TS鬼道丸   作:ブッタ

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第一訓 夢は拳で掴め

 

 なぁ聞いたか?

 外れにある雑木林にひっそり佇む廃寺の噂。

 

 鬼が棲んでるっつー噂か?随分前からよく聞く噂だろ。

 

 それじゃねぇ。新しい噂だよ。

 

 新しい噂ァ?

 

 ああ、最近じゃその血肉に飢えた鬼が幼子を攫い始めたんだとよ。

 

 嘘だろ?

 

 廃寺に近づけば子供の悲鳴が聞こえてくるっつー話さ。

 

 おっかねぇ..やっぱあそこにゃ近づかねぇほうがいいぜ。

 

 くわばら くわばら。

 

 

 

 

 ────侍の国。

 

 かつてそう呼ばれた国は天人の襲来により劇的に変化をもたらした。エネルギー、産業、物流、娯楽、生活様式。何から何に至るまで変わり果てた。

 しかし、人間というのは逞しいものでその劇的な変化の波に揉まれながらも適応して生きてきた。

 悲しみ、苦しみに揉まれ時代の流れに抗えず消えたものも多い、されど新しい時代の流れによって生まれる楽しみというものも少なくない。

 

『青コーナー!!人気アイドルからスキャンダルを経て殴り屋に転身!!でも私歌うことは辞めません!闘う歌姫!!ダイナマイトお通ぅぅぅ!』

「「「お通ちゃああああああん!!!いけえええええ!!」」」

 

 ここかぶき町の街外れで行われている大江戸女傑選手権大会という女子格闘技は新しく生まれた娯楽の最たるものかもしれない。

 ギターをグローブを嵌めた両手で勇ましく音を掻き鳴らす彼女の姿に会場のボルテージは最高潮。彼女の熱狂的なファンである寺門通親衛隊もこれには大興奮。

 

「いやいけじゃねーよ。止めた方がいいだろ、変な方向に行っちゃってるもん」

 

 そんな中、寺門通親衛隊の隣でいたく冷静な声が上がる。

 くるくるとした銀色の天然パーマと死んだ魚のような覇気のない目がトレードマークの男、名を坂田銀時という。

 普段は江戸はかぶき町、万事屋銀ちゃんという看板をぶら下げて稀に来る依頼をこなし、毎日やってくる滞納した家賃の催促を誤魔化しつつそれなりに自堕落に日々を生きている。

 

 元々は1人で万事屋をやっていたがここ最近、縁あって2人の従業員が転がり込んできた。

 

「お通ちゃん歌って戦うアイドルに転向したんです!!」

 

 その1人、お通ラブを背負う半被を身に纏い眼鏡の少年。名を志村新八という。

 ...この小説にて初めにお見せした姿がこのような形ではあるが、本来彼は物腰柔らかく優しい、至って普通の少年だ。今は彼が心より心酔しているアイドルの応援に来ている為少々荒ぶっているだけなのだ。

 

「人間そういうことを言い出したら危ねーんだよ?俺の馴染みだったラーメン屋もカレーもメニューに出してみるって行った直後潰れたからね」

「なんちゅー例え話ですか!!お通ちゃんは大丈夫です!歌い続けます!!」

「いいか神楽ぁ特にお前は終生ちゃらんぽらんの相が出てるからな。気をつけろよ...あり?アイツどこ行った?」

 

 小指で鼻をほじり、隣に居るはずのもう1人の従業員の頭に擦り付けようとするも彼の小指は空振る。

 はて、つい先程まではそこで出店の飯を食べていたはずが..何処へと行ったのか。

 辺りを見回すが、その疑問の答えは向こうからやってくる。

 

『えー..夢とは如何なるものか...もっていても無くても辛く悲しい。そんな茨の道さえ己の拳で切り拓こうとするお前の姿..感動したぞぉぉぉッッ!!!

『おぉーっとリング上に謎の乱入者!?このチャイナ娘は何者だぁ!?』

 

 ダイナマイトお通と対戦相手の間に割り込むようにリング上に立つ中華服の少女。神楽、もう1人の万事屋の従業員だ。

 何の影響を受けたのかいつものアルという如何にもなチャイナ語尾を無くして顎をしゃくらせていた。

 

「────..」

「────..」

 

 冷ややかにリングを見ていた銀時も、熱狂していた新八もその光景を目にして口を一文字に結んで黙り込んだ。

 そしてそそくさと観客席から降り、会場の外へと歩き始めた。

 顔を背け、誰にも見られないように。まるで逃げ延びる罪人のような足取りで。

 

「..ヤベーよ。俺知らない。俺知らないからね。あんな娘俺知らないから」

「僕も知らないよ。アンタの躾が悪いからあんなんなるんでしょーが」

「何言ってんの?子供の性格って三歳になるまでに決まるらしーから。断じて俺の責任じゃねーから」

 

 こそこそと責任を押し付け合いながら会場を後にしようとする銀時と新八。

 その背中は悲しいほどにどこか情けない。

 

「おや?奇遇ですねィお二人さん」

 

 そんな2人の背中に聞き馴染みのある声がかけられた。

 泣く子も黙る真選組1番隊隊長、沖田総悟。

 所謂御役人だ。

 

 

 

 

 場所はところ変わり会場の入り口、リングに乱入していた神楽を強引に取り戻した万事屋一行は偶然居合わせた顔馴染みの役人と話していた。

 

