SAOIF 炎の聖剣とありふれた物語 作:マサヒロ (旧名デイブレイク)
ソードアート・オンライン βテスト最終日
その日、多くのβテスターがそれぞれの方法で楽しみ、戦闘に没頭していた。
深いブラウンの髪と赤紫の瞳を持つ少年、シュウ。
彼はソロで第一層の迷宮区を攻略していた。
リアルでの経験を活かし、βテスト初期から実力者として名を知られていたシュウ。
第一層ならソロでも突破できると判断し、こうして迷宮区に挑んでいた。
「ボス部屋前、か……」
シュウは巨大な扉の前でそうつぶやくと、腰の鞘に刀を収める。
視界に移る時計を一瞥すると、βテストの終了時間が迫っていた。
「あの!!」
「は、はい。どうしたんですか?」
黒髪に緑の瞳の少女が、息を弾ませながらこちらを見つめている。
声をかけられるとは思っていなかったシュウは、内心かなり驚いていた。
「はじめまして。私、コハルっていいます。その突然なんですけど、私あまりゲームが得意じゃなくて、VRMMOもこれが初めてで……
最終日だから迷宮区に来て、何とかここまで来れたんですけど中々上手くいかなくて、気がついたら道に迷ってしまって……もしよろしければ、戦い方を教えてくれませんか?」
コハルと名乗った少女はそう言って深々と頭を下げた。
コハルの言葉にシュウは一瞬悩んだが、村に戻るついでに教えればいいかと思いコハルの方を向いた。
「そういうことなら大丈夫。村に戻りながらになるけど、それでもいい?それに、ため口で大丈夫。僕の名前はシュウ。よろしくねコハル」
「うん!よろしくシュウ!!」
シュウが手を差し出すとコハルはぱっと明るい笑顔になり、その手をしっかり握り返した。
「あ痛っ!」
迷宮区から出る最中、シュウはコハルに戦い方を教えていたがシュウの想像より動きが硬く、また尻もちをついたコハルを見てシュウは苦笑するしかなかった。
「いい?ソードスキルで大事なのは初動のモーション。武器を構えて、スキルが立ち上がったのを確認したら、それを一気に放つんだ」
シュウはそう言って刀を逆手で構えると、刀に紫色の光に包まれる。
コハルと戦っていたコボルトへと一歩踏み込んでから刀を地面すれすれの低さから斬り上げると、コボルトはガラス片へと四散した。
「そうすれば、後は勝手にシステムが命中させてくれる。簡単でしょ」
「す、すごい……でもそう簡単にいかないよ!!」
目の前で苦戦していたコボルトを瞬殺したシュウをコハルは感嘆しつつも、そこだけはしっかり突っ込んでくる。
「まぁ、これは練習あるのみだよ。立てる?」
「う、うん。ありがとう」
シュウの手を借りて立ち上がったコハルは、ぱたぱたとスカートをはたきながら息を整えた。
「……!まずい…!」
「え?」
シュウの声に首を傾げたコハルだったが、すぐにその意味を理解した。
数体のコボルトが姿を現し、二人を囲むように配置についていた。
「ど、どうしよう……!」
シュウはすぐに刀を抜き、コハルの前に一歩出る。
どうすれば二人でここを突破できるか――その思考を一気に加速させた。
コハルを見捨て、一人で逃げるのは簡単だ。
だが、それはシュウの性に合わないし、両親の教えにも反する。
「シュウ!!前!!」
「チィッ!」
コボルトは二人の事情などお構いなしに、棍棒を振りかざして突っ込んできた。
シュウは即座に思考を切り替え、コボルトの棍棒を蹴り上げて軌道を逸らし、コボルトの体を切り裂く。
ただ、数が多い。
当然、狩りこぼしも発生する。
その時だった。
「下がって」
その声が響いた次の瞬間、眩い光をまとった剣が横一線に走り、数体のコボルトをまとめて切り裂いた。
ガラス片が舞い散り、空気が一変する。
シュウはその人影に見覚えがあった。
「ここは決まった時間に強ザコがポップするんだ。自分の実力に合った場所でレベリングするといいよ」
「あ……ありがとうございます!助かりました!」
コハルは黒髪の乱入者に頭を下げた。
黒髪の乱入者はやれやれと肩をすくめ、シュウの方へ向き直った。
「お前が遅れを取るとはな。腕がなまってるんじゃないか?シュウ」
「ありがとうキリト。助かったよ」
シュウ達の前に現れたのはキリトと名乗る長身の青年だった。
そして、コハルと軽い自己紹介を交わすとキリトは迷宮区の奥へと進んでいった。
迷宮区を抜けた二人は、広い草原でイノシシ型のMOBと向き合っていた。
迷宮区内ではほとんど毎回尻もちをついていたコハルもソードスキルも安定して発動できるようになり、動きもずいぶんよくなってきた。
「コハル、スイッチ!」
「やぁ!!」
シュウと入れ替わりで前に出たコハルは緑色に包まれた短剣を少し踏ん張ってイノシシを突き刺すと、イノシシは悲鳴を上げる間もなくガラス片へと四散した。
「お見事。スイッチもできるようになったし、もう大丈夫だね」
「うん!ありがとうシュウ!!」
コハルはシュウと笑顔でハイタッチをする。
コハルの笑顔に釣られて、シュウも自然と笑みがこぼれる。
草原にはオレンジ色の光が降り注ぎ、幻想的な景色を生み出していた。
その静けさの中で、コハルがぽつりと口を開いた。
「私、最後に会ったのがシュウで本当によかった」
「急にどうしたの?」
コハルは夕陽に照らされた横顔のまま、少しだけ視線を落とした。
「……ねぇ、シュウ」
「ん?」
「正式版でも、一緒にプレイしてくれる?」
その声はさっきまでの元気さとは違って、どこか不安そうで、でも期待も混じっていた。
シュウは一瞬だけ驚いたが、すぐに柔らかく笑った。
「もちろん、その時はよろしくね。コハル」
「本当! それじゃあ、またね!!」
夕暮れに照らされたコハルの笑顔で手を振った直後、シュウの視界は白色に染まった。
シュウ――珠羽が目を覚ますとそこは自分の部屋だった。
頭に着けていたナーヴギアを外すと、隠れていた深いブラウンの髪と赤紫の瞳があらわになり、部屋の窓からSAOの夕暮れと同じ色の光が差し込んでいた。
「またね、か……」
この時、胸に満ちていた感情が何なのか、珠羽にはまだ分からなかった。
母に聞けば何かわかるだろうか。
そう思って珠羽はベッドから降り、道場に向かった。
剣の師範であり、母に相談するために。