コズミックイラのマチュ ~ロリニュータイプの日本再興記~ 作:アキ山
暇つぶしにどうぞ
その日、ムルタ・アズラエルはいつも通りに業務に勤しんでいた。
「これで三菱や住友との提携は完了。いやはや水素発電ユニットの部品が軍用のパーツから転用可能だなんて、本当にありがたいですね」
アズラエルは鼻歌交じりで手にしたタブレットを操作する。
エイプリルフール・クライシスによる深刻なエネルギー不足から世界各国を救った水素発電ユニット。
アズラエル財閥は制作者である元日本の大企業達と、その運営に関して手を結ぶことに成功したのだ。
メンテナンス用の予備パーツの製造販売の独占契約、しかもそれらは財閥が最も得意とする軍事産業の生産レーンを流用できる。
ニュートロンジャマ―の効果が切れない限り水素発電ユニットの需要が尽きる事も無い。
この事を考えれば、まさに濡れ手に粟な儲け話だ。
「忌まわしいニュートロンジャマ―も日系企業との合同研究チームが解析を進めている。この戦争も終わりが見えてきたかな」
アズラエルの言う通り、ニュートロンジャマ―を無効化すれば地球連合は戦況を一気に盛り返すだろう。
何故なら原子力による発電の復活は地球各地の生産力の向上…否、回復を意味するからだ。
同時にМSに関しても、大西洋連邦主導でジンとは比べ物にならない高性能な機体の開発に成功している。
大戦初期でザフトが優位に立てたのは、ひとえにМSという新機軸の兵器が猛威を振るった事が大きい。
そのアドバンテージが消失すれば、待っているのは大国対小国という圧倒的な人員と物量の差。
ザフトが再びそのハンデを押し返すのは至難の業と言えるだろう。
「そういえば、例のホウセンカも空戦で多大な戦果を上げているとか。やはり日本人の発想と技術力は侮れませんね」
ザフトの地球侵攻に際して脅威となったディンは単独飛行が出来るМSとして、地球連合の航空戦力にとって大きな脅威だった。
しかし、それも過去の話だ。
ディンは飛行能力獲得の為に機体の軽量化が成されている。
それが空中での戦いで高い機動力を生み出すのだが、その代償として防御力を失う事となった。
鳳仙花がばら撒くPS弾殻の散弾による面制圧は、その弱点にクリティカルヒットしたのだ。
これによって連合の主力戦闘機スピアヘッドでディンを撃墜する事が可能となり、地球の制空権は再び連合へと大きく傾き始めている。
そして頭上さえ押さえてしまえば、地上のジンも海で蠢くザフトのМSも恐るるに足りない。
全て空爆で焼き払えばいいのだから。
「戦後はプラントを残すか否か迷いますね。地球にいるコーディネーター達を味方に付けるなら、僕たちに牙を剥いた奴等なんて百害あって一利なし。かといって出資分を回収しないのは企業人として引っかかる。地球のコーディネーターを使う案も、ジブリール達過激派を黙らせるのが骨ですし……。おっと、こういった考えを日本では『捕らぬ狸の皮算用』と言うんでしたか」
そう自嘲しながら、アズラエルは自分の考えも随分と変わったと思う。
その切っ掛けはかつて極東にあった亡国の幼い皇女が発した言葉だろう。
『我々の最も重要な務めは祖先から綿々と受け継がれてきた血統を後世に残すこと。そして如何に高貴な血であろうと、人の手が加われば価値はございません』
これは7歳という歳不相応に利発であった皇女へ、アズラエルが行った『コーディネーターなのか?』というカマ掛けの否定と共に返された言葉だ
同時にアズラエルが長きに渡って内心に抱えていた疑問に対する答えでもあった。
衝撃で息を呑むアズラエルを前に、皇女はさらに続けた。
『これは私やMrアズラエルのような方だけの問題に非ず。日々を生きる市民の皆様も同様です。何故なら彼等にもご両親や祖父母、遠くご先祖様から続くルーツがあるのですから。そしてコーディネート手術は、その繋がりを断ち切る悪しきモノと私は考えます』
『ルーツを断ち切る、ですか。興味深い意見ですが、少し大げさじゃないですか?』
子供の意見に度胆を抜かれた事が少し恥ずかしかったアズラエルは、少しだけ斜に構えて皇女へ反論を返した。
