転生しても俺は魔法が使えない   作:佐佑左右

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僕は友達がいない
第4話「実は俺、魔法が使えないんだ」


 何事もスタートダッシュが肝心とはよく言ったもんだ。

 受験勉強においても、進路選択においても、成功を収めるには最初の一手——つまり行動力が必要不可欠であり、いかに要領がよいと自負していようが、ここを躓けば結局は意味がない。

 

 もちろん唐突にこんな話をする以上俺にもなにかしらの覚えがあってこうして辯舌(べんぜつ)をふるっているのに違いはなく、しかも冗長的で回りくどく言い淀むくらいなら、いっそのこと洗いざらい愚痴をぶちまけてしまおうと考えた次第だ。

 

 まあ、そのなんだ。

 端的に言えば、俺は最初から失敗したってことになる。

 

 ◆

 

 どうしてこうなったのか、そんな台詞を何度繰り返しただろうか。

 異世界での学校生活はそれなりに期待していた。

 何せ魔法学校だ、きっと授業内容も特異で魔法に馴染みのない俺ならどんな授業だって楽しめるだろうと楽観的に考えていた。

 

 しかし現実とはかくも残酷なもので俺が転入してから早一週間。そんな短い時間の中で、もはや取り返しのつかない状態にまで俺の立場は追いやられていた。

 

 具体的にはぼっちになってしまっていた。

 本来転入生などはしばらくの間嫌でも目立つものであり、辟易するまで質問なり観察なりされるものだ。

 

 そういった意味では確かに俺も目立ってはいたのだが、別の意味での割合が九割方を占めているので、嬉しいというよりはむしろ苦しい状況であった。他人の視線が好奇のそれではなく忌避のそれなので、俺はといえばやはり空気を読んでそそくさと逃げるしかない。

 

 今現在においても既に昼休みを迎えているのだが、教室で友人らと食事やら歓談やらをしているだろうクラスメート達とは対照的に、俺はトイレの個室にて籠城作戦を決行していた。

 

 そこで何をしているのかというと、用を足している。いやこれだと語弊を招きかねないので訂正しよう。トイレの個室で一人侘しく昼食を取っていたと。俗にいう便所飯というやつだ。

 

 教室に居場所のない俺はこうして昼休みが終わるまで人気の少ないトイレなどで時間を過ごさざるを得ない。

 初めの頃は自席で寝たふりを敢行していたのだが、それだと背後から悪戯をされたり(消しカスが飛んできたりする)周囲から悪口が聞こえてきたり(ちなみに俺のあだ名付けで盛り上がっていたらしく、最終的には不景気で決定のようだ)するので却下。

 おちおち気も休まらない。

 

 今は軽度な仕打ちで済んでるが、まさか異世界でこんな目にあうとは思わなかった。

 

 何度も言うが、本当にどうしてこうなってしまったのだろう。

 

「ははは……」

 

 乾いた笑いが溢れる。人間ってのは当人にはどうしようもない事態にまで発展すると、ため息よりもまず先に自嘲の笑みが口を突いて出るものらしい。  

 

「……ご馳走さま」

 

 弁当箱に蓋をし、箸を置いた。

 時間を潰すためゆっくり噛んでいたつもりではあったが、やはり量は限られている。昼食を終えても予鈴が鳴る気配はなく、さてどうしたものか。暇だ。暇である。暇をもて余すということは、それだけ人生の時間を浪費するということなので、あまり好ましいものではない。

 なので時間を活用するためにもここ最近妙に繰り返されている回想を、今度は俺の転入初日に合わせて実行してみよう。

 

 さざめに連れられる形で、これから俺が通うこととなる聖マルアハ魔法学校に辿り着いた。自宅からさほど歩いた風でもなく、体感時間的には十分もかからなかった気がするので、通学にはさして苦労しなさそうだ。

 時間に多少融通が利きそうなのはありがたい。 

 

「今日からここが俺の学舎かあ……」

 

 実物を見るまではそこらの私立と同じぐらいの大きさだと勝手に思っていたのだが、しかし俺の目の前にある校舎は途方もなく広大であり、とてもじゃないが比べるまでもない。

 あれは恐らく校門だろうか、何十メートルはあろうかというアーチがある。その下を大多数の人間が通り抜けていくのが見て取れた。別に普通の登校風景なのだが、違和感がすごい。

 

「ということであたしの案内はここまで。さ、もう行った行った。そうそう、転校初日は初めの挨拶が肝心だからね、ちゃんとはきはきとした声で自己紹介するんだよ!」

 

 さざめとはここでお別れだ。保護者ばりの気遣いを見せる彼女に手を振って、俺は意気揚々とその異様な校内に足を踏み入れたのだった。

 

