BLEACH the immortality anguish 作:髑髏大帝
私は恵まれてはいない。
私の人生は極めて平凡で、悪い意味でもいい意味でも特に目立つことも無かった。学校の成績は常に中の上、部活動の科学部では下級生に尊敬とはいかなくとも敬語を使われるまでの威厳は保てていた。順風満帆とはいかずとも、私は十分に幸せだったしこれからも同じような日常が続いていく事を、ため息をつきながら…でも心の中で安心していた。
学校を卒業すれば2流企業辺りに就職し、恋愛をして結婚し子供が生まれ、やがて子供や孫に囲まれて死ぬのだろうと思っていた。平凡な家族の平凡な幸せ、人間として生まれたからには、この極東の国に生まれたからにはその最低限の幸せは享受できると思っていた。
もう一度言う、私は恵まれてはいない。
平和を歌い、核を放棄し軍を持たない事を掲げたこの国において、私は前途の脈略もなくたった一つの奇妙な偶然が重なりあった結果、殺されたのだ。通り魔殺人、俗に言うムシャクシャしてやった、後悔はしているだが反省はしていないという奴である。
学校からの帰り道、部活動が予想以上に長引いてしまった為、夜途を一人で歩いていた私は後ろから走って来たどこの誰とも知れぬ見知らぬ彼に、背中をナイフで貫かれ「死んだ」。
人生は小説より奇なりと言うが、まさか私の作って来た人生設計が、まさかまさかこんな学生時代に終わってしまう事になるなんて驚愕である。ブスリと背中に突きこまれたナイフは運悪く私の心臓を串刺しにし、運悪くそこに誰も通り掛からなかった為、通り魔は逃げ去り誰も助けは来ず、死んだ。
後悔はしている、未練があると言えばうそになる、というか未練しかない。この世界に未練たらたらだ。まだあの人に告白してない、まだ生まれて来る私の兄弟を見ていない、まだ…まだ、まだまだまだまだまだまだ…何も始まっていないのだ。
眼をつむり、道路に赤い液体をぶちまけ徐々に冷たくなっていく私の身体、その姿を第三者のように見ながら叫ぶ私はきっと……魂なのだ。肉体から魂が出てしまっている、オカルトに疎い私でもそれが、その事実が一体何を表しているのかは理解できる。もう、私は助からない。これがきっと死んだという事なのだろう。
殺され死んだ私の魂は、死んだ肉体から切り離され…あの世へ向かうのだ。
道徳の授業で教わった事だが、いわく魂と言うのは死ぬと閻魔さまという生前の行いを清算する施設に連れて行かれるのだという。そこで自身の犯した罪を宣告され、天国行きや地獄行きが決定する…らしい。その時半信半疑に授業を聞いていたが、いざ今の現状を目の当たりにしてみるとその知識はあながち間違ってはいないのかもしれない。
魂と言うものがこうして存在している以上、地獄や天国…閻魔さまも存在していると考えてもなんらおかしくは無いのだ。既に死んでしまった時点で、私の常識はあっけなく崩壊している。これから青春を、楽しい快活ライフを送ろうという時に死ぬなんて、本当に非常識だ。
せめて、通り魔ももう少し空気と言うものを読んでほしかった。もっと…自殺したそうな未来に絶望した人を殺せばよかったじゃないか。死にたがりの人間が殺されて、死にたくなかった私が殺される。自分が感じていることがきっと良くない感情なのだという事は理解できた。
でも、でもだ。どうして…どうして…他ならぬ私なのか?
