VRMMOで【食屍姫】になった無職だけど、現代ダンジョンでも化け物扱いされ始めて嬉しいです!      作:ちんこ良い肉

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第12話

直後、私の目の前から純白の巨体が掻き消えた。

 

「えっ、ちょ――」

 

 視認できない。

 風の音すら置き去りにするような、圧倒的な速度。

 

 咄嗟に身をよじった私の横腹を、見えない巨大な質量が深くえぐり取っていった。強烈な痛覚と、ゴリッという嫌な音を立てて削られるHPバー。

 

「がはっ……!? いっ、っづぅぅぅっ!!」

 

 次は肩。

 次は太腿。

 次は背中。

 

 私はまともに反応する間もなく、連続で地面を転がされた。

 

「待って待って待って、無理無理無理無理! 見えない! 見えないってば!! ちょ、痛っ、そこ抉るのやめてぇっ!」

 

 私は半分泣きながら【空爪】を振り回したけれど、風の刃は虚しく空を裂くだけだった。

 また消えた。

 また来る。

 

 左脇腹に衝撃。

 肋骨が軋む。

 HPがさらに削られる。

 

「ぎゃっ!? やだっ、死ぬ死ぬ死ぬっ!ちょっと待ちなさいよ、このクソ鹿ぁっ!」

 

「……戦闘中に罵倒とは、なかなか余裕があるな」

 

「余裕なわけないでしょうがぁっ!!」

 

 私は泥だらけになって転がりながら、背中に括り付けていたゾンビの一体へ顔を突っ込んだ。

 蔦を噛み千切り、肩口の肉をそのままむしり取って飲み込む。

 

「むぐっ、うっめ……回復っ、回復なのよっ!」

 

「戦闘中に……何を食っている……?」

 

「うるさいわね、非常食よっ!!」

 

 迫り来る不可視の連撃に耐えるため、私は味わう暇もなく、ただひたすらに腐肉を胃袋へ流し込んでHPへ変換し続けた。

 

 【ゾンビ完食!】

 【ゾンビ完食!】

 【ゾンビ完食!】

 【ゾンビ完食!】

 

 縮地。

 また縮地。

 どこから来るのか分からない。

 けれど、まったくの無秩序ではない。

 

 右前脚を軽く引いてからの、半月状のなぎ払い。

 角を低く構え、一拍置いてからの突進。

 跳躍後、空中で二度軌道を変えてからの落下攻撃。

 

 私はゾンビを齧りながら、その「違和感」に気づき始めていた。

 

「……あれ?」

 

 尋常じゃない速度。凄まじい破壊力。本来なら、何度も死に戻りを繰り返して、絶望的な速度の中で行動パターンを死に覚えして、少しずつ最適解を導き出して倒すタイプの、いわゆる初見殺しボスなのだろう。

 

 だが。

 

 この構え。

 このディレイ。

 この踏み込み。

 

「……ちょっと待って。これ、見覚えあるんだけど」

 

 私は頬についた血と泥を拭う暇もなく、次の突進を前転でかわした。

 その瞬間、脳の奥で何かがカチリと噛み合った。

 

「うわ、これ……!」

 

 どう見ても、私が現実世界で何百時間もプレイし、幾度となくコントローラーを投げそうになった某フロムゲーの有名ボスの動きではないか。

 一から十まで丸パクリ、とまでは言わない。

 でも、どう考えても元ネタが透けて見える。

 ひどい。

 でも、最高だった。

 

「これ、著作権的に絶対アウトでしょ……!」

 

 インディーゲーム会社の開発者が、手抜きしたのか、リスペクトを拗らせたのかは知らない。けれど文字通り、完全に喰らいついていける。

 

 パクリ元が洗練された神ゲーだっただけあって、アルフォードの動きは理不尽一辺倒のクソボスではなく、極めて上質な良ボスのそれだった。速くて、派手で、痛い。けれど、パターンさえ把握してしまえば見た目ほどの脅威ではない。どのタイミングで無敵フレームの回避を差し込めばいいか。どの攻撃の終わりに反撃が入るか。どこで欲張ると死ぬか。私のゲーマーとしての脳髄と反射神経が、全部ちゃんと覚えている。

 

 圧倒的なステータス差。

 スペックの暴力。

 でも、付け入る隙はある。

 

【ゾンビ完食!】

 

「ふふっ……あははっ!」

 

 アルフォードの【縮地】による突進へ合わせて、私は地面を蹴った。前転で懐へ潜り込み、すれ違いざまに大きく口を開く。

 

 ぶちぃっ!