「まさかこんなとこで会うとは思いもしやせんでした。今日はオレもオフでやることもねーし好きな格闘技でも見にきてたんでさぁ」

「格闘技好きだったんですね沖田さん...。なんか少し意外というか..」

「オレは特に女子格闘技が好きでね。女共が醜い表情で掴み合ってるトコなんて爆笑モンでさ」

「なんちゅーサディスティックな楽しみ方してんの!?」

 

 沖田総悟。ベビーフェイスで爽やかな整った顔つきをしているがその実、サドスティック星から来た腹黒王子と揶揄されるほどに愉快な性格をしている。

 そんな彼なのだから今言った女子格闘技の楽しみ方も心の底からそう感じている事を新八は理解してドン引いた。

 

「一生懸命やってる人達を笑うなんて最低アル。勝負の邪魔するような奴は格闘技見る資格ないネ」

「明らかに邪魔してたオメーが言うんじゃねーよ」

 

 自らを棚に上げた発言をする神楽の頭を銀時が叩く。驚く程に快い音が響いた。

 

「それより旦那方。暇ならちょいと付き合いませんか?もっと面白い見せ物が見れるとこがあるんですがね」

「面白い見せ物?」

 

 沖田の誘いに銀時は怪しむように目を細める。

 この男がただの親切心や厚意で動くはずがない。罠、ではないにしろ明らかに面倒事の匂いしかしないからだ。

 銀時の考えることに沖田も察し、薄く笑う。

 

「まぁ、付いてくらわかりまさぁ」

 

 

 

 

 雑木林の奥、人目のつかないような場所。そこに鬼が棲むと噂の廃寺がある。

 ある者は六尺を越えた大男を見た。

 ある者は廃寺の周辺でむせ返るほどの血の匂いを感じた。

 ある者は赤鬼の恐ろしい顔を見た。

 

 様々な証言と憶測が飛び交い、やがて近隣に住む住人達は元々近寄ることはない地ではあったがその噂が立ち始めてからは忌避するようになった。

 事実、その噂は的を得ている。

 

 廃寺には鬼が棲みついている。

 生き血を啜り、数多の人を殺め続ける鬼が。

 道理も誉れも解さずその手を汚し続ける、血と業に塗れた鬼が。

 

 ただ一つ、噂の中でそぐわないものがあるとそれば、その鬼は

 

「先生!見てください!先生がくれた算数ドリル全問正解だった!」

「..そうか。よく頑張ったな諭吉」

 

 背負う業に見合わぬ程に優しい貌ができることだ。

 夕陽の差し込む縁側にて自慢げに本を開いて見せてくる子供の頭をその女性にしては大きく硬い掌で慈しむように撫でる。

 けれど子供はその掌が好きなのだろう、心底嬉しそうに目尻を綻ばせてくれる。

 

 あの日、飢えに喘いでいた子供は嬉しくも随分と賢く育った。慣れぬ子育てということもあり苦労したことも沢山あったがそれでも己には勿体無いほどに立派に育っている。

 きっと、この先もこの子供ならば大人になっても眩しいくらいに良い未来を生き抜けるだろう。

 

「あー!!また諭吉にぃ頭撫でて貰ってるー!ずるい!先生わたしもなでて!!」

「げっ左内..!面倒なのに見つかった」

「先生...このおやつ食べていい?」

「あまり食べすぎるなよ」

「見てー!向こうの池にカエルいっぱいいたー!」

「お手玉上手くできない..先生どうやればいいのぉ?」

 

 ただ、今はまだここに居てほしい。ここまで大所帯となるとは彼女自身まで予想だにしていなかった。何の因果か、諭吉を拾ってから..孤児がよくここへ駆け込んでくるようになったのだ。

 雑木林を抜ければ近隣に村もある。当然そこまで連れて行ったこともあるが何故か馴染めずに帰ってくる子ばかり。まさか見捨てる訳にもいかずあれよあれよ気付けば多くの子供がここに住み着いていた。

 まだ十にもならない子供に頼るのもどうかとは思うがそれでも仕事でこの廃寺を空けることも少なくない、その時には年長者である諭吉にこの子らのことを頼らざるを得ないのだ。

 

「あー..むー」

「眠むたいか?お前は寝るのも仕事だ..いっぱい寝るといい」

 

 大勢の子供に囲まれる中、彼女の胸に抱かれていた赤子は緩やかに揺らされており心地良いのかとても安心した様子で寝息を立て始めた。

 

「さぁ、お前達もそろそろ夕餉の時間だ。準備を手伝ってくれないか」

 

 はーい。と子供達は皆声を揃えて廃寺の中へ入っていく。

 

「諭吉と左内はふたりでこの子を見ていてくれ」

「わかりました!」

「泣かしちゃダメだよ諭吉にぃ?」

「それはオレのセリフだ!」

「「いーっだ」」

 

 舌を見せ合う2人だが、この中でも年長組。

 諭吉は年の割に落ち着いていて賢い男の子。左内はわんぱくな娘でありながら実に聡い。そして何よりちゃんと優しさを持った良い子達だからきっと問題ない。

 すやすやと眠りにつく赤子を2人に預け、廃寺の鬼もとい道信は夕餉の支度をすべく台所へと入っていく。

 