それにキョトンとした表情を浮かべた彼女の返しがまた強烈だった。
『そうでしょうか? 父と母から受け継ぐべき因子を弄り別物とするのです。それで生まれてくる赤子は縁もゆかりも失った赤の他人でしょうに』
これにはアズラエルはもちろん、皇女の隣にいた彼の父親や従者も唖然となったものだ。
しかし皇女の意見は間違いではない。
先天性の疾患や障害の治療や免疫強化程度ならまだしも、目や髪の色といった容姿を変えたり身体能力や才能を強化すれば、親から受け取った遺伝子は大きく変容する。
それはもはや生物学的に見れば夫婦の子ではない。
そこに至った時、アズラエルの脳裏に幼少期の記憶がフラッシュバックした。
当時の彼は同年代にいたコーディネーターに勝つことが出来ず、延々と煮え湯を飲まされ続けていた。
悔しさから母に『どうして自分をコーディネーターとして産んでくれなかったのか!?』と詰め寄った事もある。
その時、母が自分へ与えたのは答えや慰めの言葉ではなく「なに、バカな事を言ってるの! あんな悍ましい!」という嫌悪の言葉と平手打ちだった。
当時はただただ不満だったが、皇女の言葉のお陰で母の真意が知ることが出来た。
あの時の自分はロックフェラーから続くアズラエル家の血を穢すに等しい発言をしたのだ。
母に誰の子でもない赤の他人を産む為に胎を貸せとも。
これでは悍ましいと嫌悪と共に殴られるのも当然である。
波乱に満ちた皇女との会合の後、アズラエルは世界の主要な富豪や上流階級の系譜を調べた。
その結果分かったのはコズミック・イラ後に興った成金などの新参はともかく、旧世紀から続く王族や名家・貴族の家系にはコーディネーターが一人も存在しないという事実だった。
貴種たる彼等は理解していたのだ。
血統を継承する事の重要性、そしてコーディネート手術が家に及ぼす害を。
「思えば、コーディネーターも哀れなものです。ルーツを持たず、数代で子を遺せなくなる生物として不完全な改造人間。そんな彼等が新人類を自称するのは、それしか縋るべきアイデンティティが無いからかもしれませんね」
今のアズラエルがコーディネーターに向ける感情は、憎悪よりも憐憫の方が大きい。
それと同時に、彼は己を過去の呪縛から解き放った皇女の事をいたく気に入るようになった。
ブルーコスモスの会合で『世界最古の皇族がコーディネーターを否定』と彼女の言葉を紹介したのも、それが理由だ。
この件を正確に言うなら、皇女がダメと考えているのはコーディネート手術だけで、現存するコーディネーターに関しては思うところはないらしい。
曰く『彼等はコーディネーターである事を選んで生まれたわけではない。ならば存在その物を罪とするのは、あまりにも無情です。親の方も真に子を思って施した者ならともかく、流行りや我欲で行った愚者は腹を切って祖先に詫びるべきですね』との事だ。
なにせ彼女はナチュラルとコーディネーターの共存を謳うオーブ在住で、義兄がコーディネーターという生い立ちである。
そこを考えれば一部の過激派が掲げるような殲滅思想に傾く訳がない。
とはいえアズラエルからすれば、その辺の事情をわざわざ言う必要もないわけだ。
この発言を聞いたブルーコスモスの幹部達は一様に感銘を受けていた。
彼等が今までコーディネーター排斥の根拠としてきたのは生命倫理違反が主だった為で、血統の断絶という観点はなかったようだ。
「あれだけ敏い彼女ならハルマ陛下が予備の子を作っても、次に皇位を継ぐのは間違いない。日本の皇室と縁を繋ぐのは色々便利だし、なにより親王殿下は面白い。彼女の母が日系人ではない事を考えれば、ウチの息子でもワンチャン狙えたりするかな」
冗談半分でそんな事を考えていると、アズラエルの携帯端末が着信を告げた。
「おや、噂をすれば何とやらですね」
見れば、メッセージアプリに件の皇女から書き込みがあったのだ。
上機嫌でその内容を確認するアズラエル。
「……ふざけるなよ! あの宇宙の化け物共ぉぉぉぉぉぉぉっ!!」
そんな彼の機嫌は一瞬で地の底へと垂直落下した。
