ニコの愛車は凄まじい音をあげてRandomplayの裏駐車場へ止まった。
ビデオ屋の裏口にはリンとアキラがドアに寄りかかって待っている。
リンが車の前に歩み寄り窓越しのニコに疑いの目を向けた。
「ニコ、戻ってくるの早すぎない?まさか、また信号無視したんじゃないよね。」
「そんなことないわよ普通の青信号と、R値255の青を通過しただけだから!」
「アンビー、R値255の青ってなんだ?」
「あなたが着ているジャケットの色」
アンビーが淡々と答える。
「ようするにいつも通りってことだね。」
リンがあきれるように言った。
「ひとまず帰ってこれたことを喜ぼう、それに状況の整理もしたいしね。」
アキラが静かに言い、みんなが車から降り始める。
「ンナ~ンナンナ~(リン、ただいま~)」
イアスがピョコピョコと駆け寄りリンの胸に飛び込んだ。
「イアス、おかえり、お疲れさま」
ンナ~
「あれ?イチさんは」
リンが後部座席の方へ眼をやると…
「へぇ…リンさん、ただいま戻りやした。」
顔が紙のように真っ白になったイチが、シートにしがみつくように横たわっていた。
額にはうっすら汗。呼吸はかすかに震えている。
「おわぁ!イチさん大丈夫!?」
「へへ…ダイジョブですよ、リンさんちょっとバケツを…」
「全然大丈夫じゃないじゃん!ちょっと待って!」
慌ただしい声が六分街にこだましていた。
部屋の中には無数のブラウン管テレビが立てかけてあるのだろうキーンという音が響いている。
「う~~……」
ソファにはイチが唸り声をあげて横たわっていた。
イアスがイチの額に乗せたタオルを交換してくれていた。
「ンナ……(だいじょうぶ?)」
「へへ……ありがとよ、イアスさん。」
イチは弱々しく笑い返す。
「イチのおっさん、大丈夫かよ……」
いつもの軽口は影を潜め、心配がそのまま声に出ていた。
「ニコ、あとでイチ先生に謝った方がいいわ」
アンビーが淡々と言う。
「悪かったわよ……イチが車に弱いの忘れてただけで……」
ニコはバツが悪そうに頬をかきながら視線をそらした。
その声には、申し訳なさと気まずさが入り混じっている。
イチは苦笑しながら、ソファの背にもたれた。
「へへ……気にしなさんな。昔っから車だけは弱いだけなもんで……」
アキラが腕を組み、静かに頷く。
「しばらく横になってて。
状況整理は僕たちでやっておくから」
「……へへ、すんません。
じゃあ、甘えさせてもらいやす……」
イチはソファで横になり耳をすませながら今の状況を聞こうとするが車酔いと疲れのせいか眠気が襲いかかってくる
リン達がいる方から途切れ途切れに声が聞こえてくる。
…金庫… メモ…デ…スク デュラ…ン
「……デュラハン、かねぇ……そりゃ厄介だ……」
イチは小さく呟いたがまぶたが重くなり、視界がゆらりと揺れた。
イチは小さく息を吐き――。更なる睡魔が襲来しついにイチは意識を手放した。
―――イチは夢を見た。
朝に見た暗闇の世界が再び目の前に広がっている。
あの世界からはかすかに聞こえるのは小さな声…
イチは夢の中で耳を澄ませると徐々にその声が聞こえてくる…
「……っ……返して……」
少女のようなかすれた声が、闇の中で震えた。
(返して……? 何を……?)