 居間の方からきゃっきゃと楽しげに騒ぐ子供達の声をBGMに夕餉の食材を切っていく。

 とんとん。とんとん。

 小気味よく音を鳴らす包丁捌きは実に手慣れている。いくら子供一人一人の食べる量が少なくともそれが10人前以上となるとそれなりの量となる。それを数年間も続けていれば誰でも手慣れるものだ。

 

「先生...。今夜は夕食は一緒できる?」

 

 背後からかけられた声、振り返ればそこには諭吉の姿があった。

 

 諭吉にとって道信とは命の恩人であり、人として生きる道を指し示してくれた先生でもあり、孤児である己のこの世でただ一つの居場所。

 優しく頭を撫でてくれるあの硬くて暖かい掌が好きだ。

 寂しさに苛まれた夜に包み込んでくれたあの安心する腕の中が好きだ。

 心安らぐ静かな声が、仏のような慈愛が好きだ。

 彼にとってこの世の全てのような存在だ。

 

 しかし、それでもただ一つ嫌いなものがある。

 

「いや、今夜も()()だ」

 

 この目だ。

 何者も寄せ付けないこの目。普段の彼らを見るものとは違う、()()とやらが近づくと変わってしまうこの冷たくて昏い目が。

 

「..皆のことは頼んだぞ諭吉」

 

 嫌いなんだ。

 そんな目をしないで欲しい。仕事になんか行かないでほしい。

 だが、己は庇護されているだけの無力な子供、我儘で困らせる訳にはいかない。けれど子供に何か力になれることなどあるはずも無く。

 

 ただ力無く、頷くことしか出来ない。

 

 

 子供達に夕餉を振る舞った道信は共に食事を囲う事なく、草履を履いて外へと出る。

 粗雑な作務衣から一切飾り気のない袴へと変え、布に包まれた四尺は超えている得物を背負う。三度笠を被る彼女は廃寺から少し離れたところで懐からあるものを取り出した。

 

 赤鬼を模した面だ。

 

 怨みを買いやすい仕事柄、無闇矢鱈に素顔を晒してこの辺りを彷徨くわけにはいかない。

 己の咎に子供達は少しも関わらせない。

 

 ..本当ならば今すぐにも彼らを手放すべきなのだろう。

 薄汚れた金でしか彼らの食い扶持を稼ぐことしかできない。血に塗れた手では彼等を汚すことしか出来ない。

 鬼では人の子らを幸せにすることなど出来るはずがないのだから。

 頭では分かっている...なのにそれが出来ない。

 

 ────弱いからだ。

 

 殆どの大人の男より体躯が大きくなっても、鬼の字名に似合うほどの怪力を持ってしても。

 結局、中身は寂しがりの童の頃から何にも変わっていないのだ。

 

「お前のようにはなれないな..」

 

 面の下で小さく溢した弱音は誰に届くことなく、彼女の後にはただ木枯らしが落ち葉を拐うだけ。

 

 

 夕日の差し込む雑木林を抜けた江戸の街中でも治安が悪いとされる区画。その区画の一角にひっそりと位置する地下へと続く階段がある。

 階段の先は攘夷志士やヤクザ者だけではない、天人も含めた多くの日陰者。裏の世界の住人達の社交場となっている。

 陽の光すら遠く遠く届かない薄汚れたこの地下の奥に彼女の仕事場(地獄)があるのだ。

 

 煉獄関。

 正真正銘の殺し合いが見せ物として行われている地下闘技場。

 

『お待たせしました!今宵も血に香りに誘われたならず者共!彼等の手に汗握る死合が始まります!!』

 

 薄暗い場内に響き渡るアナウンスに観客たちからは待ってましたと言わんばかりの野太い歓声が上がる。

 

『東に立つは盲目の居合の達人!廃刀令の時代にも関わらず数多の役人を刀一本で切り捨ててきた稀代の人斬りだぁ!』

 

 大気を震わせるほどの怒号混じりの歓声、その中心の闘技場に50は超えていそうな1人の男が入り口から現れる。

 簡素な着物と薄汚い外套を羽織り、その手には白鞘の刀を杖代わりにしている。だが、その隙一つない歩みとむせ返るほどの血の匂いがこの男の隠れた実力を物語っている。

 

『対する西には、我等が煉獄関の誇る最強!無敗の帝王鬼道丸!!』

 

 アナウンスに促されるように道信は静かに闘技場へと足を踏み入れる。使い古された金砕棒を片手に、赤鬼の面の下から相手を見据えた。

 場内に響く歓声という名の雑音を全て聞き流し、得物を握る手の力を抜く。

 

 急上昇していく観客のボルテージ。相対する2人の間の空気は鋭く張り詰めていく。

 この場にいる誰もがその合図をただひたすら待っていた。

 

───死合、始めぃ!!

