転生しても俺は魔法が使えない   作:佐佑左右

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頸野哭参り
第8話「——もしかして強姦魔?」


 あれから変わったことがある。

 まず第一に、天津さざめことペルセポネが俺の前から姿を消した。

 今までは朝夕と家に来て何かと世話を焼いてくれていた彼女だが、魔法使えない部に仮入部した矢先に忽然といなくなってしまった。

 それは次の次の日の朝——つまり今日まで待っても同じだった。

 

 思うに、一昨日の魔法使えない部での一件が原因ではないかと考える。

 俺はあの部で死神に対する疑惑と猜疑心を植え付けられた。

 もしかして俺たち転生者を何かよからぬことに利用しようと画策しているんじゃないかと。

 一度疑ってしまえばあとは全てが怪しく思える。

 例えばステュクスの言葉。

 またはペルセポネの行動。

 その全てだ。

 

 だけど、最初はそんなことなかった。

 むしろ死神を信用していた。

 どんな形こそあれ、命を助けられたのは事実だったからだ。

 表現は悪いが、むしろ死神の従順な操り人形になりかけていたといっても過言じゃない。

 

 いや、他の転生者からの情報がなかったら遅かれ早かれそうなっていただろう。そういった点では森田宮に感謝している。

 もちろんあいつの話を鵜呑みにしたわけではない。

 ただ、俺にも幾つか思う所があって彼女の言葉は間違ってない、または概ね信用出来ると判断した。それだけだ。

 

 これからどうするかはまだ決めていない。

 その目処すらない。 

 有耶無耶のまま死神と敵対してしまうのか、それとも和解するのか。

 そう悩めば悩むほど思考ががんじがらめになってしまう。

 

 恐らく死神には俺の動向が筒抜けなのだろう。

 その上で放置していることから、しばらくは泳がせておいても問題ないと判断したのか……。 

 

 どちらにせよ、相手の振り方は考えておいた方がいい。

 その上で、俺がどちらに与するべきかも考えなければ。やることは山積みだ。

 一介の高校生の身に余るようなことが果たして俺に務まるのだろうか。

 分からない。

 分からないが、決断する羽目になってしまった。

 

 いやはや、本当に大変好ましくない事態である。

 とりあえず、だ。

 今は頭の中であれこれ考えたって仕方がない。

 人生はなるようになる、そういうものだ。

 厭世(えんせい)ではないが、生きるも死ぬも全てが結果論で経過論なのだからやれることをやっていこう。

 

 俺の場合はそうだな、この世界で自分の居場所と糧を得ることを当面の目標としておくか。

 幸い土台は見つけられたし、あとはそこで己だけの役割を見つけられれば御の字だ。

 そして指針があれば、あとはそこに向かって邁進するだけである。

 猪突猛進——なんて四字熟語に倣って、俺だけの転生物語を綴っていこう。

 

 ◆

 

 扉の前に立っていた。

 ふと斜め上へと視線を向ければ、魔法使『えな』い部と書かれたネームプレートが目についたが、何を隠そう俺はこの部の部員である。

 ……今日が初参加なんだけどな。

 

 まずは軽く深呼吸。すーはー×二セット。すー、と息を吸い、はー、と呼気を漏らすたびに酸素と一緒に緊張感も抜けていく。

 

 こうしていると歯医者の待ち時間を思い出す。

 あのお通夜みたいな雰囲気、治療室から鳴り響く子供の悲鳴とドリルの叫声。

 絶対的恐怖空間で自分の刑の執行を待つのは本当に地獄だった。

 今の俺の心境は正にそれと酷似していた。

 ともあれ、いつまでも部室を前にして突っ立っていても仕方ない。

 どうせ毎日通うことになるんだし早く慣れないと。  

 男は度胸だ。 

 

 ドアノブに手をかける。

 誰か先に来ているのか鍵はかかっていなかった。

 軽く右に捻ると、それだけの動作で扉は桎梏(しっこく)から解放された。

 内と外を繋げるために粛粛とその役目を果たす。

 

「こ——」

 

 んにちわと続けようとしたが、その先を紡ぐことが出来なかった。

 なぜなら開け放たれた扉の先で、これが現実のものだと思いたくないほどに凄惨な光景が広がっていたからだ。

 

