はやくね?横になろうとしたのによ!」

 

ビリーは頭を抱えて叫んだ。

緊張が再び場を締めつける中、

アンビーは淡々とした声で告げる。

 

「すぐに撤退しないと…でもまあ、ビリーが望むならここで永遠に眠るのもいいかもね。来年のスターライトナイトの新作のベルトをあなたの墓前に供えてあげる。」

 

イチが小さく笑う。

 

「へへ…じゃあ俺も,,トワイライトナイト,,のビデオでもお供えしましょうかね。」

 

「いらねぇよ!しかもそれ時代劇じゃねぇか!せめてスターライトナイトのビデオにしてくれよ!」

「アハハ、久しぶりに3人の漫才を見たよ」

リンの笑い声がその場の緊張をほぐしてくれた。

「よし、移動しよう、ちゃんとついてきてね」

 

リンの声に、三人は自然と姿勢を整えた。

アンビーが刀を軽く持ち直し、ビリーはリボルバーを回して構える。

 

「前衛は私とビリーに任せて、イチ先生は……」

 

イチは静かに頷き、杖を握り直した。

 

「もちろん、殿を務めましょ、背中はお任せください」

 

「頼むぜ!イチのおっさん」

 

ビリーの声に、イチはわずかに口元を緩める。

 

「よし、行くよ!!」

 

リンの号令が響いた瞬間、

3人の影が、再びホロウへと走り出した。

 

斬撃音と銃撃音がクリティホロウ内に響き渡る。一回響くごとにエーテリアスが粒子となって消えていく。3人はホロウの出口に向かって走り続けていた。イチだけは、二人の後を追いながら、杖で左右を素早く探りつつ走っている。

 

「そこの角を曲がって!」

イアス越しにリンの声が響く。三人はそろって角を曲がるだが、その先は車両が折り重なって道を塞いでいた。

 

3人は立ち止まりビリーが大声で叫ぶ

 

「行き止まりだぞ!店長」

 

「その車両を乗り越えればもうすぐ出口だよ」

 

リンの声が響いた直後同時に複数のエーテリアスが現れ咆哮を上げる。

アンビーとビリーは反射的に後ろを振り向く。

 

「やべぇ!!また来たぞ!」

 

「急いで!」

 

二人が車両に向かって走り出そうとした瞬間、すでにイチが車両の前に立っていた。仕込み杖を顔の前に静かに構える。

 

「イチ先生、なにを…?」

 

次の刹那、二筋の閃光が闇を裂いた。

 

カチン。

 

刀が鞘に収まる音が響いた瞬間、

鋼鉄の車両は真っ二つになって崩れ落ち、

その向こうに道が開けた。

開けた道の向こうを指し示しながら、

イチは仕込み杖でそっと二人を促す。

 

「足元お気をつけてくだせぇ」

 

「おぉ…ありがとう、イチ先生」

 

「すっげ…ありがとな!イチのおっさ

ん!」

 

二人は驚きを胸に押し込めイチの作った道を走り抜ける。

イチも二人の後に続いた。

 

「よし、このまままっすぐ進めば出口だよ」

 

 

「よし!このまま前に…前に!?前は壁だぜ!店長!。」

 

リンが示す道には強大なコンクリートの塊があるだけだった。

 

「またぶった切りやしょうか?」

 

イチは仕込み杖をちらと見せ、イアス越しにリンへ声をかけた。

 

「まっすぐで大丈夫、私を信じて」

「うん、プロキシ先生を信じるわ。」

「リンさんがそう言うなら大丈夫でさ」

「ぶつかる!ぶつかる!ぶつかるぅぅ!」

「それじゃまた店でね!グッドラック!!」

リンの声と同時に三人は壁の方へ突き進んだ。

だが、コンクリートの堅い感触は訪れない。代わりに奇妙な解放感が広がり3人とボンプは壁をすり抜けた。

 

 

 

軽い浮遊感がイチの体を包む。だがすぐに元の感覚が戻ってきた、ホロウ特有の匂いや音、エーテルの圧迫感も感じない。

代わりに、遠くを走る車の音が風に乗って耳に届き、湿ったアスファルトの匂いが鼻先をかすめ暖かい太陽光が体に染み渡る。

 

「この匂い……出られたみたいですな」

 

イチは静かに息を整えながら、そうつぶやいた。

 

「十四分街の看板だ!!やっと出てこられたんだな!よっしゃあ!」

 

ビリーが両手でガッツポーズをして叫んだ。

 

「よかった…」

 

アンビーが口がかすかに微笑んだ。

 

「店長!ありが…」

「ンナ」

 

ビリーが礼を言いかけたところで、イアスの本来の声が返ってきた。

 

「イアスさん?」

 

イチはイアスを杖でつついて位置を確認する。

 

「ンナワタ~ワタンナ~(つつかないで~くすぐったいよ~)」

 

「おっと、ごめんよ」

 

そう言ってイチはイアスを抱きかかえる。

抱えられながら両手をぶんぶんと振って答えてくれているのをイチは感じ取った。

 

「ンナナ~ンナンナ(おかえり~、みんな)」

 

「ほんと、普通のイアスに戻ってる」

 

アンビーは覗き込むように言った

 

「ンナンナンナタ、ワタ ワタ(リンが言ってたよ、もうすぐ迎えを寄こすって)

 

「迎え?」

 

ビリーが不思議そうにつぶやくとすぐに車のクラクションが聞こえてきた。凄まじいブレーキ音を立て古びた車が3人の前に止まる。

 

「時間も場所も、全部“パエトーン”の予想通りね。」

 

ビリーの顔がぱっと明るくなる。アンビーも小さく微笑む。

「ニコ」

「ニコの親分!!」

 

「もうケガの方は大丈夫ですかい?ニコの親分さん」

 

イチはニコの声をする方へ顔を向け声を掛ける

 

「あんなのどうってことないわ、さあ!乗って」

 

「はい、ちょっくらごめんよ、おっと、イアスさんも一緒に……よいしょっと…」

 

イチは後部座席に座りイアスを抱き抱え膝に乗せる。

 

「ンナ~、ンナ ンナ~(イチ~、ありがとう~)

二人もそれぞれ席に座る。

 

「親分さん、前みたいに胃がひっくり返るのは勘弁でさ」

 

「イチのおっさん、車弱いんだっけ?」

 

「へぇ…少しね…」

 

「イチ先生、酔い止めいる?」

 

「あねさん、ありが――」

 

アンビーが助手席から薬箱を差し伸べたのであろう匂いのする方へ手を伸ばそうとするがそれはかなわず

「さあ、行っくわよおぉぉぉ」

「ンッナナー!(レッツゴー!)」

 

ニコとイアスの掛け声と共にエンジン音が唸りをあげ車は猛スピードで一四分街を後にした。

 

 

トワイライトナイト

イチの好きな映画

王政廃止が迫るある王国。

貧困の中で二人の娘と老母を養う下級騎士の男は、

同僚から仕事が終わるとすぐに帰宅していたことから

“トワイライト”と揶揄される冴えない日々を送っていた。

だが、隠れた剣の腕を見込まれ、密かに暗殺を命じられる。

幼なじみの想いと家族の未来を守るため、男は命がけの闘いへと身を投じていく。

 

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