 ◆

 

「き、きょきょきょ今日は、皆さんにててて転入生を紹介しまふっ。そ、それじゃあ綾村君、入って来てください!」

 

 このクラスの担任に促され、俺はこれから在籍することとなる二年一組の扉を開けた。何故に担任の方が俺よりも緊張しているのか分からないが、それはまあいい。

 

 教室の敷いを跨いだ俺は、つかつかと教卓の前まで赴き、前方を見遣った。そこには期待に満ちた女子の目と失意に落ちた男子の目とで見事半々に別れていた。全くもって分かりやすい反応である。がっかりさせてすまなかったな男子諸君。

 

「そ、そそそうそれれれじゃ、あやっ、あやむらっ、あやむらくぅん、じ、じこっ、じこここ障害、自己紹介をしてくれるかな、してくれるよねっ?」

 

 ラップ調になる理由は定かではないが、ともあれ自己紹介は最初が肝心。俺はなるべく最良の笑顔を浮かべて口を開いた。

 

「綾村圭といいます。転入したばかりでまだ右も左も分かりませんが(というか異世界だし)、仲よくしてください」

 

 下手に笑いを取ろうとして意味不明なギャグを織り混ぜるよりかはこっちのシンプルな方がいい。

 面白みのない奴と思われるかもしれないが、初対面ではこんなものだろうし、そういうキャラはなあにこれから作っていけばいいのさ。

 

 女子一堂から歓声が上がる様子は特になかったが、逆に反感を買った様子もないので、まあ結果は上々としておこう。

 

「ええと、じゃあ、あ、綾村君のせ、席は森田宮さんの前が、あ、空いてるかなー……なんて」

 

 担任が指差す先は教卓から向かって右側、つまり窓際の列から後ろ二番目の席だった。指示されるままに俺は自席へと歩を刻み、緩やかに椅子に引いて腰を降ろした。

 

 するとちょうどよくそこでチャイムが鳴り、担任である女教師は「こ、これでホームルームを終わりましゅっ」と盛大に噛んでそそくさと退去なさった。  

 そして僅かに出来た時間を有効活用するかのように俺の周囲をクラスメートが囲った。

 

 ははあん、これはいわゆるアレだな。転入生が初日に体感する伝統的なイベントである質問攻めというやつに違いない。ある程度想定はしていたので驚きこそしなかったものの、しかし実際に体験してみるとなかなかどうして圧迫感がある。失言せず切り抜けられるだろうか。

 

「綾村君ってさ何処に住んでるの?」

「ええと、ペネリコ北区だよ」

「あー、あたしもペネリコ北区なんだー。地味に住み心地いいんだよ、あそこ」

 

 さざめに事前に尋ねていたのが功を奏した。地名的な質問がくることは充分予想出来たし、ともすれば致命的な懐疑を産みかねないので答えられてよかった。しかし質問はその他にも、

 

「この時期に転入とか珍しいな。親の仕事の都合とか?」

「趣味とかある? あたしは魔法ジャグリング!」

「ずばり好きな娘のタイプは? アイドルグループ『マジ娘。』の中なら誰が好み?」

 

 などと、やはり定形の質問ばかりされたので安堵したのだが、しかしそこは魔法が存在する異世界である。

 この世界において無知蒙昧たる俺は次の質問をてんで予期していなかった。

 

「綾村君が得意な魔法は何?」

 

 正に盲点だった。そういえばさざめから魔法仕様の有無について一切の説明を受けなかったことを今更ながらに思い出す。魔法を使える世界だからといって、なら誰でも魔法を使えるかといえば、果たしてそれはどうだろうか。言語が当たり前のコミュニケーションツールとして定着している世の中でも、読み書きが不充分な人はたくさんいる。

 それと同じでいくら魔法が発展していたとしても人によって不自由があったとしても不思議じゃないはず。というよりもそうであってほしい。しかしここは魔法学校で、魔法使いが通う場所だ。果たしてこのような言い訳は通用するものか。

 

「ええと……」

 

 いつまでも返答を言い淀んでいてはいけない。なんだコイツと思われてしまう。仕方ない、不承不承ではあるが、いっそ本当のことをカミングアウトしてみよう。もしかしたら「転入生なんてそんなもんだよ」だの「大丈夫、俺なんか魔法テストで赤点だし」だのと慰めてくれるかもしれない。いやむしろ「じゃあ放課後に私と一緒に魔法の勉強しよ? ……二人きりで」という直球ど真ん中のラブコメ展開に突入するかもな! 