「ひっ!」

 

 すぐに俺の口から引きつった声がこぼれる。

 正常な反応ではあるが、性情な反応ではなかった。

 けどそれは仕方のないことだろう。

 何せ、目の前で人が倒れていたのだから。

 

 しかも血溜まりの中にである。

 まるでこの部屋で殺人事件でもあったのかと錯覚してしまうほどにそれは色濃く、またはっきりと存在していた。

 

 服装から察するに女生徒である。

 その女生徒は部室の中央を陣取るかのように仰向けで寝ており、矛盾のように思えるが小さく大の字を描いていた。 

 

 目立った外傷や凶器の類が見受けられないことと、唇から幾重もの血の筋が垂れていることから、何らかの毒物を口にしてしまったのでないかと推測する。

 本来なら早々に誰かを呼んでくるか意識確認をしなければならない状況なのだろうが、情けないことに俺の足はぶるぶると震えていて、全く使い物にならなかった。

 

 ……いや、本当は分かっていた。

 どうして身体が言うことを聞かないのか、それは意識を確認するのは無意味だと悟ったからだ。そのことは彼女が暗に物語っていた。

 開かれた瞳孔、だらりと弛緩しきった手足、ピクリともしない身体……。

 これらから導き出される一つの解答は、認めたくはないがつまりそういうことである。

 よって、取り立てて急ぐ必要はないと脳が判断しているのだ。

 

 ……あえて婉曲な物言いにしたが、なんてことはない。

 要するに俺は死体の第一発見者になってしまったのだ。

 

 ◆

 

 黙視を始めてどれほど時間が経っただろうか。

 十分以上そうしていたかもしれないし、実際には一分も経っていないのかもしれない。

 いずれにせよ俺は、その死体から目を背けることが出来なかった。

 その場に縫いつけられたかのように足は動かない。

 微妙な距離感を保つ。

 女子生徒の死体と俺の、である。

 

「……はぁっ」

 

 いい加減なんとかしなければ。

 この状況は確定的にまずいぞ。

 傍から見ればこの光景、まずもって誤解を招いてしまうことだろう。

 何せ血塗れの死体が目の前にあり、それを呆然と眺める男子生徒が一人。

 字面からも何かしらの事件性が窺える。

 というより容疑者にされてしまうこと受け合いだ。 

 

 もちろんきちんと時間をかければ俺の嫌疑は晴れるとは思うが、それだって保障はない。

 招くのは簡単だが解くのは大変なんだ、誤解ってのは。

 

 と、そんな際限のない不安に駆られていた時だった。

 

「……?」

 

 視界の端で何か蠢いた気がした。

 

 はっとして、部室内をよく観察する。

 とりあえず右を見ても左を見ても死体を飛ばして中央を見ても前を見てもややフェイントぎみに後ろを見ても死体を見ようかと思ったけども止めて上を見ても下を見ても蠢きそうな物は、やはり死体以外にはない。

 

 改めて死体に視線を向けると、やはり黙ったままである。何も語らない。何もカタらない。カタカタと歯をかち鳴らさない。

 笑う髑髏という話があるが、だからなんだと。

 あくまで腐肉が削げ落ちた死体じゃなきゃ、まずもってそんなことにはならないはず、なのだが……。

 

 ——ぴくん。

 

 またも彼女が動いた気がした。

 いつの間にか『物』から『者』へと認識が変わってしまっていた。

 

「いやいやいや」

 

 それに、なんだか、さっきよりも、——顔色がよくなってないか?

 そりゃあまだ青冷めた顔をしているが、それにしたって頬に少しばかり朱が差し込んでいるのはおかしいだろ。

 ついさっきまで土気色してたんだぞ。

 

「まさか、な」

 

 言いつつ俺はなんとか震える足を鼓舞し、まずは一歩踏み出そうとする。本当に彼女は死んでいるのなら、きちんと確認しなければならないと今更ながら気づいたからだ。

 ゆっくりと、しかし確実に、剣道のそれっぽい足さばきを用いて前に進んで行く。

 それっぽいだけで全く形になってはいないが、まあいい。

 あと少しで彼女の下に辿り着く、そんな時だった。

 