 

 甲高くゴングが音を鳴らす。

 同時に地を爆ぜるように盲目の男が間合いを詰め、既に彼女の首元へと刀を振るっていた。

 

 白鞘から抜く動作すら見せない神速の居合。

 目が見えているかのような正確無比な太刀筋。

 観客が気づくことすら出来ないほどのその超速的な絶技が躊躇なく振るわれる。ただ1人、盲目の男だけが勝利の確信を抱き、

 

────振るわれた刀がその確信ごと金砕棒によって叩き折られた。

 

 虚をついた筈の居合。しかし鬼道丸はそれすら見切り、刃が首に届く前に居合よりも速く金砕棒を振り下ろしていた。

 刀と金砕棒、ぶつかればどちらが折れるかなど明白である。 

 

 刀から伝わる予想外の感触に男の顔は驚愕に染まり、金砕棒は勢い止まらず顔面へと叩き込まれる。

 そして轟音を立てて金砕棒は地を揺らした。

 それは死合が始まって2秒経たずの出来事である。

 

 何が起きたのか理解できず静まり返る会場をよそに血飛沫を浴びて真っ赤に染まる金砕棒を持ち上げれば、先ほどまで生きていた筈の肉塊が一つ。

 返り血を浴びた鬼道丸の姿に誰かが息を呑んだ。

 

『..け、決着!瞬殺です!!流石は我が煉獄関の誇る鬼道丸!!瞬きの合間すら無く相手を一撃の元に屠ったぁ!!』

 

 歓声は上がらない。

 

 動揺、困惑。

 落胆、焦燥。

 嫌悪、戦慄。

 

 声は聞こえずとも無数の対の眼は雄弁に語る。大凡勝者に向けられるものではない筈のそれを。

 

 言葉に形容し難い雰囲気の会場、その真ん中で鬼道丸は自身に向けられる観客達の視線を無視して肉塊へと変わった対戦相手を向き直る。

 金砕棒を地に突き立て、両の掌を合わせた。その光景はこの煉獄関にあしげく通い詰める常連の物には馴染みある物、鬼道丸は毎回死合が終われば必ずその祈りを行うのだ。

 血に塗れた赤鬼が仏に祈るなど随分とふざけた話だ。

 

 

 赦せなどとは言わない。

 

 お前も多くの人を斬ったのだろう。

 

 お前ほどの腕前では誰も止められなかっただろう。止まれなかっただろう。

 

 だから()が終わらせた。

 

 存分に地獄で恨め。

 

 心の底から、一欠片も残さぬように。

 

 お前の次なる人生が良きなる物となれるように。

 

 お前の咎も私が背負おう。それが薄汚れた鬼に託された一つだけの役目だ。

 

 冥福を祈る。

 今日会っただけ、声も知らぬ己が手で殺めた人斬りの冥福を祈る。

 優しさなんかじゃない、きっとそれは身勝手で無責任な祈りだ。

 背中を押し潰してきそうな罪悪感に苛まれ、背負う己の咎が気を抜けば自分の腹に刃を突き立てたくなる衝動を掻き立てる。

 

 今すぐにでも死んでしまいたくなる。

 人を殺して殺して殺して、得るのは二束三文の端金。

 かつての友が好いてくれた己の手は血泥に塗れ汚れ切った。かつての幼き日に胸に抱いた誉高い武士の道、気がつけば己は誉なき鬼の道を歩んでいて肩までどっぷり浸かっている。ふと振り返ればその道は見知らぬ大勢の血と肉で溢れかえっていた。

 今日、ここで殺されていれば良かった。

 死んでしまえよ。

 死合の場に立つ度にそんな考えが脳裏を過ぎる。

 

 その度に心の真ん中で子供達の顔が思い浮かぶのだ。

 

 いつの間にか咎とは別に背負い込んでいた子供達が、腹に突き立てる刃を抑えてくれる。

 死ねない理由にして私はみっともなくしがみついて今を生き続けているんだ。

 そんな時にどうしようもなく祈りたくなる。

 

 そうして合わせていた掌で金砕棒を握り、むせ返るほどの血の匂いが漂うその場を後にする。

 その鬼道丸の姿を観客席の更に上、VIP席から眺める男が2人。1人はこの煉獄関の運営を携わる者。

 

「チッ..鬼道丸のヤツめ。毎度毎度盛り上がりの欠ける戦いしやがって」

「奴の絶対的強さはこの煉獄関において絶対的なブランドとなっておる。盛り上がりは無くとも、ここの運営にとっては無くてはならない花形よ」

「それはそうなんですが..こうも一方的になれば動く金も動きませんよ。金のならない花形なんざ飾り物にも劣りますぜ」

 

 もう1人、運営の男が下手にでる程のVIPの相手。それもその筈、この男は事実上幕府の実権を握る天導衆の1人なのだから。

 

「誰も負けると分かりきってる方になんか金は掛けない。だが並大抵の人間じゃ..いや並外れていようが鬼道丸にゃ勝てないですよ」

「鬼緒方の異名は伊達ではないな。だが心配には及ばん..次なる余興は既に考えておる」

「次ですか?」

 

────眼には眼を、鬼には鬼よ。

 

 

 

 

 試合を終えた道信は何処かに寄り道するでもなく真っ直ぐに帰路へと着く。いつもの道、しかし彼女は未だ目深に被る三度笠の下で鬼の面を身につけていた。いつもならばすぐに人目のつかない場所にて面も袴も変えるのだが今はそれをすることが出来ない。

 何者かに尾けられているからだ。

 

 煉獄関を出た時からずっと尾けられている。

 初めてのことではない、何分人に恨まれるようなことをしているのだから。こうして尾行されるのは数え切れないことだ。

 だが、そんな彼女は今困惑している。尾行されていることはいいが問題はその尾行している3人の人間だ。

 