皇女が隠れ住むヘリオポリスにザフトが侵攻してきたというのだ。
「ザフトを引き寄せたのはGAT-Xシリーズか!? 軍の諜報部は何やってるんだ!!」
アズラエルが財団から金や技術を出し、サハク家とのコネを大西洋連邦の政府に貸して進めた連合製МS開発計画。
これは今大戦において、ザフトに勝利するための乾坤一擲の妙手になる筈だったものだ。
「だから言ったじゃないか! 奴等の手が届かないオーブ本国でやれって! それをサハクのバカがっ!!」
怒りと苛立ちのあまり、金糸の髪を乱暴に掻き毟るアズラエル。
このプロジェクトが立ち上がった当初、皇女たちが隠れ住んでいる事を知っていた彼はヘリオポリスで計画を行う事に反対していた。
しかしサハク家は『大丈夫、我々の防諜は完璧だ。この計画が外部へ漏れる事はない』と自信満々に言い放って聞く耳を持たなかったのだ。
「お前らの国とウチにどれだけ日系人がいると思ってるんだ! あの子達に何かあったら、本当にクーデターが起きかねないんだぞ!!」
旧日本人が多大な影響を及ぼすのはオーブだけではない。
最も強固な同盟関係だった大西洋連邦も、官民含めて多くの日本人が社会へ食い込んでいるのだ。
そんな彼等に『自分達が作っていたМSの所為で、君達の皇族は死んじゃった』なんて知られたら、オーブも大西洋連邦も修羅場じゃ済まない。
今の彼等が持つ帝への敬意は下手な宗教よりエゲツないのだ。
「大統領に言って救援隊を出させないと! 一番近いのはハルバートンの第八艦隊だが、奴だけでは心許ない! 他に部隊は……!!」
ブツブツと呟きながら、アズラエルはアーヴィング大統領への直通回線を開くのだった。
◆
プラントへ向かうクルーゼ隊、その艦の一つであるヴェザリウスの空気は最悪だった。
「クソッ!!」
苛立ちを込めて自室の壁を殴りつけたのはイザーク・ジュールだ。
彼は半壊したデュエルを格納庫の整備班に預けると、一言も話す事無く自分の部屋に閉じこもった。
「クルーゼ隊長の仇も取れずに、ナチュラルの…あんな小娘に手玉に取られて……! 俺はいったい何をしているッ!?」
連合から奪取した最新鋭機に乗り込んで、敬愛する隊長の弔い合戦へ臨んだ彼を待っていたのは手痛い敗北だった。
背後にオーブの艦がいたとはいえ、実質的に三対一でいい様に叩き潰された。
これには悪友のディアッカや年下の同僚である二コルも堪えたのだろう。
イザーク同様に一言も発することなく部屋へ戻っていった。
それも仕方がない事だ。
なにせ敵の機体を操っていたのが、10歳に届くかどうかの民間人の子供なのだから。
「あの時…ッ! 小娘が判断を間違えていなかったら、俺は死んでいた……ッ!!」
戦闘中にイザークが受けた、腕を取られてからのデュエルの首を半ばまで断たれた一刀。
あれがもし胴への刺突だったなら、彼はサーベルのビームによって悲鳴を上げる間もなく焼滅していただろう。
それは接触回線で聞こえた『……あ、胴を突き刺したらよかった』という間抜けな呟きが証明している。
今回の敗北と相手のミスで命拾いをしたという事実は、エリート街道をひた走ってきたイザークの自尊心をいたく傷つけた。
「この屈辱、忘れんぞ! 次に相対した時は絶対に貴様を倒す!!」
ヘシ折られたプライドと敗北の悔しさに耐えながら雪辱を誓うイザーク。
しかし彼の頭からは大切な事が抜け落ちていた。
それは自分を負かした相手は中立国の民間人であり、再び戦場に現れるか分からないことだ。
一方、アスラン・ザラは自室のベッドで横になり悔恨と苦悩の中にいた。
「あの時、俺がしっかりしていればマチュを人殺しには……」
頭に過るのは先輩であったミゲル・アイマンの最後。
それを為したのが数年ぶりに再会した妹分だった。
妹分が殺人という取り返しのつかない過ちを犯した、アスランが改めてその事を実感したのはヴェザリウスへ帰還する最中だったのだ。
『あ…あぁ……ああああああああっ!!』
瞬間、アスランは心が圧し潰されそうな後悔と罪悪感に襲われた。
自分がマチュを攻撃しようとするミゲルを止めていれば!