どうして、今日、この時間、このタイミングで、「私」が死ななければならないのか。これがまだ運命と言うのなら、あらかじめ決まっていた世界の法則と言うのなら、辛酸を飲んで我慢できただろう、甘んじて死を受け入れることが出来ただろう。しかし…私を刺した人間は私とは全く関係のない赤の他人、運命も必然もまったく感じ得ない「死」に、私は疑問しか抱かない。
ふわりと天へ向かって浮かんでいく私、自分がこの世界からあっけなく旅立とうとしているという事実に、私はつい叫んでしまった。それがこれからの私の人生を、大いに狂わせる事になるとは夢にも思わず。
「いやだ、嫌だよ…死にたくない」
旅立たんとする私の気持ちが通じたのか、それとも別の何かが働いたのか浮かび上がる私の身体は空中で止まった。それが神様が与えてくれたこの世界との別れの少しばかりの猶予だと捉えてしまった私は、馬鹿だった。これは本当に始まりに過ぎなかったのだ。私と、私にまつわる全てを巻き込んだ絶望の…始まり。
「うっ…あああっ」
ジャリと胸の辺りで金属音が鳴り、心臓を何かに鷲掴みにされたような倦怠感が襲ってきたのだ。見れば私の胸の中心には何やら頑丈な留め具が穿たれ、そこから無機質な鎖が下へ向かって伸びている。これは何?私の疑問に鎖は行動を持って答えてくれた。
「あ、ぐぁあああああああああああああっ」
引きちぎれそうな痛みと共に襲ってきたのは、遊園地のアトラクションコースターのような強烈な圧迫感。
、胸を何かで引っ張られているかのように地面へと引き寄せられていった。ジャラジャラと金属音を響かせる鎖は私を地面へと引っ張っているのだ。そこに縛り付けるかのように、そこから動けないように…未練の残った私にこの世界を思い出させるために。私の死んだ場所、そのすぐ近くの電信柱に括り付けられた鎖は、電信柱と融解するようにつなぎ目が無くなり解くことが出来なくなってしまった。
痛い、胸が焼けるように熱い、鎖が私を引っ張る度に胸は疼き今まで私が感じてきた未練が大きく揺らぐのを感じた。両親への思いが、兄妹への思いが、親友への思いが、思い人への恋心が、私の中から吸い出されていくかのような虚ろな感覚。私の全てがこの痛みと共に失われてしまうかもしれない、まさかとは思うが、これは心を引っ張り出されているのではないだろうか。
強烈な未練が、鎖となって私の心をこの世界に留まらせようとする。でもそれは私という魂ではなく未練である心だけ。成仏されかかった私の魂は鎖から抜け出れば今にも消え去ってしまうだろう。鎖はそんな薄い私の魂を強引にとらえ、心のみを抜き千切り世界に残そうとしているのかもしれない。だとすれば、それは…死ぬことよりも辛い事だ。
心の無くなった人間など、機械とかわらない。
胸から延びる固い鎖は自分の力では切ることが出来ない。死にたくないと願った未練が、私を成仏できなくさせ、あまつさえこの世界に縛り付けられる結果となった。もう一度行っても良いだろうか、私は恵まれていない。
生きていたいと、そう願ったが為に訪れた不幸、しかして予想外に世界に居座る事を許された私。だが、それは魂を拘束されこの世界に縛り付けられると言う事だった。死んで、死んだまま、死に留まる。成仏することも、消え去る事も、生き返る事も出来ず、血のベッタリと染み込んだ犯行現場に居座るしかなかった。
「うぐぅ…あああっ」
頬を伝って涙が流れる、意図せず口から嗚咽が漏れた。死んでしまった私でも生前のように涙は流れるのか……
私、かつて私だった肉体は無様に死に面を晒し、いつまで其処にあるのだろう。自分自身の死体と言うモノに何も感慨を感じることはなかった。恐怖も不気味さも感じることは無く、ただ単に「私だ」とそう思うだけ。
たった一人、その場に残されたと感じる孤独が私にとって一番の恐怖だった。
「こんなもの…」
鎖を、電柱に張り付いた因果を振りほどこうとしても、鎖はジャラジャラと耳障りな音を響かせるだけで、何の変化も感じさせなかった。そして、引っ張られた胸が…心が張り裂けそうになるほど痛むのだ。
「くうぅう…」
焼き鏝で柔肌を焼かれたかのように、泣きびそうになる激痛が全体に走った。
「う…あああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
叫びは、澄んだ空に大きく轟いた。渇きはてた私の声は周囲の建物に反響し空気を震わせる。痛い…痛いよ、痛い…誰か…助けて…おとうさん…おかあさん…