 1人は身のこなしの気配からして相当の手練れであることが分かる、歳も20代後半程度。

 まぁこれはいい、しかし他の2人は気配からして子供なのが分かる。歳にして大凡10代半ば、その内の1人に至っては女の子だ。

 始めは何処かからの刺客かそれとも仇討ちかとも考えたが、それにしては殺気というかそうものが共通して持つ鬼気迫る物がない。

 どちらかといえば不貞を働く旦那の証拠を掴む為に尾行する探偵のような...いや何を考えているんだ。

 

「えっさ!ほいっさ!」

「もし、駕籠に乗せてくれ」

「はいよぉ!」

 

 どちらにせよ尾行されていることに変わりはなく、まんまと家まで連れて行く訳にもいくまい。

 偶然通りかかってきた町駕籠を呼び止めて乗り込んだ。簡潔に行き先を伝えて出発させる。天人による起こった技術革命によってこの町駕篭というのも従来の物とは変わって車輪が付くことで速度が出るようになっている。しかしそれでもやはり運ぶのは人の脚であり尾行を振り切るには不向きな物だろう。

 故に行き先は住処である廃寺が在る雑木林の近く、ではなくかなり迂回しての人の往来の多い大通りだ。

 

 

 

 彼女が感じ取った尾行の正体、それは

 

「銀さん..本当にこの仕事やるんですか?いくら沖田さんに言われたとはいえ明らかに危険な仕事ですよ?」

「私アイツ嫌いヨ。しかも殺し屋絡みの仕事なんて気が乗らないアル」

「のらねーなら降りたほうが身のためだぜ。そーゆー中途半端な心構えだと思わぬ怪我すんだよ」

 

 冒頭の万事家銀ちゃん一行である。

 何故彼等が道信の尾行などを行っているのか、それは沖田からの依頼の為である。

 先の道信の立ち会った死合、あの煉獄関の観客席に彼等は沖田に連れられて来ていた。面白い見せ物などと言って殺し合いを見せられた銀時達は当然良い顔をしては居なかったが、沖田自身もこのタチの見せ物は虫唾が走る程に嫌いだ。

 なのに何故真選組は動かないのか、むしろ彼は役人だからこそ手が出せない。下手に動けば真選組が潰されかねない故にだ。

 だから彼は銀時達を煉獄関へと連れてきた。百聞は一見にしかず、実際に胸糞悪い物を見せて自身の依頼を受けてもらうために。

 

 煉獄関を潰す、その為の根回しや情報が現状圧倒的に足りない。そこで彼は煉獄関最強である鬼道丸を探りを入れる依頼を個人的に彼等へと頼んだのだ。

 

 そうして彼等は鬼道丸を尾行している。一つの駕籠に3人ぎゅうぎゅう詰めになりながら。

 

「つか狭えよ。なんでてめーらついてきたんだよ」

「銀さんが行くなら僕たちも行きますよ」

「私たち三人で1人ヨ。銀ちゃん左手、新八右手、私白血球ネ」

「全然完成してねーじゃん。何だよ白血球って、一生揃わねーよ」

 

 緊張感がまるでないいつもの会話である。

 すると銀時は鬼道丸が乗ってる駕籠と自分達の駕籠の距離がどんどんと広がり始めているのに気づいた。

 

「つうか段々遅くなってきてんぞ..人混みも多くなって来やがった。オイ!もっと早く走れねぇのか標的見失ったらどーすんだ!」

「うるせーな!!1人用の駕籠に3人も乗せて速く走れるかってんだ!!」

「馬鹿野郎、俺たちはな3人で1人なんだよ。俺が身体で神楽が白血球。新八は眼鏡」

「眼鏡ってなんだよ!なんで僕だけ装飾品!?」

「基本的には銀さんだ。お前ら2人は吸収される形になる」

「嫌アル!左半身は神楽にしてヨ!」

「余計気持ち悪いわ!」

 

 ぎゃーぎゃーと騒ぐ3人に駕籠舁きである男達はハズレ客を引いたとため息を吐く。

 そんな時、ずっと追いかけていた前の駕籠が大通りの道の隅で動きを止め、駕籠の扉を開いた。

 

「あ!止まりましたよ!出てきます!」

「テメーら降りろ!後を追うぞ!」

「オイ!ちょっと待て!代金!!」

「つけとけ!!」

「つけるって何処に!?」

「お前の思い出に!」

 

 代金を払うことなく駆け出していく3人の背中は既に遠く、駕籠舁きの男達は先程の考えを改める。

 ハズレ客じゃない。

 クソ客だった。

 

 そして呆気にとられる駕籠舁きの男達を置いて銀時達は物陰に身を隠しながら鬼道丸の乗っている駕籠を監視できる位置にまで移動した。

 

「ここが家なんですかね..?なんか随分普通というか」

「私もっと凄いの想像してたヨ。こうドッカーンみたいな」

「それじゃ爆発してない?」

「悪の組織のアジトは爆発してなんぼアル」

「おいテメーら静かにしろ。降りてくるぞ」

 

 銀時は後ろで緊張感のない会話をしている神楽と新八を黙らせ、駕籠から降りてくるところから目を離さない。

 しかし、中にいるはずの客は中々降りて来ない。それどころか駕籠舁きの男達と何やら言い合っているようだ。

 

「なんだろ。何か揉め事かな?」

「ひょっとして払うお金が無くて揉めてるんじゃ無いアルか?なんてふてぇ野郎だ」

「僕達が言えたことじゃないから...もしかして尾行に気づかれて降りたくないとか?」

「何がどうであれ奴もずっとあん中に居られる訳じゃねえ。ここで見張ってりゃいい」

 