マチュがミゲルに反撃する前に抑えることが出来ていれば!!
いや、ヘリオポリスへ二度目の襲撃など掛けさえしなければ!!!
自身の頭を悔恨の念がグルグルと回っていたアスランだったが、運命の針が少しでもズレていれば自分達が妹分を殺していたと言う可能性へ思い至ると堪らず吐しゃ物でコックピットを汚してしまった。
「俺は…キラやカリダ小母さん達にどう償えばいい? 教えてください、母上……」
アスランがザフトへ志願したのは、『血のバレンタイン』という地球連合によるプラント所有の食料増産コロニー・ユニウス7への核攻撃で母レノア・ザラを失ったことが大きい。
もうあんな悲劇は起こさせない。
自分の大切な人を二度と失わない。
そう誓って軍へ入ったのに、自分の手で親友と妹分の生活を破壊したのだから笑い話にならない。
母は生前マチュの事を本当の娘のように可愛がっていた。
そんな子に手を汚させたのだ、きっと向こうで激怒している事だろう。
「俺は…なにをやっているんだ……」
自嘲を含んだ呟きの後、アスランの部屋に響いたモノ。
それは押し殺した少年の泣き声だった。
『……現場の判断で中立国たるヘリオポリスへ襲撃を掛けたと』
赤服達が打ちひしがれている中、ヴェザリウスを預かるフレデリック・アデスは胃痛と戦っていた。
「は…はい。そして指示を下したクルーゼ隊長はヘリオポリス駐留軍との戦いで戦死。連合の試作機は奪取したものの、イージスを除いて他三機は中破。予備パーツも無いので修理も儘なりません」
通信モニターに映るのは、何故かプラントの国防委員長であるパトリック・ザラの顔だ。
アデスも最初はザフトの上官へ報告を入れたのだ。
しかしヘリオポリス襲撃の事を伝えると、報告を受けた者達は一様に『コイツ、マジか!?』という表情を浮かべ、自分では判断できないからと上に話を振るのだ。
そうしてタライ回しにされた結果、たどり着いたのが画面の先にいる厳ついおっさんだった。
「アデス艦長、今は試作機がどうなど問題ではない。宣戦布告も無しに中立国へ攻撃を仕掛けた事の方がはるかに重大だ」
「はっ! 申し訳ありません」
元々彫りが深く威圧的な顔に渋面を浮かべるパトリック。
その言葉にアデスは深く頭を下げる。
「攻撃はクルーゼ隊長の判断らしいが、何故止められなかった?」
「クルーゼ隊長が連合の試作機奪取の機会を逃せば、代価はこちらの命で支払う事になると強硬に作戦を推し進めまして……。上官の命令に逆らうのは、私としても流石に……」
『諫言を以て上官の間違いを諫めるのが、副官たる君の役目ではないかね。まったく……』
キリキリと痛む胃をさり気なく抑えつつ、心の中では『無茶言うなや、クソおやじ! 相手はザフトの英雄やぞ!!』と中指を立てるアデス。
正史であれば、生き残ったクルーゼが子飼いの部下という立場と口八丁でパトリックを丸め込んだのだが、生憎とアデスにはそんなスキルもコネもない。
『判断を下したのはクルーゼとはいえ、奴がいない以上は誰かが責任を取らねばならん。そして部隊の序列から見て、それを為すのは貴様等だ。アデス艦長、ゼルマン艦長』
「……はい」
『我々最高評議会も外交ルートを通して、なんとかオーブとの戦争を避けるように動く。それでも開戦となった場合、その罪過は軽くはないぞ』
そう言い残して画面から消えるパトリック。
「……終わった」
そしてアデスは絶望にガクリと膝をつくのだった。
◆
『外部気密チェック、クリア! 外二出テ大丈夫ダ、マチュ』
「ありがと、アムロ」
アムロの言葉を背に受けて、長門の格納庫にオーロラを収めた私はコクピットハッチを開ける。
すると鼻をくすぐるのは機械油の匂い。
これを嗅ぐのは去年、父上と一緒に長門へ表敬訪問した時以来だ。
「なんてこった。本当にお姫ちゃんが乗ってるたぁなぁ」
「ちょっ!? おやっさん! 失礼ですよ!!」
ワイヤーで地上に降りると、私を出迎えたのは機械油の汚れが付いた白い作業用ツナギを着て、同色の帽子とサングラスを付けた初老のおじさん。