 

 純白の首筋へ、私は思い切り噛みついた。毛皮ごと肉を食いちぎり、溢れ出す温かい血潮と肉塊を一気に飲み込む。失ったHPが戻っていく。美味しい。やっぱり美味しい。見た目だけじゃなくて中身も大当たりじゃないの。

 

「グオォォォッ!」

 

「ふふ、そうよね。痛いわよね。でも美味しいんだから仕方ないでしょう?」

 

 悲鳴を上げて飛び退こうとするアルフォードの脚へ、私は両手の爪を深く突き立てた。その傷口から、ゾンビの群れを貪って蓄積した【濃縮食毒】の猛毒を、惜しみなくどくどく流し込む。

 

「なっ……君、本当に何なのだ……!?」

 

「食いしん坊のハイグールよ」

 

 毒による継続ダメージでアルフォードの動きが僅かに鈍る。

 その一瞬の硬直。

 そのコンマ数秒の隙を逃さず、私は右腕を振り抜いて【空爪】の風の刃を急所へ叩き込んだ。

 

 楽しい。

 血が沸騰するみたいな、この感覚。

 

 圧倒的な強敵の攻撃を紙一重で見切り、自分の持てるリソースと知識を全部総動員して、強者の命を削り取っていく。

 そう。これよ。

 これこそがゲームじゃない。

 現実社会の理不尽な板挟みでも、意味の分からない同調圧力でもなく、ルールがあって、パターンがあって、学習した分だけちゃんと報われる、ひどく公平で美しい暴力の世界。

 

 アルフォードはめちゃくちゃに強い。レベル15の【ハイグール】が単身で挑んでいい相手じゃない。

 でも、私には完璧な予習があった。

 

 猛毒で鈍る動き。

 読めるモーション。

 差し込める反撃。

 

「これで、終わりよっ!」

 

 アルフォードが最後の大技へ入る。

 そのディレイの長さを、私は知っている。

 

 私は跳躍し、巨大な角を紙一重で躱し、無防備になった喉笛へ真っ直ぐ牙を突き立てた。

 

 ぶちっ――!

 

 頸動脈を食いちぎり、命の根元を破壊する。

 

 どさり、と。

 森の主であった誇り高き巨体が、地響きを立てて崩れ落ちた。

 

 最後に、アルフォードの口から「称賛に……値する……」と、微かな小声が漏れたような気もした。

 けれど、目の前へ広がる極上のごちそうへ意識の全てを持っていかれていた私にとって、それは多分どうでもよかった。

 

【――エリアボス:森光鹿アルフォード 討伐完了】

【――初回ソロ討伐報酬を獲得しました】

【――神器『封式羅刹』を習得しました】

 

 視界を埋め尽くすように、無数のシステムウィンドウが羅列されていく。偉業達成を告げるファンファーレのような電子音も鳴り響いていた。

 けれど、今の私にとってそんなものは全部どうでもよかった。

 

「いただきますっ!」

 

 私は倒れ伏したアルフォードの巨体へ飛び乗り、迷うことなくその柔らかな腹肉へ齧りついた。

 

 はむっ、と。

 思い切り鹿肉を頬張る。

 

「……んんっ!」

 

 口いっぱいへ広がるのは、これまで食べてきたどの魔物とも、現実の安物のジビエともまったく違う、次元の違う旨味だった。

 

 甘い。

 とろける。

 それなのに、噛めば噛むほど赤身の力強い味が滲み出る。

 

「美味しい……っ、なにこれ、すっごい……!」

 

 私は目を細め、夢中でまた肉へかぶりついた。

 

「待って、これ、本当に鹿? え、神の肉か何かじゃない?」

 

 神聖な光を帯びた純白の毛皮の下へは、極上の脂と濃厚な赤身の旨味が、信じられないくらい綺麗なバランスで詰まっていた。本当なら焚き火でも起こして、じっくり丸焼きにしてやりたいところだったけれど、生憎と私にそんな便利な魔法スキルはない。

 

 だから、生で。

 生のままで。

 この極上の命を、全部そのまま貪り尽くす。

 

 食う。

 食う。

 食う。

 食う。

 

 一心不乱に肉を噛みちぎり、骨の髄まで啜り上げる。私は血の滴る鹿肉を何度も何度も頬張りながら、至福に打ち震えていた。

 

「はむっ、んっ……あぁ、ほんと美味しい……この辺、脂が乗ってるわね。好き…ちょっと待って、こっちの腿肉もすごいわ。噛み応えが最高じゃない」

 

 ぼりっ、ばきっ、と骨を砕きながら、私は幸せそうに頬を緩めた。

 美味しい。本当に美味しい。働かずに、ただゲームの中で強敵を倒して食う飯が、こんなにも甘美だなんて。

 

「あなた、強かったけど……美味しさも一流だったわよ、アルフォード、ご褒美としては満点ね。えらいわ」

 

 満腹感で少し霞む視界の端に、先ほどのシステムログがまだ残っているのが見えた。

 神器【封式羅刹】習得。

 

 ソロで格上ボスを討伐したことによる特別報酬のアーティファクトか、あるいはスキルなのだろう。名前からして、ただ事じゃない。しかも、神聖な鹿を食ったあとに【羅刹】なんて、縁起がいいのか悪いのかもよく分からないわね。

 

 けれど今は、それよりも目の前の肉の方が大事だった。

 

【――アルフォード完食!】

 

 私は満腹になって少しだけ重くなったお腹を撫でながら、口元を血と脂でどろどろに汚したまま、だらしない笑みをこぼした。

 

 強敵を倒して。

 極上のご飯を腹いっぱい食べて。

 隠しアイテムみたいな凄そうな報酬まで手に入る。

 

「本当に……最高にゲームらしい展開じゃないの」

 

 

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