 銀時の言う通り駕籠舁きの男達も力づくで下ろそうとついには引っ張り出そうとし始める。

 中に居る者も抵抗しているようだがそれも虚しく、ずるりと引っ張り出された。

 

「あ..あれは!?」

 

 中から引っ張り出されたその姿を見て新八が驚愕して声を上げた。

 それもそのはず、出てきたのは追っていた筈の鬼の面をつけた大柄な男ではなく

 

「何すんじゃい!?今日からこれはワシのマイホームじゃと言っとるだろうがい!!」

「いや勝手にきめてんじゃねぇよクソジジイ!?つか誰だよアンタ!?」

 

 ビン底のような分厚い眼鏡にジャージと褌という奇抜な格好をした小柄なホームレスだったからだ。

 どうやら駕籠舁きの男達も載せていた筈の客がいつの間にか入れ替わっていることに驚いているようだ。いやもしくはそのあまりな物言いにかもしれないがそんなことはどうでも良く。

 

「な、なんてことアルか..。まさか..あのオッサンが鬼道丸..!?」

「いやちげぇだろ!明らかに別人だろーが!」

「いやわからないヨ。だってあのオッサン眼鏡外したらほぼ武蔵だモン」

「背丈から何までまるっきり違うだろ!あのオッサンが強そうなの顔だけじゃんか!!」

「どーやら奴さんにしてやられたな」

 

 ため息混じりに銀時が口にした。

 

「してやられたって..」

「囮だよ。いつの間にか俺達は奴のいない駕篭をまんまと追わされていたんだ」

「そんな..でも僕達はあの駕籠から目を離していませんよ!?駕籠舁きの人達だって間違いなく同じ人達だし、別の駕籠な訳が..!」

「駕籠が変わったわけじゃねぇよぱっつぁん。野郎は俺たちの目にも駕籠舁きの奴等にも気付かれないように途中で降りやがったんだよ..。あのオッサンは誰も入ってないことがバレねーようにとカモフラージュだろうさ」

 

 ぼりぼりと後頭部を掻きむしりながら銀時は物陰から出る。そして未だホームレスの老爺と言い争っている駕籠舁きの所へと歩き始め、新八と神楽もその後を追う。

 

「そんなことが可能なんですか..!?」

「現にそうなってる。この人通りの多い通りに来たのも人混みに紛れる為..大方、駕籠の中で変装か何かも済ませてた筈だ」

「じゃあ何アルか。私達の尾行は無駄だったワケアルか」

「バーカ、無駄じゃねぇよ。少なくともあの駕籠舁きの奴等は奴さんと接触した数少ない重要参考人だ。まずは奴等に話を聞くぞ」

 

 彼の言う通り、ここに鬼道丸は居なくとも手がかりはある。尾行は失敗に終わってもそれが無駄になることはない物だ。

 

「すンませぇーん。ちょっといいッスかー?」

「あぁ?なんだよ兄ちゃん見てわかんねぇか、取り込み中だ」

「まぁまぁそう言わずに。ちょっとこの駕籠に乗ってた大男について聞きたいことがあんだよ」

「んなことしてる暇ねぇっつんだよ!こちとらこのジジィを俺達の駕籠から追っ払わなきゃ何ねーんだよ!」

「ワシのマイホームじゃ!」

「だから違ぇって!」

 

 頑固として駕籠に引っ付いて離れようとしない老爺。苛ついている駕籠舁きの男達も銀時に声を荒らげてしまう。

 だが当然それで引き下がる彼ではない。

 

「しゃーねぇ..一肌脱いでやるか。おい爺さんこれやるからそのマイホームは諦めな」

 

 そうして彼が取り出したるは一つのダンボール。そこのゴミ置き場に置いてあった物だ。

 

「いいぞ」

「良いのかよ!?俺達の駕籠そのダンボール以下!?」

 

 ダンボールを受け取った老爺は今までの確固たる意思がまるで嘘のように駕籠から離れる。

 そして彼はダンボールを腰に取り付けほくほくした顔でその場を去っていくのだが、駕籠舁きの男たちはそれはそれでなんだか釈然としない気持ちとなった。

 

「おい、これで話聞かせてくれんだろーな?」

「あ..あぁ。で何だっけ?最初に載せた筈の大男の話か?つっても俺達だって知ってることねぇーぞ。何せ1日に何人も乗せる客の内の1人なだけだからな」

 

 彼等の言うことは最もだろう。

 彼等も一日に何十人と運ぶ。それを一人一人こと細やかにそれこそ詳しく覚える暇などない。

 

「何か気になったことでもいいんです。何かありませんでしたか?」

「つってもなぁ..大柄な背丈に妙な鬼の面をつけたぐらいには..。あとは妙に義理堅そうなぐらいか?」

「義理堅い?」

 

 思い出して付け加えられた一言に新八が聞き返す。

 

「ああ、あの男代金は後払いで良いっつうのにどうしてもっつって先に支払ってきたんだよ。しかもここまで来るまでの運賃の2倍だ。チップだとか言って押し付けてきたんだ」

「駕籠にチップだぁ?こうして迷惑かける前提だとしても随分と律儀な野郎だな」

「悪の組織の一員とは思えないネ」

「悪の組織?」

「ああいや!気にしないでください!それで他には何かありませんか?どんな細かいことでも良いんです」

 