その後ろには眼鏡をかけた20代後半なお兄さんがいた。
「大丈夫ですよ、千葉主任。今の私は何者でもないただの小娘、変に畏まられない方が気が楽です」
「ほれ見ろ。テメエは余計な事を気にしすぎなんだよ」
「いいのかなぁ……」
フンッと鼻を鳴らすおじさんとは裏腹に、お兄さん…千葉主任は困ったような、拍子抜けしたような何とも言えない表情を浮かべる。
彼等は長門の整備班長と副班長で、おじさんの方が榊清太郎さん。
機械に関しては大ベテランで、軍と民間双方から『整備の神様』って尊敬されている傑物だ。
性格は見ての通りの職人気質な人で、こと整備に関しては自分にも部下にも一切の妥協は許さない。
表敬訪問の時も、いい加減な整備をしていたらしい部下にスパナぶん投げてたもんなぁ。
あと刀鍛冶の蘊奥さんとは仲がいいとも言ってたっけ。
「そういう事なら俺も態度崩すけど、このМSどっから持ってきたの、お姫ちゃん?」
そしてこのお兄さんは千葉繁雄さん。
長門の整備班No2で、榊班長の直弟子を自称するやり手のメカニックだ。
いろいろと面白いお兄さんだけど、メカと整備に対する情熱は本物。
というか、バリバリの昔気質な榊班長の指導に付いていける時点で根性あると思う。
「ヘリオポリスの地下にある隠し工房に捨て置かれていたのです。ザフトの攻撃の際に学校で避難していたのですが、他の生徒と逸れましてね。緊急避難として拝借しました」
「外身を見る限り、半年くらいですかね。放っておかれたのは」
「いや、一年は経ってるな。よくもまあ、あんな動きについてきたもんだ。普通なら手足がモゲてもおかしくねえ」
榊班長と千葉主任の話を聞いて、私は内心ゾッとする思いだった。
そうだよね。
整備もロクにせずに放置されていたんだもん、不具合が出てもおかしくなかった。
「ありがとう、オーロラ」
そう考えた私はオーロラに労いの言葉を掛ける。
この子にはいろいろ無茶させたし、何より命の恩人なんだ。
お礼を言うは当然だろう。
「ソイツの整備は任せときな。お前さんが乗る事は無いと思うが、ピカピカにしといてやる」
「けど、このオーロラでしたっけ。お姫ちゃんが回収してくれって言ってたデカブツに似てますよね」
言葉と共に千葉主任が向けた視線の先、そこにはハンガーの隅に鎮座するガンダムの姿があった。
「素人意見ですが、あの機体、ガンダムはオーロラの基になったМSなのでしょう。オーロラの構造で分からないところが出た際には、あの子を調べればヒントがあるかもしれません」
「なるほどねぇ」
私の言葉を受けて感心したようにガンダムを下から上まで見る千葉主任。
……あ、そうだ。
「榊班長。手が空いている時でいいので、オーロラとガンダムのデータ解析をお願いできますか?」
「そりゃあ、どうしてだ?」
「あの子達は連合やオーブのМSとは違う機軸の技術で造られています。それを調べて、私達独自のМSを造りあげたいのです」
「……大和会、いや日本独自の量産型を造るってことかい?」
話に入ってきた千葉主任の問いかけに私は頷く
「はい。今後、各国の戦力はМSが主体になるでしょう。それはオーブが連合と組んでまでノウハウを得ようとしたことを見れば明白です」
「だから俺達もって事か」
「ええ。この件は三菱や住友などの重工業にも協力を要請します。榊班長達には出来る限りでいいので、作業に入る為の取っ掛かりを作ってもらえればと」
そう補足すると榊班長は腕を組んで少し考える素振りを見せる。
「……わかった。だが、一つだけ条件がある」
「なんでしょう?」
「お前さんはもう戦場に出るな」
言葉と共にサングラスの奥に隠れた榊班長の眼光が私を射抜く。
まあ、こう言われるのは当然だ。
「大丈夫です。今回は成り行きでこうなってしまいましたが、私は死ぬわけにはいかぬ身。敢えて危険に身を晒す気はありません」
そう答えると班長は納得したように頷いた。
「とはいえ、МSに関わらないとは言いませんけどね」
「……へ?」
