簒奪の亡霊   作:しさ

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Life is a Highway

 高速道路を一台のバイクが駆ける。目的地は特に決まっていない。ただ気が赴くままに風を切るのが彼女は好きだった。

 彼女はある学園に通う生徒であるのだが、現在は碌に出席しておらず悠々自適にバイクを走らせる日々を送っていた。

 ガソリンが減ってきたので、給油の為にサービスエリアに止まる。自販機で缶ジュースを買い、ヘルメットを脱いで一気に煽る。

 

「ぷはぁ! うんま〜!」

 

 喉に爽快感がくるのでついつい声が出てしまう。

 時間帯は夕方。このまま夜通し走るのも面白そうだが、まだ未成年の身分で夜中に走り回るのはまずい。

 仕方なく帰路に着こうと考えていると、スマホの着信音が鳴り思わず耳が反応する。

 

「……トレーナー?」

 

 それは少し前まで共に切磋琢磨し、長い旅路を歩んできた友からの電話。まさか、長らく学園を不在にしていたことへのお叱りの電話だろうか。少し放任主義のある彼はそういうことはあまり気にしないと思っていたのだが。

 

「……もしもし?」

『もしもし? いやー、お前のことだから着拒にしてるかと思ってたよ』

「まさか。恩師にそんなことする訳ないじゃん」

『そう? ルドルフは電話に出てくれないってボヤいてたけど』

「アイツはしつこいからダメ。それで何の用? もしかして帰ってこいって私を説教する気?」

『……半分当たり。勿論、説教なんてする気は無いよ。お金ならたんまりあるだろうし、好きにするといい。でも、ちょっとお願いがあってね?』

「ふんふん、詳しく」

 

 そこから十五分程度の話し合いをし、彼女はそのお願いを引き受けることにした。他ならぬ恩師の頼みだ、受けない理由は無い。

 

「じゃあ明日ね。あっ、お菓子の用意も忘れずに」

『分かってるよ。それじゃ、学園で会おう。ハイウェイゴースト』

 

 電話が切れると、彼女は再びバイクに跨りサービスエリアから飛び出す。向かう先は学園。久方ぶりの顔見せとなるだろう。

 かつて『皇帝』と鎬を削り、秋の舞台ではその絶対的な覇道に泥をつけたウマ娘。その名はハイウェイゴースト。またの名を『簒奪の亡霊』。

 

 

 ◇

 

 

「長距離の先生、ですの?」

 

 放課後、トレーニングの準備をしていたメジロマックイーンは、トレーナーに聞き返す。彼はしきりにスマホを確認しており落ち着かない様子だ。

 

「そうそう、一応昨日連絡は取ったんだけど……まぁ、遅刻するのはいつものことだし。先にウォーミングアップ済ませとくか」

 

 トレーナーがそう言うと、マックイーンは地面に座りストレッチを始める。

 

「その、先生はトレーナーさんとはどういう関係ですの?」

「元担。現役終わって色んなとこぶらついてるから、最近は会ってなかったんだよね」

「元担当……」

「ちなみに、G1も勝ってるから実力の方は心配いらないぜ?」

 

 G1勝利。それがどれほどの栄誉なのかを知らない者はウマ娘の中には居ない。それを成し遂げた者となれば数えるほどしかいないのだから、必然的にその存在は大きくなるというもの。

 彼女はいったいどんな人物なのか、と期待に胸を膨らませているとトレーナーから指示が入る。

 

「うーん、既読つかねーなー。しゃーない、先に始めとくか。まずは軽く一本流して、次にちょっと本気で、最後に本気ね。あーそうだ、先生はちょっと……いや、かなりマイペースな奴だから。振り回されんなよ?」

「……? よく分かりませんが、承知しましたわ」

 

 疑問符を浮かべつつも言われた通りに走り出す。マックイーンの得意な距離は中〜長距離ということで2000mのコースだ。最初はゆったりとしたペースでコースを走る。一周したところでトレーナーの元に戻ってくる。

 息も乱れていない。これくらいは問題ないのだろう。今度は走り出してすぐに速度を上げさせる。一周して戻ってきた彼女の額からは汗が垂れている。

 三本目は全力。最終コーナーを回る前に位置取りを上げて加速する体勢を取ろうとする。

 

「へぇ、いいね」

「……え?」

 

 突然横から聞こえてきた声に反応した途端、隣に現れたのは今までそこに居なかったはずの黒い影。その影はぐんぐんとスピードを上げてマックイーンとの距離を離していく。負けじと食い下がるものの、力の差は歴然。

 ゴールすると既にトレーナーと話していた。

 

「はぁっ、はぁ……!」

「おかえり。ほら、水分補給」

「……っ、ありがとうございます」

 

 膝をついて荒い呼吸をするマックイーン。涼しい顔をして水を差し出してくる彼女を見上げると、黒い影の全貌が明らかになった。

 黒光りする艶のある髪、薄暗い瞳に整った顔立ちをしているウマ娘。何ともミステリアスな雰囲気を纏っていた。

 

「どうも、初めまして。私はハイウェイゴースト。よろしゃ〜す」

「は、初めまして。メジロマックイーンですわ」

 

 ハイウェイゴースト、その名を聞いてマックイーンは記憶を辿る。天皇賞秋ではあのシンボリルドルフを下した実力者。

 