 よし、そうと決まったら——、

 

「実は俺、魔法が使えないんだ」

「えっ、なにそれキモい」

 

 駄目でした。

 

「おいおい、まさか本当に魔法が使えないのかよ?」

「冗談でしょ。じゃあなんでこの学校に来たの?」

「んなもん、初等科にもいないつっーの」

「つか、それってアイツらと一緒じゃね?」

 

 などと、四方八方から罵詈雑言を浴びせられる。

 おかしいなぁ、つい数秒前までは何も問題なかったのにどこで俺は間違えた?

 言葉を発せずにいると、クラスメートの一人が教卓に駆け寄り、何やら石のような物を携えて再び俺の所へ戻って来た。

 

「使ってみなよ」

 

 これは何? と俺が訊ねると、クラスメートの一人が小馬鹿にしたような口調で「魔力量を測る計石だよ、知らないの?」と質問したことを後悔するような説明をしてくれた。

 

 それでも一応「……どうやって使うんだ?」と謙(へりくだ)って問いかけると「手で少しの間軽く握るだけだよ、知らないの?」とやはり腹立たしくなるような口調で答えてくれましたともええ。

 懇切丁寧過ぎて涙が出そうだね、畜生め。

 

 それでも俺は言われた通り計石とやらを握ってみる。

 決して周囲のプレッシャーに圧されたからじゃないぞ。

 ただあまりにも多勢に無礼、違った無勢だったので仕方なくだ、仕方なく。

 

 ともあれ、計石を握った辺りからほんのりと手の平が熱を帯び始めた。

 だいだいこんなもんだろうと握りを解いて机上に計石を転がすが、特になんの変哲もなさそうだった。

 どこか変わったようにも思えない。

 しかし見つめていた周囲の視線は酷く冷ややかで、意味の分からない俺はひたすら当惑するばかりである。

 勝手に納得してないで第三者にも分かる説明をしろ! 

 

「マジかよ……。色が全く変化してねぇぞ」

「えっ、それって魔力量がゼロってことだよね?」

「うわ、それって劣等生じゃん」

「流石にないよねー」 

 

 どうやらお気に召さなかったらしい。

 いくら計石を握っても結果は同じで、焦ってその行為を繰り返す度に嘲りの言葉が増えていく模様。

 なに、石なだけに意志が固いって? やかましいわ。

 

「俺は魔法が使えません! ……だってよ(笑)」

「やべっ、おまっ、転入生の物真似上手すぎだろ(笑)」

「ホント、マジウケる(笑)」 

 

 集合が早いなら解散も早い。

 ついさっきまで俺の周りは実に賑やかだった訳だが、今やモーゼかっつー程に開けている。

 残酷な天使のモーゼ。

 ……言ってみただけだ。それとお前ら笑いすぎ。口で「(笑)」「(笑)」うるさいんだよ。昔懐かしの笑い袋か、新手のサウンドエフェクトか。

 

 そも人間というものはちょっとした失敗如何で瞬く間に卑下の対象とされてしまうものだ。

 見限るのがいささか早計な気がしないでもないが、それは異世界でも変わらないようだ。

 にしてもまさか転入初日からやらかしてしまうだなんてあり得ないだろ。それもわずかホームルームの直後だとは予想もしなかった。

 そんなわけでさっそくとスクールカースト最底辺に位置付けされてしまった俺の魔法学校生活は暗澹としたものになりそうだった。

 

 ◆

 

 やはりというか、そこからの転落っぷりはかのウォール街大暴落よりも酷かった。

 授業が終わろうが(よく分からないけど)誰も俺に構うもんでもなし、ともすれば嘲弄目的であまり素行のよくなさそうな野郎が含み笑いしながら声をかけてきたり。なので当然友達など出来るはずもなく、俺はその権利を獲得するに至っていない。というより取り付く島もない。

 

 こんな事態になってしまったのは、そもそも俺に魔法の素質がないからだろう。

 てっきり転生した際にそういった諸々を含めて適応させてくれるものとばかり思っていた。しかし実際には毛ほどにも順応した気配がなく、案の定この有様である。

 一体どうなっているんだと帰りしなさざめに詰問するも、彼女はただこう言うだけだった。

 

「ごめーん。ステュクスちんが忘れたみたい。この通り許してっ! ……ね?」

 

 もはや怒る気力も削がれてしまった。

 そうだよな、忘れてしまったんだから仕方ないよな、——なんてそんな訳あるか!

 結局の所、死神はあくまで死神であり人間にはなれやしない。だから根本的な面で致命的な齟齬が発生してしまったのもある意味規定事項だったのだろう。だけど、まさかこうなるとは思わなかった。

 いやはや、これでは何のための異世界なのか分からなくなるじゃないか。  

 

 ああもう、認めたくはないが認めざるを得ないのだろうな。

 転生しても俺は魔法が使えない。

 正にその通りだった。

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