【完結】VRMMOで【食屍姫】になった無職だけど、現代ダンジョンでも化け物扱いされ始めて嬉しいです!      作:ちんこ良い肉

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ハッピーバースデー!■■■■■!
第1話


 

 

「働かずに食う飯は美味いか?」

 

 いつだったかしら。

 ママにそんな問いを冷ややかな声で投げかけられた私は、おひつからよそったばかりの、ほかほかの山盛りご飯を嬉々として頬張りながら、満面の笑みで親指を立ててみせた。

 

「めちゃくちゃ美味いに決まってるじゃない!」

 

 直後、視界が弾け飛んだ。

 鼓膜が破れるかと思うほどの破裂音とともに、凄まじい威力のビンタが私の頬を打ち据えたのだ。首が嫌な音を立てて回ったのを、今でもはっきり覚えている。

 あれは間違いなく、母の形をした何かしらの格闘家の一撃だったわ。

 

 それ以降、私の食事はすべて『もやし』に変更された。

 

 塩抜き。

 しかも生。

 

 朝はもやし、昼ももやし、三時のおやつももやし、夕食ももやし、深夜の夜食も当然のようにもやし。

 ただシャキシャキしているだけの、味のない水の塊。

 あんなもので腹が膨れるはずもないでしょうに。

 

 かくして私のささやかな楽園――大学を中退して以来、無職の引きこもりとして、毎日美味しくご飯を食べ、ゲームとソシャゲに明け暮れ、平日の昼間からふかふかのお布団でぐっすり眠る生活――は、あの一撃とともに完全に崩壊したのだった。

 

 もやし以外の食べ物を口にするため、私は週に一度、死ぬ思いで日雇いバイトへ行っている。

 

 けれど行くたびにミスを連発しては怒鳴られ、自分が社会不適合者であるという証拠だけが、一つ、また一つと積み上がっていくばかり。

 

 だから私は、治験だのテスターだの、とにかく人と関わらず、楽して金がもらえそうな案件へ片っ端から応募しまくったのよ。

 

 その結果、見事に当選通知が届いたのが、【エリュシオンオンライン】とかいう、聞いたこともない新規インディーゲーム会社のVRMMOテスターだった。

 

 メールの文面には、わざわざご丁寧に【特別】テスターと書かれていた。何が特別なのかは知らないけれど、添付されていた案内は妙に丁寧で、貸与機材の説明もやたらと仰々しい。

 少しばかり胡散臭い気はしたものの、少額とはいえ報酬が出るのだから、文句を言う理由はないでしょう。

 

 今の私の生活事情は、朝昼晩のもやしと、週一のバイトで稼いだ七千円ぽっちで買う飯だけ。

 ひもじさなんて、とっくに限界を突破している。

 

 だから決めたのだ。

 

 このゲームの世界で、まともな飯を思いきり食ってやる、と。

 

 カツ丼。カレー。ラーメン。ハンバーグ。焼肉。

 

 現実で食えないのなら、せめて仮想現実でくらい、好きなだけ美味いものを腹いっぱい食ってやるのよ。

 どうせVRだ。胃袋の錯覚だろうが何だろうが、満たされた気になれればそれで十分じゃない。

 

 私は部屋の隅に転がっていたVRヘッドセットを被り、ベッドに横たわって目を閉じた。

 

『――網膜スキャン、脳波同調プロセスを開始します』

『――生体リンク、正常に完了しました』

『――Welcome to ELYSION ONLINE.』

『――テストアカウントの認証を開始します……クリア。【特別】テスター権限を確認しました』

『――これより、キャラクターメイキングを開始します』

 

 無機質で透き通ったシステム音声とともに、意識が深い闇へと沈み込み、やがて真っ白な空間へと浮上した。

 

 目の前には、半透明のシステムウィンドウがいくつも浮かび上がっている。

 

 事前に読んだマニュアルによれば、このゲームはスキルの習熟によってキャラクターを育てていくタイプらしい。

 転職による多重スキル習得、スキル枠の拡張、既存スキルの修飾、合成スキルに派生スキル。

 システムはかなり複雑で、レベルという概念も、習得しているスキルの合計値から自動的に算出される仕組みらしいわ。

 

『――【種族】を選択してください』

 

 目の前のウィンドウに、人間種と魔物種の二つの大きなカテゴリが表示された。

 

 人間種の説明には、「強力なコミュニティへの所属」と「転職を繰り返す事による細かなステータス調整が可能」とある。

 要するに、パーティプレイ推奨の万能型ということね。

 

 対する魔物種の説明は、実にシンプルだった。

 

「存在進化による爆発的なパワーアップ」

 

 職業選択の概念すらなく、己の身一つで成り上がるソロプレイ推奨型らしい。

 

 パーティプレイ。

 強力なコミュニティ。

 

 その単語を目にした瞬間、私の脳裏に忌まわしい過去がまとめて蘇った。

 

 体育の授業では常に余り物になり、最終的に見かねた先生と固定タッグを組まされたこと。

 三者面談で、母親の隣に座らされ、担任から「娘さんはいつも一人で居るようですが……」と静かに告げられた時の、あの地獄みたいな沈黙。

 文化祭ではクラスメイトたちがきゃあきゃあ盛り上がるなか、居場所がなくて、一人で他クラスの出店を亡霊みたいに食い歩いていたこと。

 大学に至っては、もう本気で空気だった。

 