「トレーナーさん、もしかしてこの方が……?」

「そう、長距離の先生。つっても、秋天の印象の方が強いんだけど」

「あれは楽しかったなぁ。最後の直線を疾走するシンちゃんを見て、なんかテンション上がっちゃって。死に物狂いで駆け抜けたっけ」

「いやいやテンアゲで皇帝下してんなよ。あの後の取材でお前がいらんこと言わないように抑えんの大変だったんだからな」

 

 何やらお互いに遠慮なしに話している様子を見て、二人の仲が深いことが伺える。何処か疎外感を感じてしまい、俯くマックイーンに気づいたのか、ゴーストは近づいて視線を合わせてきた。

 

「さてと。それじゃあマックちゃんに一つ質問を」

「マ、マックちゃん!?」

「マックちゃん。君は、何の為に走る?」

「何の為?」

「走るからには、当然願いが有ると思うんだ。名誉、愛、金……走りにかける想いは人それぞれ千差万別。故に君は、その輝かしい脚に何を乗せて走るのだろう」

「……そんなの、決まっていますわ」

 

 マックイーンは迷わず答える。幼い頃からメジロのウマ娘として掲げてきた目標はただ一つ。

 

「天皇賞の制覇。盾の栄誉を得る為ですわ」

「……成程。オーケイ、覚えた」

 

 すると、ゴーストはマックイーンの背中をぽんぽんと叩くとコースのスタート地点へと促す。

 

「それじゃ、水を飲んだらトレーニング再開ね。今日はマックちゃんの走りを近くで見てるから、私のことは幽霊だと思って気にしないでね?」

「幽霊なんて余計気になりますわ!?」

「ほいスタート」

「人の話を聞いてくださいまし!」

 

 トレーナーの言葉は本当だったらしい。ゴーストのマイペースっぷりに振り回されながら、マックイーンはスタートを切り先にスタートしていた彼女を追い抜く。後ろからついてきている気配はあるが、彼女は何もして来ない。気にしていても仕方がないのでいつも通りの自分のペースで走る事にする。第一、第二コーナーを順調に抜け、位置取りを意識しながら第三、第四コーナーへ。あっという間にコーナーを超え、あと500mの表示を越えたところでラストスパートの合図を送られる。それを受け、マックイーンは大きく息を吸って足に力を込めた。

 

 

 ◇

 

 

「いやー、既に結構良い感じじゃん。流石メジロ家って感じ」

 

 トレーニング終わりのマックイーンがクールダウンを入れている最中、ゴーストがトレーナーに今日の感想を聞かせる。

「まぁ、才能の塊なのは間違いないしね。お前から足りない物はなんだと思う?」

「んー」

 

 トレーナーの問いに、ゴーストは黒光りする艶のある髪を指先で弄びながら、コースの向こう側を眺めた。その薄暗い瞳は、何かを見定めているようでもあり、ただ虚空を彷徨っているようでもある。

 

「ちょっと真面目過ぎるかな。ザ・優等生って走り。悪くはないけど、型に嵌まりすぎてて、もう一個上の殻を破れない感じ?」

 

 ゴーストは肩をすくめる。

 

「それに、気持ちが強すぎるのもネックかもね。メジロ家の名を背負ってるっていうプレッシャーとか、天皇賞制覇っていう明確すぎる目標とか……それをエネルギーに変えるのは大事だけど、時々ブレーキにもなりかねない。もっと肩の力、抜いてもいいのにって思う瞬間はあったかな」

「成程ね。まぁ、お前が楽観的過ぎる可能性も否めないけど」

「それはそう。……さて、それじゃあ今日のところは失礼するよ。久々の学園だ、色々挨拶しに行くところもあってね」

「おう。ちなみに皇帝様は生徒会室だと思うぜ」

「そうか。じゃあそこには近寄らないようにしないとね」

「どうなっても知んねーぞー」

 

 背中越しに聞こえる忠告にヒラヒラと手を振ることで応え、ゴーストはグラウンドを後にする。

 一人暮らし用に借りていた部屋に戻るのは久しぶりのこと。帰って掃除やら何やらしなければならないことを考えると少しばかり億劫になってくる。

 

「はぁ〜、めんどくさ」

「何が面倒なのかな?」

 

 ガシッ。校門に向けて歩いていたゴーストの肩が何者かに力強く掴まれる。まるで巨岩に固定されているかのように微動だにしない手にビクリと身体を震わせる。恐る恐る振り返ると、三日月の様な流星が可愛いあの子──シンボリルドルフが笑顔でそこに立っていた。顬に青筋を立てながら。

 

「やぁ、実に半年ぶりではないかな? 君が全く電話にも出てくれないものだから心配していたんだ」

「……まぁまぁシンちゃん。そう怒っちゃ綺麗なお顔が台無しだぜ?」

 

 ゴーストは肩を掴む手を優しく取り、自分の胸に当てる。鼓動で語りかけた、自分はちゃんとここにいるのだと。

 

「大丈夫、逃げたりしないから」

「……そうだね。いきなり掴んでしまってすまなかったよ」

 

 ルドルフの気が緩んだその瞬間、ゴーストは勢い良く手を振り払い、猛ダッシュで校門を抜けようとする。かかったなアホが、と言わんばかりにその口元は歪んでいた。

 

「GOODBYE SHIN-CHAN!」

 

 その煽りを合図にルドルフもスタートを切った。校門までの距離はおよそ200m。

 

 トレセンの直線は短いぞ! 

 後ろの娘は間に合うか?




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八方睨み
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