問いかけようとした瞬間――
その泣き声が、爆発するように叫びへと変わった。
「返してよォッ‼」
「ッ!!」
悲痛な叫び声が耳を貫きイチの体が飛び跳ねる。
「ハァ…ハァ…」
肩が静かに上下し、汗が肌に薄く張りついていた。
周りから多数のブラウン管の駆動音、空調の匂い、聞き覚えのある声が聞こえイチはここがビデオ屋の工房だということに気づいた。
となりから誰かの気配を感じたイチはそちらに顔を向ける。
「大丈夫かい、イチさん?だいぶうなされたみたいだけど…」
アキラの声が聞こえイチは安心したように口を開く。
「アキラさん…すいませんね、ちょっと変な夢を見たもんで…」
「そうだったのか、気分が悪いならまだ休んでてもいいよ、そのソファの主はもうイチさんのようなものだし」
「…主…?ええと、俺ぁどのくらい寝ちまってたんだい?」
「丸一日だね、全然起きないから心配したよ」
「丸一日……すいやせん、すっかり世話になっちまったみたいで…」
「別に構わないよ、イチさんも色々疲れていたんだろう。」
「邪兎屋の皆さんは?」
「金庫を回収するために3人でまたクリティホロウに潜ったよ」
「起こしてくれれば手伝ったんですがね…」
「ニコが、『これ以上イチさんに甘えてられない』ってさ。あと報酬は帰ってきてから払うそうだよ」
アキラは苦笑しながら肩をすくめた。
「まったく、あのニコらしい」
イチはその言葉に、どこかくすぐったそうに笑った。
「へへ…そうですか…じゃあ気長に待ちますかね」
イチはソファに座り直しもう一人の声を探す。
「そういや、リンさんは?」
「リンならH ・D・Dの調整をしているよ、イチさんが寝ている間にちょっといろいろあってね…」
「何かあったんですかい?」
「実は……」
アキラは短く息をつき、状況を順に説明していく。
「H ・D・Dがハッキングを受けて、乗っ取られてしまったんだ。
ハッカーはホロウ内にいるニコたちの状況を利用して、彼女らの安全を盾に“金庫の暗証番号”を要求してきた」
イチは眉をひそめる。
「……物騒な話でさ…」
「脅しのために、H・D・Dシステムの一部をフォーマットされてしまってね。
キャロットデータを喪失した。
それで、権限を取り戻すために……パエトーンのアカウントを捨てたんだ」
「パエトーンの……」
イチは小さく息を呑む。
その意味を知っているからこそ、その重さがわかる。
「金庫の中身は、とてつもなく重要なものらしい。だからハッカーも必死なんだろうね」
アキラは事の詳細を説明してくれた。
「俺が寝ている間にそんなことが…すいやせん、お二人が大変な時に…」
「いや、気にしないでくれ」
リンがいる方向へ耳を傾けると必死になって、カタカタとキーボードを叩く軽い音が響いている。
「へぇ……プロキシってのも大変な仕事でさ」
リンの元気な声が工房に響き渡った。
「よし、調整完了!!お兄ちゃんサポートお願い!」
「イチさんはもう少し休んでてくれ、すぐ終わらせてくる」
そう言ってアキラがイスに座り頼もしい二人の声が聞こえてきた。
「こっちも準備OKだ」
「よし!ニコ達を助けに行こっか!」
H・D・Dの起動音が工房全体を震わせていた。
工房のH・D・Dに繋がれたスピーカーから声が聞こえてくる。
「—―おぉ!!元に戻ったのか?繋がったのか?店長!」
「ビリーうるさい、イアスの目が元に戻ってる、通信できてるみたいね」
「ちょっと、プロキシ大丈夫なの?」
ごちゃ混ぜになった邪兎屋の声が工房にいる3人の耳に聞こえてきた。
「良かった、みんな無事みたいだね」
リンの声が再びイアスから発せられた
「そっちでなにかあったの?」
「ちょっといろいろあってね」
リンは3人に事の顛末を手短に話している。
「なるほど、連絡が途絶えたのは、店長の設備が謎のハッカーに乗っ取られたのが原因だったんだな」
「ニコが依頼料をケチったことを怒ってたわけじゃないんだ。」
「ちょい待ち、本当はもっと払えたの?」
リンが疑いの声でニコに問いかける。
ニコはあわてた声で叫んだ
「アンビー余計な事を言わないで!」
邪兎屋のいつもの声が聞こえてくる。
その声にイチは安堵の声で口を開いた。
「邪兎屋の皆さんご無事で何よりでさぁ」
イチの声がイアスを通して邪兎屋の耳に届く。
「おぉ、イチのおっさん起きたんだな。」
「イチ先生、もう具合は大丈夫なの?」
「へぇ…たっぷり休ませてもらいましたからね」
「イチ、あんたどんだけ寝てんのよ。」
「親分さん、手伝いに行けず申し訳ねえ」
「イチ先生は私たちを助けてくれたわ、あとは私たちに任せて」
「イチのおっさんに任せっぱなしじゃ、俺らの出番がなくなっちまうだろ!」
「そういうこと、いい?あんたはそこで大人しくしてなさい。こっちは任せて!邪兎屋をなめないでよ」
イチは安心したようにつぶやいた。
「皆さんの声が戻るのを、ここで待ってやす。どうかご無事で。」
「さあ、金庫奪還作戦、続行するわよ」
イアスと3人の足音がホロウ内に再び響き渡った。
広い駅のホーム
先頭を走るアンビーが、広がるホームの中央に光る金属の箱を見つけて静かに声を上げる。
「あれは…金庫!見つけた」
「おぉ!今日はツイてるぜ!」
ビリーが勢いよく笑いながら続く。
「はは!あたしの金庫!」
ニコも負けじと声を弾ませ金庫に走り寄る。
3人それぞれの足音が続くが、異様な気配と音をイチはスピーカーから感じ取る。その瞬間イチは叫んだ。
「あねさん!後ろだ!」
叫びと同時に、アンビーも気配の変化に気づいた。
「ッ!」
ガキイィィン!!