 他にはと催促してくる新八に駕籠舁きの男たちは腕を組んで唸り始める。すると1人が何か思い出したかのように目を見開いた。

 

「そういやあの男、あの威圧感にしては随分と優しげな声してたよな!」

「ああ言われてみれば確かに、男にしちゃ妙に高かったというか澄んだ声だった」

「声ねぇ...」

 

 

 

 その後も話を聞くもやはり有益な情報が出てくることも無く、駕籠舁きの男逹が次の客を求めて走り去っていくのを銀時達は見送った。

 

「どうしましょう銀さん」

「決まってんだろ。標的を見失ったんならやることは一つ..情報は自分の足で稼ぐもんだ」

「続ける気ですか?今回の依頼はやっぱり危険すぎますよ..!沖田さんもあの闘技場にはお上が関わってるって言ってたし..あまり首を突っ込み過ぎたら...」

「ぱっつぁん、俺達ぁ万事屋だぜ?頼まれればなんでもやんのが仕事、それが迷子の猫探しだろーが悪の組織潰しだろーがな」

 

 それはいつも気怠げに仕事をこなす自堕落な男から出たとは思えない信念の籠った言葉だ。

 さしもの新八も噤んでしまい、己の言葉を恥じた。

 

 そうだ、何を弱気なことを言っているのだ己は。

 一度は受けた依頼、それを我が身可愛さに断るなど侍、いや男として失格だ。男なら..侍ならば己の仕事に誇りを持て。

 父から教わった心の刀は敵を斬るのではなく弱い己を斬る為、挫けそうな己を奮い立たせる為だろう。それが武士道という物じゃないのか志村新八!

 

「それにいくら気に食わねぇといっても野郎は役人、しかも真選組の直参だぜ?きっと報酬もたんまり、この仕事が終われば焼肉ぐらいにゃ食いにいける筈だ。その上奴等にも貸しを作れるとなりゃ一石二鳥だろ」

「それが本音だろアンタ」

 

 アヒャヒャと悪い顔で笑う銀時の姿を見て一気に熱が冷めていく。やはりこの男はどうしようもない。

 

「私叙々苑食べてみたいアル!」

「俺に首を括らせる気か。食べ放題の焼肉に決まってんだろーが...ま、とにかく今日はもう暗ぇし聞き込みは明日から始めんぞ。いいなオメーら」

「はい!」

「オウ!」

 

 そうして彼等は翌日から数日にわたり鬼道丸の痕跡を辿る日々を過ごすことになる。

 新八と神楽は鬼道丸を見逃した大通りを中心に目撃談がないか方々を駆け回って聞き込みを続けていく。時には誤情報をつかまされたり、商品を買わなければ教えないなどといつ商魂逞しい人達に絡まれながらも奮闘していった。

 

 そして銀時は闘技場がある治安の悪い区域を中心に調査の担当をしていた。闘技場に出入りしている人間から実際に鬼道丸の話を聞いたり、1人で死合を終えた鬼道丸を尾行してまたも撒かれたり。

 気晴らしに打ち始めた北斗の台が予想以上に激アツフィーバーで止められなかったことに、それを全部競馬に突っ込んで見ぐるみ剥がされたことも。

 値段を抑えて飲みまくれる飲み屋を見つけて気がつけば自動販売機に頭を突っ込んだまま朝を迎えていたりなど、彼の調査は熾烈を極めた。

 

 

「「お前は1人で何してんだコラァァァッ!!!」」

 

 

 新八と神楽の容赦のない蹴りが何度も地面に蹲る銀時に襲いかかる。

 

「私達が必死こいて聞き込みしてる間何遊び惚けてアルか!!」

「つーか最後の方とか一切働いてねーだろーが!!せめて飲み屋で情報収集を試みたとか体裁だけでも整えられねーのか!!」

「ちょちょ待てよお前ら!大人には仕事の合間に気晴らしが必要なんだよ、ドラクエの勇者だって世界救う片手間にギャンブルしてんだろ!?ミニゲームという息抜きは必要なんだよ!」

「テメーのは息抜きどころか九割方ミニゲームだろーが!!世界救わないでカジノの暗黒面に堕ちるだけのニート勇者だろーが!!」

 

 銀時が言い訳を並べるも火に油、彼等の制裁は更に激しさを増していくばかり。

 そうして一通り制裁にひと段落がついたころ、銀時はボロ雑巾のようにボロボロになっていた。

 

「そ..それより..。テメーらは何か使える情報は手に入れたのか?」

「..はぁ。いえこっちは特に有益なのは得られなかったですね。そもそも奴さんあまりあの大通り側には来ないようです」

「まぁ、鬼の面を被った不審者なんざがいたら即通報案件だしな..。こっちも聞いた話はあの並外れた強さだなんだばかりで正体に繋がるようなモンはねぇな」

 

 この数日間による調査の結果は震わず有力になるものを得ることは出来なかった3人。

 

「捜索範囲を広げましょうか?」

「どーだろうな..。広げたところで奴は痕跡を悉く消していくから意味ねぇ気がするが..」

「銀ちゃん、そういえばあっちの方まだ行ったことないヨ」

 