「——あっ」

 

 極度の緊張から身体が強張ってしまったのか、俺は何もない所で躓いてしまった。

 慌てて身体を支えようにも、残念ながら周囲には掴めそうな物がなかった。

 一度前のめりになってしまえば、もはや傾斜を止める手立てがない。なので俺は半ば諦めるようにそれを受け入れた。その一秒後、俺は不様な姿で床にはっ倒れ——なかった。

 

「ふぬぐぎぎ」

 

 ある意味セーフある意味アウト。

 今の俺の体勢はとてつもなく危険なものであった。それもそのはず、何故なら彼女の身体に覆い被さるような状態になっているからだ。腕立て伏せの要領で何とか耐えてはいるものの、それだっていつまで続くか分からない。

 なら早く立ち上がれば? と言われても体勢が体勢なだけに無理をすれば人体に甚大な悪影響を与えてしまうことになる。八方塞がりだ。しかも、こ、腰が限界です。

 

「う、腕が痺れ……」

 

 畳みけるように、腰に続いて今度は腕に疲れが生じ始める。

 

 くそ……なんとかしなければ。だが両腕に力を混めようものなら、慢性的な運動不足の俺のことだ、反動で手足をつりかねない。

 かといって膂力を抜いてしまうのも、それはそれで大変なことになる。

 このまま倒れるか、あるいは身体を痛めるか。

 どちらも回避したい選択肢ではあるが、しかしどちらかをすぐに選択しなければならないだろう。

 

「ぐおおおっ」

 

 悩んでいる暇はない。答えは最初から決まっている。

 つっても実行するような体力もあまり残ってないんだけどな!

 

 というわけで当然のように下降をし始める俺の身体。意思とは関係なく、だんだんと迫る。床に敷かれた女子生徒に。狭まって行く。彼女との距離が。少しずつ。その顔が視界に入る。

 

 ——う、可愛い。

 

 倒れていたショックから、さっきまで動転して気にも留めていなかったのだが、改めて見てみると、美少女と言って差し支えない容貌だった。

 

 端的に切り揃えられた白髪だが、ややくすみがかっているせいで銀色と灰色の中間のような色をしている。

 小振りな尊顔にはバランスよく各パーツが配分されており、唇から流れる血の筋さえなければ完璧といっていいほどだ。

 華奢な体躯や雰囲気から総じて虚弱さが窺えるが、不思議とイメージには合っていた。

 

 ……って、俺は何をまじまじと彼女の外見を描写しているんだ。

 だいだい疲れたからって、こんな現実逃避をしていても仕方がないぞ。

 気を紛らすにしても、もっと他にやりようがあるだろうが。 

 

 ——ぐあしまった、意識を現実に戻したせいで蓄積された疲労感が一気に押し寄せてきた。

 

「も、む、無理」

 

 全身が震える。本当に、もう、本当に限界だ。着陸不可避。落ちますオチます。

 緩やかに、しかし確実に、まるで吸い込まれるように、彼女の唇に近づいて——、

 

「……こぷっ」

 

 バッシャアアアッ! 

 

「……えっ?」

 

 顔面に血をぶっかけられた。

 

「ぎゃあああ目が、目があああっ!」

 

 呆然とする俺を尻目に女子生徒の汚泥のような瞳が見開かれ、ぱちぱちと可愛らしく瞬きを二度三度繰り返す。

 なんだやっぱり生きていたのかー、とは手放しで喜べないこの状況で。

 

 少しずつ意識がはっきりしてきたのか、生気の感じられない双眸が俺を捉えた。その瞳の中に溷濁の色が灯る。

 

「…………」

「…………」 

 

 途端に重たい沈黙が訪れた。

 あー、どう説明したもんかねこれは。 

 

「……あ」

 

 俺が頭脳をフル稼動させて必死で言い訳を考えていると、先に女生徒がなにやら合点が行ったとばかりに声を上げた。嫌な汗が流れる。

 彼女は何故かポッと頬を紅潮させてこう一言。

 

「——もしかして強姦魔?」

 

 もうどこから突っ込めばいいのか分からなかった。

 ……言うまでもないが、突っ込むのは言葉である。

 

 

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