振り返りざま、アンビーの刀が閃き、
背後から迫っていたデュラハンの追撃を刃の腹でギリギリで受け止める。
スピーカーから、金属同士がぶつかる甲高い衝撃音が響く。
衝撃が腕を伝い、身体ごと後方へ押し流される。
その先にいるニコとビリーが衝撃で吹き飛ばされる。
「おわぁっ!?」「ッ!?」
続けざまに、横から重い斬撃が迫る。
アンビーは刀を立てて受け、金属が軋む振動を腕で感じながら、その反動を利用して後方へ跳び退いた。
リンは金庫を守ろうとしたが巨大な”それ”の殺気を感じ取り3人の元へ撤退する。
「アンビー!大丈夫?」
イアスを通してリンがアンビーに駆け寄りながら叫ぶ。
3人の目の前に金庫を守るように“それは”立ちはだかった
黒く輝く体に本来頭がある場所には襟のようなものに囲まれたコアが浮かんでいる。
人間だった者のなれの果て
――デュラハン。
アンビーは再度刀を構えつぶやく。
「…見つけた」
吹っ飛ばされたビリーがゆっくり起き上がりぶつぶつとぼやく。
「今日はツイてるぜ…」
同じく吹っ飛ばされたニコがアタッシュケースを構えながら叫ぶ。
「あ・た・しの・金庫おぉぉぉ!!」
三人がそれぞれの構えを取り直す。
ついに邪兎屋の金庫奪還作戦は、クライマックスへと走り出す。
邪兎屋の三人の戦闘音がスピーカーから激しく響く。
「ハハハーッ!」
ビリーが笑い声を上げながら、両手のリボルバーを連射する。撃ち終えるより早くシリンダーを回し、弾を滑り込ませては、再び目にも止まらぬ速さで撃ち続けていた。
「サンダーっ!」
アンビーの刀から雷鳴が響き
「受けてみなさい!」
ニコのアタッシュケースの殴打音と共に弾丸がばら撒かれる轟音が響き渡る。
「さすが、邪兎屋の皆さんだ、息ぴったりだね」
イチは感心したように口を開く。
「へへん♪すげーだろ♪イチのおっさん!もっと、褒めてくれてもいいぜ♪」
ビリーはしゃがみ撃ちでリボルバーを撃ちながら、まるで褒められて喜ぶ子供のように笑っていた。
アンビーはその横をすり抜け刀で斬りつけながら、冷静に、しかしどこか呆れたように言う。
「調子に乗るのはいいけど、撃つ方向は間違えないで。巻き込まれたら困るのはこっち。」
「わかってるってぇ!!」
ビリーは攻撃を避けながらデュラハンの体に弾丸を打ち込む。
数発は体に命中したが後のほとんどは盾に弾かれてしまった。
「見せてあげる!」
ニコはアタッシュケースで豪快にぶん殴ると同時に弾丸がデュラハンにバラまかれる。
が、それも盾で防がれ決定打にはならなかった。
デュラハンが後ろへ距離を取った。着地と同時にさらに激しい咆哮を上げた。
「デュラハンが狂暴化したよ。気を付けて!………動きがさっきより速い、攻撃パターンも変わってる!」
ホームの隅で観察していたリンが全員に伝える。
「あぁ!もう!固い奴ねぇ!あの盾どうにかならないの?」
「攻撃をパリィしても盾ですぐ防がれてしまう」
「クソッ、弾が通らねぇ! このままじゃジリ貧だ!