 神楽の指さす先、その向こうにはただ雑木林が広がっているだけで人の手が加えられた形跡がない。

 

「あ〜?何言ってんだお前、そっちにゃただ木が生えまくってるだけで何にもねぇだろうが。なんだついに野生に帰りたくなったか?」

「でも悪の組織はこういう森の洞窟に潜んでるパターンもあるネ」

「森じゃねぇーから。オメーはテレビの見過ぎなんだよ」

 

 すると、銀時がぶるりと身体を震わした。

 

「...いかん少し催したくなってきた。おい新八!俺ちょっとそこでションベンしてくっから誰も来ねーよーに見張っといてくれ」

「はいはい..さっさと済ませてきてください」

 

 呆れ混じりに適当に返事をする新八。それを気にすることもなく雑木林の木陰へと向かって足早に向かい始めたその時だった。

 

「おーい!アンタらそっちに行ったら駄目だぁ!」

 

 突然遠くから見知らぬ中年の男に声をかけられた。

 

「あ、すみません。僕達決して怪しい者じゃ..」

「アンタらここらじゃ見ない顔だがその雑木林の噂をしらねぇのかい?」

「噂?」

 

 その男の言葉に新八が聞き返す。

 

「その雑木林の奥にゃ廃寺がひっそりと佇んでいるんだが、その廃寺には鬼が棲んでんのさ。しかも最近じゃねぇ何年も前からさ」

「鬼..!」

「嘘だと思うか?だが本当なんだよ、何せ俺はこの目で一度見たことある..!六尺は優に超えている背丈の赤鬼がこの雑木林へ消えていくのがよ!」

「銀さん..これって」

「どうやら今回ばかりは神楽の勘が当たってたみてぇだな。ようやく奴さんの尻尾が見えた」

 

 乱雑に神楽の頭に手を乗せる銀時は、すぐに踵を返して雑木林に向かって歩き始め、その背中を新八と神楽も追いかける。

 

「お、おい!嘘じゃねぇんだって!そっちは」

「信じてるよ、アンタの話。何せ俺達はその鬼を退治にしに来たんだからな」

 

 男の制止の呼びかけに対して背中越しに言う。

 そして銀時たちはそのまま夕陽に照らされる雑木林の向こうへと消えていった。

 

 

 

 

 夕焼けに世界が染まる時間帯。

 風に揺れる木々の葉が擦れて人の笑い声にも錯覚しそうにもなる。

 聞き慣れぬ鳥の唄がそこかしこから響き渡り、ろくに舗装もされていない足場の悪いその雑木林の奥にひっそりと佇む廃寺を見つけることに成功した万事屋一行。

 

「こんな所に本当に廃寺が...」

「おそらくここがあのオッサンが言ってた噂の場所だろうな」

 

 木陰に身を潜めながら様子を見る。

 何せここは人をいとも容易く殺す鬼が棲んでいる可能性の高い場であり、無策で突入するわけにもいかないだろう。

 しかしこうしてみればとくに変哲もないただの廃墟のようにしか見えない。

 

 そんな考えが脳裏をよぎった時、廃寺のほうから甲高い悲鳴のようなものが聞こえてきた。

 

「今悲鳴みたいなの聞こえませんでした....?」

「お前らはここで待ってろ」

「銀さん!」

 

 銀時の行動は早かった。

 すぐさまに木陰から飛び出して廃寺へと音もなく駆け寄る。愛用の木刀を抜いて警戒しつつ、廃寺の障子を僅かに開けて中の様子を伺う。

 そして彼は驚愕した。

 

「こ..こいつは」

 

 驚愕した理由。

 それは..

 

「アハハ!ちょっと諭吉にぃやめてよー!」

「ふははは!先生を困らせる奴はこの算数マンが許さないぞー!」

「かっこわるーい!」

「左内お姉ちゃん..お手玉できないよぉ」

「ちょっとまって?今この子のオシメかえてるから」

 

 多くの子供が皆思い思いにその廃寺の中で過ごしていたからだ。

 何者かに脅かされる様子でもなく、怯える様子もない。遊ぶ者も年下の面倒を見る者、安心した顔で昼寝をする子供までいる。

 先ほど聞こえた悲鳴のような声もこの子供達がはしゃいで上がった声なのだろう。

 

「..こいつァどーゆーことだ?」

 

 流石の銀時もこの状況は予想外だったのか呆気に取られてしまう。人を殺す鬼が棲むとは思えないその光景に彼は困惑を隠せないでいる。

 いやそれ以上に何故こんな多くの子供がこんな街外れの廃寺にいるのだろうか。

 そんな疑問が湧いてきた時。

 

「────もし。そこの殿方」

 

 背後からの声。

 耳馴染みのいい澄んだ声。

 

 呆気に取られてはいたものの背後の警戒は怠っていなかった。なのに気配すら感じ取れなかった声の正体。

 

 恐る恐ると背後を見ればそこには大きな、六尺は優に超えている人影。

 

 雑に肩で切り揃えられた髪に粗雑な作務衣に身を包んだ女がそこにいた。

 その両手には首根っこを掴まれた猫のように大人しくなっている新八と神楽が捕まっていた。

 

「この寺に何か用だろうか」

 

 切れ長なその鋭い眼に貫かれ、銀時は口を引き攣らせたのだった。

 

 





ほぼ2ヶ月たってから続きを投稿するバカタレがいるらしい...
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