 小中学生の頃は多少の交友関係もあったけれど、私自身があまりにも怠惰すぎて、連絡を取るのを延々とサボり続けた結果、すべて自然消滅。

 今や唯一連絡先を知っている幼馴染は、控えめに言っても異常者である。

 

 誰の視界にも入らない、観測されないシュレディンガーのぼっちとして、ひっそりと息を潜めていた私の青春。

 

 ……駄目だわ。

 そんなもの、思い出しただけで胃液が逆流してきそう。

 

 私は迷うことなく、魔物種のアイコンをタップした。

 

『――【魔物種】が選択されました。初期系統を選択してください』

 

 一覧に並ぶ、さまざまな魔物のシルエット。

 

 私はその中から、迷うことなく『グール』を選んだ。

 

 理由は簡単。

 公式のフレーバーテキストに「捕食系統のスキルレベルが伸びやすい」と書かれていたからだ。

 

 食う。狩る。売る。稼ぐ。

 

 そして、その金で街の美味い飯を食う。

 

 素晴らしいじゃない。完璧だわ。

 美味いものを食うために美味そうなものを食う、あまりにも無駄のない永久機関である。

 

『――初期系統【グール】で確定しました。続いて、キャラクターの容姿を設定してください』

 

 目の前に、デフォルトのマネキンみたいなアバターが表示される。

 

 面倒なので、リアルの自分の姿をそのままスキャンして反映させた。

 

 身長百六十九センチ。

 手入れをサボって伸びっぱなしの長い黒髪。

 万年ゲームとスマホ漬けでひん曲がった猫背。

 全体から滲み出る、隠しきれない陰気なオーラ。

 

 うん、見慣れた私だわ。

 

 でも、せっかくの仮想現実なのだから、一つくらい夢を見たっていいでしょう?

 

 私は胸のサイズ変更スライダーを掴み、限界まで右へ振り切った。

 

 これでもかというほど乳を盛る。

 アンバランス?

 そんなこと知ったことじゃないわよ。自己満足なんだから。

 

『――キャラクターの容姿を確定しました。最後に、キャラクター名を入力してください』

 

 名前。

 深い意味や神話的な由来なんて、一切考える気はない。

 

 私はキーボードを呼び出し、『ノア』と打ち込んだ。

 

 昔、実家で飼っていた犬の名前だ。

 異常なまでに食い意地の張った犬だったのよね。

 

『――キャラクター名【ノア】で確定しました』

『――キャラクターメイキングの全工程を終了。これより、初期ステータスボードを構築します』

 

『……』

『……構築完了』

『――初期所有スキル:該当なし』

『――これより、エリュシオンの世界へとダイブします。良き旅を、【特別】テスター・ノア様』

 

 足元の白い床が唐突に消失し、私は果てしない重力に引かれて真っ逆さまに落ちていった。

 

 光の奔流が視界を覆い尽くし、次に目を開けた時、私は薄暗い森の中に立っていた。

 

 鬱蒼と生い茂る木々。

 湿った土の匂い。

 どこかから聞こえる獣の鳴き声。

 やけにリアルな仮想現実の世界。

 

「……とりあえず、ステータス確認ね」

 

 私は頭の中で念じ、システム画面を呼び出した。

 

 半透明のウィンドウには、私の名前、種族、そして三つのバーが表示されている。

 

 赤いバーが『HP《体力》』、青いバーが『MP《魔力》』。

 

 そこまでは、まあ、よくあるゲームのお約束だ。

 

 けれど、その下にある緑色のバー。

『SP』。

 

 これが何を意味しているのか、私はマニュアルの片隅にあった記述を思い出す。

 

「……SP? スタミナ、ってわけじゃないのよね。減ってるのが目に見えてわかるし」

 

 じり、じりと。

 

 何もしていないのに、緑色のバーはわずかずつ、けれど確実に左へ削れていく。

 

 その減少に比例するように、私の胃袋もまた、現実世界とまったく同じように、きりきりと不快な音を立てて自己主張を始めた。

 

「空腹度、ね……これ」

 

 思わず、呆れ果てた声が漏れる。

 

「はぁ……?」

 

 ぐぅぅぅ、と情けない音が森の中に響いた。

 

 リアルでも毎日もやしばかりで飢餓状態だというのに、なんでこっちでも空腹に苛まれなきゃならないのよ。

 何が悲しくて、わざわざ仮想現実にダイブしてまで飢えに苦しまなきゃいけないの。

 美味しいご飯を食べるために来たのに、スタート地点からして飢餓状態だなんて、何の罰ゲームかしら。

 

 私は重い溜息を吐き出しながら、のしかかってくる空腹感と、それに伴う軽い目眩を堪えて顔を上げた。

 

 薄暗い森の奥からは、得体の知れない気配がいくつも漂ってくる。

 

「とりあえず……何か食べられるものを探さないと、冗談抜きで死ぬわね、これ」

 

 私は恨めしそうに減り続けるSPバーを睨みつけると、重い足を引きずりながら、見知らぬ森の奥へと歩き出した。

 

 

 




ここまで読んでいただけてとても嬉しいです
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