「大和会の中では私が一番МSを上手く動かせますからね。僭越ながら先達として、これからパイロットとなる方々へ色々とお教えしようかと」
ぽかんとする千葉主任にウインクして見せると、榊班長は小さく息を付いた。
「まあ、それくらいならいいか」
榊班長も納得してくれて何よりだ。
「おやっさん。オーロラはともかく、デカブツの解析とか結構ホネじゃないですかね?」
「なに、出来るところまでやりゃあいいんだよ。住友や三菱の技術屋は『Gの遺産』を弄繰り回してんだ。コイツ一つ増えたところでたいしたこたぁねえ」
そんな訳で格納庫を後にした私はブリッジへと向かった。
「いらっしゃいませ、殿下」
「ご迷惑をおかけして申し訳ありませんでした」
私は出迎えてくれた田上一佐とクルーへ頭を下げる。
理由はあっても素人が戦場に嘴を突っ込んだのだ、ごめんなさいは必要である。
「いえ。こちらも部下を死なせずに済みました」
首を横に振る一佐。
そう言ってもらえるならこちらとしてもありがたい。
さて、色々と詰める話はあるだろうけど、その前にやっておくべき事がある。
「田上一佐、お話の前に少しお時間をいただきます」
「構いませんが、何をなさるおつもりですか?」
「ここで散った全ての英霊へ鎮魂の祈りを捧げたく思います」
「……わかりました。──おい」
「了解」
私の言葉に虚を突かれたような表情を浮かべた一佐だったけど、すぐに顔を引き締めて通信担当へ指示を出した。
「全クルーへ告ぐ。これより真理華内親王殿下より鎮魂の祈りを賜る。各員は作業を一時中断し、敵味方問わず散って逝った英霊に哀悼と敬意を示せ!」
お膳立てを整えてくれたのか。
私の我儘だったのに、本当にありがたい。
「
私は通信担当の方へ案内されたマイクの前で、独特の韻を踏みながら祝詞を紡いでいく。
これは『
「
物部神社によれば「鎮魂」は霊を弔うための言葉ではなく、「活力を与える・復活を促す・甦る・悪を祓う」などの好転的な意味を持つものとされている。
神道では総てに生命が存在する、即ち、万物如何なるモノも生命であると考えられている。
そして、モノが存在し続ける上で最も重要な要素を「
「
その魂魄を振り動かし、結びつけ、鎮め置き、本来の姿に立ち戻らせる祈祷法こそ「鎮魂」の本来のあり方であると定めている。
「
この祝詞に込める祈りは戦で散った魂達が活力を得て本来の姿に立ち戻ること。
さすれば彼等は己が故郷へと還り、再び生まれ落ちる時を待つのだろう。
穏やかな安寧と共に。
「殿下、ありがとうございました」
「いえ。これも我等の役目ですから」
深々と頭を下げる田上一佐に私は小さく首を横に振る。
「田上一佐。お忙しいところ申し訳ないのですが、相談に乗っていただけませんか?」
さて、私の自己満足も終わったところで実務的な話をしよう。
「相談とは、なんでしょうか?」
「実は私の兄が避難の最中に地球連合の機密、つまりМSに意図せず触れてしまいまして、その所為で機密保持を理由に彼等に拘束されてしまったのです」
「……殿下の義兄君はたしかキラ・ヤマト君でしたね」
「獅子吼…大鳥中尉が向こうのラミアスという技術大尉から聞きだした話では、ザフト襲撃の際に義兄は身を護る為に試作機の一体を操縦し、コロニー内に侵入していたジンを撃退したと」
それを聞くと田上一佐は額を押さえて天井を見上げた。
「それはなかなかに難しい状況ですね」
「はい。大鳥中尉も保護を申し出てくれましたが、事が事なので断られてしまいました。何か案はありませんか?」
うん、我ながら無理難題を振っている自覚はある。
超申し訳ない。
「ザフトは撃退したのですから、とりあえず連合の艦にはコロニーに留まってもらって、その間に本国に外交から手を伸ばして貰いましょう」
「よろしくお願いします」
田上一佐の出してくれた案に私は頭を下げる。
「あの……」
これで何とかなると安心していると、レーダー索敵担当の士官が声をかけてきた。
「どうした?」
「さっきの戦闘中、船が一隻ヘリオポリスの第二ポートから出ていったんですが……」
……なんて?