「みんな!来るよ!」
リンの声と共にデュラハンが再び咆哮を上げ
アンビーに狙いを定めデュラハンは大振りで斬りかかった。刀で重い一撃をはじくがすぐに次の一撃が襲い掛かる
「くぅっ!」
アンビーは再び刀で弾きその反動を利用して素早く距離を取り、すぐさま踏み込み直して斬りかかる。
ガギィンッ!!
しかし、デュラハンの巨大な盾が壁のように立ちはだかり、その一撃は弾かれてしまった。
ガギギ…バキ…
工房にいるイチは、何かを探るようにスピーカーから聞こえる音に耳を澄ませる。
「イチさん?どうしたんだい?」
アキラが眉間にしわ寄せているイチを見て聞いてくる。
「音が……」
「音?」
デュラハンはそのまま盾を押し出しアンビーに体当たりをぶちかます。
ドゴォッ ピキ…
アンビーは刀で受け止めそのままデュラハンを押し戻す。
「どうしよう、何か手は…アンビー、無理しないで! 一度下がっても――」
決定打が与えられない…リンの声に焦りが見え始める。
イチは耳に届く違和感に考えを巡らせた
(この音…何かおかしい……さっきとは……)。
そして一つの結論にたどり着く。
「アキラさん、ちょっといいですかい?」
「なんだい?イチさん」
イチはアキラの耳元でささやいた。
「ホントかい⁉わかった!すぐにリンに伝えるよ!」
「リン、聞こえるかい?イチさんから伝言だ!」
「イチさんから?」
リンの耳にイチの伝言が伝わり、邪兎屋の三人に大声で叫んだ。
「みんな!イチさんから伝言!!そのまま攻撃を続けて」
「ゴリ押しかぁ!?店長!、さっきからやっってけどイマイチ効果が…」
「イチさんがさっきから奴が盾で防御するたびに違う音がしてるみたい!奴の盾はもう限界が来てるって!!」
「イチ、本当なんでしょうね?
嘘だったら……報酬減額、覚悟しときなさいよ?!」
ニコがアタッシュケースに弾丸をリロードしながら叫ぶ。
「いいえ、イチ先生を信じるわ」
アンビーの声は短く、しかし確信を帯びていた。
アンビーが短く言い切った瞬間、
デュラハンが再び咆哮を上げ、突進してくる。
「来るよ!!」
リンの声が響く。
アンビーは刀を構え直し、
迫る盾の衝撃を正面から受け止めた。
ドガァッ!
「どこかへ行って!!」
バリバリバリッ!!!
受け止めたと同時に盾をはじく、その勢いで前方に電撃をまとった打ち上げ斬撃を盾に向かって放つ
ピキ…ピシッ……
盾の奥から、確かに“ひび割れる音”が響いた。
「フゥーッ!!」ドガガガガガッッッッ!!
そこにビリーの連続射撃を叩き込んだ。
ピキ……ピキ……パキ…
更にひび割れる音が響く
「喰らいなさい!」
ニコが再びアタッシュケースを振り回し殴打と弾丸を浴びせる。
ピキ……ピキ……パキ……パキ…
そしてついに…その時が訪れる…
バリィィィィン
デュラハンの盾がのけ反りガラスのように砕けちった。
「へへ…」
イチは砕け散った音を聞き小さく微笑んだ。
その勢いでついにデュラハンは膝を付く。
「「「チャンス!」」」
邪兎屋の総攻撃がデュラハンを捉える。
先陣はアンビーが再び前方に雷をまとった打ち上げ斬撃を放った。
「やあッ!!!」バリバリバリッ!!
刀を打ち上げた勢いで飛び上がり空中で2回目の斬撃を放つ。
斬撃が刻まれた瞬間、デュラハンの体に青い雷光が走る。
感電し大きく硬直したデュラハンを逃がさずにビリーが強壮弾を全弾発射する。
「ボーッとするくらいなら撃たれに来い!」ズガガガガン!!
そこにニコのアタッシュケースが低く唸りながら変形する
割れるように変形した中から砲台が出現しニコが叫んだ
「私がっ!けりをつける!」
ドォンッ!!
砲台から暗黒のエーテル弾が発射されデュラハンに着弾する。
ゴアアアアァァァァァァ
着弾と同時にドーム状の力場が展開されデュラハンの体が力場に吸い込まれ体が削られていく。
力場が収まると同時にデュラハンが倒れエーテル粒子となって消え去った。
ホームの中央には目的の金庫が夕日に照らされ